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親と子の関係


 親子の関係がトラウマとなっていることがよくあります。しかし、それを自覚されていない場合も多いのです。自覚している場合であっても、本当に深い部分が認識されていないことが多いように思います。

 幼い時から、母親の表情をうかがい、母親の気に入るように振る舞っている子どもがいます。常に母親の機嫌を気にして過ごしているのです。

 もちろん父親に対してそうである子どももいますし、両親に対してそうである場合もあります。しかし、本能的に子どもはまず母親に濃密な関係を求めるものです。

 乳幼児の時期は母親にとって自分の子どもが誰よりも愛おしく感じ、育児における関わりの中で、乳児のさまざまな要求を汲み取り、スキンシップや言葉による語りかけをおこなうものです。そうして我が子へのさまざまな思いや期待を託します。

 一般的にそのように乳幼児は母親の腕の中で安らぎと安心感を育んでいきます。そうした母子間の関係を保ちながら過ごすことで、子どもは「母は常に側にいて自分を守ってくれる」という安心感の中で少しずつ冒険をして成長していきます。

 このような自然な(本能を満たした)環境を乳幼児が得ることができなかった場合、ひとりでいる能力が育たずに、外の世界に関心を抱き母親から離れて行動することが出来なくなっていきます。
 特に母親が子どもに対し無関心で、あまり関わろうとしなかった場合、子どもは成長過程において、親の顔色をうかがいながら寂しさや不安や絶望感などに無自覚のまま苦しむことになります。

 母親が出産後長期に病気をした場合や何らかの原因での死別や離婚していなくなった場合なども同じです。

 また、子どもの心と向き合うことがなく、子どもが求めている気持などが無視されて、ペットとしてかわいがるような関わり方をする親の場合も問題を残します。子どもの服装や髪型などをかわいく整え、見かけを楽しむことに熱心なだけの親の場合です。

 その他にも、子どもが親に愛され必要とされるために、親が口にするいろんな愚痴の垂れ流しの聞き手に回って成長する場合も悲惨といえます。

 愚痴を聞きながら、親に気にいられる為に味方として振る舞い、自己主張が出来ない、自分の要求を押さえて表現できない、周囲に気を使う子どもとして育っていきます。

 そうした手のかからない良い子で育つ過程でつくられていく心が、親に対する怒りの感情として蓄積されて、抑制された怒りの感情や絶望感が無自覚のまま後に親への恨みへと変わっていきます。
 
 子育てにおける親の傾向は、親自身の遺伝的要因と生育環境によって決定付けられている面が強いといえます。親自身も、自分の気質によって子どもと接し、自分が経験してきていない世界を子どもに与えることができないのです。

 しかしながら、子どもは親にかまって欲しく、深い愛情に抱かれたいのです。

 親子間のトラウマはいろんなケースがありますが、その1つとして遺伝的傾向による例をお話しします。

 親子は遺伝子によって繋がっています。ただし、両親の遺伝子である24種類の染色体の何番目の染色体の2種類のどちらを受け取ったかによって個体差が出ます。また、親の人生では発現していない遺伝要因を子どもが発現している場合があります。
 子どもは親の単純なコピーではないのです。様々な違いも生じます。

 親子の関係が、うまく関わっていける場合とそうでない場合の違いは、親のみに問題があるのではなく、子どもが受け継いだ遺伝要因によって決まることも多いのです。
 そのことに目を向けてみましょう。もちろん、親の子ども時代の環境要因も重要な要素ですが後に回します。

 親子間において、親が子どもの性格を理解できなかったり、容認できずに愛せなかったりというケースもあるでしょう。子どもが複数いれば、偏った接し方をしてしまうケールも多いでしょう。
 
 子どもの方は、きょうだいで自分の方が愛されなかった。大事にされなかったといじけることもよくあります。
 勉強に限らず、何かで差があり過ぎて嫉妬したり、悩むこともよくあります。

 たとえば母子間で上手くいかない場合は、母親と子どもの遺伝的要因がかけ離れてしまっている場合と表面は違って見えても遺伝的気質の本質が似かよっている場合があります。
 遺伝的に似ていても、子どもがまだ成長過程の場合、その幼い脳による環境認識と適応では、親との関わりで誤解が生じることも多くあります。

