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スリルを求める心

引きずられながら幸世は逃げるチャンスを探していた。交番につくと、警官は幸世の腕を放して、机に座ろうと一瞬だけ背を向けた。そのすきを見逃さなかった。幸代は脱兎のごとく走り出した。振り向いて、幸世がいないことにあわてた警官は交番から飛び出した。まず右を見る。幸代はいない。左を見る。いた。

「待て、待て~。」

警官は大声をだした。

幸世はうしろを振り向いた。すでに警官との距離は二〇メートル。幸世は走ることには自信がある。逃げられると思っていた。

だが、警官の声を聞いた、通りすがりの若い男が急に走り出して、幸世の襟を背後から

引っ張った。幸世の喉がつぶれ、あまりの痛さに幸世は足を止めた。

「なにするんだよ。ばかやろう!」

幸代は男をにらみつけた。

「ほら、おとなしくするんだ!」

「放せよ。」

幸代は肩を大きく揺すぶった。

「なにか悪いことしたんだろ、お前。」

「なにも悪いことなんかしてねえよ。」

ドスッ。幸世は男の股座を蹴り上げた。

ぐ~。男は唸りながらうずくまった。すきをついて幸世はまた走りだす。だが、男はうずくまったまま手を延ばして幸世の足首をにぎった。

ドテ、ドテ。幸世はつんのめりに転んだ。そこへ警官が到着した。

「こら!」

警官は転んだ幸世を背後から取り押さえた。幸世の右腕は背中でL字型にたたみこまれた。

「はなせよ。はなせ!」

手が痛くて動きが取れなかった。

「駄目だ。おとなしくしろ。」

ゴツン。警官はこぶしを幸世の頭に振り落とした。

「いて~な。ちきしょう。」

「大丈夫ですか?」

警官がうずくまっている男に声をかけた。

「。。。。」

男は声もだせない状態で体をくの字型に曲げている。

「ばか!こんな酷いことをして。ほら、お前の責任だぞ。あやまれ!」

警官が幸代を怒鳴り飛ばした。

 

――――校長室

「なんで、君はそんな悪いことばかりするんだ!」

校長の唐沢が怒りの形相で怒鳴った。

「。。。。。」

幸世は応えない。

「姿君。どうしてなの?ねえ理由を教えてよ。」

担任の片山が優しい口調で聞いた。

「前にも言ったよ。」

 

小さな声だった。

「え?前に?なんて言ったの?」

片山が首をかしげる。

「スリルを味わいたいからって。」

「ばか者!そんなつまらない理由で、みんなに迷惑をかけて。」

校長が顔を真っ赤にして叫んだ。

「理由を言えって言うから、本当のことを言っただけだよ。それで文句があるなら、聞かなければいいのに。」

幸代は二人をにらみつけた。

怒りのあまり校長が手をあげようとしたところに片山が割って入った。

「待ってください。校長先生。もう少し姿君の話しを聞きたいのです。」

片山は振り返って幸世と目を合わせた。

「覚えているわ、その言葉。どうして、そんなにスリルを味わいたいの?」

片山が幸代の顔をのぞきこむ。

「どうしてって。。。。人間はみんな死んでいくだろ。俺だって明日死ぬかもしれない。だから、いつもわくわくすることをしていたいんだ。わくわくがないと生きるのがつらいんだ。生きていてよかったって思えないんだよ。」

「スリルを味わうことで、そのわくわくした気持ちを得ようとしているのね?」

幸世はうなずいた。

「分かったわ。それなら、そのわくわくは格闘技で味わいなさい。」

「格闘技?」

「そう、私の兄が空手の教室をしているの。そこでみっちりと味わえばいいわ。」

 

―――空手との出会いは幸世を変えた。幸世は空手にのめりこみ、一年もたたないうちに小学生の部の大会で優勝を果たした。そして、スリルを味わうために危険を冒すこともなくなった。

 


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父の教え

「父の教え」

幸世は公立の中学に進学した。入学早々、小学校時代に悪かった奴から目をつけられることになった。

「おい、姿。お前、山小で番張ってたんだってなあ。三小の山岸の歯をおったんだってなあ。」

隣のクラスの粕谷明正が挑んできた。粕谷は杉小で一番喧嘩が強いと評判のワルだった。中学には周辺の四つの小学校から生徒が集まっていた。粕谷はすでに他の二つの小学校出の番長を倒していた。

