目次
結果発表
結果発表
各賞発表・審査員講評
一次通過作品
【大賞】萱島雄太『鼻』
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【佳作】灰木辰也『蠅』
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【佳作】萩谷尚子『イワンのパパ』
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【佳作】NOIE『鮪の茶漬け』
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【ゲスト作品】うめ『悶悶日記』
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【ゲスト作品】柴田純与『種田山頭火~青春応用編~』
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【ゲスト作品】カモン『大神くんとナインの甲子園』
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【ゲスト作品】野村宗弘『でたらめ小林一茶』
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【ゲスト作品】オカヤイヅミ『しるこ』
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【ゲスト作品】オオタガキフミ『夢にみる空家の庭の秘密』
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【ゲスト作品】武富健治『KとT』
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【ゲスト作品】衿沢世衣子『小説』
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【青空文庫】芥川龍之介『鼻』
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【青空文庫】横光利一『蠅』
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【青空文庫】トルストイ『イワンの馬鹿』
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【青空文庫】北大路魯山人『鮪の茶漬け』
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【青空文庫】太宰治『悶悶日記』
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【青空文庫】グリム兄弟『おおかみと七匹のこどもやぎ』
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【青空文庫】萩原朔太郎『夢にみる空家の庭の秘密~「青猫」より~』
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【青空文庫】平山千代子『小説』
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鮪の茶漬け

北大路魯山人




 たい茶漬けは世間に流布るふされ、その看板をかけている料理屋さえ出来てきた。関西ではもちろんのこと、東京でも近来よく見かけるようになった。また、家庭にも侵入して、実際に試みられるようにさえなっている。それなのに、たいより簡単で、美味うまいまぐろの茶漬けが用いられていないのは、ふしぎな気がする。
 たいは関西がよく、まぐろは東京がいい。
 その意味からいっても、東京は、たい茶漬けよりまぐろの茶漬けを用いてしかるべきであろう。
 東京に、もし京阪けいはんのような食道楽くいどうらくが発達していたら、おそらく、今日までまぐろの茶漬けを見逃してはいなかったであろう。そういう私も、まぐろの茶漬けは京都で覚えたもので、東京人から教わったものではなかった。今後の東京人は、たい茶漬けなんて関西の模倣もほうをやらないで、堂々と江戸前えどまえのまぐろをもって、たい茶漬けに対すべきである。東京には関西のような、美味なたいがないから、なおさらである。

茶漬けの御飯
 御飯のき方がやわらかく、ベタベタするようなのは一番いけない。すしのめしの程度がいい。炊きたての御飯ではいけない。生暖かにさめた程度がいい。茶漬けにもよりけりだが、魚の茶漬けには冷飯ひやめしは絶対にいけない。

お茶の出し方
 かける茶は番茶では美味くない。煎茶せんちゃにかぎる。煎茶の香味と苦味とが入用いりようである。少し濃い目の茶をかけると、調和がとれる。茶が薄くては不味まずい。だから、こな茶の上等がいいというわけになる。
 粉茶のだし方は人も知るように、粉茶専用の小さなざるがある。これはすし屋で使っているものである。それで、すし屋の用いるように、大目ざるに一杯程度入れて水をさす。なぜなら、こな茶は茶の残りを集めたいわば茶のくずであるから、ほこりなどがまじっていよう。これを洗滌せんじょうする意味で、ざるの中に入れた茶に水をさすと、乳白色に水がよごれてこぼれてくる。これを捨て、ざるの中の粉茶に熱湯をそそぐ。
 この場合、熱湯を少しずつ注げば、茶は濃くなり、ざあっと一気にお湯を注げば、茶は薄くなる。熱湯の注ぎ方によって、濃淡自在にお茶は加減できる。
 お茶漬ちゃづけには、熱湯を少しずつ注いだ濃い目のものを用いるのがよい。しかし、抹茶まっちゃ煎茶せんちゃにしても、最上のものを用いることが秘訣ひけつだ。茶が悪いと、茶漬けの中に、なにが入っていようが駄目だめである。
 要するに、茶がよくなければ茶漬けの意義がない。

