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彼氏独白「――数日後、再び彼女からメールが届いた」

  題名は[熊を倒したお(^ω^)]。添付された写メには巨大

  な熊と戦う彼女の姿が映っている。

彼氏独白「そこには、ヒグマだかツキノワと戦う彼女がいた」

  あ然として写メを見つめる彼氏。だがしばらくすると思いつい

  たように苦笑を浮かべる彼氏。

彼氏「よく出来た合成写真(コラ)だなコレ」

  すぐさまメールを打ち返す彼氏。

彼氏メール「すごいな。よくやるよこんなの」

彼女メール「結構てこずったお(^ω^)」

彼氏メール「だろうな(笑)」

彼氏独白「だが、彼女の奇妙なメールはなおも続いた」

  

彼女メール「牛の急所は耳の後ろだお(^ω^)」

  渾身の力で猛牛の側頭部に手刀を叩き込む彼女の画像。

彼氏メール「角じゃねーの?」

彼女メール「そこが誤解の元だお(^ω^)」

  

彼女メール「プロレスでは5秒まで反則が許されるお(^ω^)」

  身の丈2メートルはあろうかというプロレスラー相手に、急所

  蹴りと目潰しを同時に決める彼女の画像。

彼氏メール「えーと……痛いよ?」

彼女メール「私には一生分からん事だお(^ω^)」

  

彼女メール「黒幕の報復を撃退したお(^ω^)」

  武装した大勢のギャングを相手に大立ち回りを演じる彼女の画

  像。

彼氏メール「なんか写メにストーリーが生まれてきたな……」


4

彼氏独白「――さすがの俺も閉口した」

  うんざりとした表情を浮かべる彼氏。

彼氏独白「そりゃあ確かに最初は面白がっていたさ。でもこうも執

 拗にやられると笑えるもんも笑えなくなるってもんじゃないか」

  不機嫌な表情のままメールを打つ彼氏。

彼氏メール「悪いけど、こういうのやめてくんないかな?」

  携帯電話を閉じてベッドに横たわる彼氏。そのままうとうとし

  ていると、ようやくメールが返ってきた。

彼女メール「それは無理だお(´ω・`)」

  苛立ちの表情を浮かべる彼氏。

彼氏独白「なんでだよ!と返そうと思ったが、結局やめてしまった。

 俺は彼女にからかわれているだけなんじゃないかという疑念が頭

 をもたげ、つい面倒になってしまったんだ。そうして彼女とのメ

 ールは途絶えたまま、あえない日々はひと月に及んだ――」

  

○日本近海

  白昼の海上に大波が巻き起こる。周辺の船舶は次々に転覆し、

  その惨状の中心から巨大な怪獣が姿を現す。

  大口を開けて咆哮する巨大怪獣。

  