髪型はリーゼント。体格もいい。タバコも吸っているのだろう。タバコとタバコを消すためにつかっている変なコロンの臭いが合わさって身体に染み付いている。

「昔の話しだよ。もうそんなことには興味はない。」

幸世は粕谷の目も見ずに言った。

「なんだ、タイマンはってやろうと思ったのに。それじゃ、しかたないな。俺に殴られろや。」

ブ~ン。粕谷がパンチをくりだした。幸世はとっさにスエーバックをした。拳が空を切った。

「あぶねえな。いきなり殴るなよ。」

「うるせえ。」

ブ~ン。またもパンチがとんでくる。

スタスタスタ。幸世は軽いフットワークでパンチをかわす。

「やめろよ。俺はもう人は殴らないんだよ。なぜだか分かるか?」

「そんなの知るか!」

ブ~ン。パチ。ブ~ン。パチ。幸世は粕谷のパンチを二度、手で払った。

「俺たちぐらいになるとな、殴っただけでも人を殺すことがあるんだよ。俺は人殺しになりたくないから、もう喧嘩はやらないことにしたんだよ。」

パチン、粕谷のパンチはすべて払いのけられる。

「なんだと?アホか。喧嘩に強くなければ、俺たちのとりえがないだろうが。」

「ばかか。俺をお前と一緒にするな。それなら仕方ないな。殴りはしないが、一回だけ、痛い目にあわせてやる。」

「フン。」幸世は粕谷のわき腹めがけてミドルキックをはなった。

ドカッ。

グエ。粕谷は思わずうめき声をもらしてうずくまった。

「やめておけ。本当にケガをするぞ。俺の負けでいい。みんなに言いふらせばいいじゃないか。俺に勝ったと。」

「つまらねえ奴だ。。。な。」

粕谷はうずくまりながら言った。

幸代がその場を去ると粕屋は体を横たえたまま動かなくなった。

 

――陸上競技場

中学では幸世は俊足を行かせる陸上部に入った。

位置について、用意、バ~ン。

ダッ、ダッ、ダッ。幸世は走った。一〇〇メートル先のゴールを目指して懸命に手を振りももを上げる。顔が風圧と振動でへこみながら上下に揺れた。右脇にかすかに見えていた選手の影が消えてゆく。もうすぐゴール。スル―。幸世の身体がテープを切った。都大会の一〇〇メートル短距離走で幸世は優勝した。

幸世の顔に汗が光っていた。幸世は応援にかけつけた仲間たちに大きく手をふって応えた。そのとき、幸世は生きている喜びを実感していた。

幸世は週に二回、空手道場に通いつづけた。中学三年になると、部活と空手の二つをこなしながら勉強にも精を出し、第一希望の都立高校に合格した。

 

――三月

幸世は高校入学をまじかにひかえ、落ち着いた日々を過ごしていた。そんなある日のことだった。いつもオフィスに入り浸りの父の四郎が喜び勇んで家に帰ってきた。

「おい幸世、よろこべ。今日は記念すべき日だぞ。父さんはついに大きな契約をとることに成功した。これで俺もお前も一生安泰だ。」

幸世の父は発明家だった。自分で物を発明しては企業に売り込み、ライセンス契約をして生計を立てていた。妻は、幸世が六歳のときに交通事故で死んだ。ちょうど四郎がサニー電気を辞めて発明家として独立したときのことだった。それ以来、四郎は悲しみを紛らわすかのように、仕事一本にのめりこんで行った。

それから九年。ようやく、これまでの苦労が実り大きな契約にこぎつけることができたのだ。四郎にとっては瞬く間のような歳月だった。だが、幼い幸世にしたら、九年という歳月はとても長い時間だった。

大きな契約がとれたお祝いに、四郎は幸世と駅前にある高級中華レストランで食事を楽しんでいた。

「こうしてレストランで飯を食うなんて、めったになかったなあ。この九年間、俺は毎日オフィスで寝泊りだったからな。会社に勤めていたときは、お母さんとお前をつれてよく食事に行ったもんだがな。覚えているか?」

