目次
この物語のあらすじ・登場人物など
この世界について
種族について
能力について
組織について
主要登場人物
あらすじ
イントロ: ヴァーチュズ
イントロ: ヴァーチュズ - 1
2
3
第一章 破壊
一、渋谷  七月二十五日 午後十時零分
二、事実
三、兵器・犯人
四、榎本修一 藤沢 七月二十五日 午後九時五十五分
五、ミシェル チューリッヒ 七月二十五日 午後一時五十分
六、ミシェル チューリッヒ 七月二十五日 午後一時五十八分
第二章 余波
七、ミシェル チューリッヒ 七月二十五日 午後二時七分
八、IAA東京支部 飯田橋 七月二十五日 午後十時二分
九、ダン・ヘイデン ワシントンDC 七月二十五日 午前八時二十七分
第三章 出動
十、ヌジャ 横田基地 七月二十五日 午後十時四十七分
十一、ヌジャ 新宿 七月二十五日 午後十一時十二分
十二、田中・村上 新宿 七月二十五日 午後十一時七分
十三、ヌジャ 新宿 七月二十五日 午後十一時十二分
十四、ヌジャ・田中 新宿 七月二十五日 午後十一時十七分
十五、ヌジャ 飯田橋 七月二十五日 午後十一時半
十六、ヌジャ隊 飯田橋 七月二十五日 午後十一時三十五分
十七、高原 飯田橋 七月二十五日 午後十一時五十七分
十八、ヴァーチュズアソシエーション ― デーモン 
第四章 サタン
十九、レナ タヒチ 七月二十五日 午前三時七分
二十、ヒロト・レナ 藤沢 七月二十五日 午後十時七分
二十一、IAA緊急会議 日本 七月二十六日 午前零時十五分 ― チューリッヒ 七月二十五日 午後四時十五分
二十二、菅野 護国寺 七月二十六日 午前零時十一分
二十三、菅野 飯田橋 七月二十六日 午前零時四十分
二十四、菅野・高原 飯田橋 七月二十六日 午前零時四十分
二十五、高原・桧垣 飯田橋 七月二十六日 午前零時五十九分
二十六、チューリッヒ 七月二十五日 午後五時二十五分
二十七、ヴァーチュズ・菅野 入谷 七月二十六日 午前一時二十七分
二十八、ミシェル チューリッヒ 七月二十五日 午後五時四十五分
二十九、ヌジャ隊 入谷 七月二十六日 午前一時四十一分
三十、CS、オーラ、結界
三十一、菅野 入谷 七月二十六日 午前二時四十分
三十二、菅野・ボルツマン 入谷 七月二十六日 午前二時五十五分
第五章 湘南平
三十三、日本 七月二十六日 午前 / パリ 七月二十五日 午後八時四十五分
三十四、菅野・ヌジャ隊 辻堂 七月二十六日 午前八時五分
三十五、菅野・ボルツマン 七月二十六日 午後一時三十三分
三十六、高原 飯田橋 七月二十六日 午後一時七分
三十七、菅野・ヌジャ隊 辻堂 七月二十六日 午後二時
三十八、廣本・ダン ワシントンDC  七月二十五日 午後十一時半
三十九、ヒロト・石・オーラ 七月二十六日 午後二時十八分
四十、レナ 赤子・サタン・夢 七月二十六日 午後二時十八分
四十一、高原 湾岸線 七月二十六日 午後二時十二分
四十二、修一・瞳 藤沢 七月二十六日 午後三時四十四分
四十三、ヌジャ 湘南平 七月二十六日 午後三時半
四十四、ヒロト 藤沢 七月二十六日 午後二時三十九分
四十五、高原 横浜 七月二十六日 午後四時五十四分
第六章 祝祭
四十六、湘南平 七月二十六日 午後五時半
四十七、ヌジャ・ミサキ 湘南平 七月二十六日 午後五時三十二分
四十八、レナ・ヒロト 湘南平 七月二十六日 午後五時三十五分
四十九、高原 湘南平 七月二十六日 午後六時二分
五十、湘南平 七月二十六日 午後六時七分
五十一、菅野 辻堂 七月二十六日 午後五時五十五分
五十二、藤井・エメ 日本 七月二十六日 午後六時十五分 ― チューリッヒ 七月二十六日
五十三、ミシェル チューリッヒ 七月二十六日 午前十時二十分
五十四、ミサキ 湘南平 七月二十六日 午後五時四十九分
第七章 連鎖
五十五、菅野 入谷 七月二十六日 午後八時二十二分
五十六、高原 湘南平 七月二十六日 午後六時四十七分
五十七、修一 藤沢 七月二十六日 午後七時五十五分
五十八、ミサキ 大磯 七月二十六日 午後六時七分
五十九、田中 飯田橋 七月二十六日 午後九時十四分
六十、ヒロト 藤沢 七月二十六日 午後八時二十分
六十一、菅野 入谷 七月二十六日 午後十時四十四分
六十二、ミサキ 辻堂 七月二十六日 午後九時十六分
六十三、ミシェル チューリッヒ 七月二十六日 午後一時五十三分
六十四、高原 市ヶ谷 七月二十六日 午後七時三十一分
六十五、桧垣・菅野 入谷 七月二十六日 午後十一時二十五分
六十六、田中・村上 飯田橋 七月二十六日 午後九時十九分
六十七、ヒロト・レナ 藤沢 七月二十六日 午後九時三十五分
六十八、ミサキ 辻堂 七月二十六日 午後九時五十六分
第八章 はじまり
六十九、ミサキ・菅野 入谷 七月二十六日 午後十一時五十七分
七十、田中・村上 入谷 七月二十六日 午後十一時二十六分
七十一、ダン・ベイツ・廣本 ワシントンDC 七月二十六日 午前六時十八分
七十二、ミシェル チューリッヒ 七月二十六日 午後三時三十六分
七十三、高原・藤井 飯田橋 七月二十六日 午後十一時五十三分
七十四、ミサキ・キム 入谷 七月二十七日 午前零時
七十五、修一 藤沢 七月二十七日 午前零時十八分
七十六、ヒロト・レナ 藤沢 七月二十六日 午後十一時三十九分
七十七、田中・村上 入谷 七月二十七日 午前零時一分
七十八、ミサキ・キム 入谷 七月二十七日 午前零時一分
七十九、高原・藤井 飯田橋 七月二十七日 午前零時一分
八十、ミサキ 入谷 七月二十七日 午前零時二分
八十一、田中・村上・キム 上野 七月二十七日 午前零時二分
八十二、キム・田中・村上 上野 七月二十七日 午前零時四分
八十三、菅野 入谷 七月二十七日 午前零時十二分
八十四、田中・村上・ミサキ 上野 七月二十七日 午前零時十一分
八十五、ヒロト 藤沢 七月二十七日 午前零時半
八十六、田中・ミサキ 錦糸町 七月二十七日 午前一時五分
八十七、菅野・エインズワース 入谷 七月二十七日 午前一時五十五分
アウトロ: 七月二十七日 午前四時五分
七月二十七日 午前四時五分
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主要登場人物