○彼氏の部屋

  特に何をするでもなくベッドの上をごろごろとして過ごしてい

  る彼氏。

彼氏独白「あれから彼女からは何の連絡も無い。それで平気なのか

 と問われればまるで平気じゃないんだけど――」

彼氏「こんなもんなのかな、別れ際って」

  部屋の隅ではTV番組の賑やかな音が空しく響き渡っている。

  寝返りをうってそちらに目を向ける彼氏。すると、突如番組が

  中断されて臨時ニュースが放映されはじめる。

アナウンサー「番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします。

 本日正午すぎ、近海に謎の巨大怪獣が出現しました。怪獣は本土

 へ向けて侵攻中の模様です!」

彼氏「ハァア?!」

  仰天して身を起こし、TVにかじりつくように見入る彼氏。T

  Vには確かに巨大な怪獣が映っている。怪獣は港を破壊しなが

  ら上陸し、人々は成すすべも無く逃げ惑うばかりの有様。


5

アナウンサー「皆さん、速やかに避難を……うわぁあああ!」

  悲鳴とともにアナウンサーが姿を消し、横倒しになったカメラ

  が惨状を映し続ける。

  巨大な足でビルを蹴り、家を踏み潰し、口から火を吐き瓦礫を

  焼き尽くす怪獣。見る間に街並みは廃墟と化し、すでに人の気

  配は無い。

  そこへ彼女が駆けてくる。怪獣の様子を伺いながら携帯電話を

  取り出し、素早くメールを打つと意を決したように怪獣の前に

  立ちはだかる。

彼氏「人……女の子?」

  ただただ様子を見つめるしかない彼氏の携帯電話にメールが届

  く。彼女からのものだった。

彼女メール「さよなら」

  彼氏はメールとTVとを交互に見比べ、驚愕の表情を浮かべる。

彼氏「……彼女だ」

  TVの中の彼女は勇敢に怪獣に立ち向かっていく。自分の10

  倍、いや20倍はあろうかという巨大な怪獣の蹴りや火炎放射

  をかいくぐり、蹴りや手刀で懸命に応戦する。携帯を手に呆然

  とTVを見ている彼氏。

彼氏「本当だったんだ、全部」

  怪獣の振り回した尻尾が彼女をとらえる。大きく吹っ飛ばされ

  て地に叩きつけられる彼女。その衝撃で懐から携帯電話がこぼ

  れ落ちる。

彼氏「ああっ!」

  彼女の危機を目にして思わず声をあげる彼氏。一心不乱にメー

  ルを打ちはじめる。

彼氏独白「正直言って彼女のことは未だによく分からない。むしろ

 余計に分からなくなってきたくらいだ。でも分かってることだっ

 てある。少し変なだけど真っ直ぐな性格。底抜けに明るい笑顔。

 そして彼女への俺の思い――」

  夢中で打ち終えた題名だけのメールを送信する彼氏。

彼氏独白「――届け!」

  くの字に倒れ、苦痛に悶絶する彼女。

  そんな彼女のもとに彼氏の携帯電話から発信されたメールが届

  く。這いずりながら落ちた携帯電話を手繰り寄せる彼女。

彼氏メール「ずっと、待ってるから」

  短いメッセージを読み終えると、黙って頷き笑顔を浮かべる彼

  女。全身の力を振り絞って立ち上がると、再び怪獣に立ち向か

  っていく。

  怪獣はゆっくりと彼女に近づいてくる。彼女は猛ダッシュで怪

  獣に接近し、飛び込むようにして怪獣の腹に頭突きを見舞う。

  そしてひるむ怪獣を両手で持ち上げると、そのまま高く飛び上

  がり、みるみるうちに空の彼方へと消えていった。


6(終)

彼氏独白「それからいくらかの時間が経った。あの事件をマスコミ

 が面白がってとりあげられるくらいには」

  ベッドに腰掛けて延々と携帯電話をいじっている彼氏。つけっ

  ぱなしのTVの中では、文化人たちがしたり顔で彼女について

  論じている。

彼氏独白「超人、怪物、ミュータント……偉い人たちは彼女に数々

 のありふれた名前をつけた。だけど俺にとっては彼女は彼女であ

 って、それ以上でもそれ以下でもない」

  彼氏の目から一粒の涙がこぼれおちるが、ぐっと我慢をしてい

  る。

彼氏「ずっと待ってるって約束したじゃんか」

  不意にチャイムが鳴り玄関のドアを開ける彼氏。そこには彼女

  の姿があった。呆然とする彼氏に、決まり悪そうにちょこんと

  手を挙げて挨拶をする彼女。

彼女「ただいま」

彼氏「おかえり……」

  立ち尽くす彼氏が手に持った携帯電話がメールの着信を伝える。

  彼氏がそれをたしかめると、彼女からのメールだった。

彼女メール「今から帰るお(^ω^)」

  思わず笑顔をこぼす彼氏。

彼氏「ちょ、メールより先に戻ってくるとか!」

彼女「遅くなってスマン☆」

彼氏「早すぎるくれーだよ」

  強い抱擁を交わす彼氏と彼女。

  彼氏が取り落とした携帯電話には、倒した怪獣を尻目に地球へ

  と戻っていく彼女の写メが映っていた。


(終)


この本の内容は以上です。


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