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 沙都子の目尻に浮かぶものが何か、僕は知っている。
 これは涙だ。
 そしてにーにーというのは僕のことだ。僕に助けてを求めて沙都子は今日も床を這いずり、カーテンを引きちぎりそうなほどに握り締めてガタガタと震えている。
 僕に伸ばされる手、それはいつも鮮明に、ああ、手を伸ばして掴んであげなければいけないのに、どういうことか今日はとてもぼやけて見えて・・・ああ、ああ、、・・・ああ!
「どうしたのですか?悟史」
「梨花ちゃん・・・」
 ふとした油断したから授業中に眠ってしまうことはよくあった。その都度起こしてくれるのは引っ越してきたばかりのレナという子で、僕は口の端についた汗とも唾液ともわからない液体を乱暴に拭って、ありがとうと声をかけるのがいつものことのようになっていた。
 今日に限っては沙都子の親友である梨花ちゃんが声をかけてくれて、僕を心配そうに見ている。
「かわいそかわいそなのですよ、どこか苦しいですか?」
 そういって僕の頭を撫でる梨花ちゃんの手は温かい。でもその目は僕の苦しみが当たり前のように見えていて、そしてそれがもうすぐ終わることを知っているようなそんな冷たい目だった。
「平気だよ。ありがとう」
 沙都子と似たような歳なのに、梨花ちゃんは時々とても大人びているように見える。
 違う、沙都子が本来の歳より子供すぎるのかもしれない。いや。僕が大人すぎるのかもしれない?そんなことを考えているこのことですらすでにもう愚かにさえ感じる。
 本当ならもっと楽しく過ごせる時期を、沙都子は逃してしまっただけなんだ。だから上手に自分の考えを表現できずに損をしているだけなんだ。
 そして僕はそんな沙都子のたった一人の肉親なのだから、守ってあげなくちゃいけないんだ。
 僕しか沙都子を救ってあげられない。僕しか守ってあげられない―。

「もうだめなの?」
「あぅあぅ、今回は圭一の引っ越してくるだいぶ前に時が巻き戻ったのです」
「そう。じゃあ私が殺される前だいぶ時間があるってことね」
「まだ梨花が殺されるって決まったわけはないのですよ」
「でも悟史の心はどうにもならないところまできてるわね」
「あぅあぅ・・・今日は詩音が魅音と入れ替わってその・・・沙都子に手を上げた日なのです。皆とてもギスギスしている、嫌な日なのですよ」
「そう・・・じゃもうだめね、・・・圭一が引っ越してきてくれるまで待つしかない、か」
「梨花、そんなこといわないでほしいのです・・・」
 いつもなら四年目の祟り、沙都子の叔母が殺される事件が起きてからの綿流しの数週間前に巻き戻っていたのに、久しぶりに悟史がまだ時間へと巻き戻った。前回の世界でもだめだったのだ。所詮は袋小路、誰が自分を殺しているのかわからないままこの迷宮へと今宵も紛れ込んでいる。
 スタートはこの雛見沢で古手梨花という生を受けてから。そしてゴールは綿流しの日に死という終わりを迎える。でも私はまた同じときを、生を受けて繰り返す。そして殺されるのだ。
「どうせ死ぬのなら早くても遅くても変わらないのにね」
 くすりと魔女に相応しい低い声で皮肉めいた言葉を私は誰にと言わず吐き捨てる。こんな投げやりな言葉を窘めるとしたらたった一人ぐらいなのだが。
「だ、だめだよ、そんなこと言ったら・・・」
 無力な自分を虐げるための自虐の言葉だった。こんな醜くて汚い言葉を拾いあげる人間がいるなんて思いもよらなくて私はその人を見た。夕暮れ時の帰り道だった。

 人の目には見えない羽入と珍しく外で会話している最中だ。この世界が始まったことに気づいたときは授業中だったので、ここが昭和何年の雛見沢で、今はいったいどういった時期なのかをいち早く知りたかった私が学校の帰り道で羽入に話しかけていたのだが、最後の台詞は独り言で本当なら誰にも聞いてほしくなかった。
 その聞いて欲しくなかった最後の台詞だけを悟史に運悪く聞かれてしまった。

