目次
もくじ
もくじ
1.新しい文学の形と新しい文章
1.新しい文学の形と新しい文章
2.ライトノベルと識字率
2.ライトノベルと識字率
3.書評:『きらきらひかる』江國香織著
3.書評:『きらきらひかる』江國香織著
4.神とはヒトの口癖である (前編・後編)
4.神とはヒトの口癖である(前編)
4.神とはヒトの口癖である(後編)
5.再現とは、でっちあげること (全5章)
再現とは、でっちあげること (1)
再現とは、でっちあげること (2)
再現とは、でっちあげること (3)
再現とは、でっちあげること (4)
再現とは、でっちあげること (5)
6.ブリコラージュ状思考態って何ですか?
6.ブリコラージュ状思考態って何ですか?
7.「作家デビュー」
7.「作家デビュー」
8.なぜ、江國香織さんなのか?
8.なぜ、江國香織さんなのか?
9.小説か、エッセイか?
9.小説か、エッセイか?
10.書き手の孤独
10.書き手の孤独
11.江國香織さんと夏目漱石
11.江國香織さんと夏目漱石
12.読まなきゃあ、詠めない
12.読まなきゃあ、詠めない
13.短命に終わったブログの復元
13.短命に終わったブログの復元
奥付
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1.新しい文学の形と新しい文章

1.新しい文学の形と新しい文章

過去1年半くらいに私が経験したことについて、エッセイを書くつもりでした。ネット上で起きていることをめぐっての話です。

でも小説の執筆に専念すると公言したあとなので、書こうとしていたエッセイのために溜めこんでいたメモを断片的に連ねていくことにしました。

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◆新しい文学の形――小説投稿サイトやブログ小説について

小説家になろう 」というサイトがある。私が知ったのは去年の3月頃だった。グーグルで検索をしていて偶然に見つけた。

トップページの上部に小さめの文字で、

小説家になろうはオンライン小説、携帯小説を掲載している小説投稿サイトです。
小説掲載数108,224作品。登録者数136,649人。

 

とある。

 

アマチュアの小説や詩の書き手たちが、自分の作品を投稿し、互いに評価し合うというサイトだ。

このようなサイトが存在し、上記のようにたくさんの人たちがパソコン(携帯で参加している人もいる)で文章をつづり、それを公開していることに驚いた。

一番驚いたのは、小説を横書きで読むことに慣れた10万人を超えるユーザーがいるという事実だ。

ウェブ上のサイトは基本的に横書きだから、驚くべきことではないのかもしれない。

私自身が翻訳の仕事で使うのも、マイクロソフト社のワードの横書きだ。産業翻訳は横書きで納品するのが普通だ。

一方、文芸作品を出版翻訳する場合には、たいていは横書きで草稿を作り、最終的に縦書きに表示して、クライアントに送る。校正も縦書きで行う。実用書であれば、横書きが完成稿となる場合が多い。

いずれにせよ、小説や詩は、原則として縦書きだ。

それなのに、上記サイトを利用して10万人を超える人たちが横書きで小説や詩を読んでいる。それだけではない、ブログに小説や詩を書いている人たちがいるはずだ。その数は10万人どころではないだろう。

     *

「小説家になろう」の姉妹で「小説を読もう 」というサイトがある。

トップページの上部に小さめの文字で

小説を読もう! は数万作品の小説が無料で読めるオンライン小説サイト/ケータイ小説サイトです。

 

と書かれている。

同ページの右下にタテ書き小説ネットとあり、その文字をクリックすると、

タテ書き

というタイトル(「タテ書き小説ネット」とも呼ばれている)と、次のようながことが書いてあるサイトに行ける。

本格的な縦書きオンライン小説サイト。
オンライン小説を縦書き・ルビ対応(PDF形式)で提供しています。

簡単に説明すると、「小説家になろう」に投稿されたおびただしい数の作品が、縦書きで読めるのだが、その字面がとてもきれいなのに驚く。PDF形式でのルビがうまく処理されていて、ルビのある行とそうではない行とのスペースの差がない。あるとしても、ほとんどない。つまり、美しいのだ。

以前、私はある出版社から電子書籍を発行(出版)したことがあるが、その作品でのルビの施し方が実に汚かった。

なぜ、プロであるはずの出版社から出た有料の電子書籍が、無料で読め自由にダウンロードできるPDFに劣るのか? たぶん、その出版社の技術が相当低かったのに違いない。

     *

「小説家になろう」と併存している「タテ書き(タテ書き小説ネット)」で公開され、無料でダウンロードされている作品は、PCでしか読めないとはいえ、立派な電子書籍である。

     *

「小説家になろう」というサイトに参加して、知ったことがある。

ユーザーたちが互いに自分たちの作品の評価をし合うのはいいとして、そうした行為に過度に依存していると見受けられる人たちがいる。仲間同士の褒め合いに終始しているという意味だ。

この人は、このサイトに投稿されている小説や詩やエッセイだけを読んでいるのではないだろうか? いわゆるプロの作家の書いた文章を、浴びるくらいに読む時間を確保しているのか?

