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第壱話 ロードローラー圧死事件 <序>

  俺が住んでるのは、クソみたいな田舎の、クソみたいな小さな町だ。

 そんな町の公務員どもは、よいよいの老人か、地元の有力者のバカボンばかり。警察にしても、それは例外じゃない。

 それでも、クソ穏やかな町なので、どうにか勤まる。

 が、そんな町でも、極たまーに常軌を逸した事件が起きることがある。そんな時、〝薄謝〟を積まれて、俺が駆り出されることになる。

 なぜかって? 地元の警察署長の息子がダチだからだ。

 奴とは高校の同級で、大学も同じときてる。もっとも、俺は理工学部で奴は法学部と、学部は違ったんで、大学時代は疎遠になったが、俺は地元で大学の同級とベンチャーのコンピューター会社を立ち上げ、奴は地元の警察署に入ると、奴のほうから近づいてきて、俺は拒まなかった。

 理由は簡単だ。奴のことは好きじゃねえが、クソ田舎で商売をやっていくには、警察に恩を売っといたほうがなにかと都合がいいからだ。

 というわけで、今日も朝の五時から、奴から電話がかかってきた。やっと仕事を終わらせて寝ようとしてたところにだ。

「おい、谷部(やべ)、おまえ、いままで見た死体で一番すげー死体ってどんな死体だ?」

 奴は興奮したような、喜んでいるような口調でそう聞いてきた。

奴の名は二ノ森克彦というが、〝奴〟で十分な下衆野郎なんで、このまま奴と呼ぶことにする。奴はネットでグロ画像を見るのが何より好きという変態極まりねえ野郎だ。

「あ? それが、朝っぱらからダチに電話かけてきて聞くことか?」

「悪りい、悪りい。で、質問の答えは?」

 悪りいなんて、光ファイバーの先ほども思っちゃいねえだろうが、とにかく質問に答えさせたいらしく、そう言ってきたのが丸分かりだ。なんせ高校からの付き合いだからな。

「一般市民の俺が、やたらめったら死体なんて見る機会あるわけねえだろ。おまえに呼ばれて見たボーガンで頭貫通されて、脳みそ飛び出てたあの死体が一番すげー死体だったんじゃねえか? おかげでしばらくユッケ食えなくなっちまった」

 三ヶ月前に奴と解決した事件の死体のことだが、その話をすると長くなるんで今回はやめておく。

「ハハ。あの程度で一番すげー死体かよ」

 奴は勝ち誇ったように笑ったが、こちとら、すげー死体を見た勝負で勝つ気なんてありゃしないんで、そんな挑発には乗りやしねえ。

「で、なんだよ?」

「今、事故か事件か分かんねえ現場に来てるんだが、それがめちゃくちゃすげー死体なんだよ。うちのオヤジもオジキも目ェ白黒させて、ゲーゲー吐いちまってるし、遺書もなんにも見つからなくて、現場大混乱なんだわ。ちょっくら来てくんねえか?」

 奴のオジキも警察官、捜査一課の課長なんで、ペーペーの奴も、そのダチの俺も文句言われずに現場をいじくりまわせるわけだ。

「クライアントのホームページ、ハッキングされて、徹夜で修復して今から寝ようってとこなんだぜ?」

「それが、ホトケさん、アッチ系の人みたいで、俺じゃ手に負えそうにないのよ。借りは返すから頼むわ」

 この場合の〝アッチ系〟とは、ヤーサン系のことじゃなく、ヲタク系という意味だ。

 警察勤めの人間にヲタク系の奴などほとんどおらず、警察からしたら、ヤーサン以上に不可解な連中らしく、アッチ系と呼ばれるようになったらしい。

 俺はヲタクじゃねえが、コンピューター会社をやってるせいか、勝手にアッチ系の人間にされちまってて、警察とヲタクの架け橋、翻訳家として重宝がられてる。

「チッ。仕方ねえな。で、住所どこよ?」

「谷部ちゃん、だから好きよ」

「気持ち悪りいな。いいから、住所言えよ」

 俺はプリンターに刺さってるコピー用紙を一枚引き抜くと、そこらにあったゲルインキのポールペンで住所を書きつけて電話を切った。

 そして、眠りかけた頭をしゃっきりさせるため、冷たい水で顔を洗い、クーラーの電源を切ると、アパートの階段を駆け下りて、愛車の赤いカプチーノに乗って〝現場〟に向かった。

夏の夜明けは早く、もうライトもなしに走れる明るさだった。(つづく)


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第壱話 ロードローラー圧死事件 <破>

 現場は建築中の工事現場だった。
 ブルーシートに囲まれ、周りに何台かのパトカーが停まってる現場前にカプチーノを停めると、若い警官が怒った顔文字みてえな顔して、凄い勢いで走ってきた。

「ここ、駐車禁止だよ! 今ねえ、ここで事故あって、忙しいから向こう行ってくれる?」

 俺はラフィンノーズってバンドの元メンバーのNAOKIを今もリスペクトしてて、三十越えても金髪にしているせいで、〝オトナ〟たちには酷く風当たりが強い。黒髪の短髪に帽子を被った若い警官も、チンピラ扱いして追っ払おうとしてきた。