  • ヒロト: ♂ サタンの一人。絶世の美男子。首都圏同時爆破テロの実行者。
  • レナ: ♀ サタンの一人。絶世の美女。
  • ヌジャ: ♂ ヴァーチュズ。階級は少佐。
  • ホーマー: ♂ ヴァーチュズ。ヌジャ隊のサブリーダー。フロントマン。
  • エリカ: ♀ ヴァーチュズ。爆弾、トラップの専門家。
  • シンゴ: ♂ ヴァーチュズ。狙撃手。
  • ミサキ: ♀ ヴァーチュズ。ヌジャ隊の新入り。
  • 高原: ♂ 主天使。IAA東京支部の副支部長
  • 藤井: ♂ 能天使。
  • 羽賀: ♀ 権天使。
  • 広瀬: ♀ 権天使。
  • 田中: ♂ 大天使。
  • 村上: ♂ ヒュプノ能力者。
  • 鳥居: ♂ プレコグ能力者。
  • ミシェル: ♀ セカンドサイト能力者。
  • ダン: ♂ 座天使。米国国防長官。
  • ベイツ: ♂ 権天使。少佐。
  • エメ: ♀ 主天使。IAAチューリッヒ支部の副支部長
  • ソギル: ♂ 座天使。IAAチューリッヒ支部の支部長
  • ルイーズ: ♀ プレコグ能力者。
  • ユーニス: ♂ 旧人。精神科医。
  • アリ・フセイン: ♂ 旧人。
  • 菅野: ♂ 主天使。VA極東大将。
  • ボルツマン: ♂ 能天使。VAドイツ中将。
  • 廣本常次: ♂ 日本国総理大臣
  • 室井: ♂ サイコメトリー能力者。
  • 坂下: ♂ テレパス能力者。
  • 井上: ♂ サイコメトリー能力者。