「はい」
「ひゃっ」
「ごめん冷たかった?」
 雛見沢にそんなに多くの自販機はない。ここから少し離れた場所に商店街とも言いにくいが数少ない店が立ち並んだ場所がある。少し待っててと声をかけて悟史は駆けていき、どうしたものかと途方にくれていた私の頬にぺたりと冷たい異物が押し当てられたのだった。
「みー。冷たいとわかってるのなら当てないでほしいのです」
「あはは、ごめんごめん」
 手にしていた缶ジュースの蓋を開けて、私の目の前に差し出す。
 結局、あんな不謹慎な言葉を吐き捨てた私は典型的な優等生である悟史に捕まり、帰り道にこうやって時間を潰すことになった。
 にしても珍しいことだ。この時期の悟史はクラスメイトである魅音やレナを遠ざけて、一人きりになる時間が多かったはず。そのことを知っている私はあえて悟史にかまうことをせず、できるだけ沙都子を元気づける方に立ち回っていた。

 悪戯っぽく笑う顔、目を細めて微笑む顔、そして私を見つめる悟史の顔。差し出された缶ジュースをいつまでたっても手に取らないので悟史はむう、と困った顔をする。
 困らせたいわけじゃないのに、その顔を見つめているとどうしても手が動かなくて、それでも彼が困った顔をするから一生懸命自分の腕に命令を出してその缶を取る。
「ありがとう、なのです。悟史・・・」
「もう初夏だからね。いっぱい汗かいたらいっぱい水分取らないと。沙都子も梨花ちゃんも遊び盛りだから」
「沙都子・・・今度、いつ遊べますですか・・?」
「ごめんね。梨花ちゃんが遊びに誘ってくれるのは嬉しいんだけど。外で遊んだりするとその・・・服を汚すって叔母さんが怒るんだ・・・」
「わかっているのです・・・みー」
 だからこそ外ではなく、インドアのゲームである部活へと誘っているのだが、日々叔母の監視は度を増して、悟史自身も皆を避けていることもあって中々遊ぶことができないでいた。
「でも大丈夫だよ。また沙都子が梨花ちゃんと遊べる日がくる。絶対・・・くる」
 さっきまで悟史の声色は優しかった。でも沙都子の話題が出ると段々と元気がなくなり…きっと瞬きをするたびに瞼の裏に叔母に虐められている沙都子の姿は映るのだろう。自分に向かって必死に「にーにー!助けてッ」と這いずってくる沙都子の姿が浮かんでくるのだ。
 もう悟史にとって沙都子という名前は知らず知らずのうちに胸を締め付けるだけのキーワードにしかならない。そしてそれを認めたくないと悟史が否定するだけ苦しみは増していく。


