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Ⅱ - 2 符合する登場人物たち

 モンゴメリとブロンテ三姉妹のそれぞれの登場人物同士にも、多くの共通点がみられます。


①二人のシャーリー

 シャーロット・ブロンテの『シャーリー』には、主人公シャーリーについて次のような記述があります。


「シャーリー・キールダー(彼女にはシャーリー以外洗礼名がない。両親が男の子を欲しがり、結婚して八年後、娘しか授からなかったのを知ると、男が生まれた場合につけるつもりだった家族の男子名を彼女に与えたのだった)。【中略】生まれつき血色はよくないが、知的で、表情は変化に富んでいる。」(*13)


 本当は男の子が欲しかったのに授かったのは女の子、というプロットはマリラの家に来たアン・シャーリーの境遇と同じですし、その容姿も


「小さな顔は、青白くて、肉が薄く、【中略】あごは尖っていて凛々しいこと。大きな瞳は生き生きと精気に満ち、唇は愛らしいが、口元は表情に富み、そして額が広く豊かなこと。」(*14)


という特徴のあるアン・シャーリーと重なります。また、


「夢見心地の状態や白昼夢にふけっている様子」(*15)


というシャーリー・キールダーのキャラクターも、


「『外の方が、想像の余地があるから』だとか何だとか。思うに、ちょと変わった子ですな」(*16)


と評されるアン・シャーリーを彷彿とさせます。


②二人のギルバートと二人のブライス

 アン・シャーリーがずっとライバル視していて、後に夫となるギルバート・ブライス(Gilbert Blythe)の名は、アン・ブロンテの『ワイルドフェル・ホールの住人』という小説の語り手であり、主人公ヘレンが後に再婚する相手であるギルバート・マーカム(Gilbert Markham)と符合します。

『ワイルドフェル』のギルバートは、

 

「僕が感情をこめたり、機嫌を取り結んだりしそうになったり、言葉や視線にわずかながらも愛情の兆しが見えたりすれば、その瞬間に僕は彼女の態度の急変で罰せられました。《中略》やっとの思いで芽吹いたつぼみを一つずつ無情にも摘み取っていたのです。」(*17)


「僕は目の前の幸運を感謝して享受しながらも、未来にはこれ以上のものをと願い、期待することを忘れはしませんでした。しかしもちろん、こうした夢は僕だけのものにしておきました。」(*18)


と語っていますが、モンゴメリの描くギルバートも『アンの青春』で

 

「ギルバートはまだ少年期を脱したか脱しないに過ぎないが、人並みの夢は抱いており、その未来にはいつも、大きな澄んだ灰色の目、花のように美しい、優美な顔の少女がいた。ギルバートはまた、自分の未来をその女神にふさわしいものにしなければならないと、かたく決心していた。《中略》しかしギルバートは思っていることを言葉にあらわそうとしなかった。このような感情を明かそうものなら、アンは情容赦もなく、それを蕾のうちに切りとってしまうであろうし ── あるいはギルバートを軽蔑するにちがいないからだった。それがなにより辛かった。」(*19)


と悩んでいるのです。 

『ワイルドフェル』のギルバートはヘレンのことを、貞淑な未亡人で(実は彼女は、堕落した酒浸りの夫から息子を連れて逃げてきていたのですが)、普通の女性に見られがちな他人のうわさ話に興じるようなところのない「心の純粋さと気高さ」を持ち、どの女性よりも「愛らし」く「崇高」であると惹かれます。(*20)

『青春』のギルバートも、「アンの最大の魅力」は、他の娘たちのように「見せかけの嘘をついたり、敵対意識をはたらかせたり、機嫌とりをするような、くだらぬ真似をしないこと」であり、「アンはこういうことからまったく離れていた。それも意識してでなく、動機も抱負も、水晶のように透明な、純情な性格からきていた。」と思っています。(*21)

 このように、ヒロインに向けて芽生える恋心を蕾(bud)のうちに摘み取られてしまう、二人のギルバートの悩みはまさに同じものです。


 また、『アンの夢の家』に登場するギルバートの大伯父さんの名前はデイビット・ブライス(David Blythe)ですが、シャーロット・ブロンテに求婚して振られた2人目の男性の名前もデイヴィッド・ブライス(David Bryce)で、ほぼ同姓同名です。(*22)

