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© Karin Sonoyama / Sakoyan


第九話 仰天させることに、長けている。  八月一日


 遠くで、富美蔵おじさんが飼っている、ねぼすけのニワトリが鳴いた。公民館の台所の窓から朝陽が差し込み、忙しく動き回っている私たちの割烹着に、時折まぶしく反射している。
「分量はこれくらいで、良し」
 キクばあちゃんは、テーブルの真ん中に集めた薄力粉の山に、ふくらし粉をふりかけると、慣れた手つきでかき混ぜ始めた。この作業だけはキクばあちゃんの職人技に頼っている。毎回、薄力粉の量は微妙に違う。しかしキクばあちゃんは、ふくらし粉の割り合いを、目分量でいとも簡単に決めてしまう。これが絶妙なのだ。ふくらし粉はようするにベーキングパウダーのことで、ふくれもち作りには、これが多すぎても少なすぎてもいけない。ちょうど良い割り合いで混ぜなければ、ふかふかのふくれもちに仕上がらない。何度もキクばあちゃんの作業を見ているのに、まだ誰も習得できないでいる。長年の勘というのは、そう簡単には真似できない。
「ほい、準備はオッケー」
 粉をかき混ぜたあと、キクばあちゃんは私たちにバトンを渡した。ここからが我らの出番。粉の山に適当な量の水を注ぎ、素手で素早くこね始める。程よい感触になるまで、少しずつ水を足しながらこねていく。
「みんなしっかりこねて。加減はな…」
 キクばあちゃんが生地のこね具合を指示する前に、
「耳たぶよりちょっと固め!」
 と、私たちは声を揃えて笑った。
 最初の頃は、なかなかコツをつかめなくて大変だった耳たぶの感触。今では全員、分かるようになった。生地作りは、そろそろ免許皆伝になってもいいくらいの腕前になっている。
 バレーボールよりも若干小さめの生地玉をそれぞれが一つずつ作って、生地作りの作業は完了。終わったのは、予定通り九時半。続けてふくれもちの卵作り。生地玉を小さくちぎっていく。一人約三十個。次に、その一つを手のひらでキュッと押して平たくし、克子姉さんたちが昨日作っておいたアンコを詰め、饅頭型に形を整える。これで蒸す前のふくれもちの卵が完成する。ちょうど、ニワトリの卵ほどの大きさだから、私たちはふくれもちの卵と呼んでいる。続いて、三段の蒸籠に敷き詰めたふくれもちの葉っぱの上に、ふくれもちの卵を次々に並べていく。二つの蒸籠に並べ終えたら、ようやく準備が整う。後はコンロで四十分ほど蒸して出来上がり。蒸籠二つで午前中に半分を蒸し、残りは、お昼休みをはさんで午後に蒸す。
 お昼は試食を兼ねて、出来たばかりのふくれもちを食べる。これは私たちの特権。素朴な味のふくれもちではあるけれど、出来立てはとっても美味しい。
 全ての窓を開け、扇風機は最大の風力で、台所に籠った熱気を外に追い出す。汗をだいぶかいたせいか、扇風機の裏側にいても、ひんやりとした空気を感じて気持ちがいい。
「はい、お待たせ」
 克子姉さんが大皿をテーブルに置いた。蒸したばかりのふくれもちが盛ってある。それぞれ一個ずつ取って席に着く。ふかふかのふくれもち一個、お昼はこれでじゅうぶん。麦茶のポットを順番に回し、氷の入ったコップに注いでいく。出来立てのふくれもちには、冷えた麦茶が良く合う。
「さあ、食べようかね」
「いただきまーす!」
 底に張り付いたふくれもちの葉っぱを剥がし、みんなで食べようとした時、
「…みませーん」
 玄関で誰かが声をかけた。ちょっと聞き取りにくい、か細い声。だけど、透さんだとすぐに分かった。みんながなぜか私を見た。
「あ、はーい」
 必然的に声が出た。私を先頭に、ゾロゾロと玄関へ顔を出す。
「あ…」
 透さんを初めて見る由美と光子が、思わず声を漏らす。あの時の格好だ。キクばあちゃんが丹念に洗ってあげた、半袖とTシャツ、ジーパン、野球帽、初日にバスから降りてきた時と、同じ格好をしている。たぶん静香おばさんが、アイロンをかけてくれたのだろう。ヨレヨレだったところは、いくらかパリッとしているが、着こなし方はやっぱりだらしない。ただ、あの強烈な臭いが漂っていないのは、幸いだった。特に臭いに敏感な由美が、あの臭いを嗅いでいたら、大騒ぎしていたに違いない。
 まずは私が、お礼とお詫びを兼ね、頭を下げた。
「先日は妹たちがお世話になりました。なんか、ずいぶん連れ回されちゃったようですね。ごめんなさい」
「いえ…」
 うつむく透さんを見て、明代姉さんが私の肘をつっついた。
「どうしたの?」
「この前、れんげたちが無理矢理引っ張り出しちゃったの。村案内だって」
「れんげたちって、祐輔と寛太?」
 苦笑いしながらうなずくと、
「じゃあ大変だったでしょう。あの三人相手じゃ」
 と、明代姉さんが同情し、由美と光子がクスッと笑った。
 れんげによると、午前中だけで、かなりの距離を歩き回ったらしい。祐輔の家からスタートし、まずは学校周辺、それから奥野川を辿って奥野森、そこから山道を辿って富美蔵おじさんの畑を通り、さらに、岩柿村を取り囲んでいる山々で、一つだけ飛び出して、タイムトラベル域の内側に入り込んでいる一番低い山、中山にも登り、お弁当はそこで食べたらしい。そのあと祐輔が、村案内はそっちのけにして、中山で秘密基地を作ろうと言い出し、結局透さんは、夕方まで悪ガキたちに付き合わされた。
「本当にごめんない」
 れんげが悪ガキ三人組として行動した場合、大概は頭を下げなければならない事態になってしまう。姉の悲しい定めだ。
「そんな…、むしろ僕がお礼を言いたいくらいなのに。あの子たちのおかげで、久しぶりに楽しかったですから」
 私に気を遣ってか、透さんはそう言ってはにかんだ。しかしその言葉には嫌みがまったく感じられない。きっと我慢して付き合ってたんだろうに。なんて良い人なんだろう。なんて考えていたら、克子姉さんが私の肩を叩いた。
「椎子、そんな事より、透さんは別の用があるんじゃないの? ねえ、透さん」
「はい…」
「ほらね」
 と克子姉さんが胸を張る。
「実は、ここで手伝ってくれって、村長さんに言われたんですけど」
 頭を書きながら、透さんは言った。
「えーっ、モアイ2号ったら、ゲストに手伝わせるなんて、とんでもないわねっ」
 明代姉さんが呆れ、私たちも、その通りだとうなずく。透さんは、モアイ2号が村長代理のことだとすぐに理解したようで、慌てて手を横に振った。
「いえ、村長さんは、何もしなくていいって言ってくれたんですけど、僕がどうしてもってお願いしたんです。そしたら、公民館で手伝ってくれって…」
 そんな透さんを、キクばあちゃんがしきりに感心し、
「やっぱり、透さんは立派だねえ。…ご飯、まだよね。よかったら、ふくれもち、食べてって」
 と、彼の腕を掴んだ。瓜を食べてってと、お店の奥へ引きずり込んだあの時のように、掴んだ腕を強引に引っ張った。