茶漬けのまぐろ
 さて、茶漬けに用いるまぐろだが、しびまぐろがいい。
 しびまぐろは、ふつうすし屋で使っているまぐろのことである。まぐろのトロといって、白っぽい、あぶらいところをよろこぶ。脂っ濃いところは、男の四十歳以前の好みである。四十歳以後になると、だんだん脂っ濃いものから嗜好しこうが遠ざかる。
 茶漬けに用いるまぐろの材料も、トロ、中トロ、赤身、好みによって選択すればいいわけである。
 脂の少ない赤身は赤身で美味うまいし、脂の多いところはまたトロで美味い。まぐろの質さえ吟味ぎんみすれば、各人の好みに任せて、材料をととのえるべきである。
 しびまぐろのほかに、かじきまぐろだとか、きはだまぐろとかがある。これらを茶漬けに用いても、決して悪いものではない。しかし、きはだとか、かじきは脂肪が少ないから、脂っ濃いものを好む人たちには、ちょっと軽い感じである。老人向き、女人向きなどには、かえってこの方が適していよう。それも実験して、各自の嗜好に任せればよいと思う。

お茶漬けの作り方
 茶碗にめしを盛る時、腹のき加減にもよろうが、ぜいたくものは飯を少なく盛ることである。飯を多く盛ると、茶がたくさん入らぬ。労働者の食べる茶漬けは、飯がたくさんで茶の少ないのが美味うまい。だから、大き目の茶碗がよい。ぜいたく者の茶漬ちゃづけは、めしが少なくて茶が多いほうが美味い。飯の多い方の茶漬けは番茶がいいが、飯の少ない方の茶漬けには煎茶せんちゃを可とする。
 飯は茶碗に半分目、もしくはそれ以下に盛って、まぐろの刺身さしみ三切れを一枚ずつ平たく並べて載せる。それに醤油しょうゆを適当にかけて加減する。大根おろしをひとつまみ、まぐろのわきに添えればなおよい。
 並べたまぐろの上に、徐々じょじょにかたすみから熱湯を、こな茶のざるを通してそそぐ。まぐろの上の方から平均してまんべんなくかけていくと、まぐろの上皮がいくらか白んでくる。そうして、御飯が透明な煎茶におおいかぶさり、上のまぐろが、茶に浸る程度に茶を注ぐ。
 次に、まぐろをはしで静かに御飯の中に押し込むようにすると、裏の方のまだ赤い色をしたところまでが白くなってくる。透明な茶は乳白色になり、醤油もまじって茶碗の中にこもってくる。
 まぐろを半熟以上に熱しては、美味は失われてしまう。
 もっと味を濃くしたい人は、ここで茶碗のふたをして、しばらく静かに放置し、中に充分に味がこもるのを待って、濃淡好みの茶漬けとした上で、口にき込む段取りとなるのである。
 どちらかといえば、蓋をしない茶漬けの方が香気も高く、熱く、まぐろも熱し過ぎないので、美味おいしいのであるが、蓋をする方は、飯がほとびていけない。その上、まぐろが熱し過ぎるというのは野暮やぼである。まぐろのなまを好まない人は余儀よぎないことであるが、前者のやり方の茶漬けに越したことはない。
 この茶漬けは、ほかになにひとつ惣菜そうざいを用いる必要がなく、最後にひと切れのこうのものを添えて、ぜいたくな味を満足させれば足りる。
 まぐろ茶漬けのわさびは、お茶を注ぐ前に飯茶碗の中に入れては、からさが消えてしまう。お茶を注いでおいて、最後に入れてまぜて食べる方が、わさびのきめがある。





底本:「魯山人の食卓」グルメ文庫、角川春樹事務所
   2004(平成16)年10月18日第1刷発行
   2008(平成20)年4月18日第5刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
   1993(平成5)年発行
初出:「星岡」
   1932(昭和7)年
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2010年1月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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悶悶日記

太宰治




 月 日。
 郵便受箱に、生きているへびを投げ入れていった人がある。憤怒。日に二十度、わが家の郵便受箱をのぞき込む売れない作家を、あざけっている人のせる仕業にちがいない。気色あしくなり、終日、臥床。

 月 日。
 苦悩を売物にするな、と知人よりの書簡あり。

 月 日。
 工合いわるし。血痰しきり。ふるさとへ告げやれども、信じてれない様子である。
 庭の隅、桃の花が咲いた。

 月 日。
 百五十万の遺産があったという。いまは、いくらあるか、かいもく、知れず。八年前、除籍された。実兄の情にり、きょうまで生きて来た。これから、どうする? 自分で生活費を稼ごうなど、ゆめにも思うたことなし。このままなら、死ぬるよりほかに路がない。この日、濁ったことをしたので、ざまを見ろ、文章のきたなさ下手へたくそ。
 檀一雄氏来訪。檀氏より四十円を借りる。

 月 日。
 短篇集「晩年」の校正。この短篇集でお仕舞いになるのではないかしらと、ふと思う。それにきまっている。

 月 日。
 この一年間、私にいての悪口を言わなかった人は、三人? もっと少ない? まさか?

