閉じる


1.夢風船の君

 

 小さい頃、僕は自由に空を飛ぶことができた。別に例え話じゃない。本当に思うがままに、大空を翼もなく飛ぶことができたのだ。夢の中での話だが。それに、なにも空を飛ぶ事だけじゃなくって「気功」を操ることもできて、自在にエネルギー弾を打ち放しまくっていた。そして、これらの能力を駆使して迫りくる悪の軍団と戦っていた。もちろん、夢の中で。

 いや、正確に言うならば「夢の中」ではない。夢の世界へと落ちて行く前の「夢への導入」として、そんな想像を遊ばせることを習慣にしていたのだった。そういった物語を作り、自分でその中へ入り込んで遊ぶのだった。僕は夢を見なかった、というか夢を覚えていないタイプの子供だった(今でもそうだけども)ので、布団に入ってから眠るまでの間、自分を作り話の主人公に据えて遊んでいたのだった。

 その寝物語は、毎回その場で適当に設定、背景を決めて、その後に僕が主人公として入り込んでいくのだった。と言っても、凡庸なガキの思いつく設定などたかが知れており、大抵それはよく遊んだロールプレイングゲームと大好きだった童話をごっちゃにした様な代物だった。ただここで一点特筆しておきたい。僕がその場その場で考え付いた設定、背景、場所、は毎回違っていた、というか「今日は昨日の続き」という様な連続性は持ち合わせていなかったのだが、物語の大元となる世界というのは、僕の認識の中では同一の世界だった。連作の短編小説とか、オムニバスストーリーの様な感じ、と言えば分かりやすいだろうか。毎夜僕が演じる主人公達は同一の世界の中で、それぞれが別個に共通の「悪」という様なものに立ち向かっていたのだ。つまり、僕はその世界の住人である彼らの中から一人をピックアップし、その人の視点を借りて、その世界を覗き見ていたのだ。

 その借り物の物語世界の中で、僕が自分に与えた役柄は、決まって主人公であり魔道士か気功士であった。ここで言う主人公というのは、物語を推し進めていく上での「視点」という意味でのそれであり、この一人遊びの性質上、それ以外の選択肢はない。勇者じゃなかったのには、理由がある。僕のイメージでは勇者はあまり上手には魔法を使えず、どちらかというと剣士の様なタイプが多い(これも自分がプレイしたロールプレイングゲームの影響であろう)。が、僕の感覚ではどう考えても剣よりも魔法の方が強い様に感じられた。それに、ベッドの中で剣を振り回していると、汗をかいてしまい眠れなくなるし、どうしても「エイヤ」とかなんとか声が出てしまって、母に叱られる。この寝物語の主人公に剣士タイプの勇者は向いていなかった。

 主人公である僕の仲間としては、武道家とか剣士とか、そういった肉体派が多かった。で、彼らは最前線で魔物と戦い、僕は後ろから魔法とか気功弾とかを打ち込んで援護する、といったパターンが多かった。話を盛り上げるために、戦士や武道家はよく魔物の犠牲になった。僕は物語のプレイヤーであると同時にオウサーでもあった訳であるから、つまりは自分の仲間を自分で殺していたことになる。その癖に、僕は仲間を失った事への悲しみの涙を流した、正確にはそうやって悲しむ主人公の役柄を演じ、悦に入っていた。

 そして、僕の横には、いつもか弱きヒロインが寄り添っていた。彼女の役柄もいつも同じだった。彼女は何も出来ないくせに、僕を愛するがゆえ僕に付いてきたがる足手まといな女で、僕はいつも彼女を脇に抱えながら敵と戦わなければならなかった。が、魔道士という僕の設定上たいして動く必要もないので、別段邪魔になる事もなく普通に戦っていた。このヒロインはいつも僕に抱きついているという設定なので、リアル感を出すために布団を丸めて彼女に見立て、抱きかかえるというか、僕が抱きつきながら空想遊びをしていた。


 この空想遊びをいつから始めたのか、定かではないが、ずいぶんと幼い頃だった気がする。五歳とか、その位だろうと思う。子供というのは往々にしてこの種の空想遊びをするものであると思うし、それが精神の成長に役立つ、という一面もあるかもしれない。であるから、五歳位の子供がこの様な空想遊びをする事は取り立てて異常なことではないと思われる。子供は成長の過程で、小学校やらなんやらの「実社会」と触れ合うにつれ自然とそういった空想遊びからは卒業し、そのうちに自分がそういった空想の世界と戯れていた事などは(表面上は)すっかりと忘れ去ってしまう、そういうものなのだろう。