 結局、透さんは、私たちといっしょにお昼を取ることになった。出来映えが一番良いふくれもちをキクばあちゃんが選定し、
「熱いから気をつけて」
 と、透さんに差し出した。明代姉さんから、ふくれもちの葉っぱの剥がし方を教えてもらい、透さんは、照れながら一口食べると、
「初めて食べたのに、とっても懐かしい味がしますね。美味しい!」
 と、驚いた顔で言ってくれた。
「でしょう!」
 明代姉さんが胸を張り、私たちは感激して手を叩いた。
 ふくれもちを食べながら、私とキクばあちゃんを除く女子四人が、簡単な自己紹介をすると、
「どうも、小堀透です」
 透さんはうつむき加減に頭を掻きながら、お返しに名乗った。やっぱり、頭を下げたり掻いたりするのは、癖なんだと思いながら、私はみんなに、透さんが東京で一人暮らしをしているってことや、デザインを勉強しながら働いているってことを、わざわざ付け足して上げた。なのに、みんなの興味は、すでに他の一点に集中していた。
「透さん、今、ケータイ持っています?」
 明代姉さんが、待ちきれない様子で尋ねた。
「え…? は、はい。持っていますけど」
「よかったら、見せてもらえませんか」
「あ、はい。…どうぞ」
 ジーパンのポケットからケータイを取り出し、透さんは静かにテーブルの上に置いた。ケータイ未経験の女子四人は、もう、蜂の巣を突っついたような大騒ぎ。透さんが使い方を一つ一つ説明するごとに、彼女たちが一喜一憂する様子を見て、キクばあちゃんは自慢げに何度もうなずき、私は、ちょっとした優越感に浸った。この前の祐輔の気持ちがよく解った。しかし、そんな気分もつかの間、
「好きな時に、どこからでも電話できるって、いいなあ」
 うらやましがった由美のあと、透さんが続けた次の一言が、私をも大騒ぎの仲間に加えてしまった。
「でも、僕の場合、電話として使うことはあまり無くって、ほとんどはメールだったり、音楽聞いたり、ゲームしたりするほうが多いんです」
「…?」
 一瞬、何を言っているのか分からなかった。透さんは私にもまだ説明していなかったことに気づくと、その未知の機能を、丁寧に詳しく説明してくれた。だから私は、「ひゃーっ!」
 みんなといっしょに、まるで悲鳴のような声を上げて驚いた。電話器だってことさえ驚異なのに、このケータイときたら、メールという機能は、文通のようにメッセージをやりとりするのが挨拶代わりとして使われていたり、イヤホンを繋げは、好きな音楽を何曲でも聞けるっていうし、さらに、テレビ番組や映画さえも見ることが出来るという。しかも、トランプとかピンボールとかパズルとか、様々なゲームを楽しむことが出来る上に、映像カメラの機能まで付いて、それで撮った写真と映像は、アルバムのようにストックできるっていうから、私たちは驚異を通り越して、狐につままれたような感覚に陥ってしまった。
「つまりこれ一つで、電話にテレビにカメラ、それに、ポストの役目も果たして、おまけに、ゲーム盤やら写真やらLPが、たくさん入っているってことなのね」
「信じられない。こんな小さなものに、そんな凄い機能があるなんて…」
 明代姉さんと克子姉さんが、寄り目になるほどケータイに顔を近づけ、ため息をついた。
「正確には、音楽や写真などは、データとして保存されてるんですけど」
「データ?」
 みんな、首を傾げた。
「あ、データっていうのは、…えーと」
 透さん、どんなふうに説明していいものか分からないようだ。
「じゃあ、例えば音楽の場合は、もの凄く小さなカセットテープが、中に入っているって思えば良いんですね」
 フォローのつもりで私なりに解釈すると、
「なるほどね」
 由美と光子が納得した。しかし、透さんは少し困った様子で、
「うーん…まあ、そんなところ…です」
 妥協するようにうなずいた。
 私は、八十年代の後半からやって来た、あるゲストが言っていたことを思い出した。レコード店の売り場には、レコードの代わりにCDというものが置かれていると言っていた。シングルレコードよりも小さい円盤に、LPレコードのA面とB面を合わせた曲数が収録されているって聞いて、とても驚いたし、何より、CDのプレイヤーが、レコード針の代わりに、レーザー光線を使って音が出る仕組みになっていると聞いた時には、凄いことになっているんだなと、十数年後の未来に感心したものだ。だけど今回は、その驚きを遥かに超えてしまった。野暮ったくて、しなびた格好をした透さんが、二〇〇九年からやってきたって聞いた時、正直言って、二十一世紀って、あんまり進化していないのかも、と思った。とんでもない思い違い。三十四年後は、少なくとも電話に関しては、私たちの想像を絶する進化を遂げている。
「音楽、どうやって録音するんですか?」
 ずっと顔を近づけたままだった明代姉さんが、ようやく顔を上げ、質問した。そういえば、どうやってケータイに録音するのだろう。私たちがレコードからカセットテープに録音する場合、結構な手間がかかってしまう。ケータイの場合も同じなのだろうか。
「録音するわけじゃなくて、ネットからダウンロードするんです」
 透さんは、またしても聞き慣れない単語を言い放った。ネット? ダウンロード? 想像力が貧困なせいなのか、私は、坂道を跨いでピンと張った、テニスのネットが頭に浮かんでしまった。無数の軟式の野球ボールが、そのネットを飛び越え、次々と坂道を転がって行った。