 月 日。
 姉の手紙。
「只今、金二十円送りましたから受け取って下さい。何時いつも御金のさいそくで私もほんとに困って居ります。母にも言うにゆわれないし、私の所からばかりなのですから、ほんとうにこまって居ります。母も金の方は自由でないのです。(中略。)御金は粗末にせずにしんぼうして使わないといけません。今では少しでも雑誌社の方から、もらって居るでしょう。あまり、人をあてにせずに一所けんめいしんぼうしなさい。何でも気をつけてやりなさい。からだに気をつけて、友だちにあまり附き合ない様にしたほうが良いでしょう。皆に少しでも安心させる様にしなさい。(後略。)」

 月 日。
 終日、うつら、うつら。不眠が、はじまった。二夜。今宵、ねむらなければ、三夜。

 月 日。
 あかつき、医師のもとへ行く細道。きっと田中氏の歌を思い出す。このみちを泣きつつわれの行きしこと、わが忘れなば誰か知るらむ。医師に強要して、モルヒネを用う。
 ひるさがり眼がさめて、青葉のひかり、心もとなく、かなしかった。丈夫になろうと思いました。

 月 日。
 恥かしくて恥かしくてたまらぬことの、そのまんまんなかを、家人は、むぞうさに、言い刺した。飛びあがった。下駄はいて線路! 一瞬間、仁王立ち。七輪しちりんった。バケツ蹴飛ばした。四畳半に来て、鉄びん障子しょうじに。障子のガラスが音たてた。ちゃぶ台蹴った。壁に醤油。茶わんと皿。私の身がわりになったのだ。これだけ、こわさなければ、私は生きて居れなかった。後悔なし。

 月 日。
 五尺七寸の毛むくじゃら。含羞がんしゅうのために死す。そんな文句を思い浮べ、ひとりでくすくす笑った。

 月 日。
 山岸外史氏来訪。四面そ歌だね、と私が言うと、いや、二面そ歌くらいだ、と訂正した。美しく笑っていた。

 月 日。
 語らざれば、うれい無きに似たり、とか。ぜひとも、聞いてもらいたいことがあります。いや、もういいのです。ただ、――ゆうべ、一円五十銭のことで、三時間も家人と言い争いいたしました。残念でなりません。

 月 日。
 夜、ひとりで便所へ行けない。うしろに、あたまの小さい、白ゆかたを着た細長い十五六の男の児が立っている。いまの私にとって、うしろを振りむくことは、命がけだ。たしかに、あたまの小さい男がいる。山岸外史氏の言うには、それは、私の五、六代まえの人が、語るにしのびざる残忍を行うたからだ、と。そうかも知れない。

 月 日。
 小説かきあげた。こんなにうれしいものだったかしら。読みかえしてみたら、いいものだ。二三人の友人へ通知。これで、借銭をみんなかえせる。小説の題、「白猿狂乱。」





底本:「太宰治全集10」ちくま文庫、筑摩書房
   1989(平成元)年6月27日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月
初出:「文芸」
   1936(昭和11)年6月1日発行
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年3月17日作成
2006年7月2日修正
青空文庫作成ファイル:
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おおかみと七ひきのこどもやぎ

DER WOLF UND DIE SIEBEN JUNGEN GEISSLEIN

グリム兄弟 Bruder Grimm

楠山正雄訳




         一

 むかし、あるところに、おかあさんのやぎがいました。このおかあさんやぎには、かわいいこどもやぎが七ひきあって、それをかわいがることは、人間のおかあさんが、そのこどもをかわいがるのと、すこしもちがったところはありませんでした。
 ある日、おかあさんやぎは、こどもたちのたべものをとりに森まで出かけて行くので、七ひきのこどもやぎをよんで、こういいきかせました。
「おまえたちにいっておくがね、かあさんが森へ行ってくるあいだ、気をつけてよくおるすばんしてね、けっしておおかみをうちへ入れてはならないよ。あいつは、おまえたちのこらず、まるのまんま、それこそ皮も毛もあまさずたべてしまうのだよ。あのわるものは、わからせまいとして、ときどき、すがたをかえてやってくるけれど、なあに、声はしゃがれて、があがあごえだし、足はまっ黒だし、すぐと見わけはつくのだからね。」
 すると、こどもやぎは、声をそろえて、
「かあさん、だいじょうぶ、あたいたち、よく気をつけて、おるすばんしますから、心配しないで行っておいでなさい。」と、いいました。
 そこで、おかあさんやぎは、メエ、メエといって、安心して出かけて行きました。

