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遭遇

夕焼けが見える川べりの道を、いつものように帰宅するために歩いていた。

もう川からの風が肌に冷たい。意味もなく溜息なんかついて前方を見ればこちらに来る人影があった。逆光で見えにくいけど、長い棒みないなものを肩に担いだ袴姿にみえる。

剣道部かな?

けれど、その影が近付いて解る異臭に悪寒が走る。剣道部なら持っているはずの防具入れがない。ましてや、担いでいるのは竹刀では在り得ない鈍い光を放つ。

竹刀の先に人の首なんか、ぶら下がるわけがない!

慌てて道を譲るように、狭い土手道の隅に避けると相手の足が止まる。

ボクの前で、止まってしまう!

止まらなくていいっ!行ってくれーーー!

心の中の叫びは通じなかった。

『視えるのか。驚かせたな』

思ったより綺麗な声で驚いた。

ボクが知る限りでは、この手の姿のはいつも言葉すら通じないんだ。

そう、相手が既に生きた人間でないことは臭いを感じたときに解った。

ボクは、そういうヘンなものが視えるんだけど……普段は隠して生活している。

周囲に「アブナイヤツ」とか思われたくないからだ。

そうして、こういう見間違えるくらいハッキリ視えるヤツと遭遇するとバレそうになる。

相手が人間なら、なんとか誤魔化せる。だけど、相手が生きてないなら、相手自身に気付かれたなら!

今までの経験から、ボクは身構えるしかなかった。

こんなヘンな力でも、生きていない相手には通じるからだ。

ボクは今まで、そうして自分で自分を守ることしか出来なかった。

ボクを襲う恐怖から、ボクを守れるのは……ボクが嫌で仕方のないこのヘンな力だけだ。

『臆せずとも、我は何もせん』

ざんばらな髪をなびかせて、相手は本当に歩き出してしまう。

今のボクみたいな喧嘩腰の相手に、邪魔臭そうに後姿を悠然と見せて歩いていく。

ぶら下がった首が揺れている。それが、まるで市松人形のような少女だと気付いてゾッとする。

あれが斬ったのか?アレがあんなことをしたのか?

既に、かなりの距離があいていたけれど声だけが聞こえる。

『こんなものの見目に惑わされていると、命を失うぞ』

さすがに生きていないだけあって、土手の傾斜を無視して宙を歩いていく。意外にも向かう場所が、この近所の神社だと気付く。

ああ、そうか。アレは姿は、あんなだけど悪いものじゃないんだ。

だから平気で、清い空気しかない神社にも入っていけるんだ。

なんとなく、喧嘩腰になっていた自分が矮小に思えて情けない。

時々、ああいう生きていない連中には精神的に負けてしまう。

悪いものなら、負けないくらいの自信はあるのだけど、あんな神社にまで入れるクラスの精神力の強いヤツには叶わない。

だから帰宅したときには、凄く疲れた気分になっていたんだ。

扉を開けて、いつものようにベッドに鞄をなげようとして……そこまでして、やっと気付く。狭い部屋の窓辺に、巫女装束の女が座っている。

なんだ?なんの用なんだ?

とにかく白い着物に緋袴とくれば巫女装束にしか見えない。

おまけに髪型も、なんとなく巫女さんぽい。神に仕える姿をしていて、悪いものとは思えないけど……だけど見た目で判断するなと、先ほど言われたばかりだから警戒だけはしてしまう。

『無駄な目だな』

その声に驚く。似ているどころじゃない。先ほどの、ざんばらな幽霊と同じなのだ。

『視られたからな。しばし、つかせてもらう』

それって、取り憑くって事ですか?……いや、なんか返答に困る幽霊だ。

『私を視たことを言っているのではない。あの首と目を合わせただろう?

あれらは、まだ狩り終えていなくてな。

残党に来られても困る。お前は引き寄せるくせに、守護するものが弱い。

それでは、生き残れるとは思えぬ』

あのー、話がみえないんですが。

『戦闘の後であったゆえ、お前が視えると気付かず近付いた。

その上、お前の愚かさに気付かず見目の良い首を晒した。

すべて、私の犯した罪だ。償わねばならない』

だから、勝手に愚か者よばわりして憑きまとわれてもなぁ……

『守護すると言うておるのだから、大人しくされておけ。私が強いことには気付いたのだろうが』

それは……そんなことは言われなくても解ってる。強いはずだ。神に仕えているものとして、未だに心構えだけは生きているものより強い。でも、巫女姿で……刀、持ってたよな?さっきは。

「あのぉ」

思わず声に出して話しかけてしまう。視線だけが、ボクのほうに向けられる。

ああ、やっぱり女の人だ。そりゃあ、巫女姿なんだし声も女性ぽいんだけど、なんか女の人って感じじゃないんだよな。

うんうん、よく見たら物凄い美人さんじゃん。憑かれていても、あまり嫌じゃないかもしれない。

『見目に惑わされやすい目だ』

凄くショックなことを言われてしまった。そうだ。さっき注意されたばかりだ。

『仕方のない奴だ。お前の、その目に入れているものを貸せ』

あっさり言ってくれるけど、ボクはコンタクトレンズを外すと普通の世界が見えない。つまりは、視たくないものだけが普段どおりになる。だから眼鏡を辞めたのに。

『誠に無駄な目だな。いらぬなら潰してやってもいいぞ?』

何故か、そういうときだけ物凄く優しい声で言ってくる。

もう、憐れんでますって感じの声だ。なんで憐れまれなくちゃなんないの?

「潰すとかはないじゃん」

さすがに言い返すくらいしておかないと、相手が相手なだけに後が怖い。

『視たくないのだろうが。だから潰してやるというのだ。その、お前の言う普通の世界だけ見えていれば良いのだろう?そういう目にしてやると言っているのに何故わからん』

ああ、そういう意味だったんですか。てっきり眼球を潰されるとか思っちゃったよ。この美人さん怖いからなぁ。

『守護してやると言うているのに、何が怖いのだ。

お前の愚かさほど、恐ろしいものがないと気付け』

だから、そういう態度が怖いんですってば。

言うこと、一つ、一つ、ボクが自覚したくないことばかりなんだから!

