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わすれない

君と出会ったのは雨の日の午後。

びしょぬれのボクを見て、君は驚いていたっけ。

どうしてだか、無理矢理に連れて行かれた部屋の中。

君が浴びせる暖かな水は

雨よりも激しくて、雨よりも優しかった。

泣き言を言えない君が、僕の前では

何故だか、いつも泣いていた。

ボクは理由も解らずに、朦朧とした意識の中で

君の頬を伝う涙を舐めて拭った。

抱きしめられたことは微かに解っていた。

けれど……

ごめんよ。

君の事は忘れない。


ずっと傍に居たかった。

君の泣き言を聞いてあげたかったな。

そんなことを思いながら

ボクは、何も考えられなくなった。



冷たくなった小さな毛の塊を抱いて

また、呟くんだ

「泣いて帰って来るなら、泣いて暮らすよ。
 返らないから、もう君は旅立って良いんだ」


本当は泣き虫の癖に。

本当はボクにしか言えないくせに。

そう言い返したくても

ボクは、もう君の傍に居られない。

忘れないよ。

いつか

いつか、きっと

同じように、君の前に現れてみせるさ!

君に抱かれて、君の涙を拭ってあげる。

だから、ほら。

ボクの首輪は、今でも君の腕にある。

みつめるだけの愛情表現

君が生まれたときから知っている。

君のことなら、誰よりも理解しているつもりだよ。

目が合うだけで、慌てて駆けて行く君。

隠れて、そっと顔をのぞかせる君。

「触らせてなんか上げないんだから!」

そんな声が聞こえてくるよ

だから、見つめるだけが愛情表現

かくれんぼみたいな君に

笑いかけるだけが、精一杯の愛情表現だったね

そうさ

解っていたさ

君が隠れながら、笑っていないと気付いていたさ

笑えないんだと、わかっていても

見つめて、笑いかけ続けた

見つめることしか出来なかった

追いかければ、きっと君は逃げる

驚いて逃げ出す

君のことなら、誰よりも理解しているつもりだよ。

だから

君が倒れて、かくれんぼすらできなくなって

初めて抱きしめたんだ

小さくなった身体。

冷たくなっていく君

どうしたらいい?

どうしてほしかった?

君のことなら、誰よりも知っているはずなのに

答えを言わないまま、諦めた目で見上げる君に

見つめるだけの愛情表現

笑いかけたかったよ

笑っていたかったのさ

かくれんぼで終わる君との関係

見つめるだけの愛情表現



我が家で生まれて5歳で旅立った八千流(やちる)へ


姫白雪

君のために買ったのは『椿』

花が落ちても地面に咲きながら朽ちていく花。

誰もが「もうダメだ」と思っていた時期を通り越し

したたかに、健気に、絶対に治らない病と闘った。

君の命が散ったとき

君の代わりにと白い椿を買ったんだ。

なのに……

しばらくして、咲いた花は花びらを散らしていく。

花びらが散る種類なのだと知って

白い花びらが、はらはらと散るさまを見ながら

ああ、君らしいなーと思ったんだ。

そうだね。

いつまでも

死してなお、まだ美しいかのように振舞うほど

君は女々しい女じゃあなかったね。

いさぎよく散っていった君。

頑張るときと引き際を見極めた君。

そう、だから花が散る。

白い椿の花びらが、はらり、はらりと……

もう、いない君の足音のように

ボクの傍で風も無い夜に散る。

忘れられなくて

君を忘れられなくて

思い出と後悔に浸ろうとする甘さを許さない君は

菜種梅雨に濡れながら

「また来年ね」とばかりに

全ての花を散らせてしまった。

そう、また来年……

白い椿の花が咲くたびに

はらり、はらりと散るたびに

ボクは君と過ごした日々を思い出す。

君に感謝して、君に憧れて

もう抱きしめることさえ許されない別離を

春の訪れと共に思い出す。




逝ってしまった愛猫・七月(なつき)へ

たずねてくる仔猫

友人が手を伸ばした小さな命への散文


一時期は犬のブリーダーをやっていたくらいで犬を多数飼育する彼女。
猫も嫌いではない、いや、好きなんだけど、ご主人は猫アレルギー。
そんなAさんちに通うようになった生後数ヶ月と思われる仔猫がいた。
飼いたいけれど家の中に入れられない。
仕方がないから、首輪も予防接種もして完全な外での飼育。
猫なら飼育経験が数多いから色々と訊かれた。
名前も付けてほしいといわれて、名付けが苦手な私は困惑した。
ただ要望はあって、我が家の虚弱猫……
獣医に「生きていることが奇跡」と言われ続けて5年になる猫と似た名前が欲しいといわれた。
この虚弱猫は虚弱であるが故に「小さいから、ちい」と呼び、生き続けて欲しいから「千生」と書く。
「ちい」と呼べるような名。
仔猫は、空腹だの、水が欲しいだのと何度も裏口にやってきたから飼育に踏み切られた。
何度も訪ねてきた
……
何度もたずねて……
文字が違うけど「千尋」と付けさせて頂いた。
「ちひろ」なら「ちーちゃん」と呼べる。
私には、何か「尋ねているようにも思えていた」というのは内緒だ。
「どうして、家の中に入れないの?」
「どうして、私は一人で遊ばないといけないの?」
「ねぇねぇ、どうして
……
本当に、よく鳴く仔猫だった。

「今朝から帰ってこないの」という連絡を貰ったときは、予感を通り越して覚悟した。
友人の家の傍には大きな道路。
友人の家は角家で、大きな道路を横断する仔猫を何度も見ていた。
夕方、犬の散歩の途中で歩道に横たわる小さな遺骸を見つけたと連絡が入った。
「何処も傷が無くてね、血も流してなくて
……綺麗なままで良かった」
友人は、そういって仔猫を忘れた。

何度も訪ねてきた仔猫。
何度も食事を貰って、彼女は「心地よい場所」を見つけたと思ったのだろう。
あるいは、良いエサ場だったのかもしれない。
弱い仔猫がエサ場を確保するのは難しい。
道路の向こうにねぐらを見つけ、渡った先に餌場があれば
彼らは狭い視界で横断する。
……猫は視界が狭い。
道路を渡る……という目的に集中すると車に気づけない。
経験の浅い生まれて数ヶ月の命
危険より先に、半端に甘える場所を得てしまった。

私は名付け親だ。
だから、多くの看取ってきた命と共に覚えておこう。
何度も、この世を訪れるがいい。
今度こそ長く生きて人の中にも暖かさがあることを知ってくれ。
千尋、お前の問いかけに答えて上げられなかったことを侘びよう。
私の手は小さいんだ。
18匹の猫と4匹の犬で精一杯だったんだ。
けれど零してしまった命に後悔するのはイヤなんだ。
どんな形でもいい。
また現れてくれ。
今度は零さないように抱いていよう。
私のものだと、私が守るのだと声をあげて叫んであげる。
だから……
もう、痛くは無いんだ。
もう、寂しくは無いんだ。
熱いアスファルトの上で冷たくなった千尋
さようならは言わなかった。

何度も尋ねて来ればいい。
今度こそ零さずに拾い上げて見せるから!
何度でも、何度でも、お前が大切なんだと答えてあげるから。
おかえりと迎えて見せるから……。

この本の内容は以上です。


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