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第34話 月の夢

 雲ひとつ無い、澄んだ夜空。
 真っ黒に塗られた飛空艇が、山肌をなぞるように駆け抜けた。
 飛空艇と言ってもグライダーを金属で覆ったような、とても小さな船である。

「この山を越えた所で、レオニール軍の分隊がキャンプを張ってる筈だ。
 用意はいいな?」
 飛空挺の操縦者が、後ろのシートに座る相棒へ話しかける。
 操縦桿を握るのは、肩まで伸びた金髪を首の後ろで纏めた青年だった。線の細い体つきで、まるで事務仕事をするかのような服装で操縦桿を握っている。しかし服装とは裏腹に、その目つきや口調のせいで "何処の町にでも居るような不良" という粗野な印象が先立っていた。
 激しく震える操縦桿を握りながら、男はもう一度呼びかける。
「おい、聞いてんのか ザード!?」
 後ろのシートから返事が無く、男は相棒の名を呼ぶ。
「あぁ。聞いてる」
 操縦席の後ろに座る男は、紅い抜き身の剣に暗い視線を落とし、短く答える。
 印象的な姿の男だった。
 華奢な体を紺色のローブで包み、端整で白い顔をした男。そして鈍く光る銀の髪が、肩から腰へ流れていた。
 年の頃は操縦桿を握る男より若く、僅かだが少年のあどけなさも感じる。銀の髪の男が、容姿の割りにやや低い声で問いかける。
「それよりもゲイル。今回は船の機関銃や爆撃の援護は要らないよ」
「あ。そりゃ構わないが・・・大丈夫なのか?」
「銃器もまともに支給されてない弱小部隊だろ? 弾だってタダじゃない。
 それに、今日は調子がいいんだ」
「あっそ・・・。まぁ経費が浮いて助かるけどよ。
 と、着いたぞ。この丘を昇りきった所だ。用意しろ」
 ザードは腰に下げたライフルとリボルバーを手探りで確認し、左手の紅い剣を握り直した。
「いつでも」



 どんっ!!
 レオニール軍のキャンプを突風が吹き抜けた。
 見回りの兵士を何人かを吹き飛ばし、幾つかのテントがひっくり返った。
「何事だ!?」
「空を、何かが飛んで行ったぞ!!」
 巻き上がる砂埃と闇夜で視界が殆ど無くなる。丘の上の兵隊達は、事態が飲み込めずに騒然とした。
「敵の爆撃か!?」
「それにしちゃ、爆風以外は何も・・・」
 動揺を誤魔化すように、憶測を口にし合う兵士達の後ろで。
 バガンッ!
 彼らが背にしていた装甲車が大きく揺れた。振り向いた先では装甲車が真っ二つに割れ、綺麗な断面を見せながら浮かび上がっていた。
 ボガアッ!
 兵士達は何が起きたのか理解する事も出来ぬまま、爆発した装甲車の炎に巻かれた。
 その爆発を皮切りに、所々に停まっている軍用車両が次々と爆発、又は真っ二つにされてゆく。相変わらず相手の姿は確認出来ず、兵士達は砂埃と黒煙が立ちこめるキャンプを駆け回る。
「火を消せ!!
 6番隊は倉庫から火薬を運び出せ!!」
 右往左往する兵士達へ怒鳴りつけるように命令する男に、一陣の紅い風が吹きつけた。
 彼の目の前に舞っていた砂埃と黒煙は一瞬で吹き飛び、そこから姿を現したのは、上下に真っ二つに切り裂かれたテントや、木立。そして上半身が下半身から崩れ落ちようとしている部下達の姿。まるで見えない巨大な刃が、森や夜の空気を切り裂きながら迫ってくるような、非現実的な光景。そして、気付いた時には彼の体も腰の辺りで二つに分かれていた。
 全てが二つに断たれた空間の先に、剣を携えた男が一人、立っていた。
 この混乱の場に似つかわしくない静けさを持った青年は、月明かりを背に戸惑う兵士達を見下ろした。
 その青年を見た兵士達は、ここ最近まことしやかに囁かれる一つの噂を思い出し、凍りつく。

   突然戦場に現れ、たった一人で幾千もの人間を切り捨てる殺戮者。
   銀の髪を舞わせ戦うその姿は、
   まるで月の光りを纏っているかのようだった。

 月の光を照り返し、男の鈍く輝く銀の髪が揺れた。
「つ・・・月の光を纏う者・・・!?」
 ざばぁっ
 呟いた兵士と、その周りに居た者や在った物がまとめて紅い風に吹き飛ばされ、バラバラになった。
 "月の光を纏う者"、ザード = ウオルサムの手にする剣が、紅い魔力の光を輝かせていた。たった一振りで、遥か間合いの外の空間を見境無く裂いてしまう。この紅く薄い刀身の魔法剣と、彼が蔵する膨大な魔力の成す技の一つだ。
「"月の光を纏う者"だ!!
 討ち取って名を挙げろ!!!」
 一人の兵士が大剣を振りかざし、ザードの背後へ飛び掛った。ザードは表情を動かす事無く、振り向きざまに襲い掛かる男を大剣ごと斬り裂いた。男の声と同時に、兵士達は武器を手に、ザードへ向い殺到した。流石に紅い風の"かまいたち"を放つ余裕が無く、ザードは次々と襲い来る兵士達を淡々と一本の剣で切り崩してゆく。
 殺到する兵士達の間から長いバレルを持つ銃口が現れ、ザードへ向け突きつけられた。
 ボッ!
 ザードは剣を持つ手とは逆の手で銃のバレルを掴み、銃口を他所へ向けた。発射された散弾はザードの後ろにいた兵士数人を撃ち倒す。掴んだバレルを引き寄せてザードに倒れ込んできた兵士を斬り伏せ、散弾銃を奪う。一人づつ斬り倒すのが面倒になったザードは、散弾銃で密集する兵士達を次々と撃ち倒す。
 最初に襲い掛かってきた兵士を斬り倒してから、その間わずか1分。ザードの足元には文字通り死体の山が積み上がっていた。ザードの常識を逸した強さをようやく理解した兵士達は慌てて後退し、ザードを遠巻きに囲む。
 ザードは弾の切れた散弾銃を投げ捨て、紅い剣に魔力を集める。そして、距離を取ってしまった兵士達へ向かい、再び紅い風を叩き付けた。
 見えない風の刃で、次々と斬り飛ばされる兵士達。攻撃をかいくぐり間近まで迫ってきた兵士は、ザードの持つリボルバーにより胸を打ちぬかれた。
 一方的な戦い。
 殺戮だった。