 私たちは、お昼の時間いっぱいまで、透さんのケータイ講座に聞き入った。透さんが説明すればするほど、聞き慣れない単語が次々に飛び出し、そのたびに私たちは、口々に質問を浴びせた。透さんが、
「それより、僕、何を手伝えばいいんですか?」
 と言ってくれなければ、お昼を過ぎても、ケータイ講座に夢中になっていたかもしれない。たぶん、みんなもそうだったと思うけど、無意識のうちに自分で食べたふくれもち、いつのまに口に運んだのか、まったく覚えていないほどだった。私たちは、まだまだ山ほど質問が残っていたけれど、きりがないから、とにかく、ケータイは凄いってことで区切りをつけた。最初から最後まで、ずっとうなずき続けていたキクばあちゃんだけは、とても満足そうな顔をしていた。
 透さんには、結局、出来上がったふくれもちと、大皿の数枚を二回に分けて、中学校の講堂まで運んでもらい、その後は、そのまま会場の設置作業に参加してもらうことになった。
 昼下がり、私たちは二回目のふくれもちを蒸す作業と、台所の後片付けに取りかかった。また熱気が籠っていく。
「さあ、もうひとがんばり!」
 克子姉さんが割烹着の袖をまくって、気合いを入れた。
「おーっ!」

 私たちも続いて声を上げる。キクばあちゃんの見守っている蒸篭から、湯気が吹き出し、窓の外へと優雅に舞い踊る。ふくれもちが蒸し上がる頃には、会場の準備もほとんど終わっているだろう。向こうで、ひまわりたちが揺れている。歓迎会の時間が近づいてくるのを、私たちに知らせているように見える。近くのツクツクボウシも、ヒグラシとバトンタッチする前に、もうひと鳴きがんばるぞと、忙しそうな声を上げ出した。


