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追撃

裏切り、裏切られ

「MIDORI、裏切ったといったわね」
 強烈な加速の中、シファは口にし続ける。
 ミスフィは沈黙のままだ。
「安易に信じて、安易に契約して、安易に裏切られて。
 やっぱりそこにも、あなたはいない」
「だって、すべてが全部嘘だったじゃない!」
 MIDORIが叫ぶ。
「ええ、嘘よ」
 ミスフィはあえて接近しない。
 シファはMIDORIに一人で立ち向かっていく。


「私、騙されてた!
 こうすることですべてを救えると思い、信じたのに!
 これだけの犠牲はなんのためなの?
 奪われた記憶、奪われた心、奪われた命を取り返せるなら!
 そのために私は選んだのに!」
「そう。それはあなたが選んだこと」
「でも現実は違った。
 取り返すためにはこの時間の構造を再フォーマットすることになる!
 それではなにもかもが」
「それを私はやったわ」
 遮るシファに、MIDORIは凍りついた。
「私は宇宙の始原、無のゆらぎの中に零秒標識を設置した」



「でもそれはすでに設置されていたわ。あなたが宇宙の始まりなんて」
「悲しいけど、あなたもまた、気づいたときにはすでに、その零秒標識を設置していたのよ」
 シファは冷たく口にした。
「みな、私たち、すべての命は、すべて選んでこうしているのよ」
「それがこれだけの裏切りと、犠牲と、悲劇と、死につながっていても!?」
「悪く思わないで聞いて」
 そう宣告するシファの目の前に、MIDORIとの邂逅軌道とその所要時間が表示される。
「私たちはみな、死ぬために生きているの」
「そんなの嘘よ! あなたもフォースジャスミンに騙されている!」
「冷静に考えてみて。
 この時空の実在は、いくつもの重ね合せでしかない。
 それどころか、私たちもみな、全て重ねあわせの存在なのよ」
 MIDORIは漂流し始めた。
「さあ、一緒に死にましょう。
 私たちは一瞬一瞬、生まれて死んでいる。
 このひとつの可能性の中にいることすらも固定されていない。
 私たちは本質的に自由なのよ。
 そして、本質的にだれとも離れた存在。
 哀しいけれど、私たちは、どうやっても孤独なのよ」
「そうなら、なぜあなたはそうやって私に語りかけるの?」
「決まっているわ。
 あなたのことを、放っておけないから」
「そんな」
「私たちは、究極の無限大の虚無の中から、どうしようもなく放っておけないから、利用され、だまされ、傷つき、そして死ぬとわかっていても、この可能性の世界に舞い降りてしまうのよ」
「なんてことなの! あなたはなにを言っているか分かっているの?」
「分かっているわ。でも、ほんとうに分かっていないのは、あなたの方よ」
 シファはさらに加速し続ける。
「この宇宙に生まれた理由は、『ない』なんてことは絶対にない。
 『ない』なんて簡単な理由で生まれられるほど、この世界の因果律は甘くない。
 私たちは皆、放っておけないからここに生まれ、ここにきた。
 ただ、その放っておけないという動機を、生まれた瞬間に見失う。
 あまりにも愛されすぎて生まれたために」
 MIDORIは加速軌道から離れ、少しずつシファに追いつかれている。
 接近するシファも、極高速空間のすさまじい静寂に耐えながら、それでもなおMIDORIに呼びかけ続ける。
「そして私たちは加速し続け、すでに光の速度の半分を突破した。
 時間もすでに歪み、そしてオルパース限界も突破した。
 目の前にあるのは、遷移空間という、因果律から自由だけど、無限大の圧力と高熱、高エネルギーで満たされた無限の空間。
 あなたのインフィニティシステムと、私のBN-Xシステムの生み出すシールドだけが耐え得る超空間」


 周囲は強烈な音のはずが、それが超越して静寂になっている。
「どうしようもなく放っておけないけれど、そのせいですべてが起きたのよ。
 これだけの悲劇、災禍、殺戮、圧迫、残虐。
 すべては私たちそのものが起こしている」
「それで私を追い詰めたつもり?」
「あなたは勘違いをしている。追い詰まったのは、私も、なのよ」
「なぜ追い詰めるの? おかしいわ!」
「すべてを語ることはできない。時間は有限だわ。
 このすべての因果や時間から自由な空間においても」
「こんなので納得なんか、とてもできない!」
「もう時間は尽きたわ。
 優しい嘘の時間は、終わる。
 たしかに嫌なものは嫌だと言ってもいいわ。
 でも、そのあとには?
 すべてが残り続ける。
 例え死んだとしても、全ては残り続ける。
 むしろ、放っておけなかったものが、さらに悪くなって、しかも、その手でどうにもできなくなって、残る。
 どちらが辛いか。
 あなたにもわかるわね」
「わかっても、私は」
「拒否は」
 シファはそこで一気にMIDORIに追いついた。
「させない!」
 シファはMIDORIの身体を、かっさらうように片手でつかまえ、急旋回した。




「舌噛むわよ! 歯を食いしばって!」
 あまりのことに理解出来ないMIDORIに、シファは構わず加速を続ける。
「なぜ?」
 MIDORIがしぼり出した言葉に、シファは一瞬微笑んだ。
「私はもう嘘はつきたくない。もう優しさなんか、捨ててでもいいから」
 シファはコールした。
「ダークスター、目標を確保した。これより帰還する」
「シファ、あなた、なんてことを!」
「わかっているわ。
 タガが緩んだんじゃない。
 確実に自分の首が絞まった。
 それでも私は、何度でもこうするわ。
 何度でも」
 MIDORIの驚きの瞳の上で、シファは回生制動をかけた。
 回路接続の開閉器から強烈な光が飛び散る。
 そして主フライホイールに変換器からエネルギーが流れこむ轟音が響く。
「悪いけど、あなたが還るのを見過ごせるほど、私も悟っていないの」
 シファはそういった。
「あとでたっぷり後悔する覚悟で、こうした」
 時間と可能性から離れた極高速航行から、再び時間に再突入し、視界に星々の輝きが戻ってきた。
「要するに、私もまた、放っておけなかったの」
 そこにミスフィが翼端の編隊灯を点灯しながら接近してきた。