 ピピッ
 ザードの腕に巻かれた時計から電子音が響いた。
 すると突然ザードは駆け出して、怯えて逃げ出す兵士達の脇をすり抜け崖から飛び降りてしまった。
「・・・!?」
 怯える兵士達がザードの飛び降りた方角を見ると、黒いグライダーのような飛空挺が、轟音と共に飛び去っていった。一人の兵士の目は、その飛空艇の翼にザード = ウオルサムが捕まっている姿を写した。飛空艇はそのまま、空の彼方へ飛び去ってしまった。


「助かった・・・のか?」
 兵士の一人が声を震わせて呟いた。
「みたい・・・だな・・・
 でも、これじゃ作戦は続けられない・・・これからどうすればいい・・・?」
 生き残った兵士達が座り込み途方に暮れていると、遠くから機械の駆動音が響いてきた。
「何だ・・・ベクタの・・・援軍か?」
「援軍の到着は明日だ、いくらなんでも早すぎ 」
 最後まで言えぬまま、その兵士は森から飛来した弾幕に撃ち倒された。
 森の奥には、各国の本隊が衝突する前線へ向い進軍を続ける、エベネゼル軍がいた。



「あれだけ叩けば、貧弱なエベネゼルの部隊でもあの丘を通過出来るだろう。
 お疲れさん」
 操縦席の後ろに座ったザードへ、ゲイルは労いの言葉をかける。息ひとつ乱していないザードは短い溜息を吐いた。
「気に入らないな。エベネゼル絡みの仕事は。
 まるで奴等のお芝居の裏方をやらされている気分だ」
 その言い草を聞いたゲイルは鼻で短く笑う。
「違いねぇ。
 宗教国家というお国柄強大な軍事力を抱える訳にもいかないし、だからといって大国である以上負ける訳にも行かないしな。
 それで出来た構図が、名前が面に出ない同盟国や俺達傭兵に戦わせて、自分達は最後の仕上げと戦いの後の後始末・・・。
 まるでお遊戯だな」
「そんな下らない体裁繕いに加担してるってのが、馬鹿馬鹿しくて気に入らない」
 ザードの愚痴に、ゲイルは声を上げて笑った。
「何を今更、
 この戦争に関わること自体、馬鹿けた行為だ」
 ひとしきり笑い、皮肉を込めた本心を呟き、
「まぁ。金にはなるがな」
 と、付け足す。
 ザードは苦笑し、目を閉じた。

 雲ひとつ無い、澄んだ夜空。
 真っ黒に塗られた飛空艇が、山肌をなぞるように駆け抜け、飛び去った。

第35話 依頼書

「ミルフィスト軍からの依頼で、レオニール侵攻の先陣を率いて欲しい・・・・
 依頼料は300万」
「ここから遠い。断る」
 ザードの即答に、ゲイルは次の依頼書をめくる。
「・・・ルゴワールからの依頼で、某国の要人暗殺。依頼料150万」
「安い。却下。なめてんのか?」
 ゲイルは口元をひん曲げ、次の依頼書をめくる。
「・・・・オーランド軍からの依頼で、国境付近に駐留するベクタ軍を潰して欲しい。駐留してる敵の数は8千」
「8千を俺一人で片付けろって事か? 買い被り過ぎだろ・・・
 無理だ。俺が一度に相手出来るのは一千が限界だ」
 ソレも常識外れだろうと思いつつ、ゲイルは次の依頼書をめくる。
「・・・オルガニア軍の正式な筋からの依頼で、隣国との国境警備に力を貸して欲しい・・・
 依頼料は一日あたり50万出すそうだ。
 危険も少なそうだし、依頼料も破格だ。こいつを逃すテは・・・」
「退屈そうだな。守る仕事は性に合わない」
「じゃあどんな仕事がいいんだよっ!!」
 依頼書を放り投げ、ゲイルが怒鳴った。

 どこの戦場からも離れた、比較的平和な街の宿にザードとゲイルは宿泊していた。二人は拠点を持たず、流れの傭兵として各地を飛空挺で飛び回っていた。傭兵として戦うのはザード、ザードへ仕事を運んでくるのがゲイルの仕事であった。
「次の仕事欲しいって言うから、依頼集めてきてやったのによー・・・
 お前、最近調子乗ってるだろ。最初はどんな仕事でも引き受けてたクセによ。
 お前のワガママに合わせて仕事取って来るのも大変なんだからな?」
 そう言ってゲイルは冷えた酒瓶をあおった。
「じゃあ、一緒に仕事するの辞めるか?」
 あっさりとドライな事を言い放ち、ザードは床に散らばった依頼書を拾い始めた。その言葉に、やさぐれていたゲイルの表情が、少しだけ真面目な顔つきに変わる。
「いいや。お前のような金ヅルは、なかなか居ないからな。手放すつもりはねーぜ」
 指を立て、悪そうに、にやりと笑うゲイルに、ザードも同じような笑みを返す。