         二

 やがて、まもなく、たれか、おもての戸をとんとんたたくものがありました。そうして、
「さあ、こどもたち、あけておくれ、おかあさんだよ。めいめいに、いいおみやげをもって来たのだよ。」と、よびました。
 でも、こどもやぎは、それがしゃがれた、があがあ声なので、すぐおおかみだということがわかりました。そこで、
「あけてやらない。おかあさんじゃないから。おかあさんは、きれいな、いい声してるけれど、おまえはしゃがれっごえのがあがあ声だもの。おまえはおおかみだい。」と、さけびました。
 そこで、おおかみは、荒物屋あらものやの店へ出かけて、大きなはくぼくを一本買って来て、それをたべて、声をよくしました。それからまたもどってきて、戸をたたいて、大きな声で、
「さあ、こどもたち、あけておくれ。おかあさんだよ、みんなにいいものをもって来たのだよ。」と、どなりました。
 でも、おおかみはまっ黒な前足を、窓のところにかけていたので、こやぎたちはそれをみつけて、
「あけてはやらない。うちのおかあさんは、おまえのようなまっ黒な足をしていない。おまえはおおかみだい。」と、さけびました。
 そこで、おおかみは、パン屋の店へ出かけて、
「けつまづいて足をいためたから、ねり粉をなすっておくれ。」と、いいました。
 で、パン屋が、おおかみの前足にねったこなをなすってやりますと、こんどは、粉屋こなやへかけつけて行って、
「おい、前足に白いこなをふりかけてくれ。」と、いいました。
「おおかみのやつ、まただれかだますつもりだな。」
 そう粉屋はおもって、ぐずぐずしていました。
 するとおおかみは、
「すぐしないと、くっちまうぞ。」と、どなりました。
 そこで、粉屋はこわくなって、おおかみの前足を白くしてやりました。まあ、こういうところが、人間のだめなところですね。
 さて、わるものは、三どめに、やぎのおうちの戸口に立って、とんとん、戸をたたいて、こういいました。
「さあこどもたちや、あけておくれ、おかあさんがかえって来たのだよ、おまえたちめいめいに、森でいいものをみつけて来たのだよ。」
 子やぎたちは、声をそろえて、
「さきに足をおみせ、うちのおかあさんだかどうだか、みてやるから。」
 そういわれて、おおかみは、前足を窓にのせました。こどもやぎがそれを見ますと、白かったので、おおかみのいうことを、すっかりほんとうにして、戸をあけました。
 ところで、はいって来たのはたれでしたろう、おおかみだったではありませんか。
 みんな、わあっとおどろいて、ふるえあがって、てんでんにかくれ場所をさがして、かくれようとしました。ひとりは、つくえの下にとびこみました。次は寝床ねどこにはいこみました。三ばんめは、の中にかくれました。四ばんめは、台所だいどころへにげました。五ばんめは、たなにあがりました。六ばんめは、洗面せんめんだらいの下にもぐりました。七ばんめは、柱時計の箱のなかにかくれました。
 ところが、おおかみは、そばからみつけだして、ぞうさなく、ひとりひとり、かたはしからつかまえて、ただひと口に、あんぐりやってしまいました。ただ、大時計の箱のなかにかくれた、いちばん小さな子だけは、みつからずにすみました。さて、たらふくたべたいだけたべて、おなかがくちくなると、おおかみはおもてへにげ出して、木のかげになって、青あおとしているしばの上に、ながながとねそべって、ぐうぐういびきをかきだしました。

