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ホテルの呪い

空になった赤ワインのボトルが二本、フィレミニョンの食べ残しの皿が一枚、オニオンスープが入った器が二つ、シーザーサラダが少し残った皿が一枚、チーズケーキが三分の一残った皿が一枚、そしてコーヒーカップ二つ。それらがテーブルの上に散乱していた。

二時にホテルに戻ってきて、これでもかというぐらいに順子は食べて飲んだ。それから、満腹状態のままベッドの上に寝そべったままになっていた。

「明日の学校は何時からなの?」

「あ~、明日は午後からだから大丈夫、心配なさらないで。。。。」

赤い顔をしながら半分閉じかけた目で順子は応える。

「風呂にも入らずに寝るの?肌によくないよ。」

「入ります、入ります。」

そう言いながら、順子ははうようにしてバスルームに入って行った。

“ジャー”とシャワーが勢いよくでる音がした。それから、“ジョ、ジョ、ジョ”とバスタブにお湯が落ちる音に変わった。しばらくすると、「フン、フン、フン」と鼻歌が聞こえてきた。

約一五分後、“バタン”とバスルームの扉が開いた。順子はバスタオルを体に巻いた姿で出てきた。

タオルをはずしたら、その下はなにもつけていないだろうと二郎は思った。

「先に寝ていていいかしら。」

「どうぞ。俺はこれから風呂に入るから。」

二郎は口元がゆるんだのを悟られないように風呂場に入った。だが、風呂から出てくると順子はすやすやと寝てしまっていた。

まずいぞ、寝られてしまっては変化が起きないかもしれない。兄さんと姉さんは毎日寝ていなかったはずだ。

ベッド脇のランプを小さくして二郎はベッドの中に入った。しばらく天井を眺めながら、隣にいる順子の寝息を聞いていた。

変なことはなんにもしないと言ってしまったからなあ。だが、ここまできて、なにもしないのはもっと失礼かもしれない。自分を女として見ていないということになるかもしれないし。困ったなあ。いや、困ったのはなにもせずにこのまま朝を迎えることだ。しかたない。

二郎は行動にでることにした。そして、順子の唇に自分の唇を重ねた。すると寝ていたはずの順子の両手手が二郎の頭の後ろに回ってきた。

なんだ寝たふりをしながら俺を待っていたのか。女の気持ちはわからないものだ。。。

順子の息遣いが荒くなってきた。ときおり、きもちよさそうな声をだす。その反応にのまれて二郎も我を忘れかけた。と、そのときだった。

「ニャ~、ニャ~」

赤ん坊が泣いているような声がかすかにが聞こえた。

二郎は動きを止めた。順子は動きをとめずに快楽を求めてくる。そして、二郎の動きが止まったことに苛立ちを覚えたかのように、順子は目を開くと二郎を見つめた。二郎はゆっくりと部屋の周囲に視線をはわせた。

「なんか変な声が聞こえる。」

ようやく順子も気がついた。

二郎は目を閉じて、そこにいる何かを感じ取ろうとした。すると、フラッシュバックのように女性の姿が見えた。彼女の前には上半身裸の男がいた。

「なぜ間違えたの?あなたがあのとき間違えなければ、私たちこんなつらい思いをすることはなかったのに。」

「なに?なんて言ったんだ。」

二郎は真下にいる順子の顔を見た。

「なんのこと?」

「今、間違えたどうのこうのって言っただろう。」

「なにも言ってないわ。」

また、二郎は視線をあげて周囲を見渡した。そして、古びた絵に視線をとめた。

あの絵から何かを感じる。

二郎は順子のうえから下りて裸のまま絵の前まで歩いた。

「私をまた裏切ろうというの?」

うしろから声がして、二郎は振り返った。

「君は誰だ。」

「また私を忘れるつもりなの。もうありえないって言ったじゃない。」

順子がうつろな目をしながら言う。二郎は順子の目を覗いた。彼女の瞳は、白い幕が張られたように輪郭がぼやけていた。

あぶない。こんなことを続けていては二人ともおかしくなる。

二郎は電気をつけた。順子はしばらく放心状態だったが、急に我にかえると声をあらげた。

「きゃ~、急に電気をつけないで。二郎さん裸じゃないの。エッチ!」

二郎はあわてて股を押さえた。

 

翌朝、二人はレストランで朝食を食べていた。

深夜三時にあれだけ食べたというのにまだ食べられるのか?この子の胃はいったいどうなっているんだ。

順子はすでに三杯もオレンジジュースをおかわりしていた。飲めば飲むほど足してくれるので止まらない。

「ここのトーストおいしいですね。トーストがこんなにおいしいものだったなんてしらなかった。」

順子はトーストにジャムをつけながらもくもくと食べている。

「ふふふ、昨晩のことは本当に覚えていないの?」

二郎はその無邪気な様子を見ながら笑った。

「私が変なことを言ったということですよね?」

順子はトーストを噛みながら首をかしげた。

「やっぱり誰かが乗り移っていたんだ。」

「そんなこと本当ですか?全く覚えがありません。」

「もしなにか変なことが起きたら、すぐに俺に電話くれるかな。君が心配だ。」

二郎は携帯電話番号を名詞に書いて順子に渡した。

「君の携帯番号も教えてくれる?」

順子はうなずいて、コースターに自分の携帯電話番号を書いて差し出した。

「また来ていいですか?長くお泊りならば。」

「もちろん。まだ解明しなければならないことがあるから、しばらくここに泊まるよ。でも君が来るときは他の部屋に泊まろう。あの部屋は危険だ。事前に連絡をください。」

順子は大きくうなずいた。

「それじゃ、行きます。ごちそうさまでした。」

順子はレストランを去って行った。

食事を終えると二郎は部屋にもどり、また絵を見た。

この絵はいつ頃に描かれたものだろうか?布切れのようなものに描かれている。まだきれいな紙ができる前の時代のものなのか?被写体は美しい女性。年齢は二〇歳くらいだろうか。