 傭兵の仕事とは言っても、彼等のしている事は普通の傭兵業と違っていた。
 何せザードは戦場の伝説にもなりつつある、"月の光を纏う者" である。
 突然戦場に現れ、人間業とは思えぬ力を振るいたった一人で敵軍を壊滅に追い込む謎の剣士。何処かの勢力に意図的に肩入れする事は無く、その行動基準は全て依頼料によって決まる。昨日雇われていた国に、今日は敵として剣を振るう事だってある。世間ではまだ噂の域を出ない存在だったが、軍の上層部や裏の世界を詳しく知る者にとっては、"月の光を纏う者" は確かに存在する人物と認識されていた。
 "月の光を纏う者"は、戦場以外に一切姿を現す事は無い為、彼へコンタクトを取る唯一の方法は、とある情報屋を経由するしか無いと言われている。そしてその情報屋、ゲイルの手元には、独自の情報網から"月の光を纏う者"の力を必要としている者達の依頼が舞い込むようになっていた。
 こうしてみるとゲイルはザードを上手く利用し、自分は戦わず楽をして儲けているようにも見えるが、彼もザード以上に危険な橋を渡りながら旅をしている。
 なにせ、"月の光を纏う者"の力を欲する者や、また恨みを持つ者は星の数ほど居るのだ。それら全ての意識をゲイルは一人で受け止め、あるいは回避し、必要と判断した接触のみをザードに繋げているのだ。こうして街の安宿に何食わぬ顔をして宿泊しているのも、今も血眼になってザードを追っている者達の目を眩ませ、掻い潜ってきたからこそできる事だ。
 数日に一度、数百という人間を相手に戦うザードに対して、ゲイルは毎日情報戦という形で何千、何万という人間の意識と戦っているのだ。
 こうして互いを補い合う形で、ザードとゲイルは数年前から一緒に戦場を渡り歩いていた。

「大体、ザードは俺に対して感謝の気持ちが無さ過ぎる。
 お前の腕に見合った仕事なんて、俺くらいの情報網を持つ情報屋じゃないと、こんなに集められないぞ。
 お前に恨みを持つ奴が、お前の居場所を見つける事が出来ないのも俺の流してる偽情報のお陰なんだからな?」
 腕を組み偉ぶったゲイルの主張に対して、
「感謝してるよ。ありがとう、ゲイル」
 ザードは愛用の銃の手入れをしながら上の空で答えた。ゲイルはわざとらしく舌打ちをすると、呆れた様子で自分の部屋へと戻って行ってしまった。ザードは、" 何が気に入らないのだろう? "と言った様子で、首を傾げる。



 一通り自分の得物の手入れを終え背伸びをしたザードは、足元に広がった紙片を拾い上げる。ゲイルが放り出した依頼書だ。
 一枚づつ拾い上げ何の気なしに眺めていると、確かに先程ゲイルが読み上げた依頼以外は条件や場所が今ひとつで、ザードも引き受ける気になれないものばかりであった。
 その依頼書の一枚にザードの目が止まった。
 報酬や仕事内容は、ゲイルに無視されても仕方の無いような依頼内容である。しかし、ザードはその依頼の報酬に目を奪われた。
 暫く考え込むように依頼書を睨んでいたザードだったが、意を決したように立ち上がりゲイルの部屋のドアを叩いた。ドアからふてくされた顔を覗かせたゲイルに、ザードは依頼書を見せながら一方的に言い放った。
「ゲイル、この依頼、受けるぞ」


 ほんの偶然だった。
 普段、依頼書の選別はゲイルに任せきりで、ザードがそれに目を通す事など殆ど無い。
 ほんの偶然、気まぐれで見た依頼書の束。
 ほんの偶然、目に止まった一枚の依頼書が。
 全ての、始まりだった。



「絶対怪しい。絶対担がれてるよお前・・・」
「かもな。だけど、こんな報酬を書かれちゃ、無視は出来ないさ」
 数日後、ザードとゲイルは、宗教国家・エベネゼルの城下町を歩いていた。
 ゲイルの憮然とした表情の理由は、ザードが受けると言い出した依頼が、あまりににも胡散臭い仕事だからである。
 依頼内容は、"エベネゼルの王宮に傭兵として雇われ、とある護衛の仕事を引き受ける事"。
 依頼主が何の為にザードをエベネゼルに送り込もうとしているのか。全く依頼の意図が読めない仕事である。無論雇われる身である以上、雇い主の意図を雇われる側が詮索する事はルール違反なのかもしれない。普段の彼等ならば、雇い主の意図が読めないような怪しい仕事は鼻から引き受けない。しかし、ザードは依頼書に書かれた依頼者の肩書きと、その報酬を見て、この依頼に興味を持った。
「あのエルカカ民族の伝説に残るような、魔法剣が報酬だぞ。
 それに、依頼主はエルカカの長なんだろ?」
「あぁ、俺の調べた限り、依頼主の素性はそれで間違いなさそうだ。俺が心配してるのは、その剣のお宝がマジで存在してるのか、あとそいつの価値はそれなりのモノなのかって事だ」
「もし報酬が本物なら、この依頼を無視する事は出来ない。それに、俺を担いだらどうなるかなんて、俺を知る奴なら分かってるだろ?」
 そう言って、凄みの効いた笑みを見せるザード。
「おぉ、怖い。
 で、そのお宝ってのはどんなモンなんだ?
 俺は魔導に関する知識が無いからピンと来ないんだけどよ」
 ザードは視線を少し上げて、記憶を探りながら話す。
「"ノア"と呼ばれる魔法剣。俗な呼び方じゃ、マインドブレイカーとも呼ばれている。
 相手の体を傷つける事無く、精神のみを破壊する剣だ。言い方を変えれば、殺す事無く相手を倒す事の出来る剣、だな。
 今より魔導文明が栄えていた古代に量産されていた剣だという話だが、現存しているものは少ないらしい。俺が知る限り、もう何十年も世間に姿を見せたという情報は無いな。それと・・・」
 "ノア"という魔法剣について知りうる限りの知識をゲイルに伝える。しかし彼の耳は、"魔導文明が栄えていた古代に~"の辺りから、完全に聞き流していた。ゲイルは手をひらひらと振って、
「あぁ、もういいよ。
 ま、お前が興味を持つ依頼なんて稀だしな。たまにはこんな仕事もいいだろ」
「悪いな、我侭言って」
「んな事より、その剣はちゃんと高値でさばけるんだろうな?」
「売らないよ。殺す事無く相手を倒せる剣だぞ。こんな便利な物は無い。
 相手を殺さずに済むのなら、それに越した事はないしな」
 ザードのその一言に、ゲイルは驚いた。
 金に変える気が無いという点ではなく、相手を殺さずに済むなら、という点に対してだ。
「幾千もの人間を斬り倒してきたお前に、そんな思いがあったなんて驚きだな・・・。
 俺はてっきり、殺しを楽しんでるのかと思ってたぞ」
 ザードは一瞬、むっと顔をしかめるが、
「・・・どうだろうな。自分でも良く分からない」
「じゃあ聞くけどよ、お前、何の為にこんな事してるんだ?
 金のためか? ただ暴れたいだけなのか?」
 ゲイルの問いにザードは暫く空を見上げ、
「分からない。
 最初は生きる為に戦ってただけだったのに・・・。
 いつの間にこんな風になっちまったのかな」
 自分の在り方に疑問を感じているような台詞だが、ザードはそれをまるで他人事の様な口調で呟いた。