 悟史が手にしていた缶がパキュンと音を立てた。
 まだ缶に半分ほど残っていたジュースが手にこぼれる。気づかないうちに力が入ってしまったのだろう。自分自身もその音に驚いている様子だ。でも手についたジュースを悟史は拭わない。
 私にはそのジュースがあの憎たらしい叔母の赤黒い血に見えた。私は知ってる。この後を知っている。沙都子のいじわるな叔母は頭を割られて死ぬ。目の前の人物に――。
「殺すしか、ないのですか」
「・・・え・・・?」
「梨花っ・・・」
 空の上でただじっと黙っていた羽入が咄嗟に出たとはいえいつもはいわない私の台詞に驚いて私の名を呼んだ。でも今は空は見ない。私は目の前にいる悟史を。北条悟史を見る。
「人はいづれ死ぬのなら・・・早いか遅いかだけなのです・・・」
 魔女は窘められた世迷い言を繰り返す。そう、人はいづれ死ぬ。早いか、遅いだけ。そこで死ぬのならそれはその人の定められた運命。だってそうじゃない、私自身がそれを示してる。そんなこと言っちゃだめなんてあなたに言う資格はあるの?
 ・・・もちろんこんなことは言わない。言わないけど、悟史に対するこの呟きにはそういう意味も含めていた。
「悟史は・・・殺す、しか・・・ないと思っているのですか・・・」
「そんなことないよ」
「え?」
「色んな解決方法があると思う。今日、魅音が教室で沙都子を怒鳴りつけて泣いてたよね」
 そういえば今日、そんなこともあった。悟史の様子が変わったことを魅音よりも詩音が敏感に嗅ぎつけて、魅音に無理をいって入れ替わってもらったはずだ。沙都子は弁当箱を落としただけで激しく泣いた。平穏であるはずの学校はもうすでに心を休めることができる場所ではなく―沙都子はただ弁当を落とした罪に対しての罰を待つだけの壊れた人形だった。
 そんな沙都子を見た詩音が手をあげたのだ。沙都子の華奢な体は教室の床に激しくたたきつけられ、転げた。煽りを受けて倒れた机の中から溢れ出た教科書類はいつの間にか詩音の手の中にあり、振り上げられたと思ったらもう振り下ろされていて、投げつけられた教科書類は沙都子の体に嫌な音を立てながらぶつけられた。
 鬼のような形相な詩音はあんたがそんなだから悟史くんが迷惑するんだと力の限り叫んでいた。あんたがしっかりしないから。あんたが悟史くんに頼るから、あんたがいけないんだ!
 後から駆けつけた悟史に沙都子は泣きついて、もちろん妹に手をあげた詩音に悟史は怒鳴るのだが、あの詩音が珍しく悟史に言い返した。
「沙都子をいつまでも甘やかしすぎなんだよ!だからいつまでたっても沙都子はあんたに頼るんだ!」
 そんなこといわれないでもわかってる!悟史の顔は憎しみに歪みながら、でもその顔は決して目の前でいがみ合う詩音を憎いからではないことがわかる。他人への怒りすら悟史は自分の愚かさに向けてしまうから、その重さに耐えられなくなって、でもそれももう限界が近づいているのがわかる。
「魅音が言うこともわかる、わかるんだ、間違ってない。でもあんなやり方じゃよくない。解決しない。僕もカッとなって、うまくいえなかったからその・・・レナがとりなしてくれたけど、僕は・・・その、下手くそだからそういうの・・」
 ふう、と悟史はため息をついた。今日の出来事を思い出しているのだろう。今日のアレは何回経験しても修羅場だった。魅音、いや詩音が椅子を振り上げた瞬間、こんな死もあるのかと何度も思ったものだ。
 悟史が飛び込んでこなければ私の頭は粉々に砕かれていたに違いない。詩音は頭に血が昇ると自分を止められないのは違う世界で痛いほどわかっている。
「ねえ、梨花ちゃん。僕も、魅音も不器用なんだ。・・・ね、例えばここにサイコロがあるよね」
 私も教室の出来事を思い出して憂鬱になっているのだろうと悟史は察したのか、急に自分の手のひらを差し出した。
「はい」
「サイコロには六つの目がある。例えば、梨花ちゃん・・・沙都子、僕、レナ、魅音、・・・あとひとりいる気がしてならないんだ。むう・・・僕にはそれがだれなのかぼんやりとしかわからないんだけど・・・」
 悟史はもしかしたら気づいているのかもしれない。魅音が入れ替わっていること。それは圭一と違いノーヒントだ。詩音の存在はこの時期では本格的に隠されていた。本人が用心していただけに余計に。
 普段ぼややんとしている悟史にはわかるはずないと詩音は鷹を括っているが、今の悟史の話を聞いているとそれも怪しい。
 そして詩音だけでなく、圭一という人物もこの世界にはまだ訪れていないが存在する。詩音と圭一。彼がいなくなった世界でこの二人がすべてを変えていく。
「サイコロの目の一つどれか、欠けるとする・・・」