「二ノ森巡査部長に呼ばれてきた、谷部って者なんすけど」

 その一言で警官の顔色は変わって、姿勢を正して敬礼をした。

「失礼しました。車両は本官が見張っておりますので、お入りください!」

 若い警官にブルーシートを捲くってもらって現場に入ると、まずはじめに目に入ったのは制服を着た署長の奴のオヤジさんだった。

 ちんちくりんで小太りのオヤジさんは俺を見つけると、小走りで近づいてきて、手を握り、「谷部ちゃーん、よく来てくれたよお。気持ち悪い事件なんだよお。早く解決しておくれよお」と言ってから、「谷部ちゃんがurl送ってくれた脱出ゲーム、人形を壁に嵌めたところで詰まっちゃったのよ。あとでヒント教えて」と小声で囁いてウインクしてきた。

 脱出ゲームとは、ネットに上がってるフリーゲームで、部屋に閉じ込められて、部屋の中にあるさまざまな物をクリックして謎を解きながら、部屋から脱出するのが目的のゲームだ。

それの難しいのを探しては奴とメールでurlを送りあってたんだが、ある時、手違いでオヤジさんのアドレスに送っちまってから、オヤジさんは脱出ゲームに嵌まって、脱出ゲーム仲間となってしまったのだ。

「ちょちょっと解決して、あとで教えます」

 どの程度の事件かまだ分からねえが、そう適当にあしらっておいたら、「谷部ちゃんは頼もしいね。最高だね」とオヤジさんは目をきらきらと輝かせた。

 数人の制服警官のあいだを抜けて、私服の奴を見つけて、おっ、と声をかけると、「谷部、こっちこっち」と手招きをよこした。

 警官たちから、少し離れたところにブルーシートが敷かれていた。死体の上にかけてあるにしては、やけに厚みがなかった。

「これ、なんだよ?」

「死体だよ」

 奴が笑顔でブルーシートを捲ると、なんとも形容しがたいものがそこにあった。アジのタタキといおうか、なめろうといおうか、ユッケといおうか。いや、エビせんべいとでも言ったら分かりやすいか。転がってるというより、張り付いてるという表現がぴったりの死体だった。

「これ、どうしたんだ?」

「あれよ」

 奴がアゴをしゃくったんで、そっちを見ると、ロードローラーがそこにはあった。

「あれでやったのか?」

「おう」

「死体を潰したってわけか?」

「いんや、監察医の話じゃ、この死体は生きたまま潰されたそうだ」

「生きたまま……」

 あまりの残酷さに、さすがの俺も言葉をなくした。

「地面から引っぺがすのが大変だって、鑑識泣いてたぜ」

 奴は縁なし眼鏡のブリッジを中指で持ち上げながら、楽しそうに笑った。

「ホトケさん、相当な恨み買ってたんだろうな。手足拘束されてぐちゃりか?」

「いや、拘束するようなもんはなく、素っ裸だったそうだ」

「素っ裸? てことは、睡眠薬でも打たれてたのか?」

「いや、このぺったんこの肉片から採取した限りじゃ、薬物反応はないらしい」

「てことは、寝てるとこをロードローラーの音にも気づかず踏み潰されたってわけか?」

「いや、そうじゃないらしい。ロードローラーのアクセルは紐で押し込んだまま固定されてて、その進路に自分で歩いていって横たわったそうだ」

「自殺ってわけか?」

「ああ、ロードローラーにはホトケさんの指紋しかなく、他の指紋を拭き取ったような痕もない。ホトケさんがロードローラーのアクセルを固定してから降りて、進路に歩いてきた足跡も見つかったそうだ」

「てことは、完全に自殺か」

「ああ」

「でも、なんで自殺すんのに、こんな大掛かりで苦しむような方法選ばなきゃなんねえんだ? 練炭なりガスなり、もっと楽な方法いくらでもあるだろうが」

 そう言ったところで、俺が何のために呼ばれたのか理解した。そして、その通りの返事を奴はした。

「だから、 おまえを呼んだんだ。ホトケさんの自宅アパート探したんだが、遺書みたいなもんは見つからなかった。そんで、その時の家宅捜査で、ホトケさんは重度のヲタクだと分かったんだ。これだけの派手な事件となると、こういうことをなぜやったのか、それなりの〝理由〟がないと、上が納得しないのよ。今回も理由探し頼むわ」

 奴は両手を合わせて拝んできた。

「〝上〟ったって、トップはおまえのオヤジさんだろうが」

「俺がオヤジに嫌われてんの知ってるだろ?」

「わーったよ。じゃ、そのホトケさんち、案内してくれ」

「谷部ちゃん、だから好き」

「気持ち悪りいな。いいから、住所言えよ」

 奴とふたりで俺のカプチーノに乗り込んで、ホトケさんのアパートに向かった。(つづく)


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