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あらすじ

 イラク戦争終結から四ヶ月後、何の前触れもなく日本の首都圏が爆撃された。
 死者は二万人を越え、政治、経済、日常生活のインフラが一瞬にして機能不全に陥る。
 犯行声明などはなく、犯人とその意図は不明だったが、実行犯ヒロトはその姿を藤沢市の中学生榎本修一とIAAチューリッヒ支部のセカンドサイト能力者ミシェルに目撃されていた。ミシェルはヒロトが伝説のサタンだと気づき、天使界の最高議会であるアルシングにもその情報が伝えられる。
 一方、横田基地からヌジャ少佐率いるヴァーチュズ隊が天使の命にしたがって米軍から離脱し、IAA東京支部へと向かう。が、功を焦るVA極東大将の菅野が東京支部に現れ、独断でヌジャ隊を自身の拠点へと移動させる。
  翌日、チューリッヒ支部によってサタンが神奈川県の湘南平に現れると予知され、菅野は協力者のボルツマンからそれを知らされる。菅野は無謀にもサタン捕獲という殊勲をたてるためヌジャ隊と共に湘南平に向かうが、作戦会議で敵は通常の標的であるデーモンだと偽る。同じ頃、高原たちもサタンの情報を収集し、無駄な犠牲を防ぐために飯田橋を出発する。
 だが、高原たちは間に合わず、ヒロトとその恋人であるレナはヌジャ隊が待ち受ける湘南平に現れ、サタンとヴァーチュズの絶望的な戦いが始まってしまう。