 が、僕の場合は少し事情が違った。誰もが自然としたであろう空想の世界との卒業というものを僕はしなかったのだ。空想、ファンタジー好き、とかそういった類のものではなく、文字通りそのままに、僕は己が作り上げた一個の世界から抜け出し、それを切り捨てる事をしなかったのだ。僕の中に生まれたその世界は、時をへてもなお僕の中に存在し続けたのだ。

 原因は定かではない。退行や逃避といった類のものでもないのではないかと思われる。僕は現実の世界に順応しきれなかったという事はないのである。僕の今までの人生は、それ程素晴らしい人生だったという訳でもなかったが、それ程悪いものでもなかったのである。両親は健在であるし、いじめにもあわず、友達も多からず少なからず、女にはモテないけれど、それでも女性恐怖症とか女と会話できないとか、それ程の事でもない。まあ、思いつく限りではこれといった致命的と思われる様な原因は見当たらないのである。

 それにもかかわらず、二十三歳になった現在に至るまでずっと、僕が作り出した一個の空想の世界は、依然として僕の中に存在しているのである。

 私事ここに極まれりといった感じで、まったくもって個人的に過ぎる話で申し訳ないのだが、もう少しこの世界について話そうと思う。この空想の世界について書き記すのは初めてのことであるし、何しろ今までこの世界についてしっかりと考えてみた事なんてなかったのだ。この空想の世界はあまりに自然と僕の中にあったものだから。

 他人の頭の中を覗いてみた事はないので分からないけれども、僕と同じように自分の中に別の世界を持っている人はいるかもしれない、けれど僕と「同じ」世界を持っている人は恐らくはいないだろう。まあ、そんな事はどうでもいいのだけれども、せっかくだからもう少しこの世界について考えてみたいのだ。

 この空想の世界は、幼年期から現在に至るまで(表面上は)全く何の変化もなかった。変わることなく「あった」のである。しかし、宿主であり、この世界を覗く唯一の「視点」である僕は、時が経つにつれて、というか成長に伴って変わった。当然と言えば(言わなくても)当然の事なのであるけれども、これは重要な点だ。僕の方の変化がこの世界にどの様な変化をもたらしたのか。世界自体は何も変わらなかった、のだと思う。

 ただ、僕の方で、この世界の利用の仕方が変わったのだ。子供の頃のこの世界は、僕にとっては悪と戦う物語であった。しかし、思春期に入ると物語の趣旨が変わってしまった。先程説明したが、この世界の中では常に、僕の横にはヒロインの女が寄り添っていた。この女について、僕は毎回毎回その場で適当に名前を付けていた。けれど、毎回毎回僕に適当な名前を付けられていたこの女は、決して「女達」ではなく「女」だった。全て同じ一人の女だったのだ。どんな女なのかを説明すると長くなるのでやめておくが、具体的な女というよりは僕の中での「女的なもの」といった様な、そんな様相であった。

 で、僕は空想世界の中で、いつの間にやら「悪との戦い」をそっちのけにして、その世界の趣旨をこの女とのメロドラマにすり替えてしまっていた。最重要課題であったはずの悪との戦いは二人の愛のスパイス程度の役割に成り下がってしまったのだ。いつの間に物語の趣旨がすり替わってしまったのか、定かではないが、十四、五の頃には既にそうなっていたような気がする。

 こうして僕は毎夜毎夜、空想の世界のヒロインである彼女と熱烈に愛を交わし続けた。そうしている間、現実の世界の方に取り残された僕の身体は、枕を縦向きにして乳房に見立ててはそれを吸い、丸めた布団に抱きついて股間を擦り付け続けていた事になる。我ながら惨めなこと極まりないと思う。チョコっと可愛い女の子に

「虚しくないの?」

なんて聞かれたら、

「そりゃぁ、虚しいに決まってるさ。」

と答えるしかないだろう。でも事実、虚しいにもかかわらず、僕はオナニーを覚えてまるで猿のように己が竿をしごき始めた時から今に至るまでずっと、片や空想の世界で彼女を愛し、片や現実の自分の汗の匂いが沁み付いた汚らしい布団とまぐあい続けてきたのだ。そうでもしなければ、虚しさの余りに気が狂ってしまいそうだったから。


 これだけ話したのだから、僕の空想の世界とそこにいる彼女について少しは分かってもらえただろうか。まぁ、いいか。話を現実に戻そう。その日、僕が一人暮らしをしている自宅のアパートに帰ったのは午後9時過ぎだった。定時の午後5時に研究室を出てから4時間余りの間、自分が何をしていたのか、全く覚えていなかった。何故だか分からないけれど、非常に疲れていたし、非常に苛々としていた。とにかくロクな一日じゃなかった。それだけははっきりとしていた。まあ、いつもの事であるが。

