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― その1 ―  煌めく駿馬

 幸は佇(たたず)んでいた・・・。
 目の前には美しく澄んだ湖面があり、辺りの山々は蒼く、聞こえてくるのは愛を囁く鳥たちの歌声と、頬を撫でる風の囁きだけである。
 不安という言葉なぞ存在せぬかのように、・・・この上なく、心の安らぎを感じる空間であった。
 透き通る湖水から目線を上げると、遙か彼方に何か光るものが見える。
 ・・・黄金。
 「希望を感じるような光・・・」

 そう思えた。
 だが、よくよく目を凝らしてみると馬であった。
 煌(きら)びやかに風を光に変えながら、駿馬が駆けていたのである。
 「美しい・・・」
 そう口にせずにはいられなかった。

 

 やがて駿馬は水面を蹴った。
 そして真っ直ぐに此方に向かって来る。
 だが水面に波紋ひとつ起こさず、残しもしない。
 その走りからは、優しさと暖かさと安らぎを覚えるのだ。・・・漸(ようや)く巡り合う喜びに打ち震える様な感覚がしていた。
 キラッ! キラッ! キラッ!
 次第に駿馬の煌(きら)めきが増していく。
 それは次第に、直視できぬ程の眩さへと変わっていた。
 ・・・神々しい。
 「世に、これ程に美しいものが在りましょうか。・・・人が目にした事がありましょうか・・・」
 幸は完全に心奪われていた。
 そして駿馬の瞳が澄み切っているのを感じていたのである。

 

 もう駿馬は眼前にまで迫っていた。
 だが駆け寄る速さが落ちる様子はなく、逆に速度は上がっている。
 ・・・しかし、全く恐怖を感じる事は無い。
 奇妙な感覚だった。
 やがて駿馬は、眩(まばゆ)いばかりの黄金の光と化し、
 そして、またしても、
 ・・・幸の腹に飛び込んだのである。
 「はっ!」
 幸はそこで目が覚めた。
 (・・・現実に戻された)
 そして夢の中で初めて出会った感覚、神々に近い感覚を、何度も繰り返し思い出してみるのだった。
 
 その隣では、幸を案じていた長兵衛が寝息をたてて眠っている。幸の異変を感じ取って、起き上がってくる気配はない。
 その時・・・、長兵衛もある夢を見ていたからである。


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― その2 ―  期待と不安

 長兵衛が見ていた夢は、嘗て三代前に八郎兵衛直益が見たものと同じであった。

 燃え盛る天守に死装束の武将が座している。
 そして最期の時を前に、己の人生と叶わぬ夢を振り返りながら心静めていたのである。


 「殺戮のない国を・・・、天皇(みかど)を中心とした永遠の平穏と、そこで暮らす領民の姿を夢見ておった・・・」
 穢れなき崇高な想いが伝わってくると、長兵衛もその心根の美しさに感化した。
 そう感じた刹那、意を決した武将が刃を手にするや、潔く腹に刃を突き立てたのである。
 「あっ」
 思わず長兵衛は声を上げた。が、目は逸らさない。
 「・・・武士たる者、その死に意味がある・・・。来世は生きて成し遂げん・・・」
 という武将の言葉が伝わってきた。
 「・・・これが武門に生きる者の最期の姿だ」
 と悟った途端、そこから不思議な光景を目にする。

 

 刃を突き立てた武将の腹部から黄金の光が四方に放たれ、その眩さに武将が包まれていったのである。
 そして輝く光はやがて形を成していく。
 「馬じゃ、黄金の馬ぜよ!」
 長兵衛がそう叫ぶと、黄金の馬は天空に向かって駆け上がった。

 それを目で追っていると、そこで夢から覚めた。

 

 目を開けると幸の顔があった。
 暫くの間、言葉にならず、互いに顔を見合わせていたが、幸の方から口を開いた。
 「また不思議な夢を見たがです。・・・この度は馬でした」
 それには長兵衛も驚いた。
 「わしも馬じゃ、黄金の馬じゃった! 武将が光り輝く馬になったがよ」
 「まあ!」
 只々驚くばかりである。
 それでも長兵衛はこの日も女中に命じて、神棚に花と餅を供えさせた。
 ただ不思議な夢が続いた事を訝(いぶか)り、
 「何処ぞの寺で拝んで貰うべきじゃろうか・・・」

 ふとそう思った。

 

 幸の心も少し複雑だった。
 「私の中の不安が増大してる。でもその反面、何か崇高な意志に導かれているという喜びがあるのも事実。
 この子は一体どんな運命を背負って生まれてくるというのでしょう。
 私は母として、親として、喜ぶべきなのでしょうか、それとも悲しむべきなのでしょうか。
 ・・・分からない。
 人生とは・・・この子がどう生きる事が幸福なのか、分からない。
 次男坊として背負うもののない生き方、平々凡々と生きる事が、この子の幸せなのでしょうか。希望に満ちて生まれてくるこの子にとって本当に幸せなのでしょうか。
 分からない。
 ・・・まさか、私がいたらぬから、この子に妙なものが取り憑こうとしているのでは・・・。
 ・・・それとも、この坂本家の血を引く者に纏わる宿命なのか・・・。
 生まれながらに、・・・何かを背負って生まれてくるなんて・・・、
 ああ、
 目に見えぬ世界の事とはいえ、この子のために知りたい。
 誰か教えて欲しい、本当のところを・・・」


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奥付



竜馬外伝i‐3 竜馬誕生の章


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著者 : 中祭邦乙
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