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イントロ: ヴァーチュズ - 1

 二十一世紀初頭、米国がイラクに侵攻、イラク戦争が勃発した。
 当初、戦争は際限なく拡大し、諸大国間の緊張を高め、周辺地域にも飛び火するかに見えた。が、勝敗は宣戦布告から七十二時間というまれにみる速さで決し、第四十三代アメリカ合衆国大統領コンラッド・エヴァンスによって勝利が宣言され、占領が完了した。つまり二十一世紀最初の戦争はあまりにもあっけなく終結し、他の諸大国、あるいは周辺諸国家間の緊張も速やかに解消した。そして中東の状況は戦後処理の利権を巡ったいざこざが発生する、いわば平時と変わらないものへと収束し、再度の戦争、あるいは三度目の世界大戦という、多くの人々が脳裏に描いていた最悪のシナリオは回避された。
 一方で、どう考えても早すぎる決着、あっけない前イラク大統領ハキームの拘束、そして拍子抜けするほど迅速に行われた軍部の掌握などがどのように達成されたのかという疑問を持つ人々もいた。それは例えば、各国の軍部官僚やタカ派の政治家、あるいは軍事アナリストからアマチュアの軍事マニア、さらには国際関係を専門とする記者、そして政治や国家について語るのを喜びとするブロガーや軍事シミュレーションゲームのマニアたちなどだった。このようにさまざまな人々によってこの戦争の経過についての情報がTVや雑誌やインターネットに流され、コピーされ、改変され、議論を巻き起こした。ここでそれらの議論すべてを取り上げるわけにはいかないが、まとめれば次のようになる。
 まず少し広い視野での議論から紹介するが、最も多かったのは戦争勃発に至るまでの十数年に及ぶ厳しい経済制裁によって、イラクは軍のみならず経済も文化も何もかもが疲弊しきり、虫の息になっていたことを挙げるものである。その次に二国間の圧倒的な軍事力の差を生み出した技術力とそれを支える経済力の差に根本原因を求める立場が続く。さらに中東のみならずロシアや中国といった諸大国の協力をも取り付けた米国の外交力を主因としてあげる者もいる。ただしこれらはどれも、ごく大雑把に言えば、「国力の差」という言葉で表せることでもあり、特にこれといって意外なものでもない。
 逆にもっとミクロな視点、あるいは戦術的な視点からの意見としては、戦争前の情報戦による勝利であるとするものが最もメジャーだった。これは具体的には、個体認識が可能なほどの超高精度偵察衛星に代表される技術力、そしてそこから帰結する情報収集能力の差によるとする考えである。これにGPS誘導弾やレーザー誘導弾などの新兵器と無人偵察機などのハイテク兵器を絡めた新たな戦術を駆使し、空爆によって早期にイラク軍の指揮系統を破壊したことによるとするものが続く。これは要するに純粋な意味での軍事力の差が決定的だったとするものである。さらには戦争前に既に米国のスパイが侵入し、あらかたの破壊工作が済んでいたとする意見があり、最後に、どの意見よりも陰謀論的に、イラクの軍部が戦争前に既に寝返っていて開戦と同時にクーデターを起こした、というものまであった。
 これらの考察は最後のものを除けば、ある程度の真実を含んでいる。むしろすべてが合わさって今回の結果を導いたとも言える。だが一つ、それがなければこのような例を見ない短期間での占領完了までには至らなかった、と言えるだけの決定的な戦術的要因が欠けている。
 では、十分に防衛体制が敷かれたイラクの主要都市を陥落させ、アメリカへの憎しみで団結し、士気も高く戦争慣れしていた軍隊をたった四十八時間で壊滅させ、さらには開戦の数年前から非常時に備えて準備していた極秘の避難先へと逃れたハキームを一日で見つけ出すことができた理由は何だったのか? また長年の統治体制が崩れたにもかかわらず、さまざまな勢力による内戦状態といったベトナム戦争のような最悪のシナリオには至らず、粛々と占領を完了させられたのはなぜだったのか? その決定的な要因が、事前の情報戦でも超高精度偵察衛星でもなく、あるいは新兵器や新戦術やスパイやクーデターでもないとしたらそれは一体何なのか? 
 それは「力天使(ヴァーチユズ)」部隊、米軍最高幹部内での通称「TOV」が最前線に投入され、危険の芽をことごとく摘んでいたからである。