 真っ黒に塗りつぶされたサイコロ。もうそれは何の目だかわからない。六つの面を持つ本来のサイコロが五つの目しかでないことになる。
「本当ならもうこのサイコロは使いものにならないよね。だって六つの面がないんじゃサイコロとしての期待されている機能がもう発揮できないから。だからポイ」
 ゴミを捨てるジェスチャーをして普通の人間ならこうするよと悟史は言う。
「でも魅音は違う。欠けた部分を足して補って、本来のサイコロになるようにするんだ」
 放り投げたはずのサイコロが手のひらの中にまだあるといったように、何もない手のひらを悟史は見つめている。
「魅ぃは皆のリーダーだからきっと最大限の努力をするのですよ」
「うん、・・・そうだね。魅音はとても優しい女の子だよ。そして僕と同い年の子供なんだ」
 どうして魅音があんな行動に出たのか悟史は悟史なりに解釈しているようだった。子供なんだ、という言葉に力をこめて。それは僕もまだ子供でしかない、無力なんだと言いたげだった。
「あんまりこんな話、したくないんだけど・・・僕の心には黒い、悪いやつが住んでる。僕の心にある悪さをしろっていう黒いヤツが言うんだ。園崎家が悪いんだぞ、立ち向かえとか言うんだ」
 どこか痛むのだろうか。きっとこんな話をする自分が嫌なのだろう。さっき私が起こしたときのような表情で悟史が呻くように話す。
「・・・普段の魅音ならあんなこと言わない。自分は園崎家の子で・・・僕たちにどうやって接したらいいかわからないと思う。だからせめて学校だけはと考えて部活というのを考えてくれた。最善の方法っていうのは積み重ねの中で気づいていくものだと思うんだ。部活を考えてくれたっていうのも積み重ねの一つだったと思う。現に沙都子は参加することで魅音との隔たりも忘れてきたみたいだし、新しく転入してきたレナも楽しくしてくれてる」
「そこまでわかってて悟史は・・・悟史は殺すしかないというのですか?」
 悟史が消えてからの雛見沢ではまだオヤシロ様の祟りが続く。もちろん悟史自身は心に決めた秘め事を終えてなお妹のそばにいてやりたいと願っているはずだった。
 でも違うのだ。私が何回も経験してきた雛見沢では悟史の願いは叶わない。悟史は沙都子のそばにはいられないのだから・・・。
 誰かを殺して何かを手に入れるという運命は決して最善手ではなかったはず。そして誰の助けを求めずに自力で解決するのには限界がある。それは前原圭一も、竜宮レナも、園崎魅音も園崎詩音も、そしてあなたの妹である北条沙都子も気づいたこと。
 彼らがきっかけの引き金を引く数年前。まだ皆の考えが足りなくて幼いときにあなたがいた。
 そしてあなたはこの中の誰よりも早く自分の犯そうとしているそれがどれだけ愚かなことで、浅はかで最善手ではないことに気づいていたのだ。
「そう、きっとたくさんのやり方がある。色んな人が考えればね。十人十色って言葉、あるよね」
「だ、だったら皆に助けを求めるのです!魅音に、レナに・・・僕に!僕たちはきっと悟史を、沙都子を助けるのです!絶対に!」
「・・・、僕たちは未熟なんだよ・・・梨花ちゃん。皆精一杯なんだ。魅音は僕たちにどう接したらいいのか距離感が掴めない。レナは転入してきたばかりだ。そんなレナにすら助けを求めてるなんて情けない話だよね・・・でもこうしている間にも時は流れる。沙都子の悲鳴は続く。僕の耳の奥を破るように・・・胸に・・ほら、直接声が聞こえてくるんだ」
 悟史は両耳をふさぐ、私の声が聞こえないようにしているのではない。自然とその息遣いも荒くなっているのがわかる。だから心を引き戻すために彼の名前を呼ぶ。悟史を呼ぶ。 
「悟史ッ・・・!」
「・・・ごめん・・・ありがとう・・・梨花ちゃん・・・でもこの時だけはどうしても変えられない」
 一瞬、全てが見通されたようなおぞましい感覚が頭の中を突き抜けた。普段は考えられないのだが、反射的に羽入を見る。羽入は自分の両手で顔半分を覆いながら首を振っている。悟史自身はこの運命の袋小路に気づいていないということなのだろう。
「時だけは変えられない・・・それはどういう意味なのですか?」
 額に満ちた脂汗を拭こうともせずに、悟史のあの温かい手が頭全体を包み込んでいく。ゆっくりと撫でられて、でもその手は悲しいほどに震えている。
「僕は北条悟史だから・・・僕は、北条悟史でしかないから」
 ゲーム盤でかつて貴方たちを駒でたとえたことがある。それと似たようなことを悟史は言おうしているのだろうか。駒としての自分の役割を察して演じようとしているのならあまりにも酷すぎる。
 あなたの役割を口にするなら大事なものを守るナイト。でも悲しいことに守ったはずのものには近づけずにあなたは朽ちていくことになる。

