目次
結果発表
結果発表
各賞発表・審査員講評
一次通過作品
【大賞】萱島雄太『鼻』
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【佳作】灰木辰也『蠅』
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【佳作】萩谷尚子『イワンのパパ』
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【佳作】NOIE『鮪の茶漬け』
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【ゲスト作品】うめ『悶悶日記』
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【ゲスト作品】柴田純与『種田山頭火~青春応用編~』
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【ゲスト作品】カモン『大神くんとナインの甲子園』
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【ゲスト作品】野村宗弘『でたらめ小林一茶』
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【ゲスト作品】オカヤイヅミ『しるこ』
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【ゲスト作品】オオタガキフミ『夢にみる空家の庭の秘密』
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【ゲスト作品】武富健治『KとT』
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【ゲスト作品】衿沢世衣子『小説』
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【青空文庫】芥川龍之介『鼻』
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【青空文庫】横光利一『蠅』
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【青空文庫】トルストイ『イワンの馬鹿』
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【青空文庫】北大路魯山人『鮪の茶漬け』
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【青空文庫】太宰治『悶悶日記』
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【青空文庫】グリム兄弟『おおかみと七匹のこどもやぎ』
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【青空文庫】萩原朔太郎『夢にみる空家の庭の秘密~「青猫」より~』
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【青空文庫】平山千代子『小説』
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悶悶日記

太宰治




 月 日。
 郵便受箱に、生きているへびを投げ入れていった人がある。憤怒。日に二十度、わが家の郵便受箱をのぞき込む売れない作家を、あざけっている人のせる仕業にちがいない。気色あしくなり、終日、臥床。

 月 日。
 苦悩を売物にするな、と知人よりの書簡あり。

 月 日。
 工合いわるし。血痰しきり。ふるさとへ告げやれども、信じてれない様子である。
 庭の隅、桃の花が咲いた。

 月 日。
 百五十万の遺産があったという。いまは、いくらあるか、かいもく、知れず。八年前、除籍された。実兄の情にり、きょうまで生きて来た。これから、どうする? 自分で生活費を稼ごうなど、ゆめにも思うたことなし。このままなら、死ぬるよりほかに路がない。この日、濁ったことをしたので、ざまを見ろ、文章のきたなさ下手へたくそ。
 檀一雄氏来訪。檀氏より四十円を借りる。

 月 日。
 短篇集「晩年」の校正。この短篇集でお仕舞いになるのではないかしらと、ふと思う。それにきまっている。

 月 日。
 この一年間、私にいての悪口を言わなかった人は、三人? もっと少ない? まさか?

 月 日。
 姉の手紙。
「只今、金二十円送りましたから受け取って下さい。何時いつも御金のさいそくで私もほんとに困って居ります。母にも言うにゆわれないし、私の所からばかりなのですから、ほんとうにこまって居ります。母も金の方は自由でないのです。(中略。)御金は粗末にせずにしんぼうして使わないといけません。今では少しでも雑誌社の方から、もらって居るでしょう。あまり、人をあてにせずに一所けんめいしんぼうしなさい。何でも気をつけてやりなさい。からだに気をつけて、友だちにあまり附き合ない様にしたほうが良いでしょう。皆に少しでも安心させる様にしなさい。(後略。)」

 月 日。
 終日、うつら、うつら。不眠が、はじまった。二夜。今宵、ねむらなければ、三夜。

 月 日。
 あかつき、医師のもとへ行く細道。きっと田中氏の歌を思い出す。このみちを泣きつつわれの行きしこと、わが忘れなば誰か知るらむ。医師に強要して、モルヒネを用う。
 ひるさがり眼がさめて、青葉のひかり、心もとなく、かなしかった。丈夫になろうと思いました。

 月 日。
 恥かしくて恥かしくてたまらぬことの、そのまんまんなかを、家人は、むぞうさに、言い刺した。飛びあがった。下駄はいて線路! 一瞬間、仁王立ち。七輪しちりんった。バケツ蹴飛ばした。四畳半に来て、鉄びん障子しょうじに。障子のガラスが音たてた。ちゃぶ台蹴った。壁に醤油。茶わんと皿。私の身がわりになったのだ。これだけ、こわさなければ、私は生きて居れなかった。後悔なし。