二郎は目を閉じた。そして昨日のフラッシュバックの光景を思いだそうとした。

駄目だ。思い出せない。頭の中に白い霧がかかっているようだ。昨晩起きたことが幾日もつづいたら、俺もどうかなってしまうだろう。兄さんたちもこれを経験したに違いない。普通の人なら、順子がそうであったように、起きたことを思い出せない。そして精神が蝕まれていく。勘のいい兄さんはなにかを感じとった。だから、葉書で俺にあのメッセージを送ることができたにちがいない。

 

あてもないまま二郎はホテルのエントランスを出た。外の空気を吸いたかったからだった。五番街を南に向かって歩いていくと、セント・パトリック・チャーチがあった。入り口が開かれていて中が見える。覗くと、いたるところにきれいなステンドグラスがあった。しばらくそれに見とれていると、ぼろぼろの服をまとった老婆が近寄ってきて手をだした。匂いもすごかった。二郎は二ドル札を渡した。すると、老婆は二郎の顔をじっと覗いた。

I want my baby back along with my husband. 私の赤ちゃんと夫を返してもらいたい。」

なんだって!その言葉が二郎の耳に残った。

Is there anything that I can do for you? なにか私にできることがありますか?」

Yes, There is.  Help her understand that she is already dead. My baby told me to do that before she died. あるとも。彼女に、彼女はすでに死んでいることを気がつかせておくれ。私の赤ちゃんが死んでゆく前に、私にそうしろと言ったんだ。」

Who is she?  彼女って誰ですか?」

She is the one who deprived me of my husband and baby on my honeymoon trip. 新婚旅行の日に私の夫と赤ちゃんを奪った女だよ。」

似ている。この老婆の言うことは兄さんに起きたことに似ている。この老婆は、あのホテルとなにか関係がある.

I was about to die with my husband, but my baby in my body saved my life.  I did not want to survive to live such a hard life.  私も夫と一緒に死ぬはずだった。だが、おなかの赤ちゃんが私を助けてくれた。こんなにつらい思いをしながら生きていかなければならないのなら、助かりたくなかったのに。」

老婆は首をなんども横に振った。

Where did you stay on your honeymoon.  新婚旅行でどこに泊まったのです。」

老婆はゴッサムホテルの方向を指差した。

間違いない!二郎の勘は確信に変わった。この老婆が一緒なら事態を解決できるかもしれない。こんな偶然があるのか。

My elder brother stayed at the hotel on his honeymoon trip too.  When he came back, he and his wife became unconscious.  Also she is pregnant.  This is exactly the same situation as you experienced, right? 俺の兄さんが新婚旅行であのホテルに泊まった。そうしたら、兄さんも嫁さんも意識不明になってしまった。嫁さんのおなかには子供がいる。あなたと同じ状態だった。そうだろ?」

老婆は首を何度も振った。

Oh, poor boy.  She misunderstood the situation again. かわいそうに。またあの女の勘違いじゃ。」

Please let me know how I can save my brother and his wife.  How come I can let her know that she is already dead.  教えてくれよ。どうしたら、兄さん夫婦を救えるんだ。その彼女に死んだことを気づかせるにはどうしたらいいんだ。」

二郎は真剣に老婆は見つめた。

Go meet Dave and he will help you.  デイブに会え。彼が力になってくれる。」

老婆は小さな紙切れをぼろぼろのかばんから取り出して渡した。そこには彼女がデイブと呼ぶ男の住所が書かれていた。

 


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最終更新日 : 2011-05-20 14:46:48

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呪いの謎

一九〇〇年初頭、アメリカは空前の好景気に沸いていた。一八七六年にベルが電話を発明し、一八七九年にはエジソンがフィラメントを発明。こうした後に基幹産業となる発明がアメリカで生まれ、一八八八年に、アメリカが工業生産で世界一位になった時代だった。

そのあり余る資金を元に贅沢なホテルが建てられ始めた。この時代に建てられた超高級ホテルは「グランドホテル」と呼ばれるようになった。

「これまでマンハッタンは金融街が主たる盛り場でした。ですが、これからは変わります。みなさんが、この美しく木々を成長させたセントラルパークの魅力に気がつき始めたからです。財閥のみなさんが、ここら周辺に住むところをもちたいと言っています。その要望に応えるために、私はこの土地にアメリカ一豪華なホテルを建てたいと思っています。それでは乾杯!」

不動産と株で財をなしたコーネリアス・シビターノが、ホテルの定礎式に集まった人々の前で演説をおこなった。

――その晩

「お疲れさまでした。だんな様。盛大な定礎式でしたね。ちょうどいい報せがはいりました。すごく上質の資材が見つかったそうです。きっとだんな様のお目にかなうものです。楽しみにしていてください。」

黒い服を着た小さな男が手もみをしながらそう言った。

「それは楽しみだ。どこで見つかったのかね。」

「イタリアのローマ近くの小さな村の下からでございます。」

「村の下?」

シビターノは首を傾げた。すると、男はニヤッと笑った。

「井戸を掘ろうとしたところ、穴があき、その下から八〇〇年近く前の村の遺跡が発見されたのです。その中に、金銀財宝とまではいきませんが、すばらしい大理石の柱やら、絵画、装飾品が眠っていたそうです。今、その発掘作業に入っています。その一部を今度のホテルの建築資材に使おうと思っています。」