 親にとって本質的に自分と似ているがゆえに、自分の嫌な面を重ねて見てしまう場合などもあります。そんな時は親の方でも反発が生まれたり、不快に思うこともあるでしょう。もちろん、愛情が深まる場合もあります。

 遺伝子の関わりによって、様々な親子間のドラマが展開することは事実なのです。

 (詳しい遺伝がらみのトラウマは、後に表示していますリンク先のWebサイトをご覧下さい)

 もし、夫婦間の仲が悪かったとします。夫に不満や苦痛を強く抱く妻が、子どもが息子でも娘でも、夫と性格や顔が似ているということでうまく愛せなくなるケースもあります。

 また、せっかちで几帳面な母親がのんびりで雑な子どもの性格を、しつけとして過剰に叱って育てるケースもあるでしょう。親は自分の性格に合わないことで不満が生じるのでしょうが、それは子どもにとってはトラウマとなっていきます。

 また、遺伝傾向による脆弱性で、心の病が発症する場合もあります。または、軽い発達障害(AS,ADHDなど)の場合も親子間でトラウマをつくってしまう場合もあります。身体的病気や障害だと親からも周囲からも理解されますが、心に絡む問題はまだ理解されないことが多く、躾でどうにかなると思われがちなのです。

 遺伝というメカニズムがはっきりと解明されていくこれからの時代において、私たちは認識を新たにしなければならないことや、もっと学ばなければならないことが起こってくることでしょう・・・。

 両親から理論上は半分ずつ受け継ぐ遺伝子(染色体を構成するDNA)による様々な心の状態をもっと理解した親子関係が望ましいことだと思っています。

*遺伝子とトラウマ


 

夫婦が作りだす環境

 
 結婚した相手が、相性が良くても悪くても、生活の中でお互いの理想が満たされずに過ごすことも多く出てきます。
 
 それゆえに段々と互いに不満が生じて、様々なトラブルが起こります。
 そうした親たちが織りなす人生のドラマが作りだす環境が、子どもの成長に影響し、子どもの人生に深く絡んでくるのです。

 夫婦間の不満や葛藤は、結婚当時より子どもが出来てから生じることが多いのです。
なぜなら、よりお互いが家族としての絆が強くなり、要求度も高くなるからです。
 さらに、これまでの互いの不満な部分にも焦点が当てられやすくなっていきます。
 夫婦だけだったら我慢できたことも、子育てが加わるとそうはいかなくなってきます。

 1、子どもの教育方針
 2、育児の分担の方針
 3、経済的計画の方針
 4、将来的な生活設計
 5、生活習慣などの改善
 6、舅姑など親族との関わり
  等々がクローズアップされてきます。

 しかしながら、もっと違った視点から見る重要な要因があるのです。
 それは、・・・
 お互いの育った環境が違い、二人の経験した人生の歴史の相違が問題なのです。

 なぜこういった生育環境と歴史が問題になるのでしょう…。

 「多かれ少なかれ、人はトラウマを受けて育つ・・・」ということを書きましたが、こうしたトラウマの影響が大きいのです。

 子育てにおける教育方針に関して言えば、自分が受けてきたような教育方針の価値観に違いがある場合です。
 互いの意見が合わない場合は、育児は妻の権限で進行します。しかし夫の価値観と相違していれば、なぜこうしないのかともめるでしょう。

 人の価値観は、その人の生育環境によって決定される面が大きいのです。

 こうした価値観が作りだす問題とは別に、感情の問題が無意識に絡んできます。
 それは、子育てに携わる妻自身が自分の両親からどのように育てられたかという経験です。
 しっかりとスキンシップが与えられて、かいがいしく世話されて育った場合とそうでない場合の問題です。
 
 愛情に包まれて育った親は、同じように愛情深く子育てをすることができます。
 その逆の場合、最悪の場合は育児放棄や幼児虐待に繋がっていくのです。

 世代間連鎖、または伝達といわれるように、自分が経験した育児の世界を自分の子供に伝えてしまうのです。

 夫婦間において、互いの生育っ環境が似ていると折り合いがつくのですが、そうでない場合意見の相違によるトラブルの発生が起こります。

 また、別のことを例に挙げれば、夫婦間のテンポの違いも多くあります。
 それは、一方がせっかちで、一方がのんびり屋さんだった場合です。
 主導権を持っている方がいつも相手を責めることになるでしょう。