         三

 それから間もなく、おかあさんやぎは、森からかえって来ました。ところで、まあ、おかあさんやぎは、そのときなにを見たでしょう。おもての戸は、いっぱいにあけひろげてありました。テーブルも、いすも、腰かけも、ほうりだされていました。洗面せんめんだらいは、こなごなにこわれていました。夜着よぎもまくらも、寝台しんだいからころげおちていました。
 おかあさんやぎは、こどもたちをさがしましたが、ひとりもみつかりません。ひとりひとり、名前をよんでも、たれも返事へんじをするものがありません。おしまいに、いちばん下の子の名前まで来て、はじめて、ほそい声で、
「かあさん、あたい、時計のお箱にかくれているよ。」というのが、きこえました。
 おかあさんやぎは、この子をひっぱりだしてやりました。そこで、この子の口から、はじめておおかみが来て、ほかのこどもたちみんなたべてしまったことが、わかりました。そのとき、おかあさんやぎは、かわいそうな子やぎたちのことを、どんなに泣いてかなしんだか、みなさん、さっしてみてください。
 やっとのことで、おかあさんやぎは、泣くことをやめて、すえっ子やぎといっしょに、そとへ出ました。原っぱまでくると、おおかみは、やはり木のかげにながながとねそべって、それこそ木の枝も葉も、ぶるぶるふるい動くほどの高いびきを立てていました。
 ところで、おかあさんやぎが、おおかみのようすを遠くからよく見ますと、そのふくれかえったおなかの中で、なにかもそもそ動いているのがわかりました。
「まあ、ありがたい、おおかみのやつ、うちのこどもたちを、お夕飯ゆうはんにして、うのみにのみこんだままだから、みんなきっとまだ生きているのだよ。」
 こうおもって、おかあさんやぎは、さっそく、うちへかけこんで行って、はさみと針と糸をとって来ました。それから、おかあさんやぎは、このばけもののどてっ腹を、ちょきんとはさみで、ひとはさみはさみました。するともうそこに、一ぴきのこどもやぎが、ぴょこんとあたまを出しました。おかあさんはよろこんで、またじょきじょきはさんで行きますと、ひとり、ふたり出して、とうとう六ぴきのこどもやぎのこらずが、とびだしました。みんなぶじで、たれひとり、けがひとつしたものもありません。なにしろ、この大ばけものは、むやみとがつがつしていて、ただもう、ぐっく、ぐっく、そのまま、のどのおくへほうりこんでしまっていたからです。
 まあうれしいこと。こどもたちは、おかあさんやぎにしっかりだきつきました。それから、およめさんをもらう式の日の、仕立屋のように、ぴょんぴょんはねまわりました。
 でも、おかあさんやぎは、こどもたちをとめて、
「さあ、そこらで、みんな行って、ごろた石をひろっておいで、このばちあたりなけだものがているうちに、おなかにつめてやるのだから。」といいました。
 そこで、こどもたちは、われがちにかけだして行って、えんやら、えんやら、ごろた石をあつめて、ひきずって来ました。そうして、それを、おおかみのおなかに、つまるだけつめこみました。すると、おかあさんやぎが、あとから、ちょっちょっと、手ばしこく、もとのようにぬいつけてしまいました。それがいかにも早かったので、おおかみがまるで気がつかないし、ごそりともしないまにすんでしまいました。
 おおかみは、やっとのこと、たいだけ寝て、立ちあがりました。なにしろ、胃袋いぶくろのなかは石がいっぱいで、のどがからからにかわいてたまらないので、ふき井戸のところへ行って、水をのもうとしました。ところが、からだを動かしかけますと、おなかの中で、ごろた石がぶつかりあって、がらがら、ごろごろ、いいました。

がらがら、ごろごろ、なにがなる
そりゃどこでなる、はらでなる。
六ぴきこやぎのなくこえか、
こりゃ、そうじゃない、ごろた石、

 おおかみは、こううたいました。
 さて、やっとこすっとこ、ふき井戸の所まで来て、水の上にかがもうとすると、おなかの石のおもみに引かれて、おおかみは、のめりました。そうして、いやおうなしに、泣き泣きおおかみは、水の中におちこみました。
 遠くで見ていた七ひきのこどもやぎは、みんなかけよって来て、
「おおかみ死んだよ。おおかみ死んだよ。」とさけびながら、おかあさんやぎと手をつなぎながら、おおよろこびで、井戸のまわりをおどりまわりました。





底本:「世界おとぎ文庫(グリム篇)森の小人」小峰書店
   1949(昭和24)年2月20日初版発行
   1949(昭和24)年12月30日4版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:浅原庸子
2004年4月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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夢にみる空家の庭の秘密(『青猫』より)