 この実在の人物デイヴィッド・ブライスの、


「活発でハンサムな人」

「機知に富み ── 活発で、熱心で才気ある人」(*23)


という特徴はギルバート・ブライスを彷佛とさせますし、この男性が 23歳のシャーロットにプロポーズして振られ、


「六か月後に、突然、血管破裂で亡くなってしまった。」(*24)


という点も、アン・シャーリーに振られた後に病気になって死の淵をさまよったギルバートのエピソードを思い出させます。そしてモンゴメリは、このエピソードをアン・シャーリーが22歳頃の出来事としておいているのです。


③二人のダイアナ

 アン・シャーリーが「心の同類」(Kindred spirits)を感じる腹心の友、ダイアナ・バリー(Diana Barry)。彼女については、シャーロット・ブロンテの出世作『ジェイン・エア』で、主人公・ジェインが親しみを感じた女性ダイアナ・リバーズ (Diana Rivers)と符合します。

 ジェインはダイアナの兄からプロポーズされますが、実はいとこ同士だったという筋立ても、いとこ同士すなわち血族関係=kindred となります。リバーズの「リ」と「バ」をreverse(逆転)させるとバリーになるのも、ユーモアの才気あるモンゴメリならではのネーミングだったのではないでしょうか。


④二人のマシュー

 『シャーリー』の物語には、シャーリーと並ぶもう1人の主人公キャロラインが登場します。父を亡くし、幼い頃に母と別れた彼女の養父であり叔父の名はマシューソン・ヘルストン(Matthewson Helston)。この名前と役柄は、マリラとともにアン・シャーリーを育てたマシュー・カスバート(Matthew Cuthbert)を思い出させます。


⑤二人のレイチェル

 そして、『赤毛のアン』に出てくる世話焼きなご婦人レイチェル・リンド夫人(Rachel Lynde)。彼女は、アン・ブロンテの『ワイルドフェル・ホールの住人』の中に登場する「女主人の身の回り品を持って入ってきた頼りがいのある(*25) 年配のメイド、レイチェル(Rachel)と符合します。

 女主人ヘレンのメイドであるレイチェルは、物語の中でしばしば館のドアを開けて客人を招き入れていますが、モンゴメリが描くレイチェル・リンド夫人は最初の登場人物として物語の扉を開き、私たちを『赤毛のアン』の世界へと招き入れます。


 このように、『赤毛のアン』の主要な登場人物の5人に関して、そのキャラクター設定までをも彷佛とさせる符合が見つかるのです。



【ふたりのシャーリーの符合図 



【アン・シリーズの登場人物とブロンテとの符合図


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最終更新日 : 2011-05-31 11:44:29

Ⅱ - 3 ヒロインの誕生日

 モンゴメリがブロンテ姉妹をオマージュしていたことを示すのは、名前や人物像の符合だけではありません。

 モンゴメリの描いた二人のヒロインの誕生日は、三姉妹それぞれの命日との深い繋がりを感じさせます。アン・シャーリーの生まれ月である3月はシャーロット・ブロンテが亡くなった月。そして、エミリー・バード・スターの誕生日は、アン・ブロンテとエミリー・ブロンテそれぞれの命日である5月28日と12月19日とを組み合わせた5月19日になっているのです。

 モンゴメリは新婚旅行先のイギリスで、ヨークシャーのハワースにあるブロンテ姉妹の家とシャーロットとエミリーが共に眠るお墓を訪れています。(*26)モンゴメリを研究する数々の文献では、このことはなぜかほとんど触れられていません。

 

 妹・エミリーをモデルにした『シャーリー』という物語を描くなかで、自分より先に亡くなった妹を「この中に生き返らせ」「エミリーが経験せねばならなかった失望、苦しみ、失敗を取り除いた(*27)シャーロット・ブロンテは、その6年後に妊娠中毒症のために38歳の若さで帰らぬ人となります。わずか10ヶ月前に、父親の牧師補をしていたアーサー・ベル・ニコルズというアイルランド出身の男性と結婚したばかりでした。