「さてと、じゃあ行って来るよ」
 ザードはエベネゼル城の城門前で、ゲイルと別れる。彼の手には、依頼主が送ってくれた、エベネゼルへの紹介状が握られていた。本物かどうかは分からないが、この紹介状を見せればエベネゼルの傭兵としての試験を受ける事が出来るらしい。もちろん、今回はザードの素性はエベネゼルには秘密である。
「一応言っておくが・・・やりすぎるなよ」
「あぁ」
 ゲイルの忠告に手を上げて答え、ザードは城門の奥へと消えた。
 その1時間後。傭兵としての紹介状を衛兵隊長に見せたザードは実技試験としてエベネゼルの兵士と手合わせをした。
 ザードは、対戦相手に "女のような奴だ" とからかわれた事に腹を立て、相手を徹底的に叩きのめした。ついでに、仲間の仇といわんばかりに襲い掛かる兵隊達も全員薙ぎ倒し、乱闘を止めに入った者までも薙ぎ倒し、ザードは必要以上に圧倒的な強さを誇示してしまった。
 結果その強さを買われ、晴れてザードはエベネゼルお抱えの傭兵としてかなりの依頼料で雇われる事となった。
 "月の光を纏う者" としての依頼料と比べれば、微々たるものではあったが。


第36話 夕陽の丘の少女

 仕事道具の詰まった鞄を枕代わりにして、ザードは荷台の隅で寝そべっていた。
 どごん、とトラックが揺れて、荷台の幌から、ホコリか何かが顔に落ちる。
 苛立つようにそれを払い除け、ザードは舌打ちをした。

 ザードは今、エベネゼルの傭兵として要人護衛の仕事を請け負い、その人物が住む村へ向かう為軍のトラックに揺られていた。
 もう3日も窮屈な車内に押し込まれたままなので、ザードの退屈も極地へ達している。トラックの荷台にはザードの他にも多くの傭兵達が乗っていたが、ザードには見知らぬ相手と世間話をするだけの社交性も無く、これといった暇つぶしのネタも無いザードは、ひたすら目的地への到着を待つ事しか出来なかった。
( ゲイルの飛空挺なら一瞬で行けるのにな )
 因みにゲイルはエベネゼルの城下町で待機である。世界的にも高い生活水準を持つ国である。滞在している宿もさぞかし快適なことだろう。
 それに比べザードの宿は、軍の持ってきた巨大テントで、むさ苦しい男供と雑魚寝である。そのような環境で落ち着いて眠る事の出来ないザードは、テントから少し離れた場所で一人野営をしていた。しかし、この季節は朝になると朝露が落ち服が濡れてしまう為、目覚めは良いものではない。それでも見知らぬ野郎と雑魚寝をするよりマシだと割り切り、我慢をしていた。
(こんなストレスの溜まる仕事させやがって・・・これなら、最前線で一人で戦ってる方がまだマシだ・・・)
 そう思い、ザードは顔も名前も知らぬ依頼人を呪う。最も、報酬に釣られて依頼を引き受けてしまったのは自分自身なのだが。そんな事を考えていると、窓際に座る傭兵達が遠くの景色を眺めながら騒ぎ出した。
 どうやら目的の村へ着いたようである。



 そこは何の変哲も無い、街道沿いにある小さな村だった。
 ザード達はトラックから降ろされ、何やら偉そうな兵士にここで待機するよう命じられた。トラックに乗せられて来た傭兵と兵士達は、トラックの座席に戻ったり、地面に腰を下ろし談笑を始める。
 ザードは背伸びをしながら長閑な農村風景を見回す。なだらかな丘がどこまでも続く静かな村である。物々しい雰囲気を醸し出す自分達の存在がとても不釣り合いに見えた。この場に居ても居心地が悪いだけなので、ザードは少しの間、村を見て回る事にした。

 とはいえ、どこを歩いても同じような造りの家や、似たような稜線を描く丘ばかりでザードは早々に飽きてしまった。目前にこの周りで一番高い丘の天辺が見えていたので、とりあえずそこまで歩いてから隊へ戻ろうと考える。
「・・・へぇ」
 ふと、ザードが振り返ると、今登っている丘から、村全体を高い視点から見渡す事ができた。手前にはここまで歩いてきた緩やかに曲がる小道と、同じ建築様式の家々が並び、その周りは何も無く、ただひたすら何処までも広がる緑の丘陵地帯。絶景と呼べるかどうかは分からないが、これだけ開けた風景は心地の良いものだった。暫くその景色を眺めた後、丘の反対側の景色も気になり、ザードは再び丘を登り始めた。