「そうか。このホテルにはマロン家からも投資が入ることになった。下手なものは造れない。よろしく頼む。」

シビターノは満足げな顔をしてうなずいた。

 

「気をつけろよ。ここが崩れたら、この部屋はまた埋まってしまうからな。」

男たちは細心の注意を払いながら、うずもれた村の発掘作業をしていく。

「この部屋はきれいに復元できそうだ。」

土中に埋まっていた人間の体が上半身まで現れていた。

「これは女性の体だろう。中腰で男と抱き合っているぞ。ここはホテルの一室だったんじゃないか?横にはベッドらしきものがあるし。。。」

男たちは少しずつ泥をすくいあげる。なにかにぶつかったときは、その部分をブラシでなぜながら輪郭を残してゆく。最初は泥で埋まっていた場所だが、じょじょにそこに置かれていたものやら人やら、動物の姿までがあらわになっていく。

「おお、これを見ろ。」

作業員の一人が大きな声をだした。

「どうした!」

同じ場所で作業をしていた三人が寄ってきた。

「この絵はきれいに残っているぞ。千年近く前の絵画だ。価値がでるぞ。」

「これは女性の絵だな。もしかしたら、ここにいる女性かもしれないな。残念ながら、顔の復元まではできないからわからないが。」

「しかしかわいそうになあ。あっと間に、なにもわからないままに死んだんだろうなあ。二人とも。」

「だろうな。だが考え方によったら、それで幸せだったかもしれないぞ。もしかしたら、二人は恋人同士で楽しい時間を過ごしていたのかもしれないからな。」

四人はそうだとばかりにうなずいた。

 

一九〇一年からゴッサムホテルの建立は始まり、ニューヨーク郊外に住む財閥たちは今遅しとその完成を待っていた。そして、一九〇四年一〇月一日、ついにそのドアは開かれ、予約をしていた人々がチェックインに訪れた。その中には大富豪として名高いアスター家やバンダービルト家の人々もいた。

ロビーに入った人々は同じコメントを口にした。

「こんな豪華な造りをしたロビーは見たことがない。これはアメリカでもっとも贅沢なホテルだ!」

ホテルは一八〇室しかない。それが家族で利用されるのだから、三〇件分の予約しかとれなかった。そして泊まりだしたら、彼らは何年にも渡って暮らした。人々はそこに住んでいることを誇りとした。

だが、オープンしてから六年経ったある日、噂が広がった。そこに暮らす大富豪の一つであるダポン家に呪いがかけられているというものだった。九階に宿泊していた、ダポン家の三組の若いカップルが奇怪な死を遂げた。それが原因でダポン家はゴッサムホテルを去ってしまった。だが、次に入ってきたマロン家からもおなじく奇怪な死に方をしたカップルが出た。

原因はわからないが、九階に泊まった家族から変死者が相次いで出たことで、ホテルはそのフロアーを閉めることにした。すると、奇怪な死をとげる者はいなくなり、いつしか呪いの噂は消えていった。

それから数十年、世の中は進歩をとげ旅客機の時代がやってきた。ニューヨークは世界中から人々が集まる都市になった。それにより、グランドホテルは財閥家族の長期滞在用のアパートとしての用途から、世界各国から訪れる短期宿泊者に利用される場へと変わっていった。そして、再びゴッサムホテルの九階は解放された。

 

一九七八年の二月二〇日、新婚カップルがゴッサムホテルにチェックインした。ゲストの名前はジョン・メイバックとその新婦のキャサリン。二人は九一一号室に通された。飛行機が遅れたこともあり、到着したのは午後一〇時を過ぎていた。

「すてきな部屋ね!」

部屋に入るなりキャサリンの顔が笑みで膨れあがった。

「さすがゴッサムホテルだ。」

ジョンは自分の選択に間違いがなかったことを確信した。

「今日は遅いから寝るか。明日は早くから起きて町を歩き回ろう。」

ジョンがそういうと、キャサリンはじっと彼を見つめた。

「さあ、風呂に入って体を暖めて寝るしたくをしよう。」

ジョンに促されてキャサリンは熱いお湯を深い浴槽にためて浸かった。

キャサリンが頭にタオルを巻きつけながらでてくると、ジョンはすでに服も着替えずにベッドの上で大きないびきをかいていた。

「なによ、もう。」

キャサリンは独り言をつぶやいた。だが、新婚旅行に来る前、ジョンが毎晩、徹夜で仕事をしていたことを知っていたので、文句を言って起こす気にはなれなかった。キャサリンは軽くジョンの鼻をつまんだ。すると、するするとジョンの両腕が伸びてきてキャサリンの体を引き寄せた。

「あら、起きていたの。」

「寝ていたさ。誰かが鼻をつかむから痛くて目が覚めたんだ。俺の鼻は硬いからつままれるとすごく痛いんだ。」

「そうなの!ごめんなさい。」

二人はごそごそと抱き合った。

「ミャ~」

「猫の鳴き声をまねした?」

「いいえ、なにか聞こえた?」

「空耳かな。」

二人はまたごそごそと動きながら快楽を求めた。そのときまた聞こえた。“ミャ~”今度はキャサリンにも聞こえた。

「赤ん坊の泣き声?隣の部屋からもれているのかしら?」

「この部屋の壁は頑丈だよ。そんな音は漏れないと思うけど。。。。」

「なんか気味悪いわね。」

「大丈夫、大丈夫、幽霊なんていないんだから。」

二人はまたごそごそと動いた。

「私はここよ。今度は間違えないで。」

ジョンは顔をあげた。

「これは空耳じゃない。君がふざけて声を出しているのでないとしたらだが。。。。」

キャサリンはジョンを見つめながら首を左右に振った。ジョンは部屋を見回した。そして赤い二つの点に視線をとめた。

「あれはなんだ?」

ジョンは目を凝らしてその二つの赤い点を見た。それは目だった。壁にかけられた絵の中にいる女性の目が赤く光っていた。ジョンは立ち上がろうとした。だが、キャサリンはジョンを離さなかった。