ドッと疲れてしまって溜息が出る。幽霊に言い負かされるボクって最低だ。

『だから、その目に入れているものを外せというのだ。お前は見目に誤魔化されやすい。

せめて守護者の言うことくらい聞く気にならぬのか?』

もう、此処まで言われたら下僕の気分だ。仕方がないからボクはコンタクトレンズを外す。正直な話、この状態で長く居ることなんか在り得ない。普段なら、すぐに眼鏡をかけるのだ。

見えない世界は、よく視える世界だ。だから、コンタクトレンズを渡そうと窓辺に目をむけて驚いた。

『解ったら、それを貸せ。少しでも見目に惑わされぬようにしてやる』

いや、その……その姿を視せて、見目に惑わされるとか、惑わされないとか……ないんじゃないですか?この状態になると、後ろだろうが、横だろうが、意識した方が視えるからもう精神的に一杯、一杯なんですけど。

『訳のわからぬことを』

うん、神社に入っていったから神様関係かなーとは思ってた。だけど、最初がざんばら髪の血の異臭をさせた姿で二度目が巫女姿。コンタクト外したら、ほとんど布らしいもん付けてないじゃん!おまけに、すげぃ美人なんだから何処みたらいいんだよっ!

『生きていないもの相手に、何を戸惑う』

なんで、こんな目に合ってんだろう……ボク。相手が人間なら嬉しいけど、神様クラスの幽霊相手に言い返す術もない。ボクが勝手に興奮して、勝手に悲しくなっていたら、目に違和感がある。

『慣れれば、その方が楽なはずだ』

どうやらコンタクトレンズが返って来たらしい。

ボクが戸惑うからか、窓辺の幽霊は巫女姿に戻ってる。だけど、今まで気付かなかった雑多なものも視える。

『潜んでいるものが視えなければ、いつか命を落とす。

見目だけを繕うものに気付けなければ、お前は長くはない』

あのー、その巫女姿は繕ううちに入らないんですよね?

『その辺の雑多なものと同じに思いたいなら、そう思っていろ。私は気にもならぬ』

怖いです。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

なんか、手を合わせて拝んでしまう。

『目を修正した程度では、その愚かさは直らぬか』

こうしてボクは、このメチャクチャな幽霊に守護されることになったんだ。

確かに祖母には迷惑をかけてばかりで、心配させてばかりで……だけど、祖母では守護できないと知っていた。

知っていたけど!何も、こんなメチャクチャ強力なラスボスみたいなのが来なくてもいいじゃん!そりゃあ、自分の守護霊を一時的にでもやっていただくのだから有り難いんですけどね。いえ、マジ本当に感謝してますって。

ああ、相手が人間じゃないから考えてることが筒抜けって困るよね!

ブツブツ脳内で幽霊と会話しながら、ボクは通学路を歩いていた。与えてもらったコンタクトレンズになってからは、気付かなかったものが視える。

いつも利用する駅にいる雑多なものたち。

ひきよせようとするもの。

階段で足をひくだけのもの。

そういうのが視えていなかったら、確かに力だけあっても無意味だ。

つまりは、ちょっとした悪いモノとかだけが視えていただけなんだと解った。いつだったか、誘ってくるから喧嘩して勝った気になっていた学校の近くに居るものだって本当に悪いものとは思えないほど小さな存在だった。ボクの傍に居るラスボスクラスの巫女姿の霊が、気配を漂わせただけで逃げる。

どーせ、美人と歩くなら生きてるほうが嬉しいんだけどなぁ。

だいたい、いくら美人でも怖すぎです。

ボクが歩くと、周囲の雑多な霊がザザザーーーと逃げて道が開けるのが視えるからなんか大名行列の先頭を歩いてる気分になってしまうんだ。

いや、逃げているのはボクからじゃなくて……あくまでも傍に居る霊のせい。

この美人さんがいると、何処に行ってもこの状態。


恐怖

「はぁ……」

登校しただけで疲れてしまう。教室に居るはずの小さな女の子の霊も、今日は逃げちゃって視えない。自縛霊か何かかなーと思っていたけど逃げられるなら違ったのかな。

「おはよー。ユキくん、おつかれー?」

すぐ隣の席の原田さんが声をかけてくる。陽気な子でクラスの誰にでも話しかけてくるから割と人気がある。

「おはよ」

答えて、彼女を視たことを後悔してしまう。なんだか凄く悪いものを背負っているんだ。彼女の陽気さは、悪いものが人を誘うための手段だと気付いてしまった。

あのぉ……ああいうの、なんとかしてあげられないの?

さりげなく視線を向けてみる。

ボクを見ない巫女姿の霊は腕を組んで原田さんを見ているだけだ。

『お前、祓いモノ屋にでもなりたいのか?』

いや……そーじゃないんですけど、なんだか嫌じゃないですか。

『あの女が嫌でないなら、放っておけばいいだろう』

そういうもんなの?

てっきり正義のヒーローみたいに倒してくれるのかと期待していただけにボクはショックだった。

『私は自分の罪を償うために此処に居る。お前の要望を聞くためではない』

ああ、そういえばそうだったなー。なんか知らないけど、ボクが視ちゃった首のせいなんだよね。うーん、小さな女の子だったよねー。市松人形みたいで、可愛い顔してたけど……でも悪いものなんだよね。……可愛い、小さな女の子……?

『今さら気付いたか。逃げたのではない。仲間を呼びに行っただけだ』

うわぁ、やっぱ教室に棲み付いてたのは残党とかですかっ!一人で混乱状態になっていたら、教室の中で叫び声があがる。

「原田さん!」

女の子たちが騒いでる。床に原田さんの倒れた姿が見える。

「先生、呼んでくるっ!」

何人かの女の子が飛び出していくのをボクは目で追っていた。

あのぉ?もしかして、背中に居たの……やっつけちゃったから?

『私は何もしていない』

本当かなぁ?

この方、怖いけど神さまに仕えるような霊なんだから清い空気を纏ってる。すげーラスボスクラスの力を漂わせるくせに、何もしないかなぁ?もしかして、アレですか?

霊なのに、ツンデレ?

自 分で思いついておいて、どの辺りが「デレ」なんだと疑問になる。正直な話、ボクは霊的に守護されてはいるけど酷いことを言われてばかりだ。でも、それも否 定できないボクの事実ばかりだから仕方がないよね。う……朝から泣きたい気分だ。そんなボクの心境など全く関係無しで教室の中は騒がしいままだった。先生 が駆けつけて原田さんは担がれて出て行く。背中の悪いものが、既に剥がされそうなのを必死で原田さんを逃すまいと憑いていこうとしているのが視える。周囲 の誰もが、原田さんを見ているから当たり前に思ったけど隣の巫女姿の霊も視ている。あの、邪魔臭そうな鋭い目だ。スゴイ美人さんの横顔なのに、怖いとしか 感じられない。

怖い?

