閉じる


<<最初から読む

7 / 7ページ

7.

 次の場面は、姉とウルトラマンを見ているところだった。これは、ジャミラが出てくる「故郷は地球」という回の話だ。

 宇宙飛行士だったジャミラは惑星に墜落し、救助を待つ間に怪獣に変化してしまう。救助に来なかったことを恨んで、地球に復讐するため帰ってくるのだが、ウルトラマンに倒されてしまうという救われない話だった。

 墜落した惑星が水の無い惑星だったために、水が弱点になってしまっていたジャミラは「ウルトラ水流」という両手から大量の水が放出される必殺技で絶命する。

 死の間際に、ジャミラの赤ん坊の声のような泣き声で悲鳴を上げ、もがき苦しむ姿が姉の姿と重なった。姉は誰もいない暗黒の世界で助けを求めている。

「望、姉ちゃんを助けに行くぞ」

「ああ」

 

 現実に戻ると、姉が放心状態で地面に座り込んでいた。さきほどまで揉みあいをしていた人物はもういない。

「薫姉ちゃん」僕は大声で叫んだ。

 ゆっくりと姉がこちらに顔を向ける。泣き腫らした目に、わずかながら火が灯ったようだった。

「望」

 近くで見ると、姉はあまりの疲労に一回り小さくなっているように感じた。

「さっきの人、赤ちゃんを捨てに来たんじゃなかった。病院の人だって。わたし勘違いして……。でもよかった」

「そうか、よかった。姉ちゃん」

「ん?」

「思い出したよ。全部思い出した。ごめん。俺姉ちゃんに何もできなかった。本当に今まで迷惑かけた」

「何馬鹿なこと言ってんのよ。謝ることないわ。あんたと遊んでいるとき、楽しかったよ。イツカが出てくるときも、弟が増えたみたいでおもしろかったし」

 姉がふらふらと立ち上がった。慌てて僕は肩を貸す。そのまま近くのベンチに腰掛ける。

「謝るんだったら。わたしのほうよ。突然家出しちゃったし」

「……」

「わたしさあ、あのとき親に会いに行ってたんだ。引き取ってもらった親戚のおじさんがいきなり、居場所が分かったんだけどどうする、って。どうもこうもないわよねえ。でも気づいたら、会いに行く準備をしていたの。とにかく理由を訊きたかった」

 姉は何かのたがが外れたかのように、喋り続けていた。

「そしたら、何て言われたと思う?あのときは養う力が無かった。でも今はその用意があるから迎えにきた、ですって。笑っちゃうわよね。今までどんな思いで生きてきたか分からなかったのかしら。無視して、立ち去ったわ。その後は友達の家に住まわせてもらってたの。ねえ、望」

「ん?」

「わたし子供の頃は、本当にウルトラマンがいるって思ってた。困ったときはきっと、ウルトラマンが助けてくれるって。だから頑張れた。残酷で何の面白みもないこの世界は、ウルトラマンが変えてくれた。でももうその世界はなくなってしまったの。わたしはまた現実の世界に戻ってきてしまった。そしたら、もういいかなってなっちゃって。死にたいってわけじゃないけど、別に生きてても死んでしまってもどっちでもいいかなって」

「姉ちゃん、UFO見に行こう」

「そんな今から――」

「ウルトラマンは今も怪獣をどこかで倒しているし、UFOもきっと飛んでる。今まで二人の目で確かめてきたじゃないか。これからも俺と姉ちゃんの目で色んなものを見ていくんだ。だからさ、またUFO見に行こう」

「ちょっ、ちょっと」

 僕は姉の手を取って、走り始めた。どこまでも走っていけるような気がした。景色が見る間に変わっていく。月だけが僕達を追いかけていた。

 

 走りすぎて、自由がきかない身体を叱咤しながら、僕達は土手を登っていた。故郷に戻ってきたのだ。以前と同様に、夜空には無数の星が瞬いている。

「望、UFOは来ないわよ。あれは何かの見間違いだったのよ」

「いや、来る。絶対に来る」人は皆誰かの為に生きている、というイツカの言葉を思い出した。薫姉ちゃんは今まで僕の為に生きてきた。だから、今度は僕の番だ。イツカも賛成してくれているはずだ。

「うそ」姉の呆けた声がした。目を向けると、赤や緑や青など様々な光を発している物体がこちらに向かって飛んでいる。

「ほら、言ったとおりだったろ」

 すると、姉が突然笑い出した。腰を曲げて爆笑している。

「どうしたの」

「あれ……ゆ、UFOじゃない……飛行機よ。はは、は」

「何だって」

「ひ・こ・う・き・よ。夜は明かりを付けて飛行するのよ。なーんだ飛行機だったのか」

 ものすごいスピードで顔が火照ってくるのが分かった。子供の頃とはいえ、僕は何て恥ずかしい勘違いをしていたのだ。

「いやーさすがわたしの弟だわ。まさか飛行機をUFOと間違えるなんてねえ」

 姉はなおも笑い続けている。お腹が痛くてしょうがないようだ。僕は睨もうとしたが、無理だった。やっぱり笑ってしまう。

 夜中ということも忘れて僕達は長い間、笑い続けた。こんなのは子供の頃以来だ。

「望」

「ん?」

「謝っておきなさいよ、詩織ちゃんに。どうせ、あれもあんたの勘違いだったんでしょ」

「うん。分かってる」東京に戻ったら、真っ先に詩織の所へ行こう。

両手を大きく空に向け、姉が大きく伸びをした。「なんか、まだわたしやっていけそうな気がする」

「それはよかった」

「だってさあ、飛行機のことUFOって思ってたのよ。それが心の支えだったんだからね。責任取んなさいよ」

「もういいだろ。本人が本物だと思ったら、間違っててもそれは本物になるんだよ」

「苦しい言い訳ね。でもまあ、確かにそうかも」

 この瞬間僕は決めた。あれはUFOだ。誰にも文句は言わせない。

「また来いよー」

姉が大声で手を振って、叫んでいる。

 その声に反応したかのように、UFOはちかちかと明かりを点滅させた。

この本の内容は以上です。


読者登録

鬼風神GOさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について