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いつのまにか体は冷え、呼吸も落ち着き、汗もひいていた。頭を上げると白い漆喰で塗られた壁の向こうに丈の低い樹の、頂上のシルエットが薄く浮き上がって見えるような気がした。血をべっとりと手のひらに浴びたから、目の前にぼんやりと浮き上がる壁にこすりつけて落とそうとしたが、壁に赤い血が付き、黒ずんだ跡となっても、まだ手には壁についていた砂や何かと混じった血の感触が残ったままだ。さっきまで他人のものだった小さな手鏡を取り出し、顔を見ようとしても、夜には昼の半分ほども目が利かないようで、鏡には顔の輪郭が曖昧に浮かぶだけだった。まったく見えないが頬や短い顎鬚や揉み上げのあたり、そして目のあたりにも血がついているかもしれない。それにここまで来る間に額から流れる汗を手で拭ったような気もする。すると自分のこの顔のいたるところに赤い血が付いているだろう。壁を乗り越えて外を歩いている途中で誰かに見られれば不審に思われ、面倒なことになりかねない。
仕方なく、昼に目にした水のたまった窪みで顔と手を洗っていくことにした。ただそれがどこにあるのかまったくわからない。今、自分がどのあたりに立っているのかわからないせいだ。この白い壁と自分の手についた赤い血は見える。いや、赤く見えるのじゃなく、薄く浮かび上がる手がどことなくくすんで見える。壁にこすり付けた手のひらは生暖かく、鉄錆のような匂いがする。そして薄い一枚の、乾ききって縦横にひび割れた自分のものではない膜を感じる。だからこの手には血がついている。その手を白い壁にこすりつけ、こすりつけた部分の白さがくすんでいる。
男はその場にしゃがみ込んで湿った土を掴み、両手をこすりあわせ、それからもう一度壁に手をこすりつけた。すると手には膜の張った感覚がなくなった。鉄錆のような匂いも消えた。だが男は顔にこの少し腐敗した匂いがする土をこすりつけようとは思わなかった。水で洗うか湿った布のようなもので拭うかしなければ、顔にこびりついて固まってしまった赤黒い血は落ちないと思ったからだ。それに湿った土で顔をこすって服で拭ったとしても、服も顔も汚れたままでは外を歩けない。あの水溜りを見たのは確かここの真ん中あたりだった。壁からはずいぶん離れているはずだ。当然、男の目に見える範囲にはない。

じのん