こ の方は清い空気を纏っているんだ。悪いものには怖い。ボクが怖いのは、散々いじめられたからで本当は怖くないと知っている。まぁ知ってても怖いもんは怖い んだけどね……だけど朝からの大名行列で思い知ったのも事実なんだ。この霊は、何もしなくても祓ってしまう。何しろラスボスクラスなんだからさ。

やっぱ、何もしてないというのは事実なんだろう。ただ視てただけ、視線を向けただけで、あれだけのことが出来ちゃう。そーだよね。神さまに仕える霊が嘘は言わないよ。

『愚かだな』

また言われてしまった。なんですか?やっぱ、嘘つくこともあるんですか?見上げて、真横で立っている綺麗な顔を視る。彼女が視ているのは、ボクじゃない。既に原田さんからも興味を失ったように、窓の外を視ている。

「はぁぁぁぁ」

解らないです。

それでなくても女の子って解らないのに、この美人さんは生きていないんだ。おまけに強力な力を持った霊というものの考え方なんか想像もできない。勝手にボクを守護しているだけの存在じゃん。最早、お手上げ、理解不可能!

まぁ、 こんな美人さんと分かり合える仲というには確かにボクでは役不足だな。この方の分かり合える相手って、やっぱ神さまクラスなんだろうなぁ。神社に行けば、 たまに居るもんね。八百万とはよく言ったものだと思う。もとは人間だったはずが、神さまクラスで神社に住み着いていたりする。ボクは、ヘンな力のせいで視 えるし、聞こえるし、だから受け入れてきたけど、こんなの普通は信じられない。

目の前の巫女姿の霊も、あの神社にいるんだろうから神さま的なんだろうか?

そういえば、日本の神さまには刀や剣をご神体にする方が多いよね。あれって、依り代だったっけ?

あの神社、御神体ってなんだろ?

鏡とか、刀が多いとは知っている。

『いらぬことを覚えているのだな』

そ ういわれても、最初にあったときの刀が忘れられない。あの先に、ぶら下がっていた首と目を合わせたからって理由だったはずだ。ボクは、ずーっと巫女姿で、 刀というのに違和感がある。だからって、コンタクトレンズを外したときの姿が真実の姿……なんてないはず。ないよね?ほぼ全裸……あ、ダメだ。思い出した だけで、緊張してしまう!

ボクが一人苦悩しているというのに、隣の霊は涼しい顔で立っている。

そりゃないんでないですか?こういう時ほど、いつもみたいに罵倒されたいというか、

いや……別にヘンな意味じゃなく!だって無視されたらボクなんかにみられても虫けらにみられた程度という風に思えて……なんだか悲しいから、だから嫌なのに。

もう一度、溜息をつきそうになって机に身体を投げ出すと目の前に転がる物体があった。

― ゴロリ…… ―

一瞬、何処からか誰かがボールを投げたのだと思った程度の認識しかない。色のついた、ヘンなボール程度にしか思わなかった。

― ゴトン ―

今度は、ボクの座っている椅子に何かが当たった感じだ。流石に気になって、足元をのぞく。再び発見するボール……ではなく、それは首!

「!」

思わず叫びそうになるのを、懸命にこらえる。これはボクにしか視えないモノのはずだ。

周囲が何も騒いでいないのだから、これは間違いなく生きたモノの首じゃないっ!

咄嗟に探せば、何事もないかのように隣に立つ巫女姿のチョー美人さん。ただし、片手に刀を持っている。

やっぱり、あんたの仕業ですか!

視ている間にも、表情すら変えずに刀を振る。本当に軽く振るだけ。でも、それだけで首が転がる。相手が来ているのは今のボクでは視えない。たぶん、首になって霊としてクラスが落ちるから視えるだけなんだ。上位クラスだと視えない。

コンタクトレンズを習性してもらっても、ボクは気付くことも出来ずにいたはずの世界だ。いつも可愛い小さな女の子だと思っていたものは凄く怖い姿をしていた。

なんとも例えようがない。とにかく、視たら忘れられない恨み、邪念、暗い闇の底のような感情、それらが視える物として転がる。

『動くな。離れるなよ?』

言われなくても動けないです。こんな状況で、移動できるほど度胸はないんです。

だけど、漂う異臭。次々と転がる首。ときどき視える血飛沫。こんなの、耐えられるもんじゃない。吐きそうな気分で、机の上だけを見る。

「大丈夫か?」

声がかかって、見上げると担任の先生だ。原田さんを運んで、ホームルームにやってきたんだろう。ボクは気付けなかった。だって、ボクの周囲は違う世界が広がっているから。

「お前も、原田も、体調不良なのか?倒れるなよ」

「だいじょうぶです」

本当は全っ然っ大丈夫じゃないけどっ!

でも、今は此処から動けないから!

先生に具合が悪いとか言うと、原田さんの件があったから保健室に行けとか言われかねない。今、此処から移動したらダメなんだ。耐えないと!

ボクは、自分を守ることなんか出来ない。祖母の霊も守る事が出来ない。守護してくれる美人の霊がいるから、未だに生きているんだ。このラスボス級の臨時守護霊のおかげで今も生きているんだと解っている。

『ふむ。あらかた今日のところは終えたか』

唐突に聞こえた一言に、安堵してしまう。周囲は、まだまだ違う世界のままだけどね。一方、美人の幽霊さんは造作もないかのように大量の首の中から一つを容赦なく刀で刺す。

『今日のかしらは、お前だな』

もしかして、その日、その日の頭領みたいなのがいるわけですか?じゃあ、他の首はどうなさるおつもりで?

『何かあったら、声に出さずとも叫べ。しばし、お前の傍から離れる』

あのぉ。それって、ないんでない?

この血生臭い……ただし、そう感じるのはボクだけという教室に置き去りにすると?

『首を下げたまま、此処にいろというのか。それともお前が私についてくるのか?」

うわぁ、二択ですか。この際、仕方がない。ボクは手を挙げて先生に告げる。

「すみません。やっぱ、体調が悪いので帰ります」

もう許可とか待ってられない。スタスタと行ってしまう臨時守護霊を追わないと!

だから!せめて、その空中を歩くのは勘弁してください。ボクは3階から飛び降りたり出来ませんっ!

『行き先がわかっていながら、情けのない声を出すな』

言 われてみればそうだった。この美人の幽霊は、あの神社以外に行くわけないんだから焦る事もなかったんだ。でも、でもですよ?さっき、『あらかた片づい た』って言ったじゃん。それって、まだ残っているっていうことでしょ?しかも『今日のところの』だから、ボクはまだ危険なんでしょ?なんで放って行かれる んだろ。

『だから愚かだと言われるのだ』

ううーん。そりゃあ、そうかもしれないんですけどぉ。

『今日の頭は、既に片付けた。こうして晒せば、連中は恐れる。

次に来るまで、僅かでも時間が出来る』

そんなもんなの?頭領がやられたら残党が根こそぎ来たりしないんだ。

『力の差が解るまでの、僅かな時間だ』

力の差……大きいよなぁ。刀、軽く振り回してただけじゃん。それって霊力の差でしょ?あんな邪気だけの連中、少々の集団で来ても勝てないじゃん。

『だからこそ集団で来る。数を揃える』

そんなの続けていたら、エンドレスだと思うんですけど。

絶対に勝てないでしょ?この美人さんが強すぎる。

『数は限りなくある』

あのぉ。確かにボクは、あんまり賢くないけどさ。でも、数が無限で、ボクが未熟で、それでも狙われるのだから……いつまで守護してくれるの?

