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 ショパンの連唱のための召還のプラクティス。
「聞いたこと無い、呪文書」
「そうなんだ。でも、これ、うまく二人でシンクロして唱えると、美しい天女を召還するんだよ」
 いかにも、のん気そうな笑みを浮かべた、初老だよな、髪の毛白いし、眼鏡かけてるし。この人が、オレの新しい担当教師、谷岡先生か。
「二人って」
「そう二人。これは連唱用の呪文書だからね。一人の詠唱で出来ないことも、二人で詠唱すると、出来たりするんだな」
「するんだなって」
「そうだよ、君、千秋くんと、彼女、野田恵くんとで、連唱のレッスン」
「ぎゃっぴー、先輩。野田恵です。のだめってよんでください」
 ここは、桃ケ丘ファンタジー大学。剣士や魔法使いを育てる学校。オレ、千秋真一は、召還科の3年。野田恵、ちょっと前まで気付かなかったが、オレと同じマンションの隣の部屋に住むファン大生、って召還科の後輩だったのか。
 召還科は、その名の通り、召還魔法を教わる。モンスターから数多の道具までなんでも魔法で召還する。この部屋は、多少の魔力の暴走にも耐えられる結界をはった、大学内のレッスン室。
「なんでオレが、こんなのといっしょにレッスン。連唱するなら先生とでしょ」
「いやー、君たちの連唱、かなり、面白そうだと、思うんだよ。野田くん、実は精霊に祝福された詠唱者だし」
 精霊に祝福された詠唱者。まさか、こいつが。
「いくらそうでも、こんな呪文を適当に唱えるやつとシンクロできるわけないだろ」
「君ならできるよ。この学校で一番召還うまいし。
 まあ、後輩指導だと思って」
 後輩指導だあ。

 


「始めるぞ、詠唱のテンポはこのぐらいで」
 結局、こいつと、連唱することになった。って。
「たった二小節で間違えるな」
「ぴぎゃー」
 どうして、どうしてこんなにデタラメなんだ。メチャクチャ。なんだ、目をつぶってる。
「呪文書見てねー、じゃねーか」
「ぎゃひーっ」
 どうりで、メチャクチャなわけだ。
「でも、ちゃんと、呪文覚えてます」
「どこが、ちゃんとだ。
 『ありがたく さんぜんと のたまいし』が『アリが たくさん 前殿 玉石』じゃ意味わかんないだろー」       
「野田くん、なんて言うか、呪文で詠唱するっていうより、心で詠唱するんだよね。詠唱の言葉が多少違っても結果だせちゃうって、まあ、そんな感じで。だから、呪文書見て正確に言葉を唱えるより、目をつぶって、心象風景を語るみたいな、そんな感じなんだよね」
 だからいつも、デタラメなのか。なぜオレは、こんなところで、こんなレッスンしてなきゃならないんだ。

 

 昨日の彩子だって。
「江藤先生のとこ首になったんだって」
 昨日オレは、彩子と飲んでいた。彩子とはもう終わっていたんだけど、なにか、一緒にいて欲しかった。
「召還なんてもうどうでもいいんだ。オレは剣も魔法も使える勇者になりたいんだから」
「それなら、さっさと勇者科に転科すればいいじゃない」
 あいかわらず、意地の悪い言い方だ。
「って、真一。本当は。
 閉所恐怖症でダンジョンに入れない」
 ダンジョン、崩れる、暗闇、動けない。
「おまえ ダンジョンが崩れて生き埋めになったことないだろー」
「おまけに。
 潔癖症で野宿が出来ないから旅にも行けない」
「おれは都会育ちだから……」
「虫に怯える勇者がどこにいるのよ」
 くそっ。彩子のやつ。

 


 そして、今日は、このデタラメだ。もういいシンクロしてみせる。
 確かに、本来なら呪文書通りでいいはずだが、呪文を唱えることよりも 何を起こすのかが大切だ。こいつの詠唱はメチャクチャだがちゃんと精霊に働きかけている。オレがその働きを強化したり、足りない影響力を補えばいいはずだ。
 オレがこいつを見失いさえしなければ。
「ようし、もう一度最初からやるぞ」
「うきゅ。また、最初から」
「のだめ、適当に。今度は、自由に詠唱していいから」
「せんぱい」
 こいつには、絶対、特別なものがある。そして、こいつに合わせられるのは、オレ様ぐらいだ。