 強迫性障害(OCD)などの症状が軽くある場合など、そうした傾向に不満や怒りをぶつけて相手をののしるように怒り、夫婦喧嘩が絶えないこともあるでしょう。
 
 また一方が依存性の強い気質やトラウマがある場合に、そうした過剰な依存を満たしてくれない不満によって、段々と背中向きになっていき冷えた関係になってしまうこともあります。

 子どもはこうした両親が作りだす環境の中で、いつも怒っている父親や感情的に叱る母親
を憎んだり、愚痴を聞かされながら両親の関係に心を痛め苦しみながら育つことも多いのです。

 子どもばかりではなく親も、こうしたことなどがストレスの原因となって、うつ病に陥ったり他の心の病が発症したりすることもあります。

 相手を思いやり、相手のことを互いに深く理解し合うことで解消できる問題ですが、現実にはなかなかそう上手くはいかないものです。

 子どもは叫んでいます。

 「どうしてこんな親たちの子供として生まれてきたのだろう!」と。

 子どもにとっては親たちの生きてきた苦痛は分からないし、親たちも自分の子供がいかに傷ついているかが分からないのです。

 そうした環境の中で育ち、それらがトラウマとなり現在苦しんでいる人達にとって、自分の親を恨み自分の人生を白紙に戻したいと叫び声をあげています。

 また、親からの否定的な言葉によって自信を失わされてしまった子供や親からの過剰な期待に応えるためにもがきながら自滅していく子供・・・。
 様々な親子間のドラマがあるでしょうが、子どもが親子間の出来事に翻弄させられて本来の生き方が出来なくなってしまう場合など、それらは子供の人生の破壊であり不幸な出来事といえます。

 人生はどのように生きるべきなのかという前に、これまで生きてきた人生を見つめ直し、そこから何かを学び取ることで、将来の人生と方向性が見えてくるのではないでしょうか。

 人生とは、自分の意志だけで展開していけるものではなく、しかし、自分の意志の反映なくしては自分の人生とはいえず、意志の介入なくしては生きた歴史に後悔を残すことになるでしょう。

 しかしながら、幼児期からの自分の意志だけではどうにもならなかった、両親を含めた環境という大きな力によってどのような影響を受け、それらの影響を今後どのように修正することができるかという可能性を、どこかの時点で見直す必要があるのではないでしょうか。


無意識を見つめる価値


 私たちが自己の無意識を見つめる価値は何でしょうか?
 無意識といっても、そこには確かな意志が存在します。
 その無意識の意志の内容を知ることに大きな価値があるのです。

 無意識の領域には、トラウマと呼ばれる過去における心の傷が抑圧されて存在します。
 そうした抑圧された過去の記憶は、思い出し難いか、思い出しても、トラウマとして認識されないことが多いでしょう。

 無意識領域とは、脳科学的に説明すれば、胎児の頃から完成している扁桃体と呼ばれる脳部位を中心とした領域(大脳辺縁系=脳の奥の中心部分です)の働きです。
 一方、意識領域は、人間らしさを作り出している理性の領域で、脳全体の司令塔である前頭連合野(額の裏のあたりの脳の表面部分です)をいいます。

 この二つの領域は離れているので、脳神経細胞のケーブル(軸索)が伸びて情報の伝達を行っています。
 しかし、無意識領域での脳活動の情報が、意識レベルの活動領域である前頭葉には、少なくとも500ミリ秒(1/2秒)以上の無意識領域での活動の持続された時間が必要なのです。

 1/2秒とは短いように感じられますが、脳内の電気活動としては非常に長い時間なのです。
 脳細胞間での情報伝達は、軸索には電気が流れ、送り手の軸索終末(シナプス前細胞)と受け手のシナプス後細胞との連結部分(シナプス間隙)では生化学的反応に変化して伝わり、再び受け手の細胞内で電気信号に変換されます。

 しかし、こうした脳内での電気信号は活発に行われてはいますが、情動系と呼ばれる、大脳辺縁系周辺での活動のすべてが、前頭葉(前頭連合野)に伝わることはその活動のほんの一部でしかありません。

 サブリミナル効果をいう言葉を知っておられる人は多いと思います。
 いわゆる脳内に短い時間情報を与えると、脳はその情報をしっかり受け止めて処理していますが、脳内で受け取った情報の一部しか意識の領域には伝わらないのです。
 