『罪を償いきるまで』

ああ、そうだった。

霊と、生きてるものとじゃあ時間感覚が違いすぎるんだよね。特に霊として長く過ごしたら、どんどん時間感覚がズレてしまう。何しろ、絶対に死なないから。

ん?じゃあ、ボクのヘンな力がなくなるか、守護する力がつくとかしないと美人さんの役目とかいうのが終わらないのでは?

『そういうことになる』

しばし……なんて言われたから、臨時的守護霊だと思い込んでいたけど事態を把握すれば、ボクの一生分くらいの時間がかかりそうな戦いをなさるつもりらしい。

あれ?じゃあ、臨時じゃないなら……事実上、ボクは一生この美人幽霊さんの御世話になる羽目になりそうだ。それは、それで、ちょっと困るんだけど。

なんというか、今日みたいな毎日が今後もずーっと!とかだとしたら……せっかく、守護してくれていてもボクは耐えられない。あんな光景、耐える自信がない。

『ならば、どうしたいのだ』

そういわれてみれば、この霊に今以上のことを望むことは無理だ。だって正式な守護霊じゃないんだ。けれど、だからって無限に居る邪気の塊を一掃してくれとか言えるわけもない。言ってなんとかなるとも思えない。

自 然と歩き方も遅くなる。ボクにはヘンな力があるけど中途半端な強さだから災いしか呼べないんだ。せっかく守護してくれても、その光景に精神的に耐えられな い。この幽霊はラスボス級の強さを持ってて神さまに仕えるような存在なんだ。本当はボクの守護なんかで無駄に大名行列みたいな雑魚掃除してていいわけな い。

「うん、そうだね。諦める」

声 に出して言ったら自分も納得できる。此処で諦めるっていっちゃったら、つまりはボクは何もかも諦めなくちゃいけない。この方に留まって貰うことを諦める。 守護してもらわない。ボクは、今までの生活に戻る。きっと、明日にはよくわからない死に方でもしちゃう。解っても……解るけど。

『逃げるか。それも、お前らしい。いかにも愚かな選択だな』

うん。解ってる。

でも、きっと神さまみたいな強さを持つ方には理解できない。弱くて、悲しんでいる気持ちは……弱いものにしか理解できない。

『だから、いらぬものを呼ぶのだと解らぬのか』

ああ、連中は同情を求めて来ていたのか。そうか。なら、ボクは喧嘩腰になんかならず……その悲しみ続ける霊を悼まなければならなかったんだ。ご同輩ってヤツ?

情けなくって、駅前の大通りだというのに歩道の隅に座り込んでしまった。

― シュッ ―

小さな音と共に、ボクは頬に微かに痛みを覚える。手で触れると血が出てる。

傍には、この御時世で在り得ないだろうという煌めく匕首。

それがボクの視線を受けて、人の姿をとる。

『置いていく』

顔 をあげると、少しだけ前を歩いていたラスボス級の巫女姿の霊の背が見える。もうボクへの関心など失ったかのように歩いていく後姿には肩に下げた刃が光って いる。切っ先で、揺れている恐ろしい首の表情さえボクは視えているだけでなにもできやしないんだ。あの美人の幽霊とは何もかもが違うんだ。いったい何年、 ああやって毎日、毎日、狩り続けているんだろう。

『ずっと』

その声は、匕首が変化した少女だ。やっぱり巫女装束で見た目だけなら小学生くらい。だけど、生きてないどころか、本体が匕首とは……また物騒な少女の霊だ。

『私が拾われたときには、あの方は既に戦っていた。

邪気の尽きる世など来ないと……それを解っていても、あの方は戦う。

邪気に巻き込まれるモノを、一つでも救い上げるのがあの方の願い。

だから、あなたは生きなくてはいけない』

こんな少女にまで、説教されるボクってなんなの?



出逢い

「はぁ」

ぐったりしていると、いつの間にか傍に誰かが立っている。

そういえばボクときたら、こんな場所で結構な時間座り込んだままだった。またイヤなことに巻き込まれるのは勘弁して欲しいなぁ。でも霊の雰囲気は感じない。たぶん、確率的にも人間だと思う……霊らしき感覚を発しているとしたら匕首から変化した少女が黙って立っているだけだ。ただ、誰かがボクを見て立っているのは解る。

チラリと視線を上げてみる。知らない制服だ。顎のラインで綺麗に切りそろえた髪が印象的で無意識にみつめてしまっていた。それに気付いたんだろう。ボクと視線が合うと笑顔が浮かんだ。なんだろう。けっこう綺麗な女の子なんだけどボクに親しい女の子なんかいないから疑問しかわかない。

「アイクチちゃん。ねーさんに頼まれて来たんだけどね。もしかしてコレ?今回のは」

ごく自然な事のように匕首が変化した少女を『アイクチちゃん』などと呼んで話しかけていることにビックリさせられる。

『いつも、御世話になります』

礼儀正しく頭を下げるアイクチちゃんこと、小さな少女の霊は霊だと思わなければ可愛い。悪い連中じゃないならボクは幽霊だというだけでは怖いとか思わないんだ。けど、さすがに大通りで話しかけるような勇気は無いな。なんなんだろ、この子……。

「うん、まー仕方ないよね。

ねーさんには、お互い様っていうところがあるしね」

ひらひら手を振ったりして愛想が良いけど霊相手に大通りで普通に話せるって神経が解らない。何より、この子……視える……話せるんだ。

「アタシは、第一高の古荒りせ。

別にオツムがおかしいのではなく、あなたを確保しに来たんだ。

ねーさんを困らせるなんてイイ根性してるよねっ」

自己紹介も慣れたような口ぶりで、差し出された手を見てボクは躊躇する。

「あのー……ねーさん……て?」

「東野之稲荷神社。いたでしょ?近くに。まだ『気』が残ってるもん。アタシは、ねーさんとは……そうだな。んー、互いを補充すべきものってとこ?」

あのラスボス級と補充しあうもの?