 

 最初はあまたの精霊への挨拶。もう切れてる。こんな短い間でトランス出来るのか。
 次は詠唱者の周りに多くの精霊を集める。
 すご、こんなに多くの精霊が集まるなんて。
 そして、集まった精霊達の興味を引いて、精霊達を楽しませる。自由にしろとは言ってみたが、詠唱が呪文が、言葉がデタラメになっている。でも、ちゃんと効果、働きかけは起きている。
 合わせてみせる。精霊の喜びを感じる。なんて楽しそうな精霊達なんだ。
 高まる精霊の興奮を召還の力とする。今だ。
 「力満ちて、天女よ、出でよ!」
 それは、紛れも無い、天女だった。薄き衣をまとい、ふわふわと漂う。一瞬で引き込まれた。美しい。麗しい。オレも、のだめも、谷岡先生も、天女が消えてしまうまで、言葉もなく、ただ見つめるしかなかった。
「ブラボー、ブラボー」
 谷岡先生が拍手している。
「よかったね千秋くん。なんか壁越えたみたいで」
「えっ」
 オレのためのレッスンだったのか。

 

 あのタヌキ教師。おや、レッスン室からずーっとこいつ、オレの後をついて来てたのか。もう、校門近くって、家、マンションの部屋、隣だから、偶然同じく歩いていただけ、だよな。辺りには、いつものように学生が、ここかしこに。
「先輩の背中。とびつきたくてドキドキ。
 これってフォーリンラブ。ですか」
「違う」
「でも、のだめ」
「ちがう。断じて、違う」 


「おーい、のだめに千秋どっか遊びいかないか」
 また天然のアホがくる。フォーリンラブ言い出した、のだめだけでも厄介なのに。あれは、峰、ブレイド科の2年。
「むぎゅ。のだめ、いま、キューピット召還しようかと」
 髪は金髪に染めていて、魔法なんて全然扱えないくせして、ライトニングブレイドを振り回す物騒なやつ。勝手に自分は、オレの親友だって思い込んでる。のだめのマブダチ。
「ええ、なんで、キューピットなんか、好きなやつでも出来たのか」
「のだめ、今、千秋先輩に、ちがうって言われたから、キューピット呼んでラブ、なっちゃおうかと」
 それと、もう一人、真澄。こいつは、男のくせにオレに気が有るらしい。プリースト科の3年。プリーストとしては、たぶんトップクラスの能力がある。ただ、アンデットを怖がるプリーストって。髪はもじゃもじゃ、ヒゲがある。やっぱ、天然のアホだな。
「ちょっと、なに言ってんのよ、このひょっとこバカ娘は。キューピットの力使うなんて、それラブ違うでしょ」
「でも、胸がきゅーって。それに、このペンダント」
 のだめ、ペンダントなんてしてたんだ。
「ああ、それ『恋するペンダント』じゃない、思いの人の姿が刻まれるっていうやつ。って千秋様が写っているわよ、ねえちょっとどーいうこと。」
「うきゃ。だから、のだめ、きゅんって」
「なに、千秋様に恋しちゃったって訳なの」
「だから、キューピット。きゃほ」
「そんなこと私が許さないわよ」
 天然はうるさくて困る。どうしてこんなのばっかり集まってくるんだ。
「ほっとけよ」
「ほっとけないじゃない。千秋様キューピットに、まさか、のだめでいいの、矢を打ち込まれたいの」
「バカ、そんな訳ないだろ。キューピットなんて、そいつに呼べる訳ないし、それに、オレは、キューピットの矢より意思が固い。だれが、そんな、ゴミ女に惚れるか」
「むきー。絶対呼んで見せます。キューピット。大仏様より大きなキューピットで、杉の大木の様な恋の矢を」
「ムリ無理。おまえは、詠唱は間違う。呪文書通り唱えられない。言葉を作る。どーやってそんなんでキューピットを呼び出せるんだ」
「むきゃー。のだめ、みごと召還してみます。絶対ですよ。先輩そこで、見てて下さいね」
「おー。見ててやるよ。ちょっとぐらいなら、ばかばかしい」