 新婚旅行から帰る途中に、シャーロットが親友に宛てて書いた手紙には次のような文章があります。


「ネルへ ── この六週間のうちに ── 私の考え方はずいぶんと変化しました。いままでよりもっとよく人生の真実が見えてきました。……ほんとうよ。ほんとうなのよ、ネル ── 妻になるということは厳粛で、不思議な冒険です。女にとって」(*28)


 これは、家族から遠く離れた場所での肩身の狭い教師やガヴァネス(住み込み家庭教師)の仕事に追われる若い日々を過ごし、妻子ある男性教師への片思いと傷心から結婚には後ろ向きだったシャーロットが、「結婚生活によってもたらされる日ごとの、時間ごとの親しみの感情(*29)を喜び綴った手紙なのだと、伝記作家キャサリン・フランクは述べています。

 その「日ごとの、時間ごとの親しみの感情」を、たった1年も味わうことなく亡くなったシャーロットの命日が3月31日。そして、ブロンテ姉妹、特にシャーロットが好きと言っていたモンゴメリがアン・シャーリーの誕生月としたのが3月(生まれた日にちはアンが孤児のため不明)。

 これは単なる偶然でしょうか?

 よく、おばあさんの命日に生まれた孫はおばあさんの生まれ変わりだとか、ジョン・レノンの命日に生まれたミュージシャンの誰だれはレノンの生まれ変わりだ、ということを言ったりしますが、もしモンゴメリにもそのようなイメージがあったなら、シャーロットの亡くなった3月をアン・シャーリーの誕生月にすることで、シャーロットの魂を再生しようとしたのかもしれません。

 ところで、モンゴメリは1906年9月にマクミランへ宛てた手紙を、次のような一文で締めくくっています。


「海岸に行くと、わたしはいつも仲間がほしくなります ── 海の広さ、果てしなさ、広大無辺さに触れると、自分の卑小さに否応なく気付かせられて、無性に人恋しくなります。でも、森の中では、ひとりっきりでいるのが好きです。どの木もみんな昔からの親友ですし、ひそやかに吹き抜ける風はどれも陽気な仲間ですから。もし、霊魂再生説を本気で信じるなら、この世に生をうける以前のある一時期、わたしは木だったことがあるのだと思うくらいです。森の中にいると、いつも、完璧に、心ゆくまでくつろげるのです。
 ところで、あなたはその霊魂再生説を心から信じる気になりますか。わたしにとっては心惹かれるものです。憂うつな気分のとき、生命は脈々と続いてゆくのだと考えるのが好きです。ひとつの生命と次の生命の間に死という安らかな眠りをはさんで ── 忙しい昼の時間にはさまれて夜があるのと同じように。それは不死の生ということほどには信じがたいとは思われません。さて、そろそろ危険な深みにはまりこみそうになってきましたし、時間も遅くなりました。おやすみなさい、未来の休暇の楽しい夢を見ますように。」(*30)


  このような感性を持っていたモンゴメリですから、シャーロットの亡くなった3月を誕生月としたアン・シャーリーの物語を描くことで、家庭を築いていく喜び から一転して永遠の別れという悲しみの淵へと突き落とされた、愛する先達の魂を再生し救済しようとしたとしても不思議ではないでしょう。

 シャーロットが妹・エミリーにそうしたように。


 果たしてモンゴメリは、シリーズの4作目『アンの夢の家』(後の1936年に書いた『アンの幸福』がシリーズ4作目に位置づけられるので、シリーズ構成としては5作目)で、アン・シャーリーにギルバートと結婚して家庭を育むことに専念する道を選ばせます。『赤毛のアン』では自由な少女時代を過ごし、続く 『アンの青春』『アンの愛情』でも当時の若い女性としては破格の学問的成功を修めたアン・シャーリーが、平凡な家庭婦人に落ち着いていくという展開に、