「あー、あー、本日は晴天なり、本日は晴天なり…」
 壇上の村長代理がマイクを指で突っつきながら、傍でアンプのつまみをいじっていた父を見た。父は、右手を上げてOKの合図を送る。ざわめきが、たちまち静かになった。お決まりの咳払いを一つ入れ、村長代理の挨拶が始まる。
「えー、皆さん、お待たせいたしました。それではこれより、小堀透君の歓迎会を始めたいと思います」
 会場が拍手で包まれた。いつもはガランとして広く感じる中学校の講堂が、この時ばかりは混雑し、狭く感じる。だけど蒸し暑くはない。歓迎会用に設置された網戸のおかげで、外から涼しい空気が入り込む。それを、四隅と壇上、入り口に置かれた六台の扇風機が、柔軟にかき混ぜてくれている。岩柿村の全住民が、各家から持ち寄った座布団を敷いて、それぞれの席に着いている。テーブルは、折りたたみ式のちゃぶ台や太い足のコタツなど、やはり各家から持ち寄られているから、色や形に統一性はない。けれど、高さはほぼ同じだから、一列に十二席、それが三列に整然と並んでいる。母たちの自慢の料理がその上に並ぶ。大皿に盛られた私たちのふくれもちたちは、彩りの料理たちの間に混じって白く輝き、アクセントを付けている。
 席位置は基本的に自由だから、毎回変わる。今回の我が竹本家は、演壇から向かって右側、後ろから三番目の位置に陣取っている。透さんは、真ん中の列の一番前、静香おばさんと祐輔のテーブルの席に、うつむき加減で、足を庇うように膝を崩して座っている。ゲストとお世話係の席だけは、この位置と決まっている。とはいっても、席位置はあってないようなもの。時には、歓迎会が進むにつれ、みんな思い思いのメンバーで集まって盛り上がったりする。
 父が透さんに近づき、合図を送った。ゲストは、歓迎会の段取りを前もって聞かされている。ゆっくりと立ち上がって、かぶっていた野球帽を取ると、透さんはうつむいたまま、私たちに向かって一礼した。
「えー、先日の回覧板でお知らせしました通り、透君は遥か彼方の二〇〇九年の東京から、はるばるやって来られました。えー、現在二十一歳、働きながらデザインの勉強をなさっているそうです」
 村長代理の紹介に、会場がどよめいた。
「えー、我々岩柿村全住民は、透君を心より歓迎いたします」
 村長代理の、お決まりの挨拶。私たちも、やはりお決まりの拍手を透さんに送る。
「では皆さん、乾杯の…」
 村長代理が、ビールが注がれたコップを持ち上げようとした時、近くにいた誠次郎おじさんが、何やら声をかけた。
「えっ? ああ、そうだった。忘れてた」
 苦笑いで村長代理は応えている。乾杯しようと誰よりも早く構えていた元ジイが、拍子抜けしてコップを置いた。
「あー、失礼しました。初めにみなさんに、報告しなきゃならないことがありました。えー、先日、未来の日本において、戦争が起こるっていう噂がありましたが、そんなことは、まったく無いということが分かりました。あー、どうぞ皆さん、ご心配なく!」
 あたかも、自分は部外者かのように装う村長代理だが、
「何を言うとる。心配しとったのは、お前さんたちだけじゃろが」
 ツルツル頭の雅一おじさんが見透かし、野次を飛ばす。隣に座っているゴロベエ先生と小松さんが、まったくだとうなずく。
「あー、いやいや、面目ない」
 野球バカトリオが、揃って頭を下げると、どっと、笑いが起こった。
「えー、それでは仕切り直しで…」
 村長代理が、もう一度コップを手にして持ち上げた。私たちは座ったまま、ビールや日本酒、サイダーやジュースが入ったコップをそれぞれ持って続く。透さんもわずかに遅れて、なみなみにビールが注がれたコップを持った。それを見たれんげが、透さんの方向にコップを突き出すと、中のサイダーが、サワサワと音を立てた。
「透君の訪問を祝って、それから、残りの一ヶ月を、楽しく過ごしてもらえるよう願って、乾パーイ!」
 歓迎会実行委員である野球バカトリオの音頭で、両隣の家族たちと乾杯を交わす。その一杯を飲みながら、私たちは真っ先にふくれもちを食べる。
「今日のは、美味いな」
「うん、いつもより、ふっくらしとる」
 誰かがお世辞を言った。向こうの列から明代姉さんが私を見て、ガッツポーズをしながら「やったね」と、口を動かした。真ん中の列の由美と光子、明代姉さんの近くの克子姉さんも胸を張っている。
「あら、ほんとに美味しいわね。椎子、あんたたち、ずいぶん上手に作れるようになったじゃない」
 母が、滅多に言わないお世辞を言った。
「うん、ほいふぃ、ほいふぃ」
 れんげは口いっぱいに頬張っている。昼間、すでに食べた透さんも、向こうで、美味しそうに食べてくれている。もしかしたら、気に入ってくれたのかもしれない。
 いつも成り行きまかせで進行する歓迎会ではあるけれど、出だしは必ず、乾杯とふくれもちと決まっている。だから、ふくれもち係は村の重要な任務だと心得ている。キクばあちゃんが付いていても、ふくらし粉を混ぜる作業以外は、私たちだけで行っている。だから、実はプレッシャーはわずかにあったりする。しかし今日は、達成感を味わっている。嬉しくて、私の顔はほころんだ。