 


 のだめが詠唱に入る。
「あまてらす おおみの神よ……」
 いきなり、そんな、大神。なんの呪文だ。
「おい、おい。ちょっとやばいんじゃないか。こいつバカだけど精霊集めるのうまいって言うか。精霊に祝福されているだろたぶん。ソウルがある。本当にでっかいキューピット召還しちまうんじゃないのかよ。大丈夫か千秋」
「もー許せない」
 あ、まずい。真澄がのだめに触る。
「おい、もじゃもじゃ、のだめに触るな。そいつ、もうトランス入ってるぞ」
「あら、本とだわ。でも、そしたら。千秋様」
「大丈夫だって。オレの意思は固い」
「なら、いいんですけど」
 でも、峰が、マジメな顔して。
「って、そーじゃなくてな。なんか、キューピットじゃないんじゃないかって、気がするだけどな。
 だいたい、キューピット現れるのに、空が曇るか。あんな、不気味な色の雲が漂うか」
 確かに、ちょっと変だ。まだ昼間なのに、真っ暗になったし、あのとぐろを巻いた様な雲は。
 でも、違う。
 これは、のだめのせいじゃねー。いくらデタラメでも精霊に祝福された詠唱者であっても。あんなに空一面、辺りを真っ暗にする様なことは出来ない。
 真澄がくねくねしながら、なんか思い出した。
「そーね、ってまさか。五百年に一度あるかないかの魔霊界の不安定って」
「なんじゃいそりゃ」
「百鬼夜行が起こるかも知れないって。今朝テレビで」
「百鬼夜行。な、な訳ないだろう。百鬼夜行って、お、大昔だろ。現代に起こるかよ」
 峰のいう事もわかるが。
「いや、真澄の言う通りかも知れない。こんな魔霊界の不安定は、尋常じゃない」
 オレには分かる。
「って、もし、もしだぞ、そんなの来たらどーすんだよ」
「死ぬな」
「死ぬ!?」
「そうだ、皆死ぬ」
「ええっ、やーだ、でもここ大学よ。魔よけぐらい」
「すまないんだ。普通の魔除けじゃ、百鬼夜行は止められない。って言うか、止まるものじゃないし」
「じゃあ、どーすればいいのよ」
 どーすればいい。そんなもん知るか。百鬼夜行なんて。でも、どーすればいい。
「おお、なんか、のだめ笑ってるぞ」
「詠唱が終わりに近づいているみたいね。ってこのバカ娘、まだ詠唱してた訳。ちょっと永すぎない」
 確かに永い。しかも、魔霊界の不安定に気を取られて気付かなかったが、やたらに、精霊が多い。って多すぎるだろ。こんなに多くの精霊の力が貯まるの見たこと無い。こいつ、やっぱ、すごい。でも、こんな、とんでもない力、こいつの詠唱で制御できるのか。
「ちぃかやー、みちゅてー」
「ひいい」
 やっぱい、集まりすぎてる精霊の力に押されて、まともに詠唱出来なくなってる。
「いじゃおー!! 」
 いじゃおってなんだ。って何を呼び出すか言ってないだろ、こいつ。
「いじゃおー!! 」
 ああ、重ねた。しかも、ちゃんと言えてない。大丈夫か。なにを呼び出す、のだめ。
「きゅー、きゅーびっく!」
 まずい。間違えた。でも、きゅーびっくって何だ。
「きゅーびっく? おい、あいつ何呼び出したんだ」
「これよ」
 オレたち四人は、のだめの呼び出した、魔力で仕切られた、立方体のガラス部屋の様な物に閉じ込められていた。
「あ、キュービック。確かに。魔力でむんむんするすごい立方体に、俺たち閉じ込められてるぞ。おい、のだめ、これどーするんだ」
「ちょっと何よこれ、出られないじゃない」
「あうぅ」



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