「ああ、そう身構えないでよー。見た目どおりの同年代じゃない。

何年?アタシは二年」

このコアラさん……名前は可愛いけど怖そうだ。あの巫女姿の霊とお友達らしい。

「なにしにきたの?」

「うん、君を確保しに来た。

放置したら、アイクチちゃんだけじゃ危ない。

ねーさんが言うなら、そうなんだと思って慌てて来たんだよー。

もう、映像だけ視せられて駅の名前から携帯で検索したんだけど、此処だって確証は無いままだったんだ。しっかし、タクシー代は何処からか出るのかなー。今月ピンチっ!」

映像?映像をみることができるんだ。霊を通して、この子は情報を得るのか?。

「まぁまぁ、霊じゃ気に入らないと愚痴ったんでしょ?

ねーさんほど綺麗じゃないけど、生きてる女の子じゃん。

君んちまで付いていくよ。様子をみないとね」

確かに、どちらかというと綺麗な女の子なのは認める。意志の強そうな目なのに、笑うとかわいい。だけど、だけど、ボクが生きる事さえ諦めようとしてしまったら、何故か人間の女の子が来るなんて都合が良すぎる気がする。でも、あの巫女姿の霊が置いていったアイクチちゃんなる少女の霊と仲良しなんだし、信じていい気がして、そして何処かどうでも良いようにも思えてしまったボクはトボトボと帰宅することにしたんだ。

いつもの川べり。あの霊と出会った狭い道を二人で……いや、もう一人、小さな幽霊が並んで歩く。

「いいねぇ。川が気に入らないけど、此処なら見渡せる。

うん、ねーさんは気にしないで」

神社の方に向いて、笑顔で手を振るコアラさん。

『任せる』

突然の声に驚く。

あの方、みえてるのか。そりゃあ、コアラさんも視えているみたいだし……

『その呼び方を長く続けると、りせは嫌う』

「いいよ。もう中学生じゃないんだから気にしない。

ただ、りせって呼ばれるほうが好きなのは本当」

なんだか凄いんだな……この子。

「で、君はユキくんだっけ?それしか知らないけど、まぁいいや。

名前なんか記号だってセリフがあるもんね」

何処にあるセリフかは解らないけど名乗らなくても通称を知っている。この子、どういう情報収集してるんだ。

『りせさま。この方は、説明をしないといけない性質です』

アイクチちゃんの言葉に、隣を歩いていたコアラさん……じゃなくてりせさんがボクをみる。

「そっか。アタシは君と同じように視えるんだよね。

ただ、ちょっと普通と受け止め方が違ったせいで ドンドン力が伸びちゃった。

今は、守護してくれる方々は背後に常に3名以上いる。

契約を結んだ神クラスの霊は、数箇所あるけど何処なのかは企業秘密だから訊かないで?そういう幽霊の中でも、ねーさんは一番アタシと相性がいいの。

今、言った契約は、互いが必要なときに助け合うというものなんだけど、わかるかな?

アタシ、生きてるから普段の生活に強い霊力いらないでしょ?

だから、あちこちで霊にわけることができるんだよ。幽霊っていうのは霊力だけで存在するから、それで契約成立するの。強い霊力は幽霊にとって存在を大きくするエネルギー源みたいなものらしいね。あ!でもアタシが困った霊にあえば力も貸してくれるよ?

お互いが必要だから、お互いの情報が相互に行き交う。だから、アタシは視える。聞こえる。そして知っているの」

遠い目をして語る横顔に、また見惚れてしまっていた。なんだか、霊に対して凄く親近感を持ってるんだと解る話し方をするんだな。

「りせさんって、神クラスなの?」

「生きてる女の子に、それはないでしょ」

クスクスと声を立てて本当に可笑しそうに笑っている。

「ただ神さま級の霊でもアタシは対等に立てるというだけだよ。

それだけのことだから、気にすることじゃないよ?」

いや、それだけ……って、それって凄い事じゃないですか。

「ボクとは、全然ちがうね」

「当然だよぉ。こんなのアチコチにいたらアタシだって怖いよ。

ユキくんは自信持っていいの。普通に暮らせている。アタシは、もうはみだしちゃった。

だから、ねーさんとの契約は守る」

言葉は強いけど、なんだか寂しそうな声が気にかかる。あのラスボス級の巫女姿の霊が、『任せる』なんていう相手がこんな同じ年の女の子だとは思わなかった。

川沿いの道から少し離れると古い住宅地がある。その一つのアパートがボクの暮らしている場所で、りせさんを案内した。いつものように借りているボロアパートの階段を登ろうとしたら、りせさんは立ち止まってあちこち視ている。時々、ぶつぶつ呟いたりして……本当に知らなければアブナイヒトだ。

アパートの壁や、階段に至る地面、それらに触れて囁く。瞬間、ボクでも解る色の変化。

実際の色じゃない。何か……力を入れたんだろうか?

「おまたせ。軽く結界はっただけだから。まぁ、気休めなんだけどね」

日常会話のように何を仰るんですか?

「ん?部屋に行かないの」

「いえ、行きます。帰ります」

戸惑うボクに気付いていないのだろうか。りせさんは、カンがいいのか逆なのか解らない。ただ普通の女の子とは少し、いや、かな~り違うと思う。よりにもよってボクの部屋に初めて連れてきた女の子が普通の子と違うのはボクのせいなのかなぁ。

昨日の巫女姿の霊なら霊だからと諦めたけど本日は生きている女の子だ。言動が不思議という点が気になりすぎるんだけどイヤだとは感じない。

「ごめん、アイクチちゃん……とおせんぼ、お願い」

『はい』

言われたアイクチちゃんは部屋に入らない。

「とうせんぼ?」

「ああ、アイクチちゃんがいうから使ってる言葉なの。

つまりは、あの場所をアイクチちゃんが守るのよ。

誰も通れないから、とうせんぼ」

そういって、部屋に入って座るのは窓際だった。あの美人の霊と同じ場所だ。

「そこって、危ないの?」

「そうじゃなくて……よく視えるでしょ?

外じゃないよ?あなた、ユキくんが視える」

知らない制服姿のりせさんは、礼儀正しく座ってる。

「何故、ボクを守るために来てくれたの?」

「ねーさんに頼まれたんだし頼まれてなくても気付いていたら守るよ。

アタシ、お節介だから」

なんか、余計にヘコむんですけど。

「そーだなー。まずはコミュニケーションということで宿題でもする?