 ここで「ヴァーチュズ」とは何なのかという疑問に答える前に、この時点でヴァーチュズについて知っているのはごく少数の例外的な立場の者しかいなかったという事実を指摘しておく。だからこそ、アル・ナジャフのアリ・フセイン・サディールと米軍に同行した精神科医でイラク移民二世のユーニス・アクラムはヴァーチュズの情報、すなわちユーニスによるアリへのインタビューを後世に伝えたことで歴史に残る存在となると言える。以下にそのインタビューを紹介するが、その前にユーニスについて少し書いておこう。
 ユーニスは当初、アリの状態を戦闘あるいは殺人の目撃による精神的ショックに起因した譫(せん)妄(もう)状態と診断した。だがアル・ナジャフの状況、特に敵の損害についてのレポートを入手した後、彼はアリの訴えていたことが事実かもしれないという疑いを持つようになる。そして帰国後、アリを主要なケースとして、自身の診断への疑問を残した形の論文を執筆し、アメリカ精神医学会に発表しようとした。だが論文には、譫妄状態という診断に疑いの余地はなく、ユーニスが呈した疑問は修正されるべきというコメント、あるいは端的に言えば掲載の条件がつけられた上で返却された。
 それは逆にユーニスの疑問を確信に変えてしまったが、そのことを自身のブログに書いた二週間後、彼は研究者として勤務していたニューイングランドのとある大学を追われる。ユーニスは二、三年後には終身在職権*を取得するとみなされていたほどに有能な研究者であったにもかかわらず、である。
 さらにそれに追い討ちをかけるように、ユーニスは二、三度言葉を交わしただけの司書に身に覚えのないセクハラ疑惑で告訴され、婚約者に去られてしまうという悲劇に見舞われる。その司書は裁判開始から一週間後に行方不明となり、訴訟自体が取り消しとなったが。
 以上がイラク戦争後にユーニスの身に起ったことである。現在彼は両親が暮らすカリフォルニア州に戻り、とある病院に鬱病の治療に通いつつ、社会復帰への道を探っている。


* 終身在職権(テニュア、Tenure)とは、教員の自由な教育研究活動を保障するため、心身に障害を負い、教育研究活動の継続が不可能になった場合を除いて、終身(定年まで)、当該大学の教員としての身分を保障するもの。

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2

 前置きが長くなったが、以下がユーニスの論文の付録として掲載されたアリへのインタビューである。ここに転載するにあたって、互いの自己紹介等については省略したが、それ以外に手を加えた部分はない。またユーニスはアラビア語が堪能だったため、両者のコミュニケーションに問題はないという前書きがあった。さらにインタビューが行われた場所はアル・ナジャフ郊外に米軍が設置した簡易テントであり、名称不明の軍曹が一名、付き添っていたと注にある(文中のAはアリを、Yはユーニスを、そして括弧はユーニスによる状況の補足を示している)。
 
