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飲み屋でのどんちゃん騒ぎが収束したあと、私は線路沿いを北へ向かってとぼとぼと歩いていた。
ひどく酩酊していて、何度か立ち止まったり走ったりして酔いざめを促してみようとしたが、脳味噌は一向に晴れやかにならない。いっそ差している傘をどかして雨を浴びてみようか・・・とも思ってみたが、やめた。きっと後悔しかしないはずだ。そして、そんなことに考えが及ぶのだから、案外酔っていないのかもしれなかった。

腕時計を見ると、もう深夜の二時を過ぎている。路面に電車がやってくる気配はなく、ただ黒々とした闇の中へ、濡れた線路が吸い込まれているだけだった。普段から人通りが多い道ではなかったが、この深夜にあっては異様なほどに人の気配がない。居並ぶ家々の明かりは消え、自動販売機の電灯だけが雨粒を弾くアスファルトを仄明るく照らしていた。

スーパーマーケットと公民館の間の路地、暗闇にぼんやりと浮かび上がる白い塊を見つけて、私は立ち止まった。
二匹の真っ白な猫であった。

まるまると太り、しきりと周囲を気にしているのが一匹。それより一周りほど小さく微動だにしないのが一匹。
周りに何の光もないのに、その二匹が自ら光を放っているかのようにはっきりと見える。それほどまでに恐ろしく白かった。
私は、なんとなく二匹の猫に近づいていった。
ぼんやりした頭を揺らしながら近づく私を、猫の親子はじっと見つめていた。
もう手が届く、というところまで私が近づいたとき、急に小さいほうの猫がしゃがれた声でひと鳴きした。ひどく年老いた声だったので、こちらの猫が母猫だったのかもしれない。

その鳴き声に面食らっているうちに、猫はさっさと逃げていってしまった。
二匹の白い猫が、じゃれあうようにして遠ざかる。
その残像もなくなった頃になってはじめて、雨が止んでいることに気がついた。
私は傘を閉じた。

猫が消えていった路地の角から一人の女が現れ、こちらへ向かって歩いて来た。
女は上等の白磁のような白い肌で、真っ白いワンピースを着ている。さっきの白猫たちと同様、輪郭が妙にはっきりと見えているのが、美しく、また薄気味悪かった。
女は私の前で立ち止まった。
「さっきの猫がどうかしましたか?」
「いやに白い猫だなと思いましたが」
「あなた、私がさっきの猫だと思っているでしょう?」
私が「ああ」とか「いや」とか曖昧な返事に終始していると、女はにこりと微笑んで、そのまますれ違って行ってしまった。
女が消えたあと、女が現れた路地の先に何があるのかを確かめたかったのだが、何か恐ろしいような気持ちがしたので、私は早足でその場を離れた。

* * *

しゃがれた猫の鳴き声を聞いたあの時、大きい方の猫も何か声を出したような気がしたのだが、それがどんな声だったか、今の私にはどうしても思い出せない。
その後に現れた女の声色も同様に思い出せないので、女は、本当にあの大きな白猫だったのかもしれない。
となると、女は一人で出てきたわけだから、あの角の先にはもう一匹のしゃがれ声の猫がいたのかもしれない。
しかし今はもう確かめることもできない事である。
宿酔いで重くなった私の頭の中には、猫か女か分からない白い輪郭だけが浮かんでいる。


(了)

奥付



白猫


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著者 : 吉田岡
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/yoshidaoka/profile


発行所 : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社paperboy&co.


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