それ以上は無理だよ?一応、これでも健全な女子高生なんだからっ」

言われなくてもヘタレなボクに何もできません。

りせさんは、優しい口調だし、普通の女の子にしか見えない。見えないだけで実際には神クラスの霊と対等に立つと言い切るような女の子だ。なんかミジメだ。

「うーん。ねーさんだと精神的に辛いと聞いてきたんだけどぉ。

もしかして、アタシでも辛い?いると、気になる?」

「まぁ……高校生男子が同じ歳くらいの女の子に守られる心境を察してください」

独り言のような気分で返答しながら制服のジャケットを脱いでハンガーにかける。

「そっか。じゃあ、外に居る」

「はい?」

唐突な発言の意味が、その意図が解らなくて間の抜けた声を出してしまった。外に居る?ボクの住むボロアパートは川も近いし、ご近所も多くて制服姿の女の子が立ち尽くすには相応しくない。いや、それ以前に大きな問題がある!慌てて止めようとしたんだけどりせさんは、既に靴を履こうとしていた。

「ユキくんは精神的に疲れてるんでしょう?

そういうのは、霊的に狙われるんだ。

だから、アタシのことは気にしなくていいよ?」

笑顔でひらひらと手を振ってくれるけど、巫女姿の霊ならまだしもこの子は霊的に強いというだけの女の子なんだ。理由はわからないけど助けるといって来てくれたのに追い出すみたいで情けないじゃないか。

「外に居られたら、もっと気を使うんですがっ!」

ボクが叫ぶように告げると、りせさんの顔が曇る。

「うん、わかった。じゃあ、帰るよ」

「……はい?」

「ねーさんに謝っておく。迷惑をかけちゃったね。ごめんね」

幸いにも……というか、女の子が外に出るのは意外と時間がかかるものらしい。スカートの皺を直している間に腕を捕まえる。勇気を振り絞って引きとめる。

「ん?どしたの、ユキくん」

首を傾げて見せて、笑う顔は平然としているように見えるけれども、これでも少しは視えるんだ。傷付けた事くらい、ちゃんと気付いてる。

「その……ごめん」

頭を下げても、りせさんは何も言わない。言ってくれない。

「なんで?

ユキくんは巻き込まれただけでしょう?

挙句、ねーさんの戦闘を視ちゃった。普通は怖いよ。

そして、ねーさんと仲がいいアタシだってヘンなヤツじゃない。

傍に居られたくない気持ちは解るよ?ずっと、こんなだからアタシ」

ずっと……ずっと、霊と親しくて……呼ばれたら、タクシー飛ばして来てくれた。ボクには出来ない。アブナイヤツって思われるのが怖いから。

「とにかく、ごめん。りせさんのことをヘンとか思ってないから」

「うーん。色々、無理しちゃうタイプだねー。でも、まぁ。

ちょっとだけ、仕事が出来たみたいだから少し我慢してね」

いきなり声色が変わって、すれ違うときに見えた横顔は緊張しているみたいだった。あっさり靴を脱いで、あがりなおしてくれたのはうれしいけど……どうしたんだろう?

「ごめん。ちょっと……じゃなくて、かなり嫌だと思うけどっ!

とりあえず、急ぎだから勘弁してね!」

そう言って彼女がポケットから出してきたのは二つの指輪だった。

左右の手に一つずつ、慌てて嵌めて外を視ている。

「来るならば、覚悟せよ」

それは先ほどとは別人に思えるほどの低い呟くような小さな声だ。あの可愛い笑顔のときとは同じ人物に思えないピリピリとした緊張が伝わってくる呟きだった。その声の主はキリリとした表情で窓の外を見つめている。片手を外に向けて差し出す。

「結託せしもの。あれが邪魔だ」

途端、窓のスグ外で血飛沫が視えた。それも大量に。こ・の・ボクでも視えるくらいに!

「アイクチちゃん、そっちは大丈夫ね?」

『全て終えました』

― カチリ! ―

りせさんが両の手を合わせて、小さな金属の音が鳴る。左右の指輪を打ち鳴らしたのだろう。そのくらい小さくて……なのに何か力を感じる音だった。



生死

「へへへ、思ったより来るのが早かったよ。

やっぱアタシじゃ、ねーさんみたいにはいかないとバレているんだね。

でも、とにかく片付けたから」

照れたように笑って指輪を仕舞っているりせさんは顔を上げてくれなかった。

「ごめんね」

笑って頭を下げるりせさん。どうして……たすけてくれたのは解っている。そりゃあ、情けないけどりせさんが謝る理由なんてないはずだ。

「あとは、アイクチちゃんがいるから」

今度こそ、逃げるように出て行こうとするのを必死でとめる。

「その……うまくいえないんだけど……助けてくれてありがと。

だから……お礼にお茶くらいいれさせて」

恥ずかしいから下を向いたままで言う。りせさんが覗き込んでくる。

「無理しなくていいんだよ?ヘンなヤツじゃない。アタシ」

「そんなことない。カッコイイと思う」

それは正直な言葉だ。りせさんのは戦闘には見えない。でも、戦ったんだとは解った。

ボクには、視えない上位クラスの邪気の塊を片付けたんだ。

「うん、じゃあ……お言葉に甘えて、お茶くらいは頂きます」

言って、上がり口に座ってしまうりせさんの表情は暗いままだ。

「そんなとこ座らないでもいいじゃん。そりゃあ、狭いけど」

「いい……気にしないで?」

膝を抱えて座ってしまう姿が気になって仕方が無い。うーん、その姿勢……ちょっと位置を変えたら見えちゃうんですが。誘ってる?なわけないか。

「インスタントコーヒーしかないけど、いいかな?」

「うん」

「お砂糖とか、ミルクは?」

「ブラック派だから」

気を使っていただかなくても一応安物だけど用意出来るんだけどなー。ただカップは一つしかないから、マグカップをりせさんに渡す。ボク自身は湯呑みでコーヒーという奇妙な図だ。りせさんは、どうやら本当にブラック派らしく普通に飲んでいる。

「その……濃いとか、薄いとか……ない?」

「うん、淹れてもらっただけでも嬉しい」

なんだろう。声に元気がない。さっきまで、あんなにお喋りさんだったのに何があったのかなぁ。

「ヤなとこ、見せちゃったね」

「え?いや、マジでかっこよかったと思うけど?」

「ねーさんより?」

ああー、そういう形で受け止めちゃうのか。

「うん、正直な話……りせさんのは戦闘に見えないからさ。

怖くないし、嫌じゃない。あの……綺麗な方はさー。やっぱ、怖かったんだ」

「やってることは、同じなんだけど?」

うーん、そうなんだよね。同じ……同じことができちゃう。

「でも、嫌じゃない。それは本当だから」

「ありがと」

俯いたままのりせさんは、別人みたいだ。

最初に会ったときから、背筋伸ばして立っていて戦っているときも、すごく格好良かった。でも、今は……なんだか、泣きそうに見えるのは気のせい?