 理由は、脳内での処理の活動時間が短すぎるからなのです。

 たとえば有名な話で、映画館で1秒間に24コマ流れるフィルムの1コマに、コーラが飲みたくなるという文字を書き込んでいたとしましょう。
 わずか1/24秒の短い時間のこの言葉を視神経は確実に受け止め大脳辺縁系へ情報が送られた結果、みんながコーラを飲みたくなり買い始めます。
 これは1/50秒でも1/100秒でもかまわないのです。電気信号の視点で考えれば、十分に長い時間なのです。ところが、1/2秒以上続かない脳内刺激は前頭連合野に送られずに、結果、意識化できないのです。いわゆる、私たちはどうしてコーラが飲みたくなったかの理由が分からないのです。

 これが脳内での現実なのです。
 したがって、大脳辺縁系で様々な環境刺激によって喚起された過去のトラウマ記憶が活発に活動していても、その時間が短いので、意識的に捉えることがないまま、感情が心を支配してしまうのです。
 

 それゆえに、トラウマを探ることで、現在の動機の因果関係が推測できます。


 自分の中で沸き起こる、このような衝動はどうしてなのか?

 過去においては、なぜあの時あんな決断や行動を取ったのだろうか?

 逆に、何かに挑戦しようと思っているのに、なぜ努力が続かないのかが分かるのです。何が(どのようなトラウマが)足を引っ張っているのかが分かるのです。

 

 過去における自分の行動や決断と、トラウマとの関係が理解できれば、

 今後に備えることもでき、最適な未来を築いていけるようになります。

 

 人の全ての行動は、無意識領域から支配されている

   といっても過言ではありません。

 

 なぜ、無意識の活動が意識されないのか、その理由は現代の脳科学がしっかりと説明しているのです。


 より良き人生のために、自分自身の無意識の意志を知って、コントロールすることを目指して欲しいと願っています。



催眠の世界


 “催眠”という言葉を聞かれたことはあるでしょう。

 しかし、あなたが知っている催眠の世界は、TVのバラエティー番組の中のお遊びの催眠術の世界だったかもしれません。


 セラピー(催眠療法)として催眠を活用されている方の中には、ショー催眠を否定的に表現される方も多くいます。

 “催眠術”という表現を嫌い、“催眠法”とか、“科学的催眠法”などと表現されますが、どのように表現しようと、人の脳内で起こっている催眠現象(変性意識状態)は同じことなのです。


 催眠術の“術”とは、技術の“術”です。いわゆる人の脳を催眠状態に導くための技術なのです。それを技法と表現しても同じことなのです。


 TVなどでは、やらせの番組もなかには存在し、あまりにも遊びの要素が大きいために、催眠術など信用できないと思われている方も多いことでしょう。

 また、あんなことされたくないという嫌悪感を抱かれる方も多いことでしょう。

 ご安心ください。ある一定の条件が整わない限り、人を遊びでは操れないのです。

 

 催眠は心の科学としてアメリカでは位置づけられています。催眠を活用した心理療法をアメリカでは国家資格を与え積極的に活用しています。日本でも遅れてはいますが、時期にそうなってくると思っています。

 

 それは、催眠状態という特殊な意識状態が、無意識の脳領域に働きかけるには最適だからです。


 人を催眠状態に即座に導き、TVなどのショー番組でやっている様に人を操るということは大変難しいことです。

 誰でも簡単にできないので、一般的な催眠療法家(ヒプノセラピスト)が、自分が出来ないことを否定したくなるのも無理のないことでしょう。しかし、否定すべきことではないと思っています。

 

 人間の心の働き(脳の機能)を十分に知り尽くしている人は、人を簡単に催眠状態に導くテクニック(術)を身につけていることも理想的なことではないでしょうか。

 人の心を知り尽くすためには、催眠状態という心(脳)の状態の深い知識が必要なのです。


 催眠というテクニックを身につけることで、自己コントロールをおこなったり、心と身体の健康増進や自己成長に活用することもできるのです。 


 催眠状態を専門的には変性意識状態と呼んでいます。

 催眠状態は、普段とは違った意識がある心理状態です。

 ゆえに、催眠状態にいる時の自分の心や思考の状態を覚えています。


 夢を、目覚めた後に覚えているのとはまた違った状態です。


 *催眠状態

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