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 板橋区のあるアパートに男が一人で住んでいた。彼は学生でもないのにここ二ヶ月間全く働かずにいたが、それは自分が何をやりたいのかわからなかったからだった。その間、何度も新聞や雑誌やネットの情報を調べ、待遇がよさそうなものに応募しようとしたが、どうしても電話をかけることができなかった。時間が経つとともに、貯金は確実にゼロに近づいていくし、大学を出て一人前の男と見られる年齢の今になって無職でいる自分に、北海道の実家で暮らす父や母から将来への心配や非難の声が聞えてくるようで、このまま何もせずにこの状態を続けるのは辛いと感じていたが、何をやりたいのか、自分がどんな能力を持っているのか、そのどちらもが曖昧なまま、仕事の内容ではなく給料とか勤務地とかだけで決めてしまうと、ただただ時間を無駄にして終わってしまうような気がして怖かった。そのせいで求人を調べてもどれがいいのか決められなかったのだ。とりあえず、その場しのぎでもいいから働くべきだと考えていたが、そういうつもりでやったとしても、一度やってしまうともう二度と動けないような気がして、どうしてもこれという会社を選ぶことができずにいた。そしてやりたい仕事が無いのだから仕方ない、と自分に言い聞かせ、すぐに見つかるさ、と言い聞かせつづけて気がつくと二ヶ月が経っていた。
 彼は子供のころから、父や母には普通に会社に就職して自分たちのような大人になりなさいと言われていたが、それは無理だと思っていた。なぜなら、彼は大学生のときにアルバイトをした先々で首にされ、自分は人の言う事を聞いて人が満足するように上手く働く能力は自分にはないのだということがよくわかっていたからだ。だから普通のサラリーマンになるのは無理だった。実際、二ヶ月前までの半年間、つまり八ヶ月前の三月から、ある会社で派遣社員として働いたが、毎日毎日が単調で辛くて嫌で耐えられなくなり、結局自分から辞めてしまったのだった。
 そのことは父や母にはまだ言ってなかったから、これからどうすればいいのか数少ない友人に相談してみると、彼らには会社員が嫌なら引越屋とか土木作業などの肉体労働なんかがいいんじゃないかと言われた。けれども彼の体は丈夫ではなかったし、体を動かすのも好きではなかったから、このアドバイスも実行しなかった。
 その次に、二年前に卒業した大学に行き、尊敬していた心理学の先生に相談してみると、社会科の教員免許を持っているんだから、小学校や中学校の教師になればいいんじゃないかと言われた。だが、彼は人前で上手く話す自信がなかったし、人に何かを教えるのは苦手だったし、また子供たちがどんな大人になるべきなのか良くわからなかったし、それに何より勉強は大嫌いだったから、教師になるのも無理だと思った。
 この男の名前はヨシモトといったが、ヨシモトは今年で二十六歳になってしまったので、今後新しい能力が見つかる気配は全然なかった。二十六ならまだまだ可能性はあると考えることもできるが、そもそもどうすれば自分が持っている能力を見つけられるのか全くわからなかったからどうしようもなかった。見つかりさえすれば一生懸命がんばって、誰よりもたくさん働くのに、何をやりたいのか分からず、何ができるのかもわからないから、そうなりそうもなかった。

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奥付



声/音

2001/12/6 脱稿
http://p.booklog.jp/book/25351


著者 : じのん
公式サイト:http://jinon.jp/
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/jinon/profile

表紙写真・デザイン: browneyes


発行所 : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社paperboy&co.


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