 歩みを数歩進めた所で、不意にザードの足が止まった。
 歌が、聞こえる。
 女の声。とても綺麗な声だと、ザードは感じた。目の前の丘には一本だけ大きな木が立っているのだが、歌声の主はその反対側に居るようだ。別に行く先に誰が居ようが構う事は無い、と思いつつも、ザードは何となく足音を忍ばせて坂を上る。
 大きな木の反対側に居たのは、ザードより少し年下、16、7歳くらいの少女であった。ザードが歌声から連想した姿より、ずっと幼い姿をしていた。芝の上に腰を下ろし、目の前に広がる丘陵を眺めながら歌を歌っている。
 つい、少女の歌声に聞き入ってしまったザードは、段々と覗き見をしているような気分になってくる。ここで立ち去るのも声をかけるのも不自然だと思ったザードは、代わりにわざとらしく、くすん、と鼻を鳴らした。
 びく、と肩を震わせ、少女がザードに振り向いた。
 ザードと少女の視線がぶつかる。歌っていた所を見られたのが恥ずかしかったのか、少女が顔を赤らめた。



「・・・悪い、邪魔したな。
 気にせず続けてくれ」
 ザードが頭を掻き、そっぽを向くと、
「そう言われても、改めて知らない人の前で歌うなんて恥ずかしいですよ」
 少女は困ったような顔で笑った。
 見知らぬ人間に向ける表情にしては、屈託のない笑顔だった。

「こんにちは。旅の人ですか?」
 少女が長いスカートを払いながら立ち上がった。
「まぁ、そんなところだ」
「何も無くて退屈な村でしょう?」
「あぁ。いや、でも、この景色を見たら、そうでも無いって気になったよ」
 ザードは少女が眺めていた草原を見渡す。予想通り何も無く、どこまでも、どこまでも続く丘。空気が澄んでいて、遠くの稜線まではっきりと見えた。
「そうですか。私も、ここからの眺めが大好きなんです」
 自分と同じ思いの相手である事が嬉しかったのか、少女は軽く身を揺らして喜んだ。しかし、その表情はすぐに寂しげに曇る。
「・・・私、今日から暫く村から離れるんです。だから、この大好きな景色を最後に見ておこうと思って・・・」
 その言葉にザードは、おや? と首を傾げた。まさかとは思いつつ少女に尋ねる。
「ひょっとして、この村からエベネゼルまで護衛つきで招待される客人って・・・」
 少女も、ザードと同じように驚きの表情を浮かべた。自分の予想が当っていた事を確認するとザードは親指で村を指し、
「エベネゼルの護衛隊は、とっくに村に着いているぞ。肝心のアンタがこんな所に居ていいのか?」
「も、もうそんな時間ですか・・・!?」
 サードの呆れた声に、少女は足元に置いたバスケットを開け、その中にある懐中時計で時間を確かめた。少女の顔が強張る。
「ごめんなさい、私、もう行きますね!」
 一方的にそう言うと、少女は丘を駆け下り始めた。そして一度足を止めて振り返り、
「私、レナ = アシュフォードと言います! よかったらお名前を教えて貰えますか?」
 少女、レナの問いかけに、ザードは呆れた表情で肩をすくめて言った。
「あんたの護衛その1だ」
 きょとん、と、レナの表情が呆けた。

「エベネゼルには、何の用事で行くんだ?」
 村に戻る道すがら、ザードはそれとなくレナに聞いた。雇われの身である以上そのような情報は耳に入ってこないので、自分の置かれた状況を確認することの出来るチャンスだと思った。
 エベネゼルではない、あの依頼書を送ってきたザードの本当の依頼主は、恐らくザードにこの仕事をさせる為、ゲイルに依頼を持ちかけたのだろう。依頼内容は、"エベネゼルに雇われ、護衛の仕事を受けろ"というものであったが、直接的な依頼内容は、"この少女を守れ"という事で間違い無い筈だ。
 では何故?
 何故、このような回りくどい依頼をするのか?
 ザードは依頼主から"護衛の仕事を受けろ"と指示を受けただけで、何故その必要があるのか、ザードがこの仕事を受ける事によって、依頼主にはどのようなメリットがあるのか、全く知らされていない。
 護衛の仕事をこなす上で必要な情報では無いのかもしれないが、この少女に自分を始めとする十数人もの護衛が必要な理由に、ザードは興味があった。
「詳しい事はお話出来ないのですが・・・
 エベネゼルの方々から、わたしのオリジナルの術を解析したいという申し入れがあったのです」
「それは・・・鬱陶しい話だな」
 個人の魔導士がオリジナルで作り上げ、魔導式として成立している術には、どんなものでもそこそこの価値を持つ。それをわざわざ他人に教えるという事は、自分の手の内を晒してしまう事であり、当の魔導士にとっては面白い話では無い筈だ。
「私は村で魔法医をやっているのですが、私が村を出ている間もエベネゼルからの魔法医を派遣してくれるという事でしたし、術の解析に協力すれば、村への配給や駐留する兵隊さん達の数も増やしてくれるという事だったので」
 レナの言葉に、ザードは気の無い相槌を打つ。レナは話を続ける。
「村から5日ほど歩いた国境では、隣国の侵攻が激しくなっていると聞きました。村でも食べ物にも困り始めているんです。
 ですから、私がエベネゼルへ協力する事で、少しでも村が豊かになるのなら、その労力は惜しみません。
 それに、私の術で、もっとたくさんの人を助ける事が出来るなら、その機会を与えてくれるエベネゼルには感謝をしたいくらいです」
「ふぅん。立派な事で」
 ザードの素っ気無い返事に、むっとした表情を浮かべるレナ。
「正直、理解できないな。
 どんな術かは知らないが、自分で技法を本にしたり、技術を独占すれば金になる話だってのに。せっかくの儲けの種を他人の為に不意にするなんて、勿体無い話だ」
「村のみんなは私の家族も同然です。他人なんかじゃありませんよ」
 ザードは眉間にしわを寄せる。家族、という言葉に思う所があったのだ。
「あなたは、家族へ水や食べ物を分け与えるのを、勿体ないなんて思うんですか?」
 レナの言葉に、反射的に悪態をつこうとしたものの、ザードはその言葉を飲み込み、溜息を吐く。
「・・・良く分からない。ずっと、一人だったからな」
 今のザードには家族と呼べるものはいない。いた事もあったが、それは昔の話だ。仲間という関係は幾つか持っていたが、その関係は"利害"で結ばれているものが殆どで、家族のような結び付きとはまた違っているように思われた。ザード自身、普通の人間が当たり前に持つ感情の幾つかを持ち合わせていないという自覚はあった。
 レナは少し視線を落とし、謝る。
「すみません・・・悪い事を聞いてしまいましたね」
「別に、そんな事はないよ」
 二人は暫く小道を歩き、頃合を見計らい、ザードは一番肝心な疑問に触れた。
「そのオリジナルの術って、どんな魔導なんだ?」
「それは、教えられません」
 レナは困り顔をしながらも、きっぱりと答えた。