「ヤだろけど、ねーさんと約束したから。

さっき来たんだから、またスグに来る可能性が高いの。

ねーさんが戻るまで、我慢してもらえる?」

「え?いや、だから全然、ヤだとか思ってないから」

ボクの言葉を聞いて、急に小さな声で呟き続けるりせさん。

そうして、しばらく膝に額を押し当てている。どうしちゃったんだろ。

「うん、もう大丈夫。戦闘準備完了。ユキくん、ごめんね」

いきなりカップを置いて立ち上がる。指輪を嵌めて、また窓の外を視る。

「我に契約せしものたち、此処に契約の証を見せる。

これより、この場に来る邪悪なるもの、心狭きもの、己より劣るもの。

全て、我の力と引き換えに消去せよ」

― カチリ! ―

『りせさまっ!』

「ん?どうしたの?」

笑顔で答えるりせさんとは対照的に、急に室内に入ってきたアイクチちゃんは泣きそうな顔をしている。

「ねーさんが来るまでだから、心配しなくてもいいよ」

『ムチャです!あんな契約しちゃったら、邪気は倒せても!』

アイクチちゃんの言葉を塞ぐかのように、りせさんは片手の指輪をみせる。

「解っててやってるんだから。ね?」

なんだ?なにがあったんだ?

ボクが戸惑っていると、アイクチちゃんが恨めしそうな泣き顔でボクをみている。

「なに?どうしたの?」

「なんでもないよー。アイクチちゃんは心配しすぎ」

また部屋の隅っこでコーヒーを飲んでる。様子が変だ。さっきの言葉を、あまり記憶力のない頭で呼び起こす。契約した方に、頼みごとをしていたと思えるんだよね。えーと、なんか色々指定していたけど……

― 我の力と引き換えに ―

これだ!アイクチちゃんが怒っているのはコレだ。

素人のボクにも解る危険な内容だと気付いたのに、りせさんは笑って下を向いてしまっていた。

 

「りせさん!取り消して!

今の、ボクでも解る。危険な契約じゃん!」

「だーから、ねーさんが来たら済むんだからぁ」

話している間にも、窓の外で騒ぎが聞こえて血が跳ぶ。

りせさんに呼ばれた上位クラスの霊が邪気の塊と戦闘してるんだと思う。戦闘の代償は、りせさんの霊力だ。無限にいるという邪気たちとの戦闘の代償に霊力を差し出したんだ。

「りせさんに加担する霊って何人くらい来てるの?」

「さぁ?」

さらりと誤魔化してくれるじゃん。

「コーヒーありがとう。ごちそうさま」

「え……」

なんで靴を履いてるの?

「もう、此処にいる必要はないんだ。ねーさんが来るまで待っててね。

外の連中は、勝手にカタが付いたら帰るから放っておいても大丈夫だよ。

じゃあ、お邪魔しました」

ペコリと頭を下げると髪がサラサラ流れて顔を隠す。

「いや、その……なんで出てくの?ボク、そこまで傷つけた?」

「ユキくんじゃないよ。アタシの悪い癖。

ねーさんにも注意されてるけど治らない癖。

生きてる人と接するの、本当は苦手なんだ。

でも、ユキくんは視えるから大丈夫かなーって勝手に思い込んだの。ごめんね」

「それって、やっぱボクのせいじゃん。

りせさんは、悪くないし、格好いいと思う。

闘えないうえに、自分を守れない自分がなさけないだけなんだ。だから、さっきの契約取り消して!もう少し此処にいてよ」

ずっと俯いていたりせさんが、上目遣いに見て来る。

綺麗系なだけに、この視線にはドキッとさせられてしまった。

「なんか……慣れないナンパされてる気分なんですけど」

言われてしまった。確かに、そういうことはしなれてないです。


これも恋のはじまり?

「じゃあ、モテないもん同士ってことで愚痴る?」

「え?りせさんはモテルでしょ?」

「ないない。こんなヘンなの、解るもの」

そうか……そうなんだ。

こんなに綺麗なのに、避けられる。

確かにメチャクチャ美人とか、可愛いとかじゃないんだけど、スタイルも良いし、綺麗系の顔立ちなんだ。髪型とかでも、年齢相応に御洒落してる。絶対にモテないタイプじゃない。それでも、避けられてきた。

りせさんが、こんなに帰ろうとする理由がわかってしまった。

「とにかく!ボクは、今帰られるほうが落ち込むからっ。

だから、居てくれないと困る。あの契約も取り消して!」

「あー……ねーさんが困ったわけも解るよ」

ちょっと怒った感じだけど、笑いながら靴を脱いであがりなおしてくれてホッとした。

「契約って、するのは簡単だけど……取り消しはキャンセル料とられるんだよ。

あんまり意味ないけど、それでも取り消す?」

「だって、このままじゃあ……りせさんの力が減ってしまう。

今まで、そこまで強かったのに弱くなったら危ないことくらい解る」

「なんで、そういうことだけ解るかなー」

溜息混じりに呟くけど、りせさんは笑っている。

「うーんと、お酒はないだろうからできるだけ綺麗な器に水を入れて」

言われて、慌てて普段は使わない何処かの景品で貰ったグラスを洗って水を入れる

「ありがと。またヘンなことするけど、いい?」

「どーぞ」

りせさんの場合、次に何をするのか見てて楽しいから気にしなくていいんだけどな。

― 集われし、我に助力していただきせし方々、新たなる契約を望みて、これなる清水を差し出す。我の願い聞き入れたもうならば、それぞれの場所にお帰りください ―

「いいんだよ。私、一人で頑張ることにした。皆々さま、本当にありがとう」

言葉使いが相手によりけりなんだなーとすごく解る。それだけ色々な付き合い方をする相手がいるということなのだろう。相手は生きていないのに親しそうに会話をするんだ。

「あんな水道水でいいの?」

「ん?あれに私の霊力入ってるんだから力だけ持って帰るんだよ?」

なんということなさるのっ!

解っていたら、もっと小さいコップ探すのに!

「ああ、グラスの大きさは関係ないから気にしないで。

入れないといけない量は決まっているから」

「そうなの?」

「まぁ、どの世界でも相場があるということです」

そういうことを知ってる事実が、りせさんの常識なんだな。

「大丈夫?力が減ったなら、困るんじゃあ」

「いいの。アタシの判断ミス」

話してても、時々 視線だけを移動させて指輪を「カチッ」と鳴らす。

窓の外で、血飛沫が視える。

本当に、一人で戦えるんだ……。

「第一高って、どこだっけ?」

あまりに見慣れない制服だから、聞いておこうと思っただけなんだけど……りせさんは、ちょっと困った顔をする。ボクに知られるのはイヤなのかな?

「隣の県だから」

ああ、そりゃ、知らないはず……って!

