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拝啓 天国のおばあちゃん

 拝啓 天国のおばあちゃん。
 わたし、異世界トリップしちゃったようです。

 いや、うん、あのさ。現実逃避したいって思ってたのは認めるよ。だって、家がなくなったんだもの。おばあちゃんが死んじゃった途端、あんなに可愛がってくれてたみんな揃って手の平返すんだもの。臭いものでも追いやるように、ぽいっと外に放られたんだもの。認めるけどさぁ。さすがに、これはないんでないの。
「つまり、ですね!」と、えらく目をキラキラさせた少年は、胸のあたりで握りしめた両の拳を勢い込めてふった。
 お日様に透けて見える少年の髪は、多分ホントに透けている。髪だけでなくて背中から生えたトンボみたいな羽も、周りの森の色をうつしこんで微妙な加減に光ってる。目は緑。絵の具をぬりつけたような濃い緑。
 おばあちゃんだったら、飛んで喜んだんでしょうね。おばあちゃんの大好きなお話をおばあちゃんから聞いてなかったら、わたし、絶対知らなかった。
 このふよふよ浮かんでる蠅みたいに小さな人間が、妖精だって。
 透明の薄羽は、細やかな動きで振動を続ける。羽をはやした、わたしよりもちっちゃな少年は、目の前に差し迫って来て言った。
「つまり、ここは、ファーテルランドで、あなたは異世界から選ばれた救世主なんで――って、いきなり何するんですか!」
「あぁ、ごめんなさいね」
 だって、目の前でうごうごされると遊びたくなるんだもの、習性で。
 バシッとしとめた妖精の羽を白い前足から解放してあげる。ふよふよと、よろけながら浮かび上がる様に、また爪のあたりがむずがゆくなってきたけども、我慢我慢。
「じゃあ、気を取り直して! がんばりましょうね、ネズミ退治!」
 ぐっと突き立てられた親指。妖精は、それはもうにこやかな笑顔でウインクする。
「ちょっと待て羽虫! 全く意味が分からんわっ!」


 羽虫曰く、「だってそちらの世界のネコは、ネズミ退治のエキスパートだって聞きました」だそうだ。
 別に聞きたくはなかったけれど、速攻で逃げたわたしを追いかけてきた羽虫は、わたしが必死で駆けずっているその上で何とも気軽に飛びながら、わたしをこっちに拉致した理由を勝手に説明しだした。今ならもれなく勇者が付いてきますよ、というとんでもなくどうでもいいうたい文句と共に。
「大体ネコくらいこっちにもいるでしょ。そいつらに頼みなさいよ、そいつらに」
「えぇー。だって、こっちのネコは高等生物すぎて、逆にネズミを恐がるんですよ」
「どうゆうことよ」
「ああゆうことです」と、羽虫は開けた森の先を指差した。指を辿った、森の終わり。広がった野には、ぽつりぽつりと藁ぶき屋根の全体的にまるみを帯びた家が立ち並ぶ。
 羽虫の言う集落に入る手前。草葉の陰から中を覗いて愕然とした。
「何あれ!?」
「だからネコですよ」
 言ったでしょう? と羽虫はひどく真面目な顔で見返してきた。いやいやいや、聞いていないですよ、こんなこと。
 にゃんにゃこにゃん、と遊ぶ子ネコは、人間みたいに立ち上がって走り回っていた。穏やかな顔つきで子ネコを見守る親ネコは、人間の倍はある背丈で、ベンチに腰掛け茶まで啜っている。
「み、認めません。あれネコちがう」
「や、あれネコです。ついでに言うと、イヌもウサギもあんな感じです。逆に、あなたの世界を覗いてこっちがびっくりしました」
「じゃあ、ネズミもあれなんじゃ」
「いやいや、ネズミは二足歩行なんてしませんよ」
 何言ってるんですか、と羽虫に白い目で見られる。何言ってんですか、はこっちですよ。
 あぁ、だんだん悲しくなってきたわ。
 だって、おばあちゃんに拾われて三年。ぬくぬくふくふく幸せ生活を満喫してたのに。ぽっくりおばあちゃんが死んじゃったから、これから野良ネコデビューだったのに。
「ねぇ、何で私なの!」とにゃんにゃん泣いても許されるでしょ。
「え、だって。飼ネコを勝手に連れて来ちゃったら、あっちで飼い主が大騒ぎしちゃうじゃないですか。消えたネコ事件! 大変なことになっちゃいそうじゃないですか。その点、あなたはまだ野良ネコ軍団にも顔を知られていない新野良で、ネコも人間も大騒ぎしないこと請け合い。手っ取り早く、問題少なく、確実に、連れてくるならあなたでしょ」
「おーーーーい?」
 聞き捨てならない台詞が羽虫の口からぽんぽん飛び出たのは気のせいですか。気のせいですね。うん、空耳、空耳。
 ねぇ、おばあちゃん。おばあちゃんは、妖精とか魔法の世界に行ってみたいって子どもみたいに言ってたけれど、やっぱり来なくて正解だったと思うの。おばあちゃんが話した世界はとっても素敵で、わたしも幼心に憧れてたんだけど、正直、夢が崩れるわ。
『なんだー、こりゃ?』
 首根っこをむんずと掴まれ、持ち上げられる。地面から離れた足をバタバタさせて、抵抗したけれど、どうやらそれも無駄に終わったみたい。
 高い位置まで吊りあげられたわたしの前には、顔があった。額と額がごっつんこしそうなくらい近くにあるのは、間違いなく人間のもの。それも、元の世界と変わらない大きさの人間の顔。彼は黒い目玉をきょろりと器用に真ん中に寄せた。
『なんだこの真っ白け。顔だけはネコだよな?』
「顔だけでなく正真正銘ネコなのよ、ネコ!」
「あ、人間には言葉通じませんよー?」
 さらりと羽虫が補足する。ぶんぶんぶんぶんうるさいったらありゃしない。羽虫に向かって前足を振り回したら、人間の腕の内に抱きこまれた。
『なんだなんだどうしたー?』
 わはは、と人間は四角いばかりの歯を輝かせて爽やかに笑う。離せ、この能天気! わたしはあの羽虫を叩き落とさなきゃならないの!
 ぎゅっと抱き寄せられたかと思うと、お腹に鼻を押し当てられて、わたしは、ぎゃーす! と叫び声をあげた。
『なんだー、このもふもふっ! ふわっふわだなぁー! こんな生き物見たことがない』
「――ちょ、ちょっと羽虫! 状況を説明して!」
「ソレが勇者です」
「嘘つけっ!」
 頬ずりされたり、わしゃわしゃと毛並みが掻き崩される中、羽虫に抗議する。けれども、当の羽虫は「嘘なんか付きませんよぅ」と不服そうに口をとがらせた。
 分かった。仮にこれが勇者だと認めるとしよう。
「ね、だけど、さっきから何なの。この都合のよすぎる配置! ネコ村はいいとして、勇者が普通に歩いてくるもんなの?」
「もちろん、私がちゃんと誘導しましたよ。任せてください。いわばあなたは、ネズミ退治に向かう勇者のラッキーアイテム的な存在なんで」
 どん、と羽虫は胸をはる。もういっそ噛みつぶしちゃってよいですかね、君。