 月 日。
 五尺七寸の毛むくじゃら。含羞がんしゅうのために死す。そんな文句を思い浮べ、ひとりでくすくす笑った。

 月 日。
 山岸外史氏来訪。四面そ歌だね、と私が言うと、いや、二面そ歌くらいだ、と訂正した。美しく笑っていた。

 月 日。
 語らざれば、うれい無きに似たり、とか。ぜひとも、聞いてもらいたいことがあります。いや、もういいのです。ただ、――ゆうべ、一円五十銭のことで、三時間も家人と言い争いいたしました。残念でなりません。

 月 日。
 夜、ひとりで便所へ行けない。うしろに、あたまの小さい、白ゆかたを着た細長い十五六の男の児が立っている。いまの私にとって、うしろを振りむくことは、命がけだ。たしかに、あたまの小さい男がいる。山岸外史氏の言うには、それは、私の五、六代まえの人が、語るにしのびざる残忍を行うたからだ、と。そうかも知れない。

 月 日。
 小説かきあげた。こんなにうれしいものだったかしら。読みかえしてみたら、いいものだ。二三人の友人へ通知。これで、借銭をみんなかえせる。小説の題、「白猿狂乱。」





底本:「太宰治全集10」ちくま文庫、筑摩書房
   1989(平成元)年6月27日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月
初出:「文芸」
   1936(昭和11)年6月1日発行
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年3月17日作成
2006年7月2日修正
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
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おおかみと七ひきのこどもやぎ

DER WOLF UND DIE SIEBEN JUNGEN GEISSLEIN

グリム兄弟 Bruder Grimm

楠山正雄訳




         一

 むかし、あるところに、おかあさんのやぎがいました。このおかあさんやぎには、かわいいこどもやぎが七ひきあって、それをかわいがることは、人間のおかあさんが、そのこどもをかわいがるのと、すこしもちがったところはありませんでした。
 ある日、おかあさんやぎは、こどもたちのたべものをとりに森まで出かけて行くので、七ひきのこどもやぎをよんで、こういいきかせました。
「おまえたちにいっておくがね、かあさんが森へ行ってくるあいだ、気をつけてよくおるすばんしてね、けっしておおかみをうちへ入れてはならないよ。あいつは、おまえたちのこらず、まるのまんま、それこそ皮も毛もあまさずたべてしまうのだよ。あのわるものは、わからせまいとして、ときどき、すがたをかえてやってくるけれど、なあに、声はしゃがれて、があがあごえだし、足はまっ黒だし、すぐと見わけはつくのだからね。」
 すると、こどもやぎは、声をそろえて、
「かあさん、だいじょうぶ、あたいたち、よく気をつけて、おるすばんしますから、心配しないで行っておいでなさい。」と、いいました。
 そこで、おかあさんやぎは、メエ、メエといって、安心して出かけて行きました。