「怖い。行かないで。」

キャサリンは震えながらジョンをさらに強く抱きしめた。

「わかった。わかった。心霊現象なんて人に危害を加えられるものなじゃないから、放っておこう。」

ジョンも強くキャサリンを抱きしめた。二人は怖さを吹き飛ばすために快楽に没頭した。

それから二人は翌日に外出をしただけで、その後の五日間を部屋で過ごした。そしてチェックアウトの日を向かえた。

「チェックアウトでございますね。」

フロント・オフィス・クラークはジョンの顔を見て笑顔を作った。だが、ジョンは首を縦に振ってお金を無造作にカウンターの上に置いただけだった。フロント・オフィス・クラークはゲスト・フォーリオをジョンの前にだした。だが、ジョンはそれを見ようともしなかった。

「これで間違いございませんね。」

彼はジョンののろさに少しいらだちながら言った。

ジョンが首を縦に振ったので、彼はカウンターに置かれたお金に手を伸ばした。そして札束を数えておつりを戻した。だが、ジョンはおつりもとらずに出て行ってしまった。彼は首を傾けた。そして、そのあとをついて出て行く新婦ののっぺりとした顔を見て繭をひそめた。

 



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呪いの謎

デイブ・マンズバックはニューヨーク市警の腕利き刑事だった。一昨年、四〇年の警察勤務に終止符を打ち年金生活を楽しんでいた。だが、今、彼は耐えようのない辛さに直面していた。

三十三歳のときに妻を失った彼は、一人娘のキャサリンを心の支えとして育ててきた。学校を卒業し、すばらしい伴侶が見つかって結婚式を済ませたばかりだというのに、今、彼女は昏睡状態のままベッドに寝たままになっている。

一体何が起きたというのだ。医師もこんな症状は初めてだという。新郎のジョンまで同じように昏睡状態のままだ。新婚旅行先でこれまでにない新種の毒素を飲んだか、吸ったに違いない。その毒素がわかれば解毒剤が作れるかもしれない。

デイブ・マンズバックは二人の新婚旅行の足取りを追うことにした。そのどこかに毒素があるはずだと考えたからだ。デイブは彼らが通った道、空港の待合室、そしてホテルをめぐった。一番可能性が高いのは六泊したホテルの部屋だと彼の勘が告げていた。

「ここに先日、私の娘が宿泊しました。その後、謎の病気にかかり意識不明の状態がつづいています。娘が泊まった部屋を見たいのですが。」

いきなり老人にそういわれて、フロント・オフィス・クラークは戸惑った。

「私の一存ではなんともできません。今、マネージャーを呼んできますから、お待ちいただけますか?」

デイブはうなずいた。しばらくして、マネージャーが出てきた。

「いったいどういたしましたか?」

デイブは同じ説明を彼にした。

「それはお気の毒です。しかし、その部屋は今お客様が入っておられまして、お見せすることができません。もしよろしかったら、ご予約を入れていただけないでしょうか?」

「予約を入れる?」

デイブはマネージャーをきつい目で見た。マネージャーはその目の鋭さに動揺して口ごもりながら言った。

「そ、そうです。その部屋はあさってには空く予定になっております。ご予約を入れていただければ、特別にその部屋をお取りしておきます。通常はカテゴリーのお約束だけで、お部屋番号まではお約束しないのがホテルのルールなのですが。。。。」

「わかりました。それでは予約を入れてください。」

 

二日後、デイブは娘夫婦が泊まった部屋に入った。どこかに新種の毒素があるかもしれないと、水道の蛇口、風呂の排水口、暖炉の煙突の中、ベッドの下、カーペットの下、隅から隅までくまなく探し回った。だが、なにも見つけられなかった。

次に刑事としてやることは、いや、刑事だったらやることは、過去のゲストの調査だった。もしかしたら同じような症状に陥ったゲストがいるかもしれない。だが、ホテルがゲストの個人情報を出さないことはわかっている。彼は昔の部下に電話を入れた。

「久しぶりだね。デイブ・マンズバックだ。元気でやっているかね。」

「警部。お久しぶりです。お元気ですか?」

「ああなんとか。実は娘が危篤状態に陥ってしまってね。原因不明の症状なので、その調査をしているところなんだ。お願いがあるんだけど、会ってもらえないかね。」

「奇病に!それは大変ですね。もちろんよろこんでご協力させていただきます。どこに何時に行けばよいでしょうか?」

二時間後、カーチス・ケイジ刑事はゴッサムホテルのロビーにやってきた。コートの肩には雪が積もっていた。彼は三〇代後半の痩せ形の男だった。体内に寒さが浸透してしまったかのように体を震わせていた。

二人はコーヒーショップに座りコーヒーをすすった。カ―チスがコーヒーカップをソ―サ―ごと持ちあげると、カチャ、カチャと音をだした。

「わざわざすまない。こんな雪の中を。」

「いいえ、とんでもありません。お嬢さんが心配です。私はなにをすればよろしいでしょうか?」

カーチスは一〇年間、デイブの部下として働いた。デイブは彼がいかに優秀な刑事であるかを知っている。また彼ほど信頼できる男もいないと思っていた。

「私は今このホテルの九一一号室に泊まっている。娘が新婚旅行で泊まったのと同じ部屋だ。娘はこのホテルに六泊してから、ようすがおかしくなって意識不明となった。医師は、原因は全くわからないと言っている。」