「『赤毛のアン』でのアンは、聡明で、誇り高く、それでいて心優しくて、夢や憧れを大切にする少女だった。私はそんなアンを愛しているし、彼女が生き生きと描かれている本書もまた好きだ。そのアンが、そのまま大人の女になり、働き、恋をする姿を期待していた。しかし、アンは最後に、中学校校長の職を捨てて結婚し、五人の子供の育児に追われ、夫ギルバートの心変わりを気にやむ平凡な女になる。女は個性や自我を捨てなければ大人になれないとでも言うように・・・。」(*31)


などと失望する向きも少なからずおられるようです。

 しかし、シャーロット・ブロンテの生涯を強く意識していたモンゴメリであれば、アン・シャーリーが社会的成功を収めた後で、愛情豊かな結婚生活を送るイメージを始めから抱いて物語を描いていたはずです。

 実際、『アンの夢の家』は112日間(1916年6月16日~10月5日)という当時のモンゴメリとしては最速の早さで描き終えられ、1917年7月の日記ではその出版に際して「『赤毛のアン』や自分でも気に入っている『ストーリーガール』と比べても一番の自信作(*32)であると書いていることや、彼女の最後の住処である「旅路の果て」と呼ぶ屋敷に『アンの夢の家』の表紙絵が飾られていた(*33)ことからも、アン・ シャーリーの幸せな2年間の新婚生活を描いたこの作品に、モンゴメリが込めた思いの強さを知ることができるのです。


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最終更新日 : 2012-01-20 17:33:26

Ⅱ - 4 シェイクスピアよりもブロンテ

 これまで見た通り、モンゴメリの作品にはブロンテ姉妹へのオマージュが散りばめられています。

 ところで、『赤毛のアンに隠されたシェイクスピア』(松本侑子 著)では、アンのAnneという綴りそれ自体について、シェイクスピアの『リチャード三世』や『ヘンリー八世』、『ウィンザーの陽気な女房たち』に登場するAnneとの関連を指摘しながら(*34)登場人物の名はシェイクスピア劇のパロディ(*35)であると論じています。

 しかし、『ヨーロッパ人名語源辞典』をみると


「ボヘミアのアン以後、イギリス宮廷にはアンの名をもつ人物が数多く排出した。リチャード3世の妃アン(Anne of Warlick)、ヘンリー8世の6人の妃のうち2人のアン(Anne Boleyn, Anne Cleves)、ジェイムズ1世の妃アン(Anne of Denmark)、ジェイムズ2世の最初の妃アン(Anne of Hyde)、そして、ジェイムズ2世とアン・オブ・ハイドの次女で、後の女王アン(Anne, 在位1702-14)などがその例である。」(*36)


とあり、「フランス的で、いわゆる『上品』なイメージがある(*37) "e"のつくAnneはイギリス宮廷では珍しくない名前だったようですから、シェイクスピアに由来を求める必要もない・・・というより、シェイクスピアも宮廷を描けばAnneに当たるという程度のものだったようです。

 松本氏はまた、宝石に魅入られ倫(みち)を外した男爵夫人を描いたウォルター・スコットの『ガイアスタインのアン』という物語のタイトル "Anne of Geierstein" が、アン・シリーズのタイトル("Anne of Green Gables", "Anne of Avonlea", "Anne of the Island" 等々)の元ではないかと推論しています(*38)が、先に『ヨーロッパ人名語源辞典』から引用したように、Anne of ~ という表現はイギリス宮廷のAnneたちの呼び名として決して珍しいものではなく、女王アンもAnne of Great Britainと称されています。このことから、スコットにせよモンゴメリにせよAnne of ~というタイトルは、宮廷女性の定型的な呼び方をなぞったものと考えた方が素直でしょう。

 実際、モンゴメリは『アンの青春』の中でダイアナに「アンという名前はあたしには、ほんとうに威厳のある、女王のような感じがしてよ。(*39)と言わせています。


 松本氏はそのダイアナの名の由来についても、シェイクスピアの『終わりよければすべてよし』で主人公ヘレナの結婚を機転を利かせてうまく取り持ったダイアナ・キャピュレットからではないか、と書いています。そして、「ヘレナという名前も調べてみると、アンから派生する名前(*40)であるとして、シェイクスピアとの関連性を一層強調しています。しかし、『ヨーロッパ人名語源辞典』にはヘレナとアンの関連を示す記述は見当たりません。その代わり、アンはハンナの変化形(*41)とありますから、松本氏はヘレナとハンナを間違えたのかもしれません。

