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ブンブン丸

昔、香港に住んでいた頃、僕が頑張らなければいけなかったことは、おしっこの我慢だった。
おしっこを我慢しなければ、日本男子の沽券(コケン)に関わるのである。

香港の人は、おしっこが非常に長い。
しかも、最後まで勢いがあって、実に男らしい人が多い。
そこには残尿感は微塵も無く、爽快感が漂う。
「いい仕事したぜっ!」
というスガスガしさである。

男の中の男になると後半はあまりのスガスガしさに、ホースをブンブン振り回す。
「今日はオレラのライブに来てくれてありがとうっ! それじゃ最後の歌をイクぜーっ!!」
という感じでボーカルが振り回す、マイクスタンドのように振り回す。

香港の小便用の便器には、壁から水が出ているだけで敷居のない便器がある。
ここにブンブン丸と相席してしまうと、大変な事になる。
彼のホースパフォーマンスが始まると、僕のズボンや靴にもひっかかりそうなのだ。

僕は小便が短い。
すぐ終わってしまう。
デートなんかで女性と同時にトイレに行くと、あまりに早く先に戻って退屈してしまって、
「この時間ほど無駄な人生の使い方はない」
と自責の念にかられる。
しょうがないからこういう時は、
「僕の小便が短いのではない。あの子はウ○コなのだ」
と思うことにしている。

そんなおり、真冬なのにクーラーのガンガン効いた部屋で打合せが長引き、なかなかトイレに行けないという事があった。
僕はかなり早い段階でトイレに行きたくなっていたのだけど、議論は白熱し、なかなかタイミングがつかめない。
しかも、会議を早く終わらせたいあまりに脳が活発化していいアイディアが出てしまう。
悪循環の泥沼にハマッてしまった僕は、膀胱がかすかに震え始めているのを感じながら、それでもナイスアイディアを出してしまう。

そして4時間くらいの会議が終わった後、もらさないように千鳥足でソーっとトイレに行った。
ギリギリでやっとたどり着いた便器に放尿する時の感動といったら!
僕の求めていた、男らしいションベンがそこにあったのだ!

アレなら、振り回したい気持ちも分かる。
人に見せたい気もする。
残念ながら、その時トイレには他に誰もいなかったのだけど、
「おらーっ!日本人だってこれくらい出来るんだぞーっ!!」
と、香港人を威嚇したかった。

小便を我慢する=男らしい=気持ちがイイという事実を体感してからというもの、小便を我慢するようになった。
この快感を一人でも多くの人に伝え、世界で戦える男子を育成したいと思うようになった。

しかし、一つ注意すべき我慢してはアブナい状況がある。
もし、布教活動がうまくいって日本中の男子が小便を我慢するようになった時のために、この事をきちんと抑えて置かなければならない。
それは、飲み会。
つまり酒を飲んだ時。
大量のビールを飲んだ時だ。
アルコールは判断能力を低下させ、本能を解き放つ働きがある。

本能が解き放たれ判断能力が低下すると、トイレにいくタイミングというのが分からなくなる。
野生に近くなるわけだから、その辺の廊下とか柱とかがトイレのような気がしてくる。
いや、ここは俺のナワバリだ。
誰にも渡さないぞっ!
と思うようになる。
ナワバリを守るためには、文明社会ではやってはいけない事をしてしまうので、こういいう場所では我慢してはいけない。
というか、体に悪いので良い子は我慢してはいけない。

気の弱い国民は、階段を使え!

香港のエレベーターで気づいたこと。

香港には地震がない。
地震がないので、かなり高い建物をたてる事ができる。

建物が高いとエレベーターが進化する。
なるべく早く人を運ばなければならない。
ビルの高層化にともなって、エレベーターのスピードはあがる。

僕が香港に住み始めた頃には、すでにエレベーターは想像絶する速さに達していた。
そしてそこに乗る人も。

香港のビルディングは高いだけではない。
一つの階が広い。
つまり、一度にエレベーターに乗る人数が多いのだ。
僕の勤める会社が入っていたビルは、50階建てだった。
1-15階
16階-25階
26-35階
35階-50階
という感じで、エレベーターが区分けされてある。
一つの区間にエレベーターが4つ用意されている。
にもかかわらず、毎朝長蛇の列。

僕は24階が職場で、24階で降りる必要がある。
16階-25階に行くエレベーターに乗らなければならない。
朝の行列をやりすごす、飛び乗るエレベーターには日本人が僕一人。