「タクシーで来たんだよね?」

「だから言ったでしょ?映像みせられて、携帯で駅の名前から検索して

とにかく駅前まで行ったらアイクチちゃんがいたから会えて良かったよ」

そりゃあ、今月ピンチどころか……よく手持ちがあったなー。

「あの……帰りは……」

「んー。帰れるかな?」

「あの、少しくらいなら……そのタクシー代金……」

言うと、笑って手を振る。

「違う。違う。お金なら、カードを持ってるよ。親の名義だけど。

ただ、ねーさんが今日は此処に帰って来れないみたいだから」

「はい?」

ボクは思わぬ言葉に、りせさんを見つめてしまう。

可愛い笑顔で、なんか恐ろしいこと言いませんでしたか?

「だから、ねーさん……ユキくんに聞こえないように話してくれているんだよ。

ユキくん、怖がるじゃない。で、内容が複雑な事情なんだ。

ねーさんは、別の場所で戦闘してるの。さらにアタシも霊力を無駄な消費した」

えーと、それって。

「つまりピンチなのでは?」

「うん?一日や、二日で尽きることないよ?アタシの力。

ただ、ねーさんが”いつになったら来れるのか”が解らない。

アタシの霊力は問題ないけど、アタシの生活がヤバイ」

そりゃあ、普通の女子高校生なんだしね。うん。

「どうしたら?」

「うーん、これは家出少女になる前に親に連絡入れるか」

ちょっと待ってくださいよ?親に……?

「あのぉ」

「うん、気になるのは解ってるから 夜には外に居る。

慣れているから心配しないで?」

慣れてるとかじゃないと思う。

「できるわけないじゃん」

「うーん。でもぉ」

「たしかにりせさんは、綺麗だけど戦闘体制なんでしょ?

そこまで、馬鹿じゃないつもり」

なんだか疲れた目で見られているけど、そんなマズイこと言ったのかな?

いくら綺麗な女の子が部屋に泊まってくれていても周りが幽霊だらけじゃボクは何もしない。いや、幽霊がいなくても女の子に何か出来るほどの根性は無い。

「アタシ、変わってるとか言われなれてるけど、綺麗は無いと思うよ」

「え?綺麗じゃん。そういう嘘いえないの解ってるでしょ?」

「解ってるからユキくんはヘンなのかなー?と思った」

なんとなく、お互い様なんだと気付いてしまった。

「とにかく!りせさんには、これ以上の迷惑はかけられないし。

あの巫女姿の美人さんが来られないならボクなりに頑張るからさ」

「素質が無いのに、急にどうこうはできないよ。

ねーさんなら、何とか出来るんだろうけど

霊力を使いこなせるか、どうかなんて、走るのが得意かどうかの差でしかない。

地区大会の補欠がやっとの人をオリンピック選手にするのは難しい」

言いながらも、左右の指輪を『カチッ』と音を鳴らして合わせる。

窓の外では、まだ騒ぎが続いているのだ。

「さらに詳しく言うなら、霊力の上限なんて人それぞれなんだ。

たとえば、満タンがバケツ一杯の人と、タンクローリーのタンク満タンとでは使いこなせても、できる範囲に差が出るのは当然でしょう?」

つまり、やっぱりボクは守られることに徹するしか無いらしい。何度目かの自覚は虚しいし、情けないけど……認めるしかないよね。

「ちなみに、りせさんはどのくらい?」

「うーん……。例えるのが難しいけど。

たとえば普通の視えない人はコレくらい」

そういって前に置いたのは、ボクがさっき使ったコーヒーフレッシュの容器だ。

「ユキくんは、そうだね。その湯のみくらいかな?」

うん、解りやすい。

「アタシは、正直な話わかんない。満タンならないから。

ただ、通常は精一杯かきあつめてから戦闘に入るから……

まぁ五十メートルプール一杯くらいはあると思うんだけどなぁ?

本当は、もっと集められるならいいんだけどなぁ」

すっごく普通に言ってくださるけどっ

なんなんですか?

その差!

「ほらね、アタシってヘンじゃない?

自覚はしてるからいいの。

嫌がられるのは正直なところ避けたいと思うわけ。

だからイヤじゃないって言ってくれたユキくんの言葉は本当に嬉しいし、感謝してるのですよ、うん」

綺麗な髪形をクシャと掻きながら照れたように笑う。

ヘラっとした笑い顔なのに妙に可愛い。それが急に真顔になったと思ったら、指輪が鳴っている。

ボクと雑談しながら戦闘する女の子。

今日もみてしまった、あの首のことを思い出す。

ああいうのが大量に来ているから、こうして傍に居てくれる。見た目は普通の女の子なのになぁ……

「アイクチちゃん、一区切りついた気がするんだけど……」

『はい、しばしの間があります。

りせ様だけではないと、背後に関わる方々が動いたことで、かなり数を揃えなおすようです』

「うわぁ……アタシ、体力補給しないと無理!

ユキくん、ごめん……何か食べるもの買ってくる」

慌てて立ち上がろうとするりせさんに戸惑う。

「食べるもの?」

「体力が落ちたら戦えないの。

ほら、ねーさんと違ってアタシ生きてるもん」

それは言われなくても解ります。

「あのぉ……簡単なもので良かったら作るよ?」

「ユキくん、自炊?」

自炊というか……離れて住んでいる両親は『仕送り』を現物で送ってくることが度々あるのだ。米だとか、野菜だとか……母親に言わせれば、ボクなんかに現金管理は出来ないはず!という理由だけで家賃などの振り込みも親がやってくれてる。

食費などは僅かしかくれなくって、これでは自炊も仕方がない。

「じゃあ、お言葉に甘えていいかな?

その間に体力を少しでも戻すから……」

「こんなことで役に立てるなら!」

そう、この程度で役に立てるならボクにしたら嬉しい。

女の子に手料理というのは少しフクザツだけど……事情が事情だしね。古い小さな台所で有り合せの材料でチャーハン風の物体を作って皿に盛る。

うーん。女の子には多いかな?

でも、戦闘前だし、体力補給だし……なんて考えながら背後を見れば床に倒れる姿があった。

「りせさん!」

「ん……んん?」

焦って大きな声で呼びかけたら、のそりと起き上がる。

「あ……そっか……ユキくんは説明したいといけないタチなんだった」

寝起きのボンヤリした顔が可愛い。

クシャクシャと髪をかき上げながら欠伸をかみ殺している。

「体力を戻すので、食事と睡眠が必須……ということは理解してもらえる?」

それは、まぁ、普通の女の子なんだから当然といえば当然だ。

イキナリやってきた同じ年の男子の部屋で寝転んでいるから驚いたんだ。まさか眠いから寝るなんていう普通の状態だとは思わないじゃないか。



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