そんな疑問の対象となるユーザーがいる。しかも万単位でいる。

以上は、ブログに小説を投稿し、何らかのグループを作っている人たちにも、よく見られる傾向だ。

 

いわゆるプロの物書きで、しかも文章力のある作家の作品を浴びるように読まなければ、私たち凡人は、少なくとも出版社主催の文学賞に入選できないのではないか?

 

一部のユーザーにとっては、小説家になろうではなく、小説家にならないが、あのサイトの適切な呼称ではないか、というのが私見だ。


◆新しい文章

現在、この国では未だかつてないほどの規模で、文章が変化しつつあるように見受けられる。
具体的には、私が書いている、この文章を見ていただきたい。

冒頭の一字空けがなく、段落の意識が薄まり、あるいは消えて、数行のセンテンスが束ねられて、改行となる。
それが断章形式につづられるという形になっている。

こうした文章の書き方を、私がするようになったのは、インターネットの普及と、電子メールでのやり取りが当たり前になってきたのとシンクロナイズしていたように思われる。

現在では、ビジネス文書や私信でも、このような書き方が増えているのではないだろうか?

以上の現象は、時代の流れか、それとも言語の乱れか?

忘れてならないのは、改行や濁点や句読点が使われるようになったのは、日本語の長い歴史のなかでは、つい最近のことだという事実である。

言語を静的なものではなく、動的なものとして受け止める必要があるように思う。

また、漱石の当て字は、漱石固有のものではなかったことも大切な点だ。 つまり、表記はばらばらであったという意味である。

確かなのは、いわゆる「日本語」とは抽象的な語であるがゆえに、それをめぐる議論は「正確さ」ではなく、「声の大きさ」(力関係)で正否が決まるということだ。

     *

新聞の読者による投稿欄を読んでいると、数カ月ごとに、現在の言葉の乱れを批判する文章が載る。書いているのは高齢者であったり、中高生であったりする。

特に、話し言葉の乱れを嘆くものが多い。そういう投稿文では、「正しい vs. 正しくない」、「美しい vs. 美しくない」、「自然(当然)である vs. 自然(当然)ではない」、といった図式が、あたかも存在するように書かれている。

新しいものが出てくると、それを嘆いたり、非難したり、禁止する。これは、おそらく世界各地で過去から何度も起こって現在にいたる現象だと思われる。話し言葉や文章だけにとどまらない。服装、髪形、行儀作法、言動、冠婚葬祭など、多種多様なレベルで起きてきたようだ。

私はそうした現象を見聞きするたびに、 「ああ、またか。そんなことで目くじら立てても、時代は進む――」と思い、ため息をもらす。

実際、そうではなかっただろうか?

話を、文章やその書き方に絞ろう。

携帯やPCを用いてのメールやブログやツイッターでは、どのような文や表記が書かれているか? これは、みなさんが、ご承知の通りであろう。とはいえ、ITにはそれを利用できなかったり、その恩恵を受けられない弱者がいることを忘れてはならない。

いずれにせよ、ネット上では「ちゃんとした」「おとな」なら、腹を立てたり、顔をしかめたり、首をかしげるであろう、書き方が飛び交っている。

顔文字、絵文字がいい例だ(最近、私は絵文字を自分で作る高校生がいると知ってびっくりした)。

「私ヮ・私ゎ・私w」とか「~ですぅ」とか「あ”ー」とか「サプリメント」などの表記もそうだ。

また、故意の当て字や誤字脱字・誤記も忘れてはならない。

このように、「ちゃんとした」「おとな」たち(そんなのいるの?)の血圧を高める素材にネットは満ちあふれている。


また、改行・句読点・レイアウト・約物(やくもの)・不注意による誤字脱字など、校正・表記の基準が無視される。

私見を述べるなら、ちゃんとしたおとなたちや業界人たちや役所が、わめこうと、どなろうと、禁止しようとしても、新しい技術に並行して起こる、以上の多岐にわたる事態は避けられないだろう。

     *

 

電子書籍というものがある。言葉では知っているが、どんなものかは知らない人が多い。この国における電子書籍の普及は、現時点では勢いがそがれた格好になっている。

やがて認知度が高まり、いずれは社会が受け入れるようになるだとうと、私は期待している。

     *

電子書籍に関して、よく言われることを以下に箇条書きにしてみよう。

・書き手と読み手のあいだが限りなく狭まる。これは、出版界や印刷業界にとっては悪夢であるに違いない。死活問題だからだ。

・上述の「小説家になろう」的な文学の楽しみ方が増える。意地の悪い言い方をするなら、次のようになるだろう。書き手と読み手の双方が素人同士である形態の文学と市場が生まれる。つまり、校正者や編集者が行ってきた作業がなくなる。その結果、玉石混交状態となり、クオリティの低い作品が多数出回るようになる。

・書き言葉の乱れ・質の低下(悪く言えば)と、多様化・豊かさの向上(良く言えば)に拍車がかかる。ひいては、話し言葉にも変化をおよぼす。


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以上述べた、新しい文章と新しい文学の形について、もっと知りたい方のために電子書籍化されたエッセイを紹介いたします。私が書いたものです。

その電子書籍のタイトルは『空前の「純文学」ブーム』 で、パブーというサイトにて無料で読めます。


2011-05-02 記