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 カン、カン、カンという音が辺りに響き、踏切の遮断機が下りた。東京郊外の五日市線のホームに、西日を浴びた電車が滑り込んできた。電車のドアが開くと、小学校高学年と思われる少年が脱兎のように車内から飛び出し、階段を駆け上り駆け下り疾風のように改札口を駆け抜けた。
 西日が少年の右の頬を照らすと、その頬にキラリと光るものがあった。懐かしい筈の光景が、大きな親友と歩いた町並みが、怖く感じられてならなかった。
「小父ちゃん、小父ちゃん!」と、やり切れない切なすぎる思いを叫びながら、少年は走り抜けて行く。驚いて足を止めた人々は少年の前方を見たが、それらしき人物は見あたらなかった。

 少年は目的地に近づくにつれ、不安が募り静かに歩き出していた。やがて、見覚えのある民家の前に着くと少年は顔を上げた。東京郊外の五日市の更に山の方に立つ一軒家の門には、『石川哲弥葬儀会場』と書かれた看板が立っていた。それを見た少年の目に涙が溢れた。
「……小父ちゃん。本当に死んじゃったの」そこは少年の知っている家ではあったが、誰かが知らぬ間に占領して、勝手な事をしていると思うほど様子が変わってしまっていた。少年の心に、冷たい風が吹き始めた。中の様子を窺うと喪服を着た人達が行き交っている。少年は思わず自分の服装を見た。白い半袖シャツに半ズボン。場違いだと思い知らされた。でも帰る訳にはいかない。世話になった大好きだった小父ちゃんとの別れだと思い、少年は人目を盗んで庭の木の陰に隠れると見つからないようにしゃがみ込んだ。庭には受付の机が置いてあり、そこには厳つい顔の男が来て座っていた。まだ、時間が早いのか弔問客は来ていないようだ。すると、厳つい顔の男に


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「篠原さん。葬儀屋さんが話したい事があるそうです」と声が掛かり、男は分かりましたと言って立ち上がった。少年は忍び足で受付に行くと、香典袋を置き、直ぐに踵を返して再び木陰に隠れた。
「小父ちゃん。少なくて、ご免なさい」と言いながら少年は手を合わせた。間もなく厳つい男が受付に戻ると、少年の置いた香典袋を取り上げ不思議そうに見ている。少年はドギマギしたが少しずつ弔問客が訪れ男はその対応に追われ始めたので、少年は、ほっと胸を撫で下ろした。数人の弔問客が少年に気がついたが、その度に少年は木陰に隠れた。少年は木陰の隅で涙を流しながら手を合わせていた。やがて、焼香が終わり通夜振る舞いも終わった頃、弔問客がちらほらと帰り始めたが、その人々が木陰に目をやると、少年の姿はなかった。
「由美ちゃん、ごめんね。本当は私がやらないといけないのに」
「いいえ。叔母さんは病み上がりだし、私も何かしていた方が気が紛れますから。叔母さんは、皆さんのお相手をお願いします」
「そう。それじゃあ、そうさせて貰うよ」叔母は由美の窶れた表情を見て、そっとさせてやろうと思い、親族達の集まる居間に戻った。

 突然の父との別れに、由美は呆然としていた。この五日市の実家に帰ってきたのは久方ぶりだった。その帰郷が、まさか、こんな理由になるとは思いもしなかった。自分は九州に嫁いだ事を言い訳に、娘として父親に何もしてやれなかったのではないか。そんな後悔から、じっとしていられなかったのだ。急須にお湯を入れていると、茶の間から会話が聞こえてきた。

「雨だ」
「哲弥さんの涙雨か」由美は、お父さんはそんな未練がましい人ではなかったと思いながら、羊羹を切った。


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「兄さんは一服の清涼剤のような人だったからね。蒸すと思って一雨くれたんだよ」という叔母の声が聞こえてきたので由美は、ほっとした気持ちになった。そこで親族達の会話は途切れたが、暫くすると再び話し声が聞こえてきた。
「――哲弥に子供? 子供は由美一人だけだろう」
「兄さんは真面目を絵に描いたような人だったからね」
「それも、そうだが。ずぶ濡れでさ」と訳の分からない会話が断片的に聞こえてきた。訝しく思いながらも、由美は羊羹の皿をお盆に載せ、茶の間に運んだ。すると親族達の会話が途絶えた。
 「今日は、有難う御座いました。父は羊羹好きでしたが、糖尿病になってからは羊羹断ちをしていたんです。今日は供養だと思って食べてやって下さい」由美がそう言うと、親族は哲弥の羊羹好きは知っていたので、一同は哀悼の意を捧げながら羊羹を受け取った。
「兄さん、悪いな。頂くよ」と由美の母方の叔父が言うと、叔母が目頭を押さえた。皆、味わうように羊羹を食べた。
「そういえば、哲さんはよく日本人は賢い。羊羹の色と緑茶の色の輝きは日本人の美学だといつも言ってたな」
「必ずそう言ったね。もう聞けないんだな」一人がぽつりと呟くと、場に沈黙が流れた。
「ところで、さっき話していた子供って何の話ですか」と由美が沈黙を破った。すると、叔母が説明をし始めた。
「兄さんの葬儀の時に、半ズボンに白いワイシャツ姿の小学生くらいの男の子が来ていたそうなんだけど、知っていたかい?」
「いいえ」
「俺も見たんだ。俺の視線に気が付いて、その時は庭から出て行ったんだよ。だから、通りすがりの子供が興味本位に覗いたのかなと思ったんだけどね、哲弥さんの親友の北島さんも、夕立の中で濡れながら葬儀を見ていた子が居たというから気になってさ」そう言われても由美には全く心当たりがなかったので、首を傾げる他なかった。

 

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