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第1章 宇宙のはじまり、あるいは「他者」の侵食


僕と彼女が、この宇宙の全てだった。

僕達はぴったりと寄り添い、僕達以外には何も無かった。

 

 

「ねえ」


「なに?」

 

「なんでもないわ。ただ、呼んでみただけ」

 

僕達に名前はない。


この宇宙には、僕と。

 

彼女。

 

それだけ。


なぜ、名前が必要だろうか。

 

僕以外の全ては彼女であり、

 

彼女以外の全ては、僕なのだから。

 

それだけで、僕には十分だった。

 

それだけで、僕には十分だった、のに。

 

過ちの始まりは、好奇心だった。

 

この満ち足りた宇宙なら、どんなものだって創り出せる、というアイデアを、好奇心から試してみたのだ。


「ねえ」

 

「なに?」

 

「これ、ほら」

 

「これ、なに?」

 

それは、僕も、彼女も、初めて手にするもの。

 

「僕でもなく、君でもないもの、だよ」

 

「それじゃわからないわ」

 

「名前が必要かな」

 

「必要だわ」

 

「じゃあ、『原子』っていうのは、どう?」

 

「ステキね」

 

こうして、宇宙は始まった。



第2章 「止まることの困難さ」による犠牲

それから、僕達はいろんなものを創っては、名前をつけていった。

 

『数』を創り、『1』と『2』と『3』を創った。

 

『線』を創り、『空間』を創った。

 

『変化』を創り、『時』を創った。

 

『熱』を創り、『重力』を創り、『座標』を創り、『美』を創った。

 

そしてあるとき僕は、彼女を喜ばせるために、とびっきりのものを創り出した。

 

「あら、ステキ。それは何?」

 

「『光』っていうんだ」

 

「綺麗ね。じゃあ、わたしも」

 

彼女は、僕が創った『光』と、彼女が創った『球』とを合わせた。

 

「これ、『星』っていう名前にするわ」

 

そう言って、彼女は嬉しそうに、くるりと回った。

 

彼女の周囲が、揺れた。

 

こうして、宇宙は彼女を中心に回り始めたのである。



 



 




第3章 感動という名の絶望

彼女は、『星』をとても気に入っていた。

 

そして今や、僕達の周りには何億もの『星』が輝き、くるくると回っていた。

 

けれど。

 

彼女が最初に作った『星』。

 

彼女が一番大事にしていた『星』。

 

それは、いつからか輝きを失い始め、やがて光は消えてしまった。

 

「どうして」

 

単なる『石』となったそれを見て、彼女は呟いた。

 

「さあ。たぶん、時が経ったからかな」

 

僕は、そっけなく、言った。

 

「じゃあ、『時』なんか創らなければよかった! 最初から何も、創らなければよかった!」

 

そのとき、彼女の目から、大粒の水がこぼれ落ちた。

 

それは、

 

はじけ、

 

粒子となり、

 

星の光を反射し、

 

見たこともない景色を生み出した。

 

7つの、異なる光。

 

それは後に『色』と名付けることとなる、光の波長。

 

僕はそれに見惚れ、彼女に向かって言った。

 

「綺麗だ。これを使えば、もっとたくさんのものが創れるよ」

 

しかしその色彩は、彼女の心を癒しはしなかった。

 

それ以降、彼女は何も創らなくなった。

 

一方、『色』に魅了された僕は、いろいろなものを創るのに夢中だった。

 

その間も宇宙は、彼女を中心に、くるくると回っていた。

 

まわる。

 

まわる。

 

宇宙は彼女を中心に、まわる。

 

彼女は、気付いていたのだろう。

 

回れば、すべては中心から遠ざかる。

 

それは彼女が創り出した『遠心力』。

 

彼女は、いままで創った全てを、遠ざけたかったのだろう。

 

一方、僕は、新しいものを創り出すのに夢中だった。

 

こうして、

 

僕と彼女は、遠ざかった。

 

光の速さで何万年もかかるほど、遠ざかった。


第3章 感動という名の絶望


第4章 絶望からはじまる希望


あるとき。

 

僕は宇宙の片隅で、懐かしいものを見つけた。

 

それは、

 

彼女が最初に作った『星』。

 

『光』を失った『石』。

 

数億年ぶりに、僕の中に、彼女との日々が甦った。

 

けれど、もう彼女は、戻ってこない。

 

もうあの『時』には、戻れない。

 

「『時』なんか、つくらなければよかった!」

 

彼女の声が、聞こえた気がした。

 

その瞬間、僕の目から。

 

彼女と同じように、水が零れ落ちた。

 

その水が、『石』を包み込む。

 

青かった。

 

青く輝く球体。

 

僕はそこに、2つの『生命』を創った。

 

まるで、僕と彼女のような。

 

けれど、僕でも、彼女でもない。

 

だから、名前を付けよう。

 

『アダム』と『イヴ』と。





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