         二

 やがて、まもなく、たれか、おもての戸をとんとんたたくものがありました。そうして、
「さあ、こどもたち、あけておくれ、おかあさんだよ。めいめいに、いいおみやげをもって来たのだよ。」と、よびました。
 でも、こどもやぎは、それがしゃがれた、があがあ声なので、すぐおおかみだということがわかりました。そこで、
「あけてやらない。おかあさんじゃないから。おかあさんは、きれいな、いい声してるけれど、おまえはしゃがれっごえのがあがあ声だもの。おまえはおおかみだい。」と、さけびました。
 そこで、おおかみは、荒物屋あらものやの店へ出かけて、大きなはくぼくを一本買って来て、それをたべて、声をよくしました。それからまたもどってきて、戸をたたいて、大きな声で、
「さあ、こどもたち、あけておくれ。おかあさんだよ、みんなにいいものをもって来たのだよ。」と、どなりました。
 でも、おおかみはまっ黒な前足を、窓のところにかけていたので、こやぎたちはそれをみつけて、
「あけてはやらない。うちのおかあさんは、おまえのようなまっ黒な足をしていない。おまえはおおかみだい。」と、さけびました。
 そこで、おおかみは、パン屋の店へ出かけて、
「けつまづいて足をいためたから、ねり粉をなすっておくれ。」と、いいました。
 で、パン屋が、おおかみの前足にねったこなをなすってやりますと、こんどは、粉屋こなやへかけつけて行って、
「おい、前足に白いこなをふりかけてくれ。」と、いいました。
「おおかみのやつ、まただれかだますつもりだな。」
 そう粉屋はおもって、ぐずぐずしていました。
 するとおおかみは、
「すぐしないと、くっちまうぞ。」と、どなりました。
 そこで、粉屋はこわくなって、おおかみの前足を白くしてやりました。まあ、こういうところが、人間のだめなところですね。
 さて、わるものは、三どめに、やぎのおうちの戸口に立って、とんとん、戸をたたいて、こういいました。
「さあこどもたちや、あけておくれ、おかあさんがかえって来たのだよ、おまえたちめいめいに、森でいいものをみつけて来たのだよ。」
 子やぎたちは、声をそろえて、
「さきに足をおみせ、うちのおかあさんだかどうだか、みてやるから。」
 そういわれて、おおかみは、前足を窓にのせました。こどもやぎがそれを見ますと、白かったので、おおかみのいうことを、すっかりほんとうにして、戸をあけました。
 ところで、はいって来たのはたれでしたろう、おおかみだったではありませんか。
 みんな、わあっとおどろいて、ふるえあがって、てんでんにかくれ場所をさがして、かくれようとしました。ひとりは、つくえの下にとびこみました。次は寝床ねどこにはいこみました。三ばんめは、の中にかくれました。四ばんめは、台所だいどころへにげました。五ばんめは、たなにあがりました。六ばんめは、洗面せんめんだらいの下にもぐりました。七ばんめは、柱時計の箱のなかにかくれました。
 ところが、おおかみは、そばからみつけだして、ぞうさなく、ひとりひとり、かたはしからつかまえて、ただひと口に、あんぐりやってしまいました。ただ、大時計の箱のなかにかくれた、いちばん小さな子だけは、みつからずにすみました。さて、たらふくたべたいだけたべて、おなかがくちくなると、おおかみはおもてへにげ出して、木のかげになって、青あおとしているしばの上に、ながながとねそべって、ぐうぐういびきをかきだしました。

