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 毎日同じ電車に乗っていると話したことはないが知っているという人間が何人かできていく。その人の名前も年齢も仕事もわからないが、その体型やちょっとした癖、あるいは普段使っている香水や石鹸の匂い、それにその人が好んで読んでいる新聞や雑誌、漫画なども記憶に蓄えられていくし、その他にも服装の趣味なども何度も繰り返して目にするうちに覚えてしまう。そこからその人となりを推測する手がかりを得たりもできる。結局そういう、無名ではあるが不特定多数の人ではなく、一人の人としてその人がこの世の中にいることは知っている、というごくごく曖昧な知り合いが、電車やバスといった固定した時間と空間を使うことで出来上がるものだ。その知り合いは街ですれ違う人々よりはずっと身近で、普段、会社や学校で話す人間たちよりははるかに遠い存在となる。だからサラリーマンや学生のように同じ電車で通学・通勤する人には何人かのそういう知り合いがいるはずだ。そして僕にもそういう人が何人かいるが、その中でも印象深い男性が一人いる。
 僕が知り合いを作ったのは都営三田線のとある駅で七時四十六分から五十四分の間にある三本の電車の先頭車両でのことだ。それが僕の定位置で、寝坊して階段近くの車両に駆け込む時以外は必ず先頭の車両に乗る。理由は巣鴨でJRに乗り換えるのに便利だということと、先頭車両の一番前のドアから乗ると寄りかかれる壁があるのが気にいっているからでもある。
 僕が今書こうとしている男性ももちろんその時間帯の先頭車両に乗っていて、いつもドアと壁の角に体を押し込むようにして立っている。彼は若いサラリーマンで年は多分、二十代半ばといったところだろう。僕とほぼ同年代だ。ただし一見してその年だとするには少しばかり頭頂部が薄くなり始めている。だが目じりや口元には皺は刻まれておらず、年齢とともに訪れる頬や目の下のたるみもない。だから彼が二十代の半ばと推測してもそれほど間違っていないと僕は考えている。
 彼は度の強い丸いふち無しのメガネをかけ、そしていつも同じ柄の黄色のネクタイをしている。ごくたまに紺や灰色のネクタイをしていることもあるが、週に三回は黄色の同じネクタイで通している。もしかするとそのネクタイを何本か持っているのかもしれない。それから僕は彼がどこに勤めているのかは当然知らないが、勤め先が金曜はカジュアルフライデー制度をとっているのは間違いないと思っている。その日だけスーツを着ていないからだ。もっとも彼の服の趣味はかなりまずい。というのは一言で言うと、一昔前にオタクと呼ばれた人種のような格好をしているのだ。たとえば、今ではめったに見られないような古臭いジーンズ(もちろんビンテージ物のことではない)を穿き、元は何色だったのかわからないような薄汚れたスニーカーを履いている。そのジーンズに合わせて着ている上着のシャツはどれも無地の白か青や青とピンクのストライプのワイシャツで、冬にはそれにこげ茶色の皮ジャンを羽織っている(金曜以外にはスーツの上にもそれを羽織っている)。だから四季というより寒い季節と暖かい季節の二種類の服装ということになる。僕はこの二年間それ以外の格好をした彼を見たことはない。それから彼はがりがりと言っていいほど痩せこけている。そして電車に乗っている間、手にもったスポーツ新聞から顔を上げることもほとんどない。また時には彼の頭は薄く雪化粧されていることもある。つまりふけがたまっているということだ。だから、多分シャワーや風呂が嫌いなのだと思う。幸い体臭は薄いらしく臭いはしない。

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奥付



電車の知り合い

2001/11/25 脱稿
http://p.booklog.jp/book/25353


著者 : じのん
公式サイト:http://jinon.jp/
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/jinon/profile

表紙写真・デザイン: browneyes
http://www.flickr.com/photos/browneyes/


発行所 : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社paperboy&co.


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