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 二〇〇六年に初めて開催されたという第一回野球世界大会で、日本のプロ野球選手と、大リーグで活躍する日本人大リーガーで編成された日本チームは、各国の強豪チームを次々と打ち破り、見事に初代王者になったという。透さんの語った試合内容は、その緊張感が、ビシビシと伝わってくるものだった。さすがにラジオのアナウンサーのようにはいかなかったけれど、ちょっとした実況中継のようだった。あんなに野球のことには触れたくなかった私なのに、いつのまにか、活躍する日本チームの選手たちを、吉澤先輩の姿に置き換えて、熱心に話を聞いていた。幸いだったのは、まわりの雰囲気のおかげで、切なさを封印したままでいられたこと。日本チームの活躍に、みんなが歓声を上げた。野球が嫌いな母も、野球よりプロレスが好きなれんげも、そして私も、気がつかないうちに手を叩いて喜んでいた。
 三年後の二〇〇九年に行われたという第二回野球世界大会の話では、私たちはさらに感動させられた。連覇は無理だと言われていた日本チームが、野球の本場、アメリカチームをも打ち負かし、その後も立て続けにもの凄い試合で勝ち抜き、決勝戦では、緊迫した試合で、もうちょっとで負けそうになったのを、日本が誇る日本人大リーガーが最後に大活躍し、劇的な勝ち方をして、見事に連覇を成し遂げたという。野球バカトリオは拳を突き上げて喜び、私たちも隣同士で抱き合ったり、両手でタッチしたりと、とにかく、講堂の窓ガラスが振動で音を立てるほど、今までに経験したことが無い大騒ぎだった。
 さらに最後の話では、野球バカトリオ、特に誠次郎おじさんにとっては、ハッピーエンドのおまけ付きとなった。第二回の世界大会の日本チームの監督は、なんと、リーグ優勝の連覇に向かって、二〇〇九年シーズンも絶好調の、巨人の監督が務めたという。その名を聞いた誠次郎おじさんは、
「タツノリーッ! タツノリーッ!」
 宇宙ステーションの寛太のように、うれし泣きの大粒の涙をボロボロこぼし、何度も何度も叫んで感激していた。父と村長代理も、恥ずかしいくらいの奇妙な動きで小躍りし、誠次郎おじさんの感動を煽っていた。

「透兄ちゃんの話、すっごくおもしろかったねっ!」
 れんげが、私に向かってVサインを突き出した。
「うん、最高だったねっ!」
 私も笑顔で、Vサインを返した。
「まさか野球の話で、こんなに大騒ぎするなんて思わなかったわ」
 母も、福江おばさんと笑顔で話している。まわりでも、思い思いのグループで談笑し、質問コーナーの余韻に浸っている。壇上近くの透さんは、安心したような顔で、村長代理にマイクを渡している。その様子を見て、私はふと、透さんって、みんなを仰天させる天才なのかも、と思った。本人はたぶん気づいていないのだろうけど、透さん、いろんな意味で、みんなを仰天させることに長けている。初日の失神事件、しなびた服装、引き蘢りの最長記録、ケータイの話、これまでのことを思い返し、可笑しくて笑いがこぼれた。
「シーコさん!」
 由美が私の側まで来て、声をかけた。後ろで、なぜか光子が目を真っ赤にして、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「シーコさん、聞いて! 光子ったら、感激しすぎちゃって大変なの!」
 光子の肩に手を置き、由美が言った。
「あはは、光子、意外と涙もろいのね。確かに感動的な話だったけど、なにも、泣くことはないでしょうに」
 私が、わざと呆れた顔をしてみせると、光子は首を横に振った。
「あ、それとも、実は光子も、お父さん譲りの熱狂的な巨人ファンだったりして」
 私はもちろん、冗談のつもりで言った。そしたら、
「ううん、違うの…」
 途端に光子の目から、涙が溢れ出した。
「うちのお父ちゃん、夏休みが繰り返すようになってから、あんなに…、あんなに喜んだことなかったから。だから…嬉しくって」
 と、両手で顔を覆った。「よしよし」と、由美が優しく背中を撫でた。向こうでは、光子のお母さんが、透さんに向かってしきりに頭を下げている。時々、父親の野球バカぶりに、愚痴をこぼしている光子の、素直な思いやりを感じ、私もジンと胸が熱くなった。
「光子、良かったね」
 私が肩に触れると、光子は手で顔を覆ったまま、うなずいた。由美ももらい泣きしたのか、涙をにじませている。隣で聞いていたれんげも、後ろへ回り、私の背中に顔を押し当てた。

 結局、夕方六時から始まった透さんの歓迎会は、質問コーナーからずっと盛り上がり続け、これまでの記録を更新し、四時間近くにも及ぶ最長の歓迎会となった。いつもの歓迎会は、お祭りの後の寂しさを感じるけれど、今日は違っていた。明かりが消えた講堂を後にしても、みんな、いつまでも余韻に浸っていた。帰り道、母は冷蔵庫のことを、れんげはテレビのことを、父は野球の世界大会のことを、「凄いなあ」と、振り返った。他の家族たちも、同じだった。家路を照らす懐中電灯が、あちこちでいつまでも楽しそうに揺れていた。

第十話へつづく…

Illustration SAKOYAN


この本の内容は以上です。


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