 実質的にアン・シャーリーとダイアナ・バリーの2人だけの事例から「登場人物の名はシェイクスピア劇のパロディ(*42)とする松本氏は、これを補強するように「シェイクスピアの妻と弟妹がアン、ギルバートそしてアンという名前(*43)という事実を示してシェイクスピアとの関連を強調していますが、シェイクスピアの家族のキャラクターやエピソードについての紹介はありません。

 もちろん、モンゴメリが『赤毛のアン』の人物設定に関して一切シェイクスピアに因んでいないと言い切るつもりはありませんが、ブロンテ姉妹との間に見られる多くの直接的な符合のほうが、より強い関連性を物語っていると言えるでしょう。



【モンゴメリとブロンテ姉妹、英王妃 人物名関係図】


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最終更新日 : 2011-05-31 11:45:49

Ⅲ - 1 アンの結婚、モンゴメリの結婚

 モンゴメリの一番のお気に入りだった『アンの夢の家』の冒頭には、こんなシーンがあります。結婚式の支度をしながら、ハーモンという小母さんから


「中学校の先生をしているのに較べたら、結婚生活はあんたの思ったほど気に入らないでしょうよ」(*1)


と言われたことを思い出したアンは


「ハーモンの奥さんは、知らない困難に飛び込むより現在しょってる苦労のほうがましだというハムレットの意見に賛成してるのよ」(*2)


と言って朗らかに笑います。するとダイアナが言うのです。



「『ハー モンさんの言うことなんか気にかけることはないわよ。』ダイアナは主婦生活四年の貫禄を示して慰めた。『勿論、結婚生活にはいいこともあれば悪いこともあるわ。万事が必ずうまくいくものと考えてはならないのよ。でもね、アン、結婚生活は幸福なものだということは確かよ、自分に合った人と結婚すればね』」(*3)


 この作品が発表されたのは1917年。モンゴメリが結婚して6年が過ぎた頃のことですから、ダイアナの台詞はモンゴメリ自身の台詞でもあるように聞こえます。モンゴメリは、12年間の長きに渡って厳格な祖母を一人で世話し、そして看取ったそのすぐあとに、1906年に婚約していた牧師のユーアン・マクドナルドと結婚しました。モンゴメリが遺した記念品や写真、スクラップブックなどをまとめて紹介している『あるカナダ人の人生を描写して:L.M.モンゴメリーのスクラップブックとブックカバー』というサイトには、


「1903年にモードがノラ・ルフルジーと順番に書きつづった、コミカルな日記の中で【中略】ノラはユーアン・マクドナルドに対するモードの関心をからかいました。6月25日、ノラはこう言っています。『月曜日の夜、モードは『アイスクリーム(のように甘い)』電話をかけなくてはならなかった(ほら、彼女は若い牧師が来てから教会での仕事を始めたでしょ)』(未出版日記、147p)。」(*4)


という記事が紹介されていますから、ユーアンがモンゴメリの住むキャベンディッシュに赴任したときから二人の交際が始まっていたことがわかります。8年もの交際期間を経たうえでの結婚ですから、モンゴメリにとってユーアンは「自分に合った人」だったのでしょう。とは言うものの、少し気になることもあるのです。


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最終更新日 : 2011-05-31 11:46:35

Ⅲ - 2 レスリーの再婚相手とモンゴメリの文通相手

 モンゴメリは、『アンの夢の家』にレスリー・ムアという美しい乙女を登場させます。彼女には母親が借金のかたに縁組みしたという「夫」がいて、旅先で事故に遭い気が触れてしまってからの11年もの間、ずっとその看護をしていました。しかし物語のラストで、正気に戻れる可能性があることを知ったギルバートが手術を勧めた結果、男は「夫」にそっくりな従兄弟で「夫」はすでに死んでいたことがわかります。

 12年間の看護を「責任の神聖」(*5)の教えどおり立派に果たしたレスリーに「真実」が「自由」を与えた(*6)という『アンの夢の家』のお話は、モンゴメリが祖母の