デイブはそこまで言うと、グラスを持ちあげて水を飲んだ。

「つまり警部はその部屋に特殊な毒素があると思ったわけですね。」

「その通り。だが、どこを探しても何も見つからない。」

「それで過去のゲストに同じ症状がでた人がいないか見つけたい。だが、ホテルは個人情報を一般市民には開示しない。そこで私の出番だと。」

「さすがだな。その通りだ。」

「お任せください。」

カーチスはニヤリと笑いながら席を立った。一時間後、彼は過去一年間にその部屋に泊まったゲストの名前と住所を持って戻ってきた。

「ありがとう。」

「お手伝いしましょうか?」

デイブは首を振った。

「これは私の個人の調査だ。君の時間を使うわけにはいかない。ありがとう。」

 

「私はニューヨーク市警の元警部、マンズバックというものです。先日、ゴッサムホテルの九一一号室にお泊りになられた際に、なにか変なことは起こりませんでしたか?」

デイブはリストに載っている、アメリカ国内のすべての人に電話をかけた。五八件あった。

その結果、二件は電話番号が変わったことにより連絡がつかず。一軒はすでに高齢による死亡確認。一軒は応答なし。そして一軒はデイブの探していた反応だった。

「元警部さんですか?なぜそんなことをお聞きになるのですか?」

「実は私の娘があのホテルに泊まってから、意識不明状態となりました。あのホテル内でなんらかの毒を吸ったと思われます。そこで、同じような症状になった人はいないか調べているのです。」

「・・・・そうだったのですか。私の娘も同じようになり、一〇日間で夫と一緒に死んでしまいました。」

「なんですって!」

自分の娘と同じパターンの状況に陥った者がいた!

デイブは翌日その遺族が住むロス・アンゼルスへと飛んだ。二月だが、ロスの気候は暖かく、デイブは春の香りのする空気を吸い込んだ。ロスの空港でレンタカーを借りて遺族の家までドライブした。そこはセンチュリー・シテイーの近くの閑静な住宅街にある大豪邸だった。

ゴッサムホテルに泊まる人だ。それなりの金持ちだろうとは思っていたが、まさかここまで金持ちとは。。。。

家を前にデイブはひとつ息を吐いた。それから、家のベルを鳴らした。

「はい。」

すぐに返事がして、亭主と思われる男がでてきた。電話で話しをした声の持ち主だった。

「はじめまして。一昨日、ゴッサムホテルのことで電話をしたものです。デイブ・マンズバックといいます。」

「私はトムといいます。どうぞ中へお入りください。」

トムは暗い表情でデイブを家の中へ通した。

まだ息子が死んでから三ヶ月しか経っていないのだ。明るい顔などできるわけがない。自分だって、キャサリンに死なれたら生きる力を失ってしまい、この先の人生など考えられなくなる。

デイブは応接間に通された。ソファに腰掛けて部屋を見回すと、いたるところに息子の写真があった。そのうちの二つは結婚式のときの写真だった。デイブは新婦の顔を見つめた。なんとなしに見慣れた面影があったので彼は首をひねった。

主人はコーヒーを運んできてデイブに差し出した。

「ありがとうございます。」

そう言いながらデイブは皿を受け取った。

「もう息子のことは忘れたいとなんども思ったんです。ですが、忘れられるはずなどありません。こうして写真ばかりあちらこちらにおいているしだいです。」

トムは目を押さえた。

「医師は全く原因がわからないと言いましたか?」

「はい。」

「どんな症状でしたでしょうか?ニューヨークから戻ってきたところからお話しいただけますか?」

トムはうなずいた。

「戻ってきたときから、一口もしゃべりませんでした。ただ、ぼ~としていました。そんな状態が二日続いた後、朝起きてこなかったのです。ベッドに行ってみると昏睡状態でした。病院に運びましたが、原因不明の昏睡状態ということで、治療方法がありませんでした。それから一〇日後に二人とも息を引き取りました。」