 レナが村を抜け出していた事で村では少々の混乱はあったが、予定通りにザード達のトラックは村を出発する事が出来た。
 村で唯一の魔法医であったレナは村人達からの人望も厚いようで、予定では一月少々で帰ってくると分かっているのに、村人達はまるで今生の別れと言わんばかりにレナを見送った。彼女は困ったように手を振っている。
「よっぽど村人達から好かれてるんだな・・・」
 ザードはトラックの窓からその様子を眺め、何と無しに呟いた。
「家族・・・ね。」
 不意に、レナと視線が合った。
 彼女はザードに向い軽く頭を下げる。無視するわけにもいかず渋々と手を振り返し、トラックの奥へ引っ込んだ。

「さてと、これから何が起こるのか・・・楽しみだな」
 ザードは枕代わりにしていた鞄の中の仕事道具を確認をする。
 依頼主がどういうつもりかは知らないが、ザードをこの護衛団に紛れ込ませたという事は、依頼主はかなりの確立で護衛団への襲撃がある事を確信しているのだろう。
 ザードの仕事はここからが本番である。

 そしてシスター・レナを迎え入れた護衛団はエベネゼルへ向けて来た道を引き返し始める。
 しかし彼女が故郷に帰って来る事は無かった。
 その後、彼等の中で後再びこの地を訪れる事が出来たのは、ザード=ウォルサムただ一人のみだった。


第37話 オブスキュア

「今夜はここでキャンプを張る!
 各自グループの者とテントを張り、交代で見張りに着くように!」

 山奥の木々が少し開けた場所で、護衛隊の指揮をしているエベネゼル兵がそう言い放った。
「おいおい・・・」
 周りの傭兵達が、黙って寝床の用意を始める中、ザードは自分の耳を疑っていた。彼は命令を下したエベネゼル兵の腕を捕まえる。
「正気か?
 こんな山奥でキャンプを張るなんて、敵に襲ってくれと言ってるようなものだ」
 兵士はザードを鬱陶しそうに一瞥する。
「我々は3日以内にエベネゼルまで戻らなければならない。その為には今日中にこの山を半分は超えていないといけない。
 それに、これは上から指示されたスケジュールでもある。
 例え襲撃があったとしたら、その時は君たちの出番だ。その為に雇っているのだからな」
「・・・そうかい」
 何も考えていない兵士の言葉に呆れ、ザードは抗議を諦めた。
(まぁ、いいか。
 いつあるか分からない襲撃を警戒するよりは、襲撃しやすい状況に誘い込んだ方が、早くカタが着きそうだ)

 シスター・レナを護衛する為に雇われた傭兵は15人。その者は皆、一番大きなトラックに全員押し込まれて移動している。各自が持つ武器の他に、一丁づつ銃も支給されていた。そしてエベネゼル正規兵5人とシスター・レナの乗る車、物資の運搬トレーラーが1台と、20人程の人数で3台の車で移動していた。
 兵士達がキャンプ地に選んだ広場を3台の車で囲み、その囲みの中に4張りほどのテントと、幾つかのかがり火が立っていた。
 傭兵とエベネゼル兵は交代で見張りをしているものの、緊張感は今ひとつである。襲撃などある筈は無い。あったとしても銃が支給されているこの護衛隊ならば恐るるに足りないと誰もがタカを括っていた。
 ザードは眠る事を諦め、レナが眠っているトラックの周りで、徹夜で見張りを続ける事にした。かがり火を背にし、剣とライフルを抱えるように座る。

「あの、・・・」
 遠慮がちに掛けられた声に振り向くと、ショールを羽織ったレナが立ってた。
「なに外に出てきてるんだよ。車の中に戻ってろ。
 せっかく俺達が徹夜の護衛をしても、あんたがそれじゃ意味が無いだろ」
 そう言うザードに、レナはコーヒーの入ったカップを差し出した。
「どうぞ。私の乗る車に、いっぱいありますから」
「・・・どうも」
 ザードは素直にカップを受け取る。砂糖が少ないと不満を感じながらコーヒーをすすった。
「それにしても、大した護衛団だな。
 エベネゼルの指揮官は能無しのようだが、たった一人の魔法医の護衛にしては大仰だ」
 ザードはちらりとレナの顔を見て、
「そんなに凄い魔導なのか? あんたのオリジナルの術って」
 レナは大袈裟に両手と首を振ってみせる。顔をしかめ困ったように沈黙していたが、やがて言葉を選ぶように話し始めた。
「・・・傭兵さんは、魔導の知識はありますか?」
 なぜか寂しそうな声で、そうザードへ問いかけた。
「あぁ。魔導は使えないが、並以上の知識は持ってるつもりだ」
 それだけを訊くと、レナは少し硬い表情で、話し出す。
「人の"魂"は、何の事を指すと思いますか?」
 唐突な話題に、ザードは眉を寄せて、
「さあな。心臓か、脳ミソか・・・
 俺は哲学者じゃないから、そんな事考えた事も無い。
 って、何の話だ、そりゃ?」
 レナはぎこちなく言葉を紡ぐ。
「私のオリジナルの魔導は、人の魂に作用するものなんです。
 ですが、私達人間は、"魂"が何なのか、未だに掴みかねています。
 もちろん、私自身も」
 レナの話にザードの胸がざわめいた。
「そんな私に、人の魂を操る資格があるのかな、って・・・
 いえ、私の構築した魔導は、人が扱ってはいけない物ではないか、って感じているんです」