「飲み終わったかな?じゃあ僕、そこのゴミ箱に捨ててくるね」
「ありがとうなのです・・・」
 自身の缶と、私が飲み終えた缶を二つ手にし、無意識のうちに缶を揺らして中身が残っていないかを確認する。少し残っている缶の中身を一口悟史は飲んで、私の顔を見るとにっこりと笑って駆けて行った。
 彼はもうすぐいなくなる。いなくなり、沙都子は兄がいなくなった理由をあれこれ想像していく。レナはオヤシロ様の祟りだといよいよ疑わなくなる。魅音はその大層な肩書きと打って変わって無力な自分に気づいていく。
 北条悟史は段々と思い出に刻まれていくけれど開いて閉じて読むたびに苦しいから読むことをやめられてしまい、忘れることで痛みから何も覚えようとしてくれなかった皆の悲しい文字通り、「思い出」に変わっていってしまう。―思い出すことで痛みを伴う、出来れば思い出したくない「思い出」に。

 どうして、なぜ、こうなってしまったのか。単純で明快な答えがあったのに、出来すぎているからこそなのに。
 まるでコロンブスの卵。悟史が困っている原因や沙都子が悲しむ理由もわかっている。でも物事はそんなに簡単ではなかった。足し算引き算のように1が足りなければ足せばいいわけでもなく、引くことで釣り合いが取れるわけではない。だから余計に私は自分が置かれている現実が、繰り返し続けるこの世界が嫌になる。

 綿流しの日はもう少しだ。悟史はこの時期になると色々準備を始める。雛見沢ファイターズから自分の金属バットを借りた。
 あともう少ししか時間は残されていない。

「ねえ羽入。悟史の叔母殺しを止めることはできないのかしら・・・」
「悟史の叔母殺し、ですか?とても難しいのですよ。今までのカケラでも叔母が殺害されなかったケースはないのです」
「むしろ叔母が殺害されることにより沙都子の精神状態が一時的回復・・・皮肉なものね悟史がいなくなることで沙都子が救われて、それをきっかけに沙都子が変わっていくなんて・・・」
「どんな変化にもきっかけは必要なのですよ」
「じゃあ悟史が叔母を殺すことがきっかけで沙都子が救われるっていうの?」
「それだけが全てとは言いませんですが・・・少なくともきっかけの大きな原因になっているのは確かです。梨花、この世界を幾度なく繰り返しているのは僕だけではないはず。気づいているのに気づかないふりをするのはもう意味のないことでしかないのですよ」
 悟史の罪を見て見ぬふりするな、ということなのか。
「僕たちの力では綿流しの時期に起きる“オヤシロ様の祟り”自体はもう止められないのです。わかるのはその事件が続いたあとに梨花が殺されているということ。そして僕たちはその運命を止めなければならない」
「わかってる。わかってるけどッ・・・だって私は誓った。誰ひとり欠けることのない世界で、この世界を超えてみせる!そこに悟史がいないなんておかしいじゃないっ、おかしいのよ!」
「梨花。悟史はいますですよ、生きてます。ちゃんと一緒に運命を乗り越えます、梨花が生きていれば・・・」
「違うの。違うのよ、私が言いたいのはそうじゃなくて・・・」
 圭一は仲間を疑い仲間を信じ仲間を救おうとしてその手を染めた。何回も間違いを繰り返しながら、手を血に染めて手に入れられるものが最善の答えじゃないことに気づいたじゃないか。この世界だって悟史が自分の手を血に染めて繰り返すことによって成り立ってる。だったらなんで圭一のように悟史は気づけない?叔母を殺して、殺したあとに一体何が残るというのか。殺したら絶対その罪に苛まれて生きていくのだろう。殺してしまったことに必ず心は縛られ壊れてく。別の世界でのレナがいい例だ。
 遠くから悟史が歩いてくる。日は落ちようとしていて、彼の影が地面に映り伸びていく。その影を踏むようにして悟史が歩いていくる。影を踏む彼の表情を見て、私は理解する。
 ああ、そうか。
「殺すしかないのですか?」と私が聞いたときに、悟史は言っていた。「そんなことないよ」と。
 

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