デイブは顔をしかめた。

「私の娘と全く同じ状態です。これでほぼはっきりしました。ゴッサムホテルの九一一号室に泊まった者がなにかの原因でそうなるということが。。。」

「でも、そうならない人もいるのですよね。」

「はい、この一年間で五八件のカップルが泊まっていますが、こうした症状になったのはお宅の息子さん夫婦と私の娘夫婦だけです。」

「そうなった者と、ならない者の違いはなんでしょう?」

「わかりません。これから調べます。」

デイブは首を振った。

入院してから一〇日間でなくなったのか。。。ということは、私の娘の命もあと五日程度ということになる。早くしなければ。

「情報ありがとうございました。」

デイブは腰を上げた。そのとき、ギ~と扉がゆっくりと開く音がした。デイブは音の方向に視線を向けた。そこには車椅子に座った老婆がいた。

「私の家内です。エミリーといいます。」

トムがそう言うと、デイブは歩み寄ってエミリーに手を伸ばした。

「刑事さんですね。」

エミリーはデイブの手をとって握手をした。

「前はそうでした。今は違います。ゴッサムホテルの犠牲者を調べています。」

「私の息子の仇をとってください。」

エミリーはハンカチを手にして目にあてた。

「相手が誰なのか調べています。必ず見つけ出します。」

エミリーは涙を流しながらデイブを見た。デイブは二回彼女の手を軽く叩いた。

「あのホテルには私も若いころに泊まったことがあります。」

「えっ!なんですって。」デイブの顔が突如険しくなった。

「そのときのことをお聞かせください。」

エミリーはうなずいた。

「あれは大恐慌の前の年でした。親戚があのホテルに住んでいたものですから、ニューヨークに行ったときに世話になったんです。」

「そうですか。」

デイブはうなずいた。

「そのときから呪われているという噂があったのです。」

「なんですって!」

デイブは目を大きく開いた。

「本当か?エミリー。どうしてそんなことを今まで私にも言わずに黙っていた。」

トムが驚いた顔をしてエミリーのところに来た。

「今、思いだしたの。呪いの噂があったことを。私がエレベーターに乗ったら、九階だけエレベーターが止まらなかったんです。それで、親戚の人に、なんで九階にだけ止まらないのかと聞いたら、その階に泊まった家族の中から何人も死人がでたということで、九階はクローズされているということでした。でも、息子の嫁のエレンがあのホテルに泊まることをとても喜んでいたから、楽しい話しばかりがでてきて、その不吉なことは思い出せなかったの。彼女の両親も昔あのホテルに住んでいたことがあったというし。」

「そんな昔に噂があったのですか。。。。」

デイブは遠くを見つめた。

「それじゃ、まるで呪いじゃないか。」

トムが眉間に皺を寄せた。

「そんな呪いのホテルに息子が泊まることに気がつかなかったなんて、息子を殺したのは私のようなものだわ。。。。」

エミリーはぼろぼろと涙をこぼした。

「仇はとります。」

そう言ってデイブは家をあとにした。

間違いない。あの部屋にこの謎を解くなにかがある。そのためには、どうしてキャサリンとあの夫婦の息子夫妻だけに呪いがかけられたのかを解明することだ。新婚旅行で泊まったカップルは他にもいたから、彼ら二人が新婚旅行者だったという偶然は理由にならない。

デイブは飛行場へと車を飛ばした。

 



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最終更新日 : 2011-05-20 14:46:48

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呪いの謎

「すまない、カーチス、やはり君の力を借りなければならないことがでてきた。調べて欲しいんだ。」

デイブはカーチスとゴッサムホテルのロビーで会っていた。

「昨日、ロスに行って、俺の娘と全く同じ症状にかかって死んだ息子を持つ親と会ってきた。そこで不思議な話を聞いた。その母親が一九二八年にこのホテルに泊まったそうだ。そのときは、まだホテルの多くの部屋は財閥家族の長期滞在に利用されていたということだ。彼女の親戚がこのホテルに住んでいたので、利用したということなんだが、そのとき、九階のフロアーは呪われているということでクローズされていたということなんだ。何人もの死者がすでにでていたらしい。」

カーチスは真剣な目で話を聞いていた。

「基本的に私は幽霊みたいなことは信じません。でもなにかありますね。。。」

カーチスの言葉にデイブはうなずいた。

「わかりました。一九二八年、あるいはその前にこのホテルで死んだ人の記録を調べてみます。」

「すまない。恩にきる。」

「ニューヨークタイムズは一八八一年から出ていますから、その当時の事件は簡単に調べられますよ。たいして時間のかかることではありませんから心配しないでください。」

カーチスはホテルを出て行った。

その夕方、カーチスから電話が入った。詳しくは、会ってから話しがしたいというのでデイブはカーチスを食事に誘った。二人はゴッサムホテル内のダイニングで会った。カーチスはそこで新聞の切り抜きのコピーを見せた。

「一九〇四年から一九〇八年にかけて、ダポン家の若いカップルが三組も死んでいます。ダポン家はそのとき九階に住んでいました。奇怪な病死とあります。その後、ダポン家は出てしまいマロン家が入りました。そして、マロン家からも若いカップルの変死者がでています。それで、呪われているという噂が立ったから九階がクローズされたとあります。」

「やっぱり呪いとしか言いようがないんだな。」

カーチスはうなずいた。

「だが、なんで若いカップルばかりなんだ。もっと年寄りカップルやシングルの犠牲者がでてもいいじゃないか。」

「仮説をたててみるしかないですね。」

デイブがうなずく。

「そのロスの犠牲者の家は豪邸だったんですよね。」

「そうだ。どうしてわかった?」

デイブはカーチスを鋭く見た。

「だって、奥さんの親戚がこのホテルにその昔住んでいたということですから、奥さんは良家のお嬢さんだったんでしょう。」

「なるほど。」

デイブは手を叩いた。

「息子の嫁の両親もとびぬけた大富豪だったらしい。その昔、このホテルに住んでいたというから。」

「警部の家はどうだったんですか?血縁の中に大金もちはいましたか?」

「実は、私の家内の家系はその昔、富豪の家系だったと聞いたことがある。残念ながら、家内には財産もなにもなかったが。」

「ダポン家やマロン家との血縁関係もあったんですか?」

「わからん。だが、その時代の金持ちはみんな金持ちどうしで血族を固めて、さらに大金持ちになることだけを目指していたというから、当然、あったはずだ。」

「そうなりますと、やはり血が問題となりますかね。。。」

二人は首をかしげた。なんだかしっくりとしない。そもそも刑事のようなタイプの人間に心霊現象などというものがすっきりするわけないのだ。

ふ~っと、デイブは大きな溜息をついた。

「警部、力を落とさないでください。まだ時間はあります。がんばりましょう。」

「ありがとう。カーチス。」

二人が食事をしていると、周囲にいたスタッフが急にせわしく歩きだした。二人の視線が周囲にいたガードマンを追う。

「なにか騒ぎが起きたのでしょう。」

カーチスが言った。デイブはうなずいた。数分もすると騒ぎは収まったらしく、ガードマンが元のポジションに戻ってきた。デイブは席を立った。

「なにが起きたのか聞いてくる。待っていてくれ。」

引退したにもかかわらず、まだ警部時代の癖が残っているのかと、カーチスは苦笑した。カーチスはデイブを目で追った。デイブはガードマンと話をすると、ロビーのほうへと歩いて行った。