アリ、あなたは、お前らは化け物を使ったな、お前らのせいで頭がおかしくなりそうだ、化け物を使ったことを認めろ、さもないと天罰が下るぞ! と何度か叫んでいたようですが、これは事実ですか?
そうだ。
化け物とはどういう意味ですか?
どういう意味も何も、そのままの意味さ。裏切り者には通じないのか?
私は裏切り者じゃない、米国で生まれ育った米国人なんです。でもイラクは両親の故郷だからこうして軍の精神科医としてこの国に来たんです。米兵だけじゃなく、あなたたちも助けたいから。
ふん。
(Yの小さなため息)
話を戻しますが、あなたが見たものについて教えてください。
だから化け物を見たんだと言ってるだろう?
Y ではその化け物について具体的に教えてくれませんか? 例えばどんな服装でどんな武器を持っていたとか。
服や武器は米兵と一緒だよ、あんたと同じその憎たらしい服を着ていたよ。
ではどこが化け物だったんですか?
見た目ではわからないな。
では、なぜあなたにわかったんですか?
どう考えても人間じゃできないことをやったからだ。
それは具体的にどういう?
(Aが二十秒ほど沈黙)
じゃあ初めから話すが、奴らは最初、かなり遠く、多分三、四百メートルくらい離れたところにジープを止めた。つまり街の外にだ。五人乗っていた。そしたら銃撃が始まった。もちろんこっちの奴らからさ、家の上から狙撃するんだ。でもすぐに止んだよ、その距離で当てられる奴はいなかったんだろう。俺は振り返って子供たちを見た。すぐにひどい戦いになる気がしたし、あいつらが全員いるか確認したかったからだ。それからもう一度外を見たんだ、チラッとね、そしたらもうやつらはそこにはいなかった。つまりジープは空だったんだ。後ろに隠れたのかもしれないと思って目を凝らしたんだが、そしたら右目の端で何かが動くのが見えた。そっちを見ると通りを挟んだ向かい側の、あれはオマールの家だ、その屋根の上で銃を構えて寝そべっていた兵士の後ろに米兵が立っているんだ。それで俺は頭を引っ込めた。
ごめんなさい、つまりどういう意味なんでしょう?
だから言ったとおりだって、あいつらは三百メートル以上は離れていたはずなのに、ちょっと目を離したら家の目の前の屋根にいたんだ。
見間違いでは? 既に潜入していた米兵が現れただけじゃないんですか?
俺もそう思ったよ、初めは。俺もあんたのように考えてこの街はもう包囲されてるって思ったんだ。それで左側の窓から周りを覗こうとした。そしたらハサン・アッバスの家の屋根にさっき見た男が立っているのに気づいたんだ。
それはつまりどういう意味?
(Aが少しいらだったように机をコツコツ叩く)
どういう意味かって? あんた耳が悪いのか? その男は俺がもう一つの窓に移動する間にオマールの家からハサンの家の屋根に飛び移ったってことだ。
人違いだったのでは?
いやそれはない。俺は目はいいし、それにあいつはヘルメットをしていなかったから顔も覚えているんだ。中国人みたいに頬骨が尖っていて目が細くて、顔が傷だらけで、それに随分年寄りに見えた。そうだな、五十は超えているように見えた。そんな奴が米兵にそうそういるか? それだけじゃない、そいつは俺より少し背が高くてだいたい百八十五センチくらいに見えたけど、横幅が俺の二倍はあるように見えた。太ってるんじゃなくて筋肉で。そんな奴を見間違えるか?
あなたが窓から窓に移るのに、どれくらい時間がかかったんですか? 思ってたよりかかってたんじゃないかな? 
(Aが大げさにため息をつく)
なあ窓の距離ってどれ位だと思う? たった二メートルだ。どんなにゆっくり歩いたって五秒もかからない。だけどオマールの家からハサンの家まで少なく見積もっても二十メートルはある。しかも通りで隔たってる。わかるか? 通りがあるから一度屋根から降りないと絶対に行けない。もしすごいジャンプ力で飛び超えて移ったとしても、そんなことしてたら目立つからとっくに戦闘がはじまってる。だって屋根の上にはこっちの兵が何人もいたはずなんだから、だからもし上手く渡っていけても五秒だって無理だ。少なくとも俺が見たときにはすでにいたんだから。絶対に五秒以下だ。いやほんとは二秒もなかったはずだ。だからどう考えてもありえないんだよ。あんた俺の頭がおかしいって思ってるだろ?
いや、おかしいとは思っていない。納得はできないですが。
俺だってそうだ。だけどもしそれだけの事なら、こんなところに来ないよ。
というと?
もしそれだけのことなら俺も動転してたから、きっとあんたの言うとおり五秒とかじゃなくてもっと時間が掛かっていたんだと考えるだろう。それか別のアジア系の兵士だったのかもしれないって考えたと思う。当然あんたたちにこんな話はしなかっただろうし、誰にも言いやしない。だってこいつおかしくなったって思われるだろう? そんなの嫌だから、忘れてしまうよ。それがもし、それだけのことならな。
ということは、他にも何かあると?
(Aが唸り何か言うが聞き取れない。それからまた三十秒ほど沈黙)
あんた、手品好きか?
手品?
そう手品というかサーカスでもいいな、ほら、ナイフ投げってあるだろう? あれってぐるぐる回ってる人に投げて脇の下とか股の間に命中させるよな。
ええ確かに。でも何でそんなことを?
(Aは口に手を当て九秒ほど黙りこむ)
俺が見たものはそういうのに近いんだ。
どういうことですか?
そいつはさ、ナイフを自分の目の前に放り投げたんだ。
投げた? 敵に?
そうじゃなくて自分の前にぽんと、まるでテーブルの上にでも放るように投げたんだ。それもな、一本じゃない、五本か六本のナイフを、次々にだ。
つまり、次々に数本のナイフを敵に投げつけたと?
(Aは少し声を荒げる)
そうじゃないんだ、そんなことは言ってない。ちゃんと聞いてくれよ。言葉どおりなんだ。つまりあいつは五本か六本、多分五本だ、とにかくそれくらいのナイフを空中に投げたんだ。そしてナイフが男の体の周りに浮かんでいるんだ。
ありえない。
ああ、ありえないよ。だがそれだけじゃない。そのナイフはな、真昼間なのに青白く光るんだ。
ナイフが?
ああ、自分でも言ってておかしいと思う。だけど青白く光っていた。全部が。
それは手品ですね、確かに。
だけどな、ほんとの手品はそれからなんだ。
まだあるんですか?
そのナイフは男が腕を振ったのと同時にいろんな方向に飛んで行ったんだ。
どこへ?
イラク軍の奴らに向かってだ。
信じられない。
俺だって今でも信じられない。けど俺は一本のナイフが向かった方を見た。なぜって家の一階に向かって飛んだ気がしたから。そうしたらイラク兵の首に突き刺さってた。そいつは家の庭にいたんだ。そいつが倒れて体が痙攣してた。俺はいつのまにか身を乗り出して見てた。目の前で人が殺されたのは初めてだったせいかな、目を離せなかった。するとナイフが勝手に首から抜け、あいつの手元に戻って行った。そのとき初めてあいつと目が合った。俺は殺されると思った。そしたらあいつはニッコリ微笑んで手で窓を閉めて家の中に戻るように合図したんだ。あいつは最初から気づいていたに違いない。俺がもし銃とか持っていたら、きっと殺されていたんだと思う。
そんなこと信じられない。
(Aは自分の頭を右手の人差し指で突付きながら)
ああ、俺も信じられない。今でも頭がおかしくなったんじゃないかって思ってるくらいだ。でもあいつが人間じゃないって考えると少しは納得行く。あれは化け物か超能力者か、とにかく普通の人間じゃないんだよ。そうじゃなきゃ俺の頭がおかしくなったとしか考えられない。だから頼むから本当のことを教えて欲しい。あれはお前の国が開発した化け物なのか? それとも俺が狂ったのか? どっちなんだ?