 と、書いてはみたが、実際のところその日僕がムカついていた理由ははっきりとしている。数日前、二年近く前に手痛くフラれた女から結婚式の招待メールが送られてきたのだ。その女の結婚相手は僕がフラれた直後にその女と付き合いだした男だという事だった。その男というのが一から十までいけ好かない男で、多少顔格好が良いからといってそれを鼻にかけている様な奴で、その癖に一見してその事を表に出さない様なていで善良ぶっていやがる、という糞男であった。あの野郎、わざと俺の前でイチャつくところを見せつけやがって、二人して見下した眼で僕の事を蔑みやがって。あの日から二年間ずっと、「二人揃って地獄に堕ちやがれ」と呪い続けていたのに、結婚とはな。その上にこの僕に結婚式に来てくださいだと?思いあがるのもたいがいにしろ。フラれた日、貴様は僕に「お友達でいましょう。」とかぬかしやがったけどな、僕は今日にいたるまで一度もそれを了承した事はないんだ。友達なんかではないから結婚式に行って「おめでとう」と祝福する気もないし、お祝儀を払ってやる義理もないんだ。学生結婚だから式を挙げるのも大変かもしれないけれどな、僕を呼ばないでそっとしておく、それ位の気遣いくらいはあってもいいんじゃないのかな。それは幸せになる二人が最低限わきまえるべき事だ、と思うけれどな。

 まぁけど、こんな事を思うのは僕だけかもしれない。今言った様な事を他の友達、ではないな、知り合いだな、知り合いに滔々と話して聞かせてやったら、とんでもない嫌そうな顔していたよ。非難がましい眼で睨んできやがったよ。「空気読めよ」みたいな感じでね。全く、糞喰らえだよ。読んで堪るかってんだ。ということだよ、良かったな、皆君達の味方だよ。薄ら偽善者達ばっかりだものな。

 という様な呪詛の気持ちがどんどんと内に湧き上がってきて、それでそこの数日の間、僕は無性に苛々としていたのだった。それだけならまだ良かったのだ。まぁ、良くはないのだけれど。

 その上にこの日の前日、僕はそれとはまた別の女にフラれたばかりだったのだ。こちらの女も僕からすればずいぶんと思わせぶりな女で、僕が誘うがままに何の躊躇もなく僕の家に上がり込んで、身体を擦り寄せて甘えてきた癖に、いざ僕が告白してみれば

「そんなつもりじゃなかったんです。お友達でいましょう。」

だとかほざきやがる。どいつもこいつもお友達、お友達って言いやがって。そう言っておけば無難に断れると思ってんだろうけどさ。いい加減に聞き厭きたわ。もう、こうなってみればどうでもいいんだけれどな。ああ、本当にどうでもいいけれどな。

 この様に、不幸が二つ重なり、その日僕は些かのパニックに陥っていたのだ。正確に数えた訳ではないが、僕はこの女で8回程は連続でフラれた事になるのだった。こうなってくるとフラれる事はもはや日常の些事と化してくる。それ程のショックも受けない。

「ああ、またか」

と、まあ多少落ち込みはするがその程度で、その事そのものの落胆よりも、それ(失敗)が繰り返されることにウンザリとした感の方が強い。


 その日、僕が家に帰った時もそんな感じであった。苛々としながらも、こんな日常にウンザリという倦怠感が鬱積としている。それが疲労となって両肩にのしかかり、凝り固まっているのだ。僕は自分の冴えない日常の連続性と停滞に、心底ウンザリとしていたのだ。ウンコまみれのザリガニ、まさに最悪である。

 明かりも点けずにベッドに倒れ込む。鈍痛の溜まっていた腰が伸びて心地よい。ベッド、非常に素晴らしい響きだ。そこはもう僕だけの領域。空想の世界の入り口。もういい、現実は知らない、どうにでもなっちまえ。俺は今から彼女と愛し合うから、それでいいのだ。いなくてもいいんだ。毎晩毎晩、眠れば君に会えるんだもの、ニコニコ顔の君に。今日一日、目一杯のウンザリを僕は味わい、そして乗り切ったのだ。だから明日になるまで、朝までは現実とおさらばだ。君と甘ったるくじゃれ合うんだ、甘ったるく。そうだ、今日の君の名前はシュガーにしよう。それがいい、いい名前だろう?君もそう思うだろう?

 そんな事を考えながら、僕はすぐにまどろみ、眼を瞑り、風船を膨らませるのと同じ様に、その日の夢を想起し、膨らませ、その中へと堕ちていった。



読者登録

オパーリンさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について