一度にどれくらいの人間が乗れるのか数えると20人くらいだった。
20人の内訳は、香港人16名、ユーロッパのどこかの人2名、インド人1名、日本人1名という感じ。
何も知らずにこういうエレベーターに乗ると大変なことになる。

建物の力関係は、上に住む人ほどエライという暗黙の了解がある。
24階は全体では真ん中くらいだが、16階-25階の中という区間の中では24階はエライ。
僕はこのエレベーターの中では、かなりエライ人物という事になる。
当然、その他の人たちは下々という事になる。

エレベーターが動き出すと、かなりのスピードで上昇する。
耳がツーンとしたかと思うと、2Gくらいの感覚が襲い、血圧が下がり、頭痛がしはじめる。
大げさだが、そのくらいのスピードでエレベーターは動く。
朝は、短時間で何百人もの人間を上空に運ぶのがエレベーターの役目だから、このスピードは納得できる。
慣れてくると、もっと早くなればいいのにと思うから恐ろしい。

さて、16階についた。
1階で僕はエレベーターにギリギリ飛び乗る格好になったので、ドア側にポジションしていた。
16階についてドアが開くので、僕は一度降りる事にした。
奥の方から、強引に出ようとする女性がある。
周囲の人も僕のように降りてやればいいのに、絶対に降りない。

香港は、競争社会だ。
それも世界屈指の競争社会。
勝つか負けるかだけの格差社会。
あいまいなポジションで温い思いをしようとしている奴らは、すぐさま蹴落とされる。
人を出し抜いてでも、自分の身を守らなけばならない。
他人に自分のポジションを奪われたら、下降しかないのだ。

そういう社会なので、エレベーターと云えども他人の為に身を動かすという事はない。
お人好しの僕は、強引に抜けだした彼女に感謝される事もない。

唖然としていると、エレベーターのドアが閉まり出す。
繰り返すようだが、このエレベーターは恐ろしい速さで人を運ばなければならない。
人が降りる時間も最小限で計算されている。
フロアについてドアが開いてから閉じるまで、3秒しかない。
日本なら誰かが「開」ボタンを押してくれているものだが、香港では「閉」ボタンの連打だ。
降りた僕が悪いのだ。
自分で何とかしなければならない。
素早く手を挟んで、ドアをもう一度開き、体を滑り込ませるのだ。
露骨に嫌な顔をされるが、生き抜く為にはキツイ視線にもなれないといけない。

これを20階あたりまで繰り返す。
16人の香港人の殆どが、20階の住人だったのだ。
20階に辿りつくまでには、僕もキツイ視線になれ人間的成長もする事になる。

毎朝これを繰り返すうちに、僕自身も「閉」を連打するようになり、優しそうな顔の日本人からは金を騙しとってやろうかというハングリーさが身につく。

僕は香港が卑しいと言っているのではない。
日本人は脳天気だと思うのだ。
僕らから見るとハングリーに見える彼らの生活も、香港では当たり前だし、彼らは中国人の方がハングリーだというのだ。
平和ボケを感じるなら、香港の高層ビルのエレベーターになるといい。
無事に最上階までただり着けたら、ボケも吹っ飛ぶだろう。


死以上の恐怖

世界中で鳥インフルエンザが騒がれていた頃、香港にいた。
テレビで見る日本は鳥インフルエンザの驚異を連日放送し、この世の終りを記録しようとしていた。
放送によると、一度感染すると助かる見込みはない。
そればかりか人間生物兵器となって、親しいものからドンドン感染させていくというのである。
空気感染の可能性もあり、あっという間に世界中に広がるだろうというのだ。
バイオハザードだ。
これを防ぐには、感染地域をナパーム弾で焼き尽くすしかない。
そういうような事を日本のテレビは放送していた。
ちなみにこの頃まだ、人間への感染が見つかっていない。

香港はと言えば、昔サーズという病気が流行した。
サーズは感染力が強く、短期間に世界中で数百人が亡くなったと記憶している。
その頃香港に住んでいなかったが、話を聞くと経済は壊滅し、人々は香港が終わったと思ったそうだ。
例えば、エレベーターに乗っても誰もボタンを押さない。
なぜなら、直前にサーズ患者がボタンを押した可能性があるからだ。
押すときは、慎重にティッシュや布でおおって押したとか。
その名残で今でもエレベーターのボタンにはカバーがとりつけてある。