 二人の間に沈黙が降りた。ザードの胸のざわつきは収まらない。まるで、踏み込んではいけない一歩手前に立たされている気分だった。
 しかしザードは躊躇わない。躊躇無く踏み込んではいけない一線を越える。
「魂を操るってのは、人の生き死にを操るって事か?
 あんたは死んだ人間を生き返らせる事が出来るとでも?」
 命を操る魔導など、眉唾物の神話やおとぎ話ならいざ知らず、史上に存在していた記録は無い。
 もし命を操る術があるのなら、それを欲する者は幾らでもいるだろう。
 しかし、そんな事が出来る筈が無い。冗談や、ザード早合点であってほしい。そう思いつつレナに問いかけたザードだが、返って来たのは伏せられた視線と沈黙だった。
( ・・・マジかよ )
 それが本当なら、彼女はとんでもない争いの種である。一日に人が幾千と死んでゆくこの時代、彼女の技術を欲しがらない国は無いだろう。
 何故、自分程の使い手が、このような護衛隊に紛れ込まされたのかようやく理解して、ザードは思わず苦笑いを浮かべてしまった。


 ゴグワッ!!
 耳をつんざく爆音と、オレンジ色の炎の熱気が二人を襲ったのはその直後だった。遠くで男の悲鳴が響いた。
 傭兵達のテントに爆弾か魔導が打ち込まれたのだ。
 レナとの話に気を取られ完全に不意を突かれたザードは、立ち尽くす彼女の手を引き正規兵達が移動に使っていた車に彼女を押し込む。
「この車は防弾仕様だったな?
 ここから動くんじゃないぞ」
 レナは表情を無くし、防弾ガラス越しにザードの顔を見ている。ザードが親指を下に向け、"頭をひっこめろ"と言うと、レナは慌てて身を沈めた。
「さてと。どこのどいつだ」
 ザードの居る場所からは見えないが、爆破された傭兵達のテントからは悲鳴と怒号、銃声が続いている。襲撃者と護衛兵達が戦っているようだ。しかし、ザードは加勢には行かない。ザードの仕事は彼女を守る事である。他の傭兵達がどうなろうが知った事では無かった。
 茂みの中から、焼け付く殺気がザードの身に突き刺さった。
 パギィン!
 ザードが目の前で振るった剣が、虚空で火花を撒き散らす。剣で銃弾を弾き飛ばしたのだ。
 自分に向けられた殺意を鋭敏に感じ取る事の出来るザードは、自分に襲い来る殺意を視て取る事が出来た。暗闇の中、亜音速で飛来する銃弾ですら例外ではない。
 それは魔導とは違う、ザードの持つ"能力"だった。しかし彼が見えているのは"殺気"であり銃弾ではないので、万能の能力という訳でもない。もし今の銃弾にザードを殺そうという意志が込められていなかったら、銃弾を剣で弾くなどといった芸当は出来なかった筈だ。
 ザードを撃った茂みの奥に潜む気配が動揺の色を見せた。そして、その動揺は共に身を隠していた他の気配にも伝染する。
 数は、6人。
 相手の姿が見えなくても、ザードにはそれが分かる。
 そしてその気配が、人を殺し慣れた人間の物だという事も。

 ザードは剣を持つ左手に魔力を集中させると、魔力剣に刻まれた魔導式が起動し彼の魔力を無節操に吸い上げ始めた。剣に刻まれた魔導式が赤く光を放つ。
「来いよ。その人数でたった一人が怖いか?」
 ザードの挑発に、目前の6つの気配は一拍置いてから拡散し、人間離れした跳躍力でザードの頭上から襲い掛かった。
 ザードは飛びかかる刺客へ向かい、紅く光る剣を振るう。
 ヴンッ、と、刺客には羽虫の群れが通り過ぎたような音が聞こえた。彼はザードの間合いの遥か外に居たのにも関わらず、目に見えない衝撃に体を打たれ、自分の下半身が回転しながら宙を舞っているのを見た。
 これが、もう一つのザードが持つ常識外の力。敵を斬り倒す意思を具現化し、不可視の刃に変える魔法剣。ザードはこれを"オブスキュア"と呼んでいた。尋常では無い魔力を食い潰す魔法剣であり、ザードのように、エルフの魔力を持つ者でもなければ扱いきれない剣である。
 残りの刺客がザードに襲い掛かる。刺客達は揃いのマントを着込み、揃いの槍を持っていた。
 ザードは襲い来る切っ先を紙一重で交わし、素手で槍を掴んで先端の穂を地面へ突き立てた。勢いを殺された刺客はたたらを踏み、その隙を突いてザードは剣を刺客の腹部へ突き立てる。マントの下に鎧を着ていたのか、やや硬い手ごたえが伝わる。しかし、魔導式を起動させた"オブスキュア"は、鋼でも易々と斬り裂いてしまうため、相手が鎧を着込もうが関係無かった。
 一瞬で二人の刺客を倒された事で、残りの刺客達は攻撃を中断する。それを好機と見て、ザードはまだ動揺を見せている一人の刺客へ飛び掛り、剣を振るう。刺客は槍でザードの剣を受け止めようとしたが、ザードの剣は槍ごと刺客を切り裂いた。
「へっ、余裕ッ!」
 そう吠えるとザードは身をひるがえし背後に迫る刺客を迎え撃った。
 これが、"月の光を纏う者"の戦い方。
 自分に向けられた殺意が見える"能力"と、使い手の魔力次第で圧倒的な破壊力を発揮する"オブスキュア"。そして、ザード自身の人間離れした反射神経と瞬発力。これを武器に、たった一人でザードは幾千もの人間を斬り倒してきたのだ。