 この後、歓迎会は予想外の盛り上がりを見せた。正直に言えば、今回は正反対の予想をしていたから、私は感動で胸が熱くなったほど。実は、歓迎会には二つの目的があって、一つはもちろん、ゲストを歓迎すること。そしてもう一つは、ゲストに未来の話を聞くこと。歓迎会が始まって三十分ほど過ぎたあたりで、私たち待望のメインイベント、ゲストへの質問コーナーが始まる。どんな生活をしているのか、どんなものが流行っているのか、ゲストにいくつか質問し、未来の様子を話してもらう。毎回、このコーナーだけは一番盛り上がる。初めて歓迎会が開かれた時、ゲストへの質問が止めどなく続いてしまった。これじゃあ収集がつかないからと、次回から質問タイムを設け、何人かが代表で質問をするようになった。以来、ゲストの未来の話は、岩柿村最大級の娯楽となった。元々、娯楽の少ない村だったから、私たちの、未来のことを知りたい願望は、ゲストが入れ替わるたびに強くなっていった。
 お祭り気分でみんなが歓迎会の準備をするのは、実は、このコーナーを一番の楽しみにしているから、だったりする。そのかわり、どんなゲストの場合でも大歓迎することになっている。とはいえ、アイドル並みの格好良い人と、そうではない人とでは、特に、おばさんたちの対応に、天と地の差があったりする。初日に公民館に集まったおばさんたちには、やはりその第一印象は悪かったようで、祐輔の家に籠っている時、ほとんどの人が透さんに無関心だった。もしも、格好良い人だったなら、そうはいかない。おばさんたちのお見舞い攻撃で、祐輔の家はてんやわんやになっていたに違いない。
 格好良い人なら、歓迎会は最初から黄色い声が飛び交っていたことだろう。しかし今回は、乾杯のあとは大騒ぎすることもなく、いつもより地味な時間が流れていた。だから、質問コーナーになっても、盛り上がらないのではないかと心配していた。ところが、ふたを開けてみたら、私の心配をよそに、透さんの未来の話は、今までのゲストで一番の盛り上りを見せたのだ。