サーズの驚異を身をもって知った香港では、鳥インフルエンザは驚異である。
すぐそばの中国では感染した鳥小屋がたくさん見つかっている。
日本では世紀末を唱えている中、香港ではどのような対策を打つのか。
そんな事が気になっていたある日の朝、何気なくテレビをつけたら街のど真ん中に鳥の死骸が見つかったというニュースが報道された。
鳥インフルエンザの疑いが強いという。

おぉ、恐いなぁ。
と思って、発見された地域をよく見ると通勤路である。
これから通る道なのだ。
先日日本で鳥インフルエンザの鳥が発見されたとき、宇宙服のようなモノを来た科学の人がガスを散布しながら、周囲を検査し、封鎖していた。
半径何十メートルが封鎖されていた。
これから通る道も封鎖され、回り道となる事は容易に想像できたので、家を早めに出た。

バスは、いつも通りの道をいつも通りの込み具合で進む。
いつもの駅にいつもより少し早めに着いた。
ここまでは何事もない。
いつものようにいつもの道を進む。
今朝ニュースで見た現場に近づく。
先を歩く人々は、まったく進路を変えない。
しょうが無いので僕も歩く。
いよいよ現場に近づいたとき、信じられないモノを目にしてしまった。
この時の恐怖は生涯忘れられない。

なんと、鳥の死骸がそこにあるのだ。
半径50cmくらいのテープで封鎖しているだけなのだ。
科学に人なんていない。掃除のおじちゃんが暇そうにタバコを吸っているだけだ。
そこにいるのは、今も鳥インフルエンザウィルスを空気中にばらまき続けている死骸である。
この変の人達が軒並み感染したら、世界を揺がすことになる。
なぜなら、ここは香港の市街地。
世界の貿易の中枢なのである。

こ、これでいいのか。間違いなのか。
人々はサーズのことを忘れてしまったのだろうか。
と思いながら、息を止めて足早に立ち去る。
後日、その鳥が鳥インフルエンザによって死んでいた事が確認された。
あの後すぐに処分されたという。もう遅い気が・・・

香港人の仲間にこの事を話し、サーズ並みの警戒はないのかと聞いたところ、
「サーズの時もダメだと思ったが、今のように経済は回復した。今度も大丈夫だ」
などという。
え、事後解決・・・

今でも、あの死骸が忘れられない。
まったく恐ろしい話である。

魅惑のレパルスベイ

レパルスベイをご存知だろうか。
香港有数のビーチである。
高級ホテルもある。
慕情」というハリウッド映画でも使われた。
しかし、そこで見るべきなのは海や浜ではない。
見るべきなのは、像だ。
いや、見るのではない。
感じるのだ。
香港を代表する映画スターブルース・リーの言葉を借りるなら、
“ Don't think. Feeeeeeeeeeeeeeel! 
である。

像のある場所は、ティンハウビョウというところだった。
遠くから見ると、ちょっと廃墟感がある。
近づくにつれ、その異常な光景にすぐに魅了された。
日本でいる神社のようなところだと思うのだけど、像の数が多い。
多い上にど派手だ。
ただキラビヤカに派手なのではなく、ちょっと狂った派手さというか、サイケな感じ。
人の像や魚の像や竜の像やら、もうルールがない。
そうした像が全て雨ざらしになっていて、ちょっと朽ちている。
神社的な場所なのに、屋外。
でも、ちゃんとお参りっぽい事をしている人がいたりして、なんだかちょっと怖いのだ。
狂った世界なのだ。
悪夢を体現したような世界なのだ。

そこにある像は、中国の神様なんだろうなぁと思って見ていると、とても小さなガネーシャ神がぽつんと置いてあったりする。
あきらかに誰かがそこに置いて帰ったのだろうけど、なんか神がかっていてお参りしたくなる。
よく見るとシバ神がいたり、キン消しみたいな人形がおいてあったりして、自由な感じがする。
日本の仏像は無かったので、次回は持って行ってみようと思った。

サイケな色で飾られた像の間を縫うようにして歩いているウチに、だんだんとボーっとしてきてある種のトランス状態になる。
トランス状態のまま、皆がやるように金を投げておまじないをしてみたり、像をなでたりする。
そうすると、不思議な事に気分が良くなる。
とても晴れているのに、しろーくうすーいモヤのようなものがこの空間を支配しているように感じる。
神秘的な力がワタシを包みこむように守ってくれている気がしてくる。

あまりにも空間がねじれているので、そんな体験もしてしまうのがレパルスベイだ。
レパルスベイに行く為に香港に行くべきだと思う。

※効能には個人差があります。

この本の内容は以上です。


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