まもなく、デイブが戻ってきて席についた。

「どうされました?」

「頭のおかしな女性が来ていたそうだ。この二日間、毎日来るということで、次に来たときは、警察につきだそうと思っていると言っていた。」

クックッとカーチスは小さく笑った。

その夜、デイブは連絡がつかない最後の一人にまた電話をした。今度は返事があった。

「あなたは誰ですか?」

デイブは自分の素性を名乗って電話の目的を伝えた。すると、驚いた応えが返ってきた。

「エリースは一命を取りとめました。新郎はだめでしたが。。。。」

「なんですって!それじゃ、新婚旅行から戻ってきて奇妙な病気にかかったというのですね!?。」

奇病から回復した人がいたのだ。それならキャサリンも回復できるかもしれない!

デイブの目は輝いた。

「エリースさんと会いたいのですが。」

「それはできません。エリースは仇をとると言ってニューヨークへ行ってしまいましたから。」

「仇?だんなさんの仇ですか?。」

「それだけでなく、おなかにいた子供の仇もとると言っていました。エリースが心配です。どうか守ってあげてください。」

「わかりました。それで、いつエリースさんはニューヨークへ行ったのです。」

「三日前です。」

「三日前!」

まさか、あの騒ぎが。。。。

「わかりました。ありがとうございました。またご連絡いたします。」

デイブは電話を切った。そして、早朝、デイブはホテルのエントランスの脇で張り込みをした。

昨日の人物がエリースならば、ドアマンがホテルの中に入る前に彼女を捕まえてしまう。その前に確保しなければ。

最初はドアの内側で見ていようと思ったが、それでは死角ができてしまう。見えないところでドアマンに捕まえられたら、終わりになる。どうしても、ドアの外で待つしかなかった。

デイブが空を見上げると、あたり一面真っ白だった。雪がちらほらと落ちている。路面には雪が積もっている。昨日から気温は下がりはじめていた。すでに気温は零下十八度。まもなく猛吹雪がやってくるだろう。

デイブは六十八歳。この気候の中で、一人で張り込むのは大変なことだった。何時間も立ったままでいなければならない。飲まず食わすでトイレに行くことも許されない。運良く彼女がすぐに現れてくれることを祈るだけだった。

張り込みは早朝五時から始まった。すでに昼の十二時。寒さは骨の真まで浸透していた。体を動かしていないと寒さに耐えられないので、小刻みに体を上下にゆすり続ける。デイブの顔に疲れの色が見えはじめていた。

のどが渇いた。はらが減ってきた。周囲を見回してもデリ(スーパーマーケット)はない。

「警部!」

うしろから声をかけられてデイブは振り向いた。

「カーチス、どうした。」

「心配になったものですから、ちょっと寄って見ました。」

カーチスは頭をかいた。

「ありがとう。感謝するよ。」

「張り込みをしているんですね。こんな気候の中、一人では無理です。誰を張っているんですか。」

「昨日の騒ぎを起こした頭のおかしな女だ。昨晩、それまで連絡がとれなかった最後の家族とようやく連絡がついたんだ。やはり、新婚カップルが奇病にかかったそうだが、娘は回復して、仇をとると言ってニューヨークに向かったそうだ。昨晩の騒ぎを起こした女がそうだったんではないかと思うんだ。」

「それは朗報じゃないですか。奇病から回復した例があったんですから。」

「そうなんだ。だが、新郎は死んだそうだ。それと新婦は妊娠していたそうだ。」

「妊娠していたから助かったんですかね?」

カーチスは首をかしげた。

「警部、私がしばらくここにいますから、ひと休みしてください。この寒さの中じゃ、一人で張り込みは無理です。」

「すまない。それじゃ、トイレに行って水とサンドイッチを買ってくる。それまでよろしく頼む。」

そう言ってデイブがホテルのエントランスに向かって歩き始めたときだった。前方からすけすけのブラウスを着た女性がやってきた。髪はぼうぼうで化粧もしていない。体はぶるぶると震えている。デイブは立ち止まってドアマンを見た。ドアマンは彼女を見てあきらかに構えた。

彼女に違いない!