 壇上に上がった透さんは、お酒が弱いのか、それともだいぶ飲んだのか、すでに顔が赤らんでいた。だけど、酔っぱらっているようではなかった。足取りはしっかりしていた。村長代理にマイクを渡され、わずかに緊張した様子だったけれど、息を一つついて、すぐに落ち着いたように見えた。そして、うつむきがちの人とは思えないほど滑らかな口調で、
「特に電化製品のことなら、何でも聞いて下さい」
 と、切り出した。
 独身の透さんが電化製品に詳しいのは、大きな電気屋さんの売り場で、いろんな製品を見て回るのが趣味の一つらしい。さすがに大都会に住んでいる人は、趣味が違うと、何人かが感心した。
 最初に質問したのは美月おばさんだった。だっこした愛娘の彩香ちゃんをあやしながら、「未来の冷蔵庫や洗濯機はどうなってますか?」という質問をした。これまでのゲストにも、何人かが同じ質問をしたことがあった。イケイケのお姉さんの時は、冷蔵庫は容量が若干大きくなり、洗濯機は二層式から一層式の全自動に替わったと言っていた。だけど、それほど驚くような進化をしているわけではなかったから、母たちは「便利になってるのね」と、わずかに感心した程度だった。ところが、透さんの語った未来の冷蔵庫と洗濯機は、驚異の進化を遂げていた。
 冷凍室、製氷室、冷蔵室、野菜室と、四つに分かれた二十一世紀の冷蔵庫は、そのスケールの大きさに、まずは驚かされた。高さが一八〇センチを越える大容量で、いくつにも仕切られた冷蔵室は観音開き、野菜室は大根が丸ごと十本くらいは入っちゃうというし、冷凍室と製氷室が別々の引き出しだっていうのも凄い。さらに驚くべきことに、今の時代の冷蔵庫をひっくり返した配置で、冷蔵室が上、冷凍室が一番下にあるという。逆さまの意図が分からず、みんなしばらく唖然としていたけれど、冷凍室や野菜室は、冷蔵室よりも出し入れが多いから、上にあったほうが、楽な姿勢で使用できると聞かされ、とたんに母たちがざわめきだした。麦茶ポットや野菜を取り出す時に、わざわざしゃがまずにすむっていうのは、私たちにとっては画期的なことだ。それまで、愛想笑い気味で接していたおばさんたちの関心度は、ここで一気に高まった。洗濯機の話では、さらに騒然となった。洗濯槽も扉も、横についたドラム式という洗濯機は、もちろん全自動で、なんと乾燥までやってのけ、衣類のシワを巧みにのばしてくれるらしい。しかも、製品によっては、水や洗剤をまったく使わず、靴や鞄を洗うことが出来るというから凄い。
 ついでに話してくれたテレビの話では、おじさんたちまで食い付いた。障子を横にしたような大画面テレビは、厚さがたったの数センチ足らずの壁掛けタイプのもので、写真のようなきめ細やかな映像で、女優の目尻のシワまで鮮明に映し出すという。おまけに、番組表が表示されるから、新聞のテレビ欄を見ないで済むっていうし、出演者の情報や、お得な品物の情報、さらに、ニュースや天気予報など、さまざまな情報が、一つの画面に表示される仕組みになっているらしい。これを聞いた父は、口を大きく開けて驚いた。夏休みが繰り返す前、新型テレビのクイントリックスに買い替えた時、ほんのちょっと進化した程度で鼻を高くしていた父を思い出し、私は恥ずかしくなってしまった。
 その後、立て続けに浴びせられる質問に、透さんは軽快に答えていった。謝ってばかりの透さんとは、まったく別人のようだった。二十一世紀の話は、どれも驚くことばかりで、次々と飛び出す未来の話に、私たちは大いに湧いた。「リニアモーターカーは走っていますか?」という質問をした元信と和則は、まだ実現していない…という答えが返って来て、一度は肩を落としたものの、ようやく実用化のめどがつき、二〇二五年の開業に向けて、ルートを検討している最中だという話しに、二人揃ってガッツポーズを決めてみせた。さらに追加してくれた新幹線の話しでは、二人や悪ガキたちといっしょに、元ジイや富美蔵おじさんまで手を叩いて喜んだ。青い鼻の新幹線から、世代交代した優雅な形をした新型の新幹線が、日本中を走っているらしい。
 諦めがちに「宇宙旅行は、できますか?」という寛太の質問に、透さんは「残念ながら、火星には人類は行ってはいないけど…」と、前置きした後、そのかわりに、国際宇宙ステーションが完成し、各国の宇宙飛行士たちに混じって、日本の宇宙飛行士が仕事をしている、と言ったものだから、寛太は感激のあまり、大粒の涙をこぼして喜んだ。
「ケータイのこと、みんなにも話してあげて!」という明代姉さんのリクエストに快く応じた透さんは、私たちの時と同じように、ケータイを披露しながら説明した。案の定、みんなの反応は、ほとんどの人たちが狐につままれたような表情をしていた。
 さらに続けてくれた、ケータイよりももっと凄い話には、博己先輩と高井和先生が身を乗り出した。パソコンというものは、電話回線を進化させたようなインターネットというものを介して、世界中の人々と、ケータイよりも高度な情報のやり取りを、瞬時に送受信させるらしい。たとえば、地球の裏側の人と、テレビ電話の機能で会議が出来るそうだ。なんだかとっても凄いってことは分かったけれど、さすがにこの話、機械音痴の私には、ほとんどイメージできず、理解するのを諦めた。ケータイの機能だって、解ったつもりでいるけれど、大半は理解していないままだし、いつかのゲストが、ファックスというものを話してくれた時、どうして電話回線で手紙のやり取りが出来るのか、未だに理解できずにいるくらいだから、さらに未来のものをイメージするなんて、無理! と、開き直った。
 とにかく、そんなふうに透さんが質問に答えるたびに、ため息と感嘆の声をこぼし、私たちの盛り上がりは、会場内の熱気をぐんぐん上昇させた。そして、この日、最大級に盛り上がったのは、意外にも、野球バカトリオの質問だった。