 運悪くネズミ退治に呼び出された上に、運悪く勇者のアイテムと化したわたしは、勇者の頭の上でぐったりしていた。もう何とでもしやがれ。何度逃亡を試みたって、無駄に体力のあるらしい勇者に追いかけられては、むんずと尻尾を掴みあげられ連れ戻されるのがオチだっていうのは、よおーくわかった。
 あぁー、帰りたい、と言ったのはわたしではない。さっきから繰り出す足と同じ数、ぶつくさと文句ばっかり繰り返している前足の下の勇者である。
「なら帰ろうよ」とさっきから黒髪を引っ張ってみてるんだけど、やっぱり通じない言葉は通じないらしい。羽虫と話せるよりも、このどこまでもやる気がない勇者と話せた方が絶対便利なのに! 意見が恐ろしく一致しそうなのに!
『なーんで、俺が毎回退治しにいかなきゃならんのかねえ』
「そうだ、そうだ」
『もうよくね? 村くらいいくつつぶれたってよくね? どうせひとつ倒しても次が現れるって』
「よし。じゃあ、次の時はわたしは置いて行け?」
『あぁー。飯食って風呂入って寝てぇー』
「あぁー。ご飯食べて羽虫叩いて寝たいわぁー」
『なんだ? 真っ白。さっきからにゃあにゃあにゃあって。お前、励ましてくれてんの?』
 急に腕を頭の上に伸ばした勇者は、わたしの脇に手を差し入れたかと思うと、腕の中に下ろした。
『そうだよな、いくら面倒だからって、俺が行かなきゃ困るもんな。王様に頼まれてる手前、ほったらかしたら即投獄だしな。何よりこんな大金掴める仕事もそうないからな』
 そっかぁ、ありがとよー。俺、頑張るよー、と勇者はお腹に頬ずりしてくる。
「ちっがーう! 行きたくないの!」と叫んでもやっぱり通じるはずがなかった。勇者の足は、容赦なく目的地に向かってずんずん進む。
 と言っても、今すぐネズミ退治に向かう訳でもないらしい。まずは情報収集。勇者の文句の端々から総合した結果、先にネズミの襲撃にあった村へ向かわなければならないそうだ。
 しばらくして、見えてきた件の村。
 そこは村と言うよりも廃墟だった。家という家は、根こそぎ押し倒され、村のあちらこちらには、巨大な鋤でえぐられたような穴があちらこちらにあいている。見事にぼっきりと折られた大木には、巨大な何かで齧りとられたような跡。地面には、ぶっといホースをはいずらせたような曲線がちらほら。
『こりゃあ、えらくひどくやられたなぁ』とわたしを胸に抱きかかえたまま、勇者が後頭部をぼりぼりとかいている。
 考えてみればわかることだったのよ。勇者が駆り出されなきゃならないくらいのネズミ退治って。
「――ちょっと羽虫」
 勇者の腕に抱きこまれたまま、勇者の頭近くを飛び回っていた羽虫をギンと睨みつける。
 なんですかー? と悪びれもなくわたしの鼻先まで降りてきた羽虫は、ぐっと親指を突き立てて、それはもう気持ちのよい笑顔でウインクした。
「あなたの世界と同じサイズとは言ってませんよね? ファイトッ!」
「ふざけんなっ!」
 こんなの無理に決まってる!


 拝啓 天国のおばあちゃん?
 今日も、わたしは元気です。
 だけど、どうして? どうして、わたしをおいていってしまったの。
 それでもわたし頑張るつもりだったの。
 おばあちゃんがいなくても立派なネコになろうと思った。
 なのに、どうしてこうなった。
 せめて、わたし。わたし。
 普通の野良ネコライフがしたかった……ッ!

この本の内容は以上です。


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