デイブはドアマンが彼女にどのような態度をとるのか見ることにした。すると、ドアマンは彼女がホテルに入らないように、彼女の腕を押さえた。デイブは早足に駆け寄った。

「待ってくれ。」

ドアマンはデイブを見た。

「彼女が昨日もホテルに文句をつけにきた人かね?」

「はい。」

「彼女を私に渡してください。」

「あなたは誰ですか?」

「こういうものです。」

カーチスが後ろから身分証明書を見せた。

「わかりました。」

ドアマンは彼女の手を離した。

「あなた方はだれ?」

彼女はデイブとカーチスを交互に見つめた。

「エリースさんですね?」

彼女はうなずいた。



6
最終更新日 : 2011-05-21 01:42:01

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呪いの謎

10

三人は近くのコーヒーショップに入った。そして、彼女が昏睡状態中に起きた一部始終を聞いた。

「寝ていたら、遠くから小さな声が聞こえました。」

デイブとカーチスはつばを飲んだ。

「私が死ぬからママは死なないでって。そして姉に、自分が死んでいることを知らせてあげてと言われました。」

「どういうことでしょうか?」

デイブは首をかしげた。

「あの部屋に自分が死んだことを知らない姉がいるのです。だから、その姉に死んだことをわからせてあげてということだったんだと思います。」

「でも、誰がそんなことをあなたに言ったんでしょう。」

デイブはエリースの目の奥を覗くように見た。

「私のおなかにいた子どもです。」

「まだ受精してから一週間足らずの胎児がですか?」

「そうです。」

デイブとカーチスは顔を見合わせた。普通ならば鼻で笑うところだが、今回ばかりはそうはいかず、真剣な目で向かい会った。

「でも、どうしたら彼女に死んでいることを理解させられるのでしょう。」

カーチスが訊くと、エリースは目を閉じた。子どもから聞いたことを思い出そうとしていた。

「彼が言えばわかるって言っていました。」

「彼とは誰のことですか?」

「彼の子孫のことです。」

デイブとカーチスは再び顔を見合わせて、そして溜息をついた。話しがあまりにも現実的でないことへの落胆だった。

「一つ質問させてください。あなたは、ダポン家やマロン家と血縁関係にありますか?」デイブが訊いた。

「わかりません。私の母の生い立ちは聞いたことがありませんから。私が小さな頃に、交通事故で死に、それから私は施設で育てられました。父は誰かしりません。」

「それでは電話に出られた方は?」

「私を育ててくれた施設の人です。私の親代わりとして面倒を見てくれています。」

「それでは、あなたのご主人はどうだったんですか?富豪の家系でしたか?」

「わかりません。あの人の家系のことは聞いたことがありませんでしたから。。。」

これではらちがあかない。デイブは大きく息を吐いた。

「一緒に部屋に行っていただけますか?」

エリースはうなずいた。

「それじゃ、まず服を買いに行きましょう。それから美容院にも。」

カーチスが言った。

エリースは髪を切り服をきがえて化粧をすると、全くの別人に見えるようになった。デイブは彼女をつれてホテルに戻ったが、スタッフは誰も彼女を認識できなかった。

三人は広い廊下を歩き九一一の前で立ち止まる。そして扉に手をかけた。鍵を回して扉を開くと、デイブが先に入り、エリースのあとにカーチスが続いた。

「この部屋でした。私が泊まったのは。。。」

エリースは部屋を見回して言った。

「どうですか?なにかわかりますか?」

「いいえ、なにも。。。」

そう言いかけたときだった。急にエリースの頭が後ろに仰け反った。

「ああ~」

エリースは声をあげた。

「どうしたんですか?」

倒れそうになるエリースの肩をデイブが支えた。エリースはそれから三度、頭を後ろに仰け反らした。そして、ぐったりと力を抜いてフロアーに座り込んだ。

「見えました、断片的に。彼女が私に訴えてきた。」

エリースが言った。

「なにが見えたんですか?」

デイブがエリースの顔を見つめる。

「彼女の男が、妹と自分を間違えて関係を持ってしまった。部屋から駆け出して行った妹の後を追おうとしたら、急に地震が起きた。よろめいて倒れた彼女を彼が助けに来て、突如、部屋が真っ暗になった。それから、彼と妹が二度と間違えを起こさないように、二人が寝ているところに行ってそっと薬を飲ませた。

「薬を飲ませるだって!それだ。そこに鍵があるに違いない。でもどうしたら、彼の子孫を見つけられるのか。」

デイブがエリースの肩を両手で押さえて揺さぶる。

「警部!」

突如カーチスが驚いた声を出した。

「どうしたカーチス。」

デイブがカーチスを見る。

カーチスは指をさしていた。その先には壁にかけられた絵があった。

「この絵の女性、彼女に似ていると思いませんか?」

デイブは絵をじっと見た。

「そうか!そういえば、ロスの犠牲者の家に飾ってあった写真の息子の嫁とも似ている。そして俺の娘も似ている。これは偶然じゃない。」

「見えてきましたね。」

デイブはうなずいた。

「この絵は何年くらい前のものだろう?」

「麻でつくられたボロ布ですから、まだムーア人によって紙がヨーロッパに伝えられる前のことでしょう。そうなると、八〇〇年以上は昔ということになります。」

「彼女は八〇〇年以上も昔に生きていたということか。そして、俺の娘をはじめとした犠牲者は彼女の子孫で、彼女に言って聞かせることができるのは彼の血を引く子孫ということか?」

カーチスは首を傾けた。

「いや、おそらく犠牲者は彼女の男を寝取った妹の子孫でしょう。彼女の妹の子孫だから犠牲者も彼女に似ているのでしょう。男も彼女と間違えて関係を持ってしまったぐらいですから。。。。」

「そうか!それならつじつまがあう。エリースも、俺の娘のキャサリンも、そしてロスに嫁に行った娘も、三人とも彼女の妹が産んだ子供の子孫だった。だから彼女は三人を妹と勘違いして呪いをかけた。よし、ここまでは分かったとしよう。それでは男の子孫はどこにいる?その男だけが、彼の代わりに、姉に死んでいることを告げられるということだろう。ストリーがわかったとしても、いずれにしても雲をつかむような話だ。」

ふ~、デイブは深い溜息をついた。すると、エリースがふらっと立ちあがった。

「あきらめないでください。彼は近くにいます。私は夢の中でその男に会いました。」

デイブとカーチスは同時に振り向いてエリースを見た。

それなら早く現れてくれ。キャサリンの命はもうもたない。

 


7
最終更新日 : 2011-05-20 14:46:48

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