四郎がビールをのどに流し込む。

「ああ、少しね。」

「なあ、幸世。生きていれば辛いことがたくさんある。なんでこんなに辛いことばかりなんだと悩むこともある。父さんはこれまでになんどもそうした経験をしてきた。母さんが死んだときもそうだった。でもな、どんなに辛いことに出くわしても逃げては駄目だ。正面から受け止めて戦うんだ。戦えば必ず勝てる。そして、勝ったときには、生きていてよかったっていう気持ちになれる。父さんはいつもその瞬間を求めてこれまで生きてきたんだ。」

「分かっているよ、そんなこと。俺だって、そういう気持ちでこれまで生きてきたんだから。」

「そうか、分かっているのか。。。それならいいんだ。その若さでそれが分かっているのなら大したものだ。お前の将来が楽しみだよ。お母さんがいたら、こんなに立派になったお前を見て喜んだだろう。これからもがんばって生きていくんだぞ。なにがあろうとも。」

四郎はビール三本と紹興酒をニ本も飲み、顔を真っ赤にしながらあれこれ昔の話しを幸世に言って聞かせた。こんなに浮かれた父親を見たことがなかったので、いささか煩さも感じたが、幸世は不思議な気持ちだった。

「それじゃ、父さんはオフィスに戻るよ。金庫の鍵がポケットに入っていなかった。あわててでてきたから、オフィスに忘れてきたのかもしれない。ちょっと心配だからな。先に帰って寝ていてくれ。父さんの発明があまりにもすごいから、近頃、物騒な奴らがうろうろしていてな。」

幸代は顔を上げて四郎を見た。

「そんな。父さん一人で大丈夫かよ。」

「冗談だよ。冗談。」

それから一週間、四郎が家に戻ってこなかった。幸世は四郎が行きそうな知り合いの家々に電話をかけたが、誰も四郎の居場所を知らなかった。そして、二日後、四郎の訃報が届いた。死因は自殺だった。オフィスで首をつって死んでいたのを、休み明けで出社した秘書が発見した。

幸世がまだ十五歳だったこと。また、遺書がなかったことで、幸世には四郎の自殺の動機らしきことは話されなかった。だが、幸世は廊下にでていた四郎の妹夫妻の立ち話しを耳にはさんでしまった。

「今回の兄さんのライセンス契約が無効になってしまったらしいの。」

「なんでまた?」

「兄さんが前に勤めていたサニー電気が急にその権利を主張したことで話しが流れてしまったらしいの。。。。奥さんを失ってからの九年間、この研究だけに没頭してきたでしょう。その分、絶望も大きかったんでしょう。ううううう。」

「お気の毒に。なによりも幸世君がかわいそうだ。」

ポタリ。ポタリ。幸世の目から涙が落ちた。

父さん、なんでだよ!なんで自殺なんかしたんだよ。生きてればいいこともあるって、俺にそう言ったのは父さんじゃないか。親が見本を見せてくれなければ、子どもの俺はどうしたらいいんだよ。。。。

幸代は一晩中棺おけから離れなかった。

 

―――幸世はそれから一人で暮らした。

大きな額というわけではなかったが、四郎に入ってくるライセンス契約金を四郎の妹が管理してくれたおかげで、幸世は暮らしに困ることはなかった。幸世は高校でも陸上部に入り、空手の道場へも通った。中学時代の延長のような日々を続けた。それに加えたことが一つあった。

ブン、ブン、ブブ~ン。アクセルをふかす。

ガチッ。ギヤーを入れる。

ブワ~。クラッチを放す。

ババババババ~。大きな音をたてて幸代の顔が風を切る。

幸世はスピードの世界へとのめり込んでいった。

環状八号線から第三京浜へ入る。第三京浜を時速一三〇キロ以上で飛ばして横浜横須賀街道へ。鎌倉の小高い山を抜けて湘南の海を横目に海岸線を飛ばす。

大垂水峠の大蛇がくねったような道を左右交互にバイクを倒しながら走る。ガリガリガリと、ステップが道路に擦れて黒い煙をあげる。

幸世は時間があると気ままに一人でバイクを飛ばした。スピードは形を変えたスリルだった。

そして、三年が過ぎ幸世は大学へと進学した。

 

 

 


