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001

 人類が星間旅行の方法を発見して宇宙に向かって大進出を始めたころ、人々は知性を持つ異星種族との遭遇を現実の可能性として考えた。
 相手が平和的な種族なら、人類との平和的な関係を望むはずなので、もちろん人類としても腕を広げて歓迎する。初めのうちはもしかしたらどちらもぎこちない思いをするかもしれないが、前向きの精神によって支えられた忍耐強い交流を続けることができるなら、やがては双方が多大の利益を受けることになるだろう。
 しかし相手が攻撃的な種族なら、人類に敵対して攻撃を加え、地球へ攻め込むことを望んだら、人類としてはどうすべきか。相手が強力な未知の兵器を使うなら、人類の宇宙船はおそらくひとたまりもないだろう。植民惑星の防衛線は驚くほど脆弱で、もし一度でも上陸されてしまったら、相手の武器が仮にバイキング程度のものであったとしても、訓練された兵士による組織的な攻撃の前では板塀ほどの強さもない。だからこそ宇宙船に強力な兵器を積み込み、植民惑星に兵士と武器を配置して防衛戦を強化すべきだとする声がそこかしこから上がったが、まだ遭遇もしてない未知の種族を相手に何をどう強化するのかという技術的な問題がつきまとい、当然ながら予算の問題もつきまとい、議論が繰り返されるうちに大多数の人々は宇宙船や植民惑星といった人類文明の末端を守るのはそもそも難しいのではないかと考えるようになり、それよりも人類の母星である地球を守るほうが技術的にも経済的にも合理的なのではあるまいかと考えるようになったので、その方針にしたがってヘルメス計画が立案され、承認され、すべての植民惑星は衛星軌道上にヘルメス衛星を配置することが法によって義務づけられた。
 ヘルメス計画にもとづいて十年の歳月をかけて開発されたヘルメス衛星は高度な自己修復機能を備えた高価な人工衛星で、自身で、あるいは地上からの通信によって敵対的な種族からの攻撃を認識すると、超空間航行システムを搭載した無人の緊急連絡ポッドをただちに地球に向かって射出する。また、同様の緊急連絡ポッドがすべての恒星間宇宙船を追尾して、宇宙船が攻撃を受けるとただちにその宙域から脱出する。緊急連絡ポッドは地球圏に到達したあと、最高レベルの暗号化をほどこした秘匿信号を地球に送り、地球連邦政府はただちに信号を解析して人類の母星である地球を守るために必要な手段を検討する。
 計画の実施当初は装置やプログラムの不具合、人間の誤操作や仕様誤解などによる障害がいくらか報告されたものの、数回にわたる改修とマニュアル類の改善によってほどなくシステムは安定した。単純に武装を強化したほうがはるかに安上がりではなかったかという指摘もいくらかあったが、人類の支配圏における緊急連絡網はこれによって確立されたと多くの人々は考えた。そしていくらかの人々はいまにも緊急連絡ポッドが飛来して人類の危機を告げるのではないかと不安な面持ちで空を見上げ、そのうちに緊張と疲労を感じて頭を垂れ、凝った首筋をさすりながら自分にはマッサージが必要だと考えた。
 そう考えた人々の一人、コルサコフに住むコペイク氏が市内のマッサージ店を訪れて伝統的なマッサージを受けていると、店がいきなり武装警官隊に包囲され、拡声器で増幅された投降の呼びかけに対して武装したマッサージ師の集団が発砲を始めた。激しい銃撃戦となり、コペイク氏は警官の撃った流れ弾にあたって重傷を負い、病院に運ばれて治療を受けたものの、首に重大な障害が残った。コペイク氏は警察に補償を求めたが、警察は補償に応じるかわりに病床にあったコペイク氏を逮捕して、コペイク氏こそがマッサージ店を根城とする恐るべき政治的暗殺結社の領袖であると発表した。コペイク氏は起訴され、裁判で有罪となって三十年の懲役刑が言い渡された。コペイク氏は控訴し、上級審は第一審における証拠の取り扱いに看過できない問題があったことを指摘して原判決を破棄、検察もまた若干の事実誤認があったことを認め、コペイク氏が政治的暗殺結社とはまったく無関係であり、したがって政治的暗殺結社の領袖でもないことが法の場においてあきらかにされた。ところがなぜか判決ではまたしても有罪となり、改めて三十年の刑が言い渡された。コペイク氏は無罪判決と名誉の回復を求めて再審請求を繰り返した。刑期を終えてからは果敢に活動を展開し、本を書き、講演をおこない、インタビューに応え、さまざまなテレビ番組に出演して警察と検察の不正と怠慢、判事の非常識を糾弾し、政治を語り、文明を批評し、もちろん再審請求も繰り返した。コペイク氏は世界的な著名人となり、世論と政治的圧力がコルサコフに集まり、ついに再審請求が認められた。裁判のやり直しがおこなわれ、コペイク氏に無罪が言い渡され、当局は謝罪し、公式に名誉の回復がおこなわれ、歴史家によって事件当時の当局における数々の不正が暴かれ、激昂した民衆は当時の裁判長や検事の墓を掘り起こし、出てきた骨を砕いて街道の四つ辻にまき散らした。このとき事件からすで百八十年が経過していたが、首に残った障害を除けばコペイク氏はいたって壮健であった。コペイク氏は自分の名前にメトセラを加えてもとの名前とハイフンで結び、食事のときに塩分を控えめにすることが長寿の秘訣であると説明した。コペイク氏の不可解な長命は人類に新たな希望と解決すべき難問を与えた。そして人類の文明圏の末端では高価なヘルメス衛星が沈黙を守り、来るべきときを待ち受けていた。



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