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3

 以上がユーニスによるアリへのインタビューである。
 念のために言っておくと、アリは決して狂ったわけでも幻覚を見たわけでもなく事実を語っている。ただヴァーチュズの資料としてはいささか不十分ではある。そこで次にユーニスが帰国後に入手した米軍の資料を簡単に紹介しよう。
 それによると、アル・ナジャフにヴァーチュズの一個小隊、計十五名が到着したのは午後二時、それから約二時間で掃討作戦は終了した。
 イラク側の死者は二千七百二十三名であり、民間人はいない。またこれは後述する特質によるが、一名の投降者さえもいなかった。つまり降伏した者もいなかった。
 次に死因だが、イラク兵の大半はナイフでのどを掻き切られるか、心臓を一突きされており、射殺されたのはわずかに百十二名のみであった。使用された銃器にはサイレンサーが装着されていたと見られ、犠牲者のほとんどが背後から頭部、つまり脳を破壊されており、したがって一発、多くても二発しか銃撃を受けていなかった。ここから使用された武器がマシンガンのような掃射型、対集団型の火器ではなく、拳銃などの対個人用のものだったと考えられる。言い換えると射殺された百十二名は拳銃によって至近距離から暗殺、あるいは処刑スタイルで殺害されていたことになる。これがアル・ナジャフで捕虜が発生しなかった理由でもある。
 さらに驚くべきはこの戦闘は地上戦であって、爆撃機やミサイルによる遠距離攻撃ではなかったにもかかわらず、ヴァーチュズ側の死者がゼロだったことだ。十五名の兵士がナイフあるいは拳銃で至近距離から攻撃したのに、彼らはただの一人も死亡しなかったのである。しかもイラク側の死者は二千七百名以上だから、そういった近接戦闘を一人頭百八十回近く繰り返したのにもかかわらず、である。これは犠牲者の八十パーセント以上は発砲すらせず、無警戒の状態で殺害されていたことと関係している。つまり犠牲者の大半はヴァーチュズに気づくことすらなかったか、あるいはその時には既に遅すぎたのだろう。
 最後になるが、イラク戦争にはヴァーチュズが三百五十名以上投入されたことが確認されている。またアル・ナジャフが決して辺鄙な村ではなく、人口五十万人クラスの中核的な都市であることを考えると、三百五十名のヴァーチュズはイラク一国の軍隊を壊滅しうるに十分な数と考えていいだろう。