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似たものどうし

「似たものどうし」

大学では幸世はクラブ活動をしなかった。空手道場からも遠ざかるようになっていた。理由は壁を知ったからだった。幸世は中学時代、一〇〇メートル短距離走でも空手でも、自分の心を満たせるだけの成績を残すことができた。だが、高校になると、全国から天性の素質をもった連中が頭角をあらわしてきた。努力でかなりのところまでは到達できる。だが、最後の最後でものを言うのは素質だった。幸世の素質は努力と合わさって、日本で数本の指に入る結果を残す。だが、一番にはなれない。それでは幸世の心を満たすことはできない。幸世の欲望は、自分の右にでる者がいない世界を探すことだった。

あと二年すれば学生時代も終わる。そのあとにやってくる人生をどうやって乗り切るか、思い浮かべるだけでも苦しくなった。それまでに、自分が満足できる職を見つけなければならない。

幸世はキャンパスのベンチに腰掛けて、黄色くなりかけているイチョウを眺めていた。そこへ、クラスメートの海野がやってきた。

「やあ、姿。なんかつまらなそうな顔しているなあ。」

海野はベンチに腰掛けた。

「そうか?今日は心が重いんだよ。」

イチョウを眺めながら幸代は言った。

「なんだ、田中と同じようなことを言ってるな。」

幸代は視線を海野に向けた。

「田中?誰それ?」

「俺の友人でな、つまらない、つまらないって、いつも言っている奴がいるんだよ。」

「ふ~ん。それは大変だな。」

「大変って?」

海野が首をかしげた。

「心の病だろうな。」

「ほんとうか?精神病か?」

「ああ、そんなもんだろう。きっと。」

幸代はうなずいた。

「どうして分かるんだよ。誰にでも辛いときはあるだろうが。」

「だって、いつもつまらないって言い続けているんだろう?それならば、心の病の可能性が強いな。今度、俺に合わせてくれ。見てやる。」

「いいよ。。。。ああっ、あれあれ。あいつ。」

海野は指をさしながら、キャンパスを歩いている男のところへ走りよった。そして、その男をひっぱりながら戻ってきた。

「彼が田中君。いま話したばかりの。よろしく。」

幸世は立ち上がった。

「姿です。よろしく。」

田中は何も言わずに軽く頭を下げた。田中はわずか一分足らずの間に、三回も溜息をついた。幸世は田中の目を覗きこんだ。

こいつは俺と同じような目をしている。危ないな。

「そうだ!来週の火曜日に聖山のダンスパーティーがあるから、三人で行かないか?そこで彼女でもつかまえてこようぜ!」

幸世は言った。


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出会い

「出会い」

既に、ダンパ(ダンスパーティー)は三回目だった。最初の二回は、田中、海野、そして幸世の三人だけで行った。今回は、江川、今村、小田、石綿の四人も加わった。二時間のダンパの間に自分の気に入った女の子を見つけて声をかけ、終わってからコンパに誘いだす。それが過去二回のパターンだった。

幸世は遠くに光っている女の子を見つけた。

「おい、田中、あの子を見てみろよ。」

幸代が田中の肩を軽く叩いた。

「どこどこ。」

ダンパの甲斐があり、田中は明るい男になりつつあった。「つまらない、つまらない」の代わりに「またダンパ行こうよ」が口癖になっていた。溜息の回数も減っていた。幸世は田中の変化を見るのが嬉しかった。

「ほらあそこだよ。」

幸世が指さす。指の方向を田中が目を細めて追いかける。

「ああ、あれか。かわいいな。バンビのようじゃないか。」

田中も指をさした。

「バンビ?ああ、小鹿のバンビか。。。。確かに。そんな雰囲気だな。」

「なんとか飲みに連れ出せないかな?」

田中がそんなことを言うのは初めてだった。

「よし、じゃ、ちょっと待っていろ。俺が話しをまとめてきてやるから。」

幸世はバンビに向かって歩きだした。田中はそわそわしながら、そのようすを見ている。幸世は彼女の前で手振り身振りをしている。距離があるので、声までは聞こえない。しばらくすると、幸世はくるっと向きなおり、小走りに田中のもとに戻ってきた。指でOKサインを作っている。

「田中、よろこべ。やったぞ。彼女はOKだ。友達を二人呼びに言った。三人対三人で飲みに行こうぜ。あれ?海野はどこに行った。」

「海野ならあそこに座っている。でも、他の四人はどうするんだ?」

「あいつらは放っておこう。三対七じゃ、わりが悪い。競争率が増えるだろ。田中、がんばれよ。あの子はすっげえぞ。きらきらしているよ。」

幸世は嬉しくてたまらないという顔をした。

「そっか。そうするか。」

あははははははははは。

二人は笑った。

 