 ザード個人は普段通りの戦果を上げていたが、こちらの傭兵達が次々と敵に倒されてゆくのをザードは横目で見ていた。傭兵達が弱いのではない。刺客達は統率を持った動きを取り、戦闘技術もかなり高い。ザードはレナの隠れる車を守りながら戦っているので、傭兵達のサポートまで手が回らなかった。
( まずいな・・・ )
 銃を抜いた刺客をライフルで撃ち倒してからザードは思う。味方の傭兵達は、もう殆ど残っていないようで、ザードを囲む刺客の数が増え始めた。敵を全滅させるのは簡単だが、これだけの数の刺客を相手取りながらレナを守るというのは難しい。戦いの後に生かしておいた敵から、背後関係を喋らせるつもりでいたが、どうも刺客達の戦い方はプロのそれである。尋問したとしても、素直に喋らせる事は難しいかもしれない。
 ならば、ここで刺客と遊ぶ意味は無い。
 ザードはレナの乗る車の周りに居た刺客達へ向け、"オブスキュア"で放った紅い風を叩きつける。刺客が吹き飛ばされた隙を突き、車の運転席を空けた。
「逃げるぞ」
 後部座席で毛布を被って隠れていたレナが、ザードを見た。
 刺客の数人が運転席のドアをこじ開けようと、武器を突き立ててきた。ザードは助手席に立てかけてあった散弾銃を手に取り、防弾ガラスに銃口を押し付ける。
 バシャアァァァンッ!!
 防弾ガラスといえど散弾の零距離射撃には耐え切れず、ガラスは粉々に吹き飛び散弾と共に刺客たちを襲った。
 ザードは腰に仕込んだ小さなナイフを取り出し、ハンドル脇のキーボックスに突き刺して強引に回す。呆れるほど簡単にエンジンがかかった。すぐさまザードは車を発進させ、数人の刺客を撥ねながらその場から逃げ去った。



「やれやれ・・・何とか撒いたか」
 シートに深く身を沈めながらもアクセルは緩めず、ザードの運転する車は猛スピードで山を駆け下る。
「エベネゼルの兵士や、傭兵の人達は!?」
 レナが身を乗り出して訊く。
「さぁな。あの調子じゃ全滅だろ。
 あれほど使えない奴等だとは思わなかったな」
 他人事の様に言うザードへ、レナは声を荒らげる。
「戻ってください!! まだ助けられる人がいるかもしれません!!」
「俺の仕事はあんたの護衛。あいつらのお守りまでは料金外だ」
「見捨てるんですか!!?」
 ザードは舌打ちをする。
「じゃあ正直に言ってやるよ。俺達が逃げる時には、ほぼ全滅だった」
 レナは息を詰まらせ、黙り込む。
「悪いが、俺もあんたを守りながらあの数を相手にする自信は無い。だからこうして逃げ出したんだ。あいつらを助けに行って、あんたが刺客にやられたら元も子も無い」
 少しだけ柔らかい口調で、レナを説得しようとするザード。自分がどうすれば良いのか分からず、レナは俯き唇を噛んだ。
「・・・あの人達の狙いは、私、なんですか?」

 ざわっ
 ザードの全身が泡立った。背中に冷たい汗が浮かぶ。
「あぁ・・・どうやら、あんたで間違い無さそうだ」
 ザードの口調が変っていた。その声色にレナは眉を寄せる。
「追って来やがった」
 猛スピードで車を走らせているのにも関わらず、殺気の塊がどんどん車に近づいている。車に取り付けられたバックミラーを覗いても、車の後ろには黒々とした闇しか見て取れない。
 こんな嫌な殺気を浴びせられたのは久しぶりだった。
「車の運転・・・出来ないよな?
 あぁ、このペダル踏んで。で、真っ直ぐ走るようにハンドル持っててくれればいい」
 ぽかんとしているレナに、とてつもなく簡単な運転のレクチャーをしたザードは、運転席の窓から身を乗り出し散弾銃を構える。車が蛇行を始めたのでレナは慌ててハンドルを掴み、必死で車を真っ直ぐ走らせた。
 ザードは流れる景色を吸い込んでゆく車の後ろの闇を凝視する。何も見えないが、すぐ近くに猛烈な殺気を放つ何かが居て、ザード達の車と同じスピードで追いかけて来ている。暗闇からいつ何が現れても不思議ではない雰囲気である。


「ホラー映画かよ」
 チープなシチュエーションを鼻で笑い、ザードは散弾銃を暗闇に向かい乱射した。瞬間、
 ザゴンッ!
 暗闇から何かが飛び出し、車の屋根に突き刺さった。レナの驚きの悲鳴が聞こえる。自分に向けられた攻撃では無かった為、ザードは"能力"でこの攻撃を感知する事が出来なかった。
 車に突き立った物は、まるで死神が持っているような、異様に巨大で不気味な装飾の施された鎌だった。鎌の柄には鎖が繋がっており、その先は黒々とした闇へと繋がっていた。ザードは舌打ちをして、
「悪趣味ッ!!」
 オブスキュアで車に食い込んだ鎌を切り飛ばした。つもりだった。
 しかし、破壊するつもりで斬り付けたにも関わらず、大鎌には傷一つ付ける事も出来なかった。"オブスキュア"と同じ、強力な魔力を持つ魔導具のようだ。
 ジャギッ、と音を立て鎌に繋がる鎖が引っ張られた。同時に、がくんと車のスピードが落ちる。暗闇に身を隠す誰かが、車に突き刺さった鎌を引き寄せているのだ。さすがにゾッとするザード。
 ザードは剣を振るい、鎌の突き刺さった車の屋根部分をまるごと斬り飛ばした。大鎌は車の天井と共に跳ねて、暗闇の中へと消えていった。

「傭兵さんっ!!!」
 レナの声に前方へ振り向くと、先には道が無く夜空と遠くの山並みが見えていた。道が大きく曲がっているのだ。
「ちっ・・・!!」
 運転席へ戻ったザードは、慌ててハンドルを切り、ブレーキを踏みつける。しかし、間に合わない。
 車は崖から飛び出し、崖の下へ広がる森へと落ちていった。


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