萩原朔太郎




その空家の庭に生えこむものは松の木の類
びはの木 桃の木 まきの木 さざんか さくらの類
さかんな樹木 あたりにひろがる樹木の枝
またそのむらがる枝の葉かげに ぞくぞくと繁茂するところの植物
およそ しだ わらび ぜんまい もうせんごけの類
地べたいちめんに重なりあつて這ひまはる
それら青いものの生命いのち
それら青いもののさかんな生活
その空家の庭はいつも植物の日影になつて薄暗い
ただかすかにながれるものは一筋の小川のみづ
夜も晝もさよさよと悲しくひくくながれる水の音
またじめじめとした垣根のあたり
なめくぢ へび かへる とかげ類のぬたぬたとした氣味わるいすがたをみる。
さうしてこの幽邃な世界のうへに
よるは青じろい月の光がてらしてゐる
月の光は前栽の植込からしつとりとながれこむ。
あはれにしめやかな この深夜のふけてゆく思ひに心をかたむけ
わたしの心は垣根にもたれて横笛を吹きすさぶ
ああ このいろいろのもののかくされた祕密の生活
かぎりなく美しい影と 不思議なすがたの重なりあふところの世界
月光の中にうかびいづる羊齒しだ わらび 松の木の枝
なめくぢ へび とかげ類の無氣味な生活
ああ わたしの夢によくみる このひと住まぬ空家の庭の祕密と
いつもその謎のとけやらぬおもむき深き幽邃のなつかしさよ。


 


底本:「萩原朔太郎全集 第一卷」筑摩書房
   1975(昭和50)年5月25日初版発行
底本の親本:「青猫」新潮社
   1923(大正12)年1月26日發行
※底本では一行が長くて二行にわたっているところは、二行目が1字下げになっています。
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年6月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
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小説

平山千代子




 私つて、まあ、一体どういふんだらう。
 本がよみたいけど、何か本をかして下さらない? ツて言つたので、お母様が明治大正文学全集の森鴎外をかして下さつた。
 文章がきれいだから、ワケなんか考へずに、大ザツパによんでごらんなさいとおつしやる。
 仰せかしこみて棒ヨミにずら/\とやつてみた。だけどワケがわかんないのだから、一寸も面白うない。ア――小説ツて何てつまんないもんだろ。
 そこで、ほかのワケのわかる様なのをよんだ。
 ワケはわかつたが、今度は胸がわるくなつた。思はず四、五回つゞけてついた溜息と共に、追ひ出さうとしたが、まだあまりいゝ気持になれなかつた。
 どうも性にあはないらしい。
 私は小説なるものをあまり読んだことがない。たまによんでも、途中で例によつてフーツと吐き出してしまふ。どうして人はこんなのが面白いのかと思ふ。ナゼつて、つまんないじやないの。第一よんで気持がいゝのかしら。私なんかよんでも一寸も気持よくなんかならないどころか、後が「イヤーあな」気持になつてしまふ。
 節ちやんはこれを評して「本によまれちやふのね」といつた。さうかもしれない。そこへ行くと童話はいゝよ。よんだつて、いくらよんだつて、いやな気持にはならない。お伽話もいゝな。よんだあとがとてもいゝ気持だもの。
 だけど私だつて赤んぼぢやないから、そんなのばつかしよんでるんじやないのよ。私の好きな本をあげれば、第一に「君たち」それから「人類の進歩」。「日本世界名作選」の中の二、三をのぞいて「小公子」。「善太と三平」。「トルストイ童話集」。よまないけど『愛の一家』の類。それから――あとは、歴史や地理に関したもの、それ位。「これからの青年」なんかもとつても好きだつた。「青い鳥」。「フランダースの犬」も。
 一体、私にはどんなのがいゝのかしら。自分でもわかんなくなつちやつた。けれど、私は正直のところ、小説が毛虫の様にきらひなのじやない、決して。さうかと云つても好きなのではない。要するに物好きなのだらうと思ふ。のぞいてみたい気もする。そして、公然と許されてゐる本でも内しよで悪いことをするみたいにビクビクしながらよんでみる。
 よんでみてから、フーツと溜息をつく。そして、とつても悪い事をしてしまつた様に、みてならないものをみてしまつた様に、「イヤーあな」気持に閉じこめられて苦しむ。
 苦労しながら本をよむなんて、何てバカらしいんだらう。私はやつぱりよまない方へ傾きさうだ。





底本:「みの 美しいものになら」四季社
   1954(昭和29)年3月30日初版発行
   1954(昭和29)年4月15日再版発行
入力:鈴木厚司
校正:林 幸雄
2008年2月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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