 


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グループデート

「グループ交際」

「ええと、こちらが田中洋一君。そして、こちらが海野紀久君で、俺は姿幸世です。よろしく!」

幸世たちは、相手が聖山女子大の子ということもあって、いつもなら居酒屋まがいの店にいくところ、今回は六本木のしゃれたイタリアンレストランを選んだ。

「こちらが、岡田ゆかりさん、こちらは浅田洋子さん、私は国広敦子です。」

「へえ~、みんな同じ髪方なんだ。おもしろ~い。」

幸世が言った。

「ふふふふふ。そう言われてみればそうですね。初めて気がつきました。」

国広敦子が笑った。綺麗な白い歯が光った。

幸世は思った。これはやばい。かわいすぎる。

六人の話しははずんだ。田中も積極的に冗談を飛ばし三人を笑わしていた。海野が席をたったのを見て、幸世も席をたった。

「ごめん。ちょっと連れションに。」

「やだ~。姿君、品がないわ!」

岡田が言った。

「ごめん、ごめん。」

幸世は海野を追ってトイレに入った。

「おい、海野、国広さんは田中が気に入った女だからな。絶対にちょっかいだすなよ。」

「ええ~、そんな。。。。俺も国広さんが気に入ったよ。すげ~じゃないか、彼女は。」

「駄目駄目、彼女だけは。田中が気に入ったというから、俺がわざわざ声をかけたんだから。食事につきあってもらうのに大変な思いをしたんだからな。お願いだぜ。その代わり、岡田さんか浅田さん、どっちでも気にいったほうを選んでいいからさ。」

「しょうがねえなあ。わかったよ。それじゃ、岡田さんにするかな。」

「了解。」

ガハハハハ。

二人がトイレからもどると、田中が大笑いをしていた。

「国広さんの名前は敦子さんていうから、これからあっちゃんて呼ぶことにしたよ。」

田中のようすを見て、幸世と海野は顔を見合わせた。海野はうなずいた。“わかった。仕方ない。国広は田中に譲るよ。”目がそう言っていた。

幸世もこんなばか笑いをしている田中を見たことはなかった。

これでよかった。それじゃ、うまくしあげなければ。

幸世はみんなの飲み物の下に引かれたコースターを集めた。そこに田中、海野、そして自分のフルネームと電話番号を書いた。三人の女性にそれを配ってから言った。

「それじゃ、みんなの電話番号を教えてくれる?」

「いいわよ。」

三人は口を揃えた。

 

―――翌日、幸世は浅田に電話をかけた。

「もしもし、姿です。今晩は。昨晩は楽しかったです。」

「こちらこそ、楽しかったです。ありがとうございました。」

「よかったら、また三人で行きませんか?みなさんの都合を聞いていただけると有難いんですけど。」

「いきましょ。いきましょ。それじゃ、国広さんと岡田さんの都合を聞いて連絡をしま

す。」

それから二日して、浅田から電話がかかってきた。

「来週の木曜日はいかがですか?」

「大丈夫です。海野も田中も楽しみにしています。」

これでよし。俺は浅田に気があるというところを見せたし、海野もぬかりなく動いてくれる。

 

―――木曜日。六本木の俳優座の裏にある居酒屋。

ハハハハ。ギャハハ、ヤダー。

六人はこの間と同じように、のりにのりまくっていた。

浅田洋子が幸世の顔を見る。

「姿君、このあいだ、うちの父が電話にでたでしょ。感じ悪くなかった?父ったら、いつまでたっても子離れができなくって、私に男の人から電話がかかってくると機嫌が悪くなるのよ。困っちゃって。これからも気にしないでね。」