「巨人、どうなってる?」
 いつも最後に出る、毎回同じ質問。実行委員会の特権だからって、歓迎会が初めて行われた時から質問し続けている。野球のことに触れたくはない私は、この質問が出ると、いつもため息をつきそうになる。露骨に耳を塞ぐわけにもいかないから、この時は平静さを装い、右の耳から左の耳へ素通りさせている。
 彼らの質問は、最初の頃は真っ先にしていたけれど、野球なんか全く興味の無い女性のゲストへ、強引に質問したことがあった。その時は早々にゲストを困惑させ、みんなからひんしゅくを買ってしまった。以来、野球バカトリオの質問は、後回しになった。
 いつもはこの質問で、せっかくの盛り上がりも、大抵はしぼんでしまう。だけど、今回は違った。
「巨人?」
「二十一世紀の巨人が、どうなってるのか教えて!」
 熱狂的な巨人ファンの誠次郎おじさんは、そこそこの巨人ファンの父と村長代理を従え、懇願するように手のひらを合わせた。
「巨人って、プロ野球の巨人…ですか?」
「うん。だって、詳しいでしょ、野球帽かぶっているくらいだから」
「あ、これは、その…」
「プロ野球の帽子でしょ」
「え、ええ、まあプロには違いないですけど…」
 透さんは帽子を右手で取り、つばの上のマークに視線を落とした。これまで、私たちの盛り上がりに合わせるように、好調に質問に答えていた透さんだけど、せっかくの楽しい雰囲気に水を差す質問に、やはり、困惑した表情を浮かべた。
「そういえば、見たことが無いマークだね。もしかして、スワローズの新しいマーク? それとも、パリーグで新しいチームが出来たのかい?」
 村長代理が口を挟んだ。すると、
「い、いえ、これは、大リーグのチームのマークなんです」
 透さんから、思いがけない言葉が返って来たようで、
「大リーグ!?」
 と、今度は野球バカトリオが困惑した。
「僕の好きな選手のいるチームなんです」
 野球帽を持ったままの手で、透さんは頭を掻いた。ふと、その仕草が、吉澤先輩に似ていると思った。顔は全然違うのに。話を聞き流そうとしていた努力の甲斐もなく、『好きな選手のいるチーム』というフレーズが、私の耳の奥まで響いてしまっていた。封印していた切なさが飛び出してきそうで、頭の中のイメージを、私は必死に振り払った。
「だ、大リーグに詳しいのかい!?」
 驚いた父が聞いた。
「詳しいってほどではないです。日本人大リーガーが活躍するのを見て、興味を持った、よくいるニワカファンの一人です…」
「日本人大リーガーって…、大リーグの選手に、日本人がいるっていうの!?」
 信じられない様子で村長代理が詰め寄った。
「は、はい。いろんなチームに、十数人くらいいます」
「なな、なんですってぇーっ!!!!」
 父と村長代理の声が裏返り、他のおじさんたちや、男子たちまでざわめき出した。
 それが、野球バカトリオにとっては夢のようなことらしいってことは、私にもなんとなく解った。音楽に置き換えれば、ビルボードのヒットチャートに、陽水の曲がベストテン入りするようなものなんだろう。母たちでさえ、…解っているのかどうかは微妙だけれど、隣同士で、
「凄いわねえ!」
 と、顔を見合わせた。だけど誠次郎おじさんは、悲観的な表情を浮かべ、
「もしかして、わしらに気を遣って、ウソを言ってるんじゃないの?」
 と、疑った。さらに、
「もしも巨人の成績が悪いのを、ごまかすつもりで言っているんだったら、気遣いは無用だから。頼むよ、本当のことを言ってくれ! 潔く事実は受け入れるから!」
 透さんに涙目で訴えた。誠次郎おじさんは、結果を聞く前から、未来の巨人が負け続けているって決めてかかっている。こんな感じだから、質問コーナーの盛り上がりが、いつも尻切れトンボに終わってしまう。
「そえいえば、前に来たゲストが、大リーグに挑戦した江夏のことを言ってたよな。あの大投手でさえ全然歯が立たなくて、メジャーに上がれなかったって」
「言ってた言ってた。確かにそうだよなあ。マンガじゃあるまいし、日本の野球が大リーグに通用するわけがない」
 透さんの話に一度は驚いた村長代理と父も、揃って肩を落とした。だけど透さんは、小刻みに首を横に振った。
「ウソじゃないです! 日本人大リーガーは本当にいるんです! それに、日本の野球は、世界に認められているんです! WBCでも二度も優勝したんですから!」
 今度は透さんのほうが、必死に訴えかけた。その様子から、デタラメを言っているようには思えなかった。
「WBCって?」
 近くで聞いていた、清行兄さんと同い年で、青年団の忠治兄さんが口を挟んだ。忠治兄さんは、男子たちのソフトボールの時、清行兄さんといっしょに、いつも助っ人参加しているから、野球の話が気になるようだ。
 息を一つつき、透さんはマイクを握り直した。
「野球の、世界大会です!」
 一瞬、シンとして回りの空気が固まったように感じた。
「せ、世界大会!?」
 次第に、あちこちの席から、おじさんたちの驚く声が上がった。話がよほど突飛すぎたのか、野球バカトリオたちは、ポカンと口を開けたままでいた。
「その世界大会、もっと詳しく聞かせて!」
 離れた席から清行兄さんが声を上げた。
 野球バカトリオが正気を取り戻したのは、透さんが世界大会のことを語りだして、しばらくたってからだった。かれらにとって、透さんの話は、それほど非現実的だったのだろう。だけど、野球に興味の無い女性陣でさえ、その驚きは同じだった。私たちは透さんの話に、いつのまにかすっかり引き込まれてしまっていた。


