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『人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです。』(コリント人への手紙第一 8章2節)

 数年前のことですが、ある牧師がひとりの男子高校生に興味ある質問をしていました。「君、ひとつ聞きたいが、洋服は何のために存在していると思う?」

 「それは、人間が着るためです」

 「時計は何のため?」

 「それは時刻を教えるためです」

 「では、靴は?」

 「それは、人間が履くためにあります」

 その牧師は、ものの存在の目的についていろいろ質問しました。「家は? 自動車は? コンピューターは? 飛行機は?」。この質問に、高校生はいとも簡単に答えていましたが、牧師は「最後にもうひとつ、あなたの存在の目的は何かね?」と質問しました。あなたの人生の目的、存在の意義、あなたは何のために生きているのかとの問いでした。私は彼の隣で、どんな答えをするか興味を持って見つめていました。この質問の答えは、語学に強くなることより、化学の方程式を多く知ることよりも大切なことなのです。

 彼はしばらく考えていましたが、こう答えました。
 「先生、僕はまだそのことがわからないのです」
 そのとき私は、最初に掲げた聖書のみ言葉を思い出しました。

 『人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです。』

 今私は、だれもが探し求めている3つのことについて、だれにもわかりやすく、お話ししたいと思います。

❶ 人はどこから来たのか

❷ 人は何のために存在すべきか。何のために生きるのか

❸ 人はどこへ行くのか。人はどこへ行かなくてはならないのか

 現在、私の教会に来ているひとりの青年が、高校生のときにこの問題について悩みました。

 〝人間はいったいどこから来たのだろう。何のために生きたらいいんだろう。そして、いったいどこへ行くんだろう〟

 そして、この問題について高校の先生に手紙を出したそうです。

 「先生、人間はいったいどこから来たのでしょう。何のために生きたらいいのでしょうか。いったいどこに行きつつあるのでしょうか」

 すると、先生がこういう回答をくれたそうです。

 「これらの重大なる問題については、いにしえから、多くの人たちが悩み、探求した問題である。しかし、だれも解決することができなかった。私としてもいまだにこの問題は解決がついていない」

 しかしこのことに関して、正しい答えがあるのです。どこにありますか。聖書の中に解決があります。

 聖書は、「書物の中の書物」と言われています。かつて、ドイツが生んだ宗教改革者 マルティン・ルターは、「聖書は、古いものでもなければ、新しいものでもない。聖書は永遠のものである」と語りました。

 奴隷解放こそ、神から与えられた使命であると信じて偉大な働きをなし、アメリカの歴史に輝きを与えたエイブラハム・リンカーンは、「人間にとって望ましいすべてのものは、聖書の中に含まれている」と語りました。彼は、幼いときから、聖書によって育てられ、聖書を土台として生きた人物でした。
 リンカーンが大統領になったのは、1860年でした。そして、1862年9月22日に「奴隷解放宣言」をしました。あの日から、147年後の2009年1月20日、アメリカに黒人大統領が誕生しました。

 オバマ大統領の就任式には、エイブラハム・リンカーン大統領が使用していた聖書の上に手を置いて、神のみ前と人々の前に、大統領となる誓約の祈りがささげられました。

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