         三

 それから間もなく、おかあさんやぎは、森からかえって来ました。ところで、まあ、おかあさんやぎは、そのときなにを見たでしょう。おもての戸は、いっぱいにあけひろげてありました。テーブルも、いすも、腰かけも、ほうりだされていました。洗面せんめんだらいは、こなごなにこわれていました。夜着よぎもまくらも、寝台しんだいからころげおちていました。
 おかあさんやぎは、こどもたちをさがしましたが、ひとりもみつかりません。ひとりひとり、名前をよんでも、たれも返事へんじをするものがありません。おしまいに、いちばん下の子の名前まで来て、はじめて、ほそい声で、
「かあさん、あたい、時計のお箱にかくれているよ。」というのが、きこえました。
 おかあさんやぎは、この子をひっぱりだしてやりました。そこで、この子の口から、はじめておおかみが来て、ほかのこどもたちみんなたべてしまったことが、わかりました。そのとき、おかあさんやぎは、かわいそうな子やぎたちのことを、どんなに泣いてかなしんだか、みなさん、さっしてみてください。
 やっとのことで、おかあさんやぎは、泣くことをやめて、すえっ子やぎといっしょに、そとへ出ました。原っぱまでくると、おおかみは、やはり木のかげにながながとねそべって、それこそ木の枝も葉も、ぶるぶるふるい動くほどの高いびきを立てていました。
 ところで、おかあさんやぎが、おおかみのようすを遠くからよく見ますと、そのふくれかえったおなかの中で、なにかもそもそ動いているのがわかりました。
「まあ、ありがたい、おおかみのやつ、うちのこどもたちを、お夕飯ゆうはんにして、うのみにのみこんだままだから、みんなきっとまだ生きているのだよ。」
 こうおもって、おかあさんやぎは、さっそく、うちへかけこんで行って、はさみと針と糸をとって来ました。それから、おかあさんやぎは、このばけもののどてっ腹を、ちょきんとはさみで、ひとはさみはさみました。するともうそこに、一ぴきのこどもやぎが、ぴょこんとあたまを出しました。おかあさんはよろこんで、またじょきじょきはさんで行きますと、ひとり、ふたり出して、とうとう六ぴきのこどもやぎのこらずが、とびだしました。みんなぶじで、たれひとり、けがひとつしたものもありません。なにしろ、この大ばけものは、むやみとがつがつしていて、ただもう、ぐっく、ぐっく、そのまま、のどのおくへほうりこんでしまっていたからです。
 まあうれしいこと。こどもたちは、おかあさんやぎにしっかりだきつきました。それから、およめさんをもらう式の日の、仕立屋のように、ぴょんぴょんはねまわりました。
 でも、おかあさんやぎは、こどもたちをとめて、
「さあ、そこらで、みんな行って、ごろた石をひろっておいで、このばちあたりなけだものがているうちに、おなかにつめてやるのだから。」といいました。
 そこで、こどもたちは、われがちにかけだして行って、えんやら、えんやら、ごろた石をあつめて、ひきずって来ました。そうして、それを、おおかみのおなかに、つまるだけつめこみました。すると、おかあさんやぎが、あとから、ちょっちょっと、手ばしこく、もとのようにぬいつけてしまいました。それがいかにも早かったので、おおかみがまるで気がつかないし、ごそりともしないまにすんでしまいました。
 おおかみは、やっとのこと、たいだけ寝て、立ちあがりました。なにしろ、胃袋いぶくろのなかは石がいっぱいで、のどがからからにかわいてたまらないので、ふき井戸のところへ行って、水をのもうとしました。ところが、からだを動かしかけますと、おなかの中で、ごろた石がぶつかりあって、がらがら、ごろごろ、いいました。

がらがら、ごろごろ、なにがなる
そりゃどこでなる、はらでなる。
六ぴきこやぎのなくこえか、
こりゃ、そうじゃない、ごろた石、

 おおかみは、こううたいました。
 さて、やっとこすっとこ、ふき井戸の所まで来て、水の上にかがもうとすると、おなかの石のおもみに引かれて、おおかみは、のめりました。そうして、いやおうなしに、泣き泣きおおかみは、水の中におちこみました。
 遠くで見ていた七ひきのこどもやぎは、みんなかけよって来て、
「おおかみ死んだよ。おおかみ死んだよ。」とさけびながら、おかあさんやぎと手をつなぎながら、おおよろこびで、井戸のまわりをおどりまわりました。





底本:「世界おとぎ文庫(グリム篇)森の小人」小峰書店
   1949(昭和24)年2月20日初版発行
   1949(昭和24)年12月30日4版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:浅原庸子
2004年4月29日作成
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夢にみる空家の庭の秘密(『青猫』より)