「いや、全然感じ悪くなかったよ。」

幸代は顔の前で一回手を振った。

「うちもなのよ。父の子離れができていないの。こんなんじゃ、お嫁に行きおくれちゃうわ。」

国広敦子が言った。

「お嫁って、まだまだそんな歳じゃないだろう。」

田中が言った。

「そんなことありません。私だってもう二十歳。三年くらいしたら、お嫁に行ってもおかしくない歳です。できたら、それぐらいで行きたいです。」

「ええ、本当?」

田中の顔が真剣になった。

「でも近頃は、男性も母親離れができていないマザコンがいるから、若い人はやめておいたほうがいいわよ。三十くらいの人がいいんじゃない?ねえあっちゃん。」

岡田が言った。

「そんなことないよなあ、田中。」

海野が田中の肩をたたいた。田中がうなずく。そうだそうだといわんばかりに。

「そうなんですか~?」

岡田ゆかりが言う。

「もちろん。」

田中と海野は口をあわせた。

「それじゃ、姿君はどうなの?」

国広敦子が聞いた。

「。。。。俺?。。。俺は。。。」

とたんに田中と海野の顔から笑いが消えた。

一瞬、し~んとした空気が流れた。

「俺は大丈夫なんだよ。実はもうだいぶ前から両親はいないんだ。だから、俺の嫁はそうしたことにはいっさい苦しまなくていいんだ。独立心の固まりみたいなものだ。いいだろ?」

ハハハハハ。大きく笑って幸世は頭のうしろに手を回した。

「ごめんなさい。。。。」

国広敦子が手で口元を塞いだ。少し目が潤んでいた。

やばい雰囲気になっちまったぞ。これは。

 

―――二回目のグループデート。

幸世はまた浅田に電話をいれて、二回目のグループデートの申し込みをした。今度はボーリングをすることになり、六人は田町にあるボーリング場に集まった。

ゴロゴロ、ガシャ~ン。

ストライク!パチパチパチ。みんなが幸世の力投に拍手をした。

「すごいわね~。姿君。ストライクばかり。それでないときは、スペアーを必ず取っているじゃない。このままいけば、二三○以上のスコアになるわよ。」

スコアをつけていた浅田洋子が驚いた。

「ほんとだ!」

田中も驚いた。

「プロなみね。すごいわ~」

国広敦子が言った。

「どこで練習したの?プロにならったんでしょ?」

浅田が聞いた。

「え?とくに練習なんかしたことないよ。年に数回、やるくらいだよ。」

「そうなんだ。すごいわね。姿君は運動神経抜群なんだ。」

女性三人の注目が幸世に集まった。

やばいぞ。これは。

幸世は次ぎの順番がきたときに、ガーターを出した。

「ほら、おだてるからこんなことになるじゃないか、もう!」

幸代は悔しそうに指をならした。

「え~?なんかへん。今の動き。わざとガーターだしたんじゃないの?」

浅田が言った。

「わざとじゃないよ。記録がかかっていたんだから。残念だよ。」

「なんだよ。ほんとに残念だよ。プロ級のスコアが見たかったのに。」

海野が言った。

「ほんとよ。残念。」

女性三人が口を合わせた。

それでも結局、幸世のスコアは一九〇台だった。

「途中からふざけて力を抜いても一九〇台だもんね。すごいわ。今度やるときは、きちんと記録を狙ってね。」

浅田が言った。

「はい、わかりました。それじゃ、次回、二人できたときにね。」

「それがいいわ!」

浅田は両手をあげてバンザイをした。

これでよし。

「さあて、ボールを戻そうか。」

そう言って、海野はボールを抱えた。

幸世が自分のボールをもとうとしたとき、国広敦子も同じボールに手を延ばし、二人の手がボールの上で重なった。一瞬、二人の動きが止まった。

「あ、ごめん、ごめん。」

「いいえ。。。これ私のボールよ。私が持って行きます。」

敦子が顔を赤らめた。

なんてやわらかくて暖かな手だ。やばいぞ、これは。

 

―――五日後。

面倒だけど、これも田中のためだ。がんばるぞ!

幸世はまた浅田洋子に電話を入れた。

「もしもし、姿です。今晩わ―――」

幸世は浅田洋子だけをデートに誘った。浅田はよろこんで二人で映画を見に行く誘いを受けいれた。

二人は渋谷で待ち合わせをした。喫茶店で話し合いをした結果、幸世が寝ないように、アクション映画「ザ・ロック」を見ることになった。

キャ~。ときおり、危ないシーンになると、小さな叫び声をあげて浅田は幸世の肩を軽くつかんだ。しばらくすると、浅田は幸世の肩によりかかり自分の肩をつけたままになった。

まいったな。だからといって、よけるわけにもいかないし。。。。

幸世も肩と肩をあわせたまま動かなかった。

映画が終わり、二人は食事をした。

別れ際に浅田が言った。

「来週、また会える?」

 

 

 

 


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