 以上、ヴァーチュズと呼ばれる者たちがイラク戦争の短期決戦に多大な役割を演じていたことを見てきたのだが、これが彼らが歴史の表舞台に立った最初の瞬間でもある。そのため一般の人々がヴァーチュズについて知らず、彼らの戦力を考慮せずにイラク戦争について語ったとしても、その無知を責められる謂れはないが、世界にはこの事実を開戦前から知っていた者たちも少なからずいたということも付け加えておこう。
 それは米軍および米国政府中枢の人間だけではなく、ごく少数の他国政府高官や国際的な大企業の幹部なども含まれる。また、そのような特殊なエリートばかりでなく、一見普通の人として暮らしている者の中にも、ヴァーチュズのことを知っていた者もいた。そして彼らの間では開戦二週間ほど前から、興奮した様子でヴァーチュズの参戦が語られていたのである。
 これは言い換えると情報が流れる仕組みがあったということになる。またその情報はある特定のネットワークでのみ語られ、そこから外に出ることはなかったとも言える。ではなぜ右のような一部の人々にだけ情報が流れ、そこから外部へは流出しなかったのか。
 それはその人々が力天使、彼らが日常使う言葉では「魔人」、に慣れ親しんでいたからだった。そしてヴァーチュズについてはまだ伏せておくべきということもまた、彼ら「天使」と自称する者たちの間では暗黙の了解だった。
 ここで「天使」についても情報を提供する方が読者の皆さんにとって良いのかもしれないが、それには今までの十倍以上の分量が必要だし、それでさえ不十分なものになりかねない。そのため彼らについてはごく簡単にこう言っておこう。天使と力天使はどちらも単なる生物であり、人間である、と。あるいはこう言ってもいい。彼らはある方向に進化した人間だ、と。実際天使たちの大半は自らを新しい人間と捉え、我々のような普通の人間を「旧人」と呼んでいる。


 さて、予想外に長くなってしまったが、ここまではイラク戦争が短期間で終結したのはヴァーチュズの力によること、およびそれについて天使たちは知っていたこと、の二点について述べた。最後に物語に入る前の締めくくりとして、戦争後のことについて振り返っておこう。
 冒頭にも述べたが、戦争が異例の速さで終結した後、自らの経済的利益を求める周辺諸国家や経済大国、あるいはさまざまな企業の間で、今は平和である方がいいという暗黙の了解が交わされていた。
 その了解は各国政府や企業ばかりでなく、一般の人々にも行き渡った。人々は死者たちに祈りを捧げ、その犠牲を嘆き悲しみつつ、尊い屍の上に平和がまた近づきつつあることを感じ取っていた。あまりにも度々離れていってしまう平和の、明瞭ではないが確実な足音に歓喜し、今度こそ自分たちの元に長く留まってくれることを切望していた。つまりその時世界には平和が近づき、人々もそれを望み、受け入れようとしていた。
 だがそれは四ヶ月後、中東から遠く離れた日本で、ある事件が起きるまでのほんの束の間のことだった。
 それがこれから語られる物語のはじまりである。

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