萩原朔太郎




その空家の庭に生えこむものは松の木の類
びはの木 桃の木 まきの木 さざんか さくらの類
さかんな樹木 あたりにひろがる樹木の枝
またそのむらがる枝の葉かげに ぞくぞくと繁茂するところの植物
およそ しだ わらび ぜんまい もうせんごけの類
地べたいちめんに重なりあつて這ひまはる
それら青いものの生命いのち
それら青いもののさかんな生活
その空家の庭はいつも植物の日影になつて薄暗い
ただかすかにながれるものは一筋の小川のみづ
夜も晝もさよさよと悲しくひくくながれる水の音
またじめじめとした垣根のあたり
なめくぢ へび かへる とかげ類のぬたぬたとした氣味わるいすがたをみる。
さうしてこの幽邃な世界のうへに
よるは青じろい月の光がてらしてゐる
月の光は前栽の植込からしつとりとながれこむ。
あはれにしめやかな この深夜のふけてゆく思ひに心をかたむけ
わたしの心は垣根にもたれて横笛を吹きすさぶ
ああ このいろいろのもののかくされた祕密の生活
かぎりなく美しい影と 不思議なすがたの重なりあふところの世界
月光の中にうかびいづる羊齒しだ わらび 松の木の枝
なめくぢ へび とかげ類の無氣味な生活
ああ わたしの夢によくみる このひと住まぬ空家の庭の祕密と
いつもその謎のとけやらぬおもむき深き幽邃のなつかしさよ。


 


底本:「萩原朔太郎全集 第一卷」筑摩書房
   1975(昭和50)年5月25日初版発行
底本の親本:「青猫」新潮社
   1923(大正12)年1月26日發行
※底本では一行が長くて二行にわたっているところは、二行目が1字下げになっています。
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年6月14日作成
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  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。

小説

平山千代子




 私つて、まあ、一体どういふんだらう。
 本がよみたいけど、何か本をかして下さらない? ツて言つたので、お母様が明治大正文学全集の森鴎外をかして下さつた。
 文章がきれいだから、ワケなんか考へずに、大ザツパによんでごらんなさいとおつしやる。
 仰せかしこみて棒ヨミにずら/\とやつてみた。だけどワケがわかんないのだから、一寸も面白うない。ア――小説ツて何てつまんないもんだろ。
 そこで、ほかのワケのわかる様なのをよんだ。
 ワケはわかつたが、今度は胸がわるくなつた。思はず四、五回つゞけてついた溜息と共に、追ひ出さうとしたが、まだあまりいゝ気持になれなかつた。
 どうも性にあはないらしい。
 私は小説なるものをあまり読んだことがない。たまによんでも、途中で例によつてフーツと吐き出してしまふ。どうして人はこんなのが面白いのかと思ふ。ナゼつて、つまんないじやないの。第一よんで気持がいゝのかしら。私なんかよんでも一寸も気持よくなんかならないどころか、後が「イヤーあな」気持になつてしまふ。
 節ちやんはこれを評して「本によまれちやふのね」といつた。さうかもしれない。そこへ行くと童話はいゝよ。よんだつて、いくらよんだつて、いやな気持にはならない。お伽話もいゝな。よんだあとがとてもいゝ気持だもの。
 だけど私だつて赤んぼぢやないから、そんなのばつかしよんでるんじやないのよ。私の好きな本をあげれば、第一に「君たち」それから「人類の進歩」。「日本世界名作選」の中の二、三をのぞいて「小公子」。「善太と三平」。「トルストイ童話集」。よまないけど『愛の一家』の類。それから――あとは、歴史や地理に関したもの、それ位。「これからの青年」なんかもとつても好きだつた。「青い鳥」。「フランダースの犬」も。
 一体、私にはどんなのがいゝのかしら。自分でもわかんなくなつちやつた。けれど、私は正直のところ、小説が毛虫の様にきらひなのじやない、決して。さうかと云つても好きなのではない。要するに物好きなのだらうと思ふ。のぞいてみたい気もする。そして、公然と許されてゐる本でも内しよで悪いことをするみたいにビクビクしながらよんでみる。
 よんでみてから、フーツと溜息をつく。そして、とつても悪い事をしてしまつた様に、みてならないものをみてしまつた様に、「イヤーあな」気持に閉じこめられて苦しむ。
 苦労しながら本をよむなんて、何てバカらしいんだらう。私はやつぱりよまない方へ傾きさうだ。





底本:「みの 美しいものになら」四季社
   1954(昭和29)年3月30日初版発行
   1954(昭和29)年4月15日再版発行
入力:鈴木厚司
校正:林 幸雄
2008年2月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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著者 : パブー 他
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