 二〇〇六年に初めて開催されたという第一回野球世界大会で、日本のプロ野球選手と、大リーグで活躍する日本人大リーガーで編成された日本チームは、各国の強豪チームを次々と打ち破り、見事に初代王者になったという。透さんの語った試合内容は、その緊張感が、ビシビシと伝わってくるものだった。さすがにラジオのアナウンサーのようにはいかなかったけれど、ちょっとした実況中継のようだった。あんなに野球のことには触れたくなかった私なのに、いつのまにか、活躍する日本チームの選手たちを、吉澤先輩の姿に置き換えて、熱心に話を聞いていた。幸いだったのは、まわりの雰囲気のおかげで、切なさを封印したままでいられたこと。日本チームの活躍に、みんなが歓声を上げた。野球が嫌いな母も、野球よりプロレスが好きなれんげも、そして私も、気がつかないうちに手を叩いて喜んでいた。
 三年後の二〇〇九年に行われたという第二回野球世界大会の話では、私たちはさらに感動させられた。連覇は無理だと言われていた日本チームが、野球の本場、アメリカチームをも打ち負かし、その後も立て続けにもの凄い試合で勝ち抜き、決勝戦では、緊迫した試合で、もうちょっとで負けそうになったのを、日本が誇る日本人大リーガーが最後に大活躍し、劇的な勝ち方をして、見事に連覇を成し遂げたという。野球バカトリオは拳を突き上げて喜び、私たちも隣同士で抱き合ったり、両手でタッチしたりと、とにかく、講堂の窓ガラスが振動で音を立てるほど、今までに経験したことが無い大騒ぎだった。
 さらに最後の話では、野球バカトリオ、特に誠次郎おじさんにとっては、ハッピーエンドのおまけ付きとなった。第二回の世界大会の日本チームの監督は、なんと、リーグ優勝の連覇に向かって、二〇〇九年シーズンも絶好調の、巨人の監督が務めたという。その名を聞いた誠次郎おじさんは、
「タツノリーッ! タツノリーッ!」
 宇宙ステーションの寛太のように、うれし泣きの大粒の涙をボロボロこぼし、何度も何度も叫んで感激していた。父と村長代理も、恥ずかしいくらいの奇妙な動きで小躍りし、誠次郎おじさんの感動を煽っていた。

「透兄ちゃんの話、すっごくおもしろかったねっ!」
 れんげが、私に向かってVサインを突き出した。
「うん、最高だったねっ!」
 私も笑顔で、Vサインを返した。
「まさか野球の話で、こんなに大騒ぎするなんて思わなかったわ」
 母も、福江おばさんと笑顔で話している。まわりでも、思い思いのグループで談笑し、質問コーナーの余韻に浸っている。壇上近くの透さんは、安心したような顔で、村長代理にマイクを渡している。その様子を見て、私はふと、透さんって、みんなを仰天させる天才なのかも、と思った。本人はたぶん気づいていないのだろうけど、透さん、いろんな意味で、みんなを仰天させることに長けている。初日の失神事件、しなびた服装、引き蘢りの最長記録、ケータイの話、これまでのことを思い返し、可笑しくて笑いがこぼれた。
「シーコさん!」
 由美が私の側まで来て、声をかけた。後ろで、なぜか光子が目を真っ赤にして、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「シーコさん、聞いて! 光子ったら、感激しすぎちゃって大変なの!」
 光子の肩に手を置き、由美が言った。
「あはは、光子、意外と涙もろいのね。確かに感動的な話だったけど、なにも、泣くことはないでしょうに」
 私が、わざと呆れた顔をしてみせると、光子は首を横に振った。
「あ、それとも、実は光子も、お父さん譲りの熱狂的な巨人ファンだったりして」
 私はもちろん、冗談のつもりで言った。そしたら、
「ううん、違うの…」
 途端に光子の目から、涙が溢れ出した。
「うちのお父ちゃん、夏休みが繰り返すようになってから、あんなに…、あんなに喜んだことなかったから。だから…嬉しくって」
 と、両手で顔を覆った。「よしよし」と、由美が優しく背中を撫でた。向こうでは、光子のお母さんが、透さんに向かってしきりに頭を下げている。時々、父親の野球バカぶりに、愚痴をこぼしている光子の、素直な思いやりを感じ、私もジンと胸が熱くなった。
「光子、良かったね」
 私が肩に触れると、光子は手で顔を覆ったまま、うなずいた。由美ももらい泣きしたのか、涙をにじませている。隣で聞いていたれんげも、後ろへ回り、私の背中に顔を押し当てた。

 結局、夕方六時から始まった透さんの歓迎会は、質問コーナーからずっと盛り上がり続け、これまでの記録を更新し、四時間近くにも及ぶ最長の歓迎会となった。いつもの歓迎会は、お祭りの後の寂しさを感じるけれど、今日は違っていた。明かりが消えた講堂を後にしても、みんな、いつまでも余韻に浸っていた。帰り道、母は冷蔵庫のことを、れんげはテレビのことを、父は野球の世界大会のことを、「凄いなあ」と、振り返った。他の家族たちも、同じだった。家路を照らす懐中電灯が、あちこちでいつまでも楽しそうに揺れていた。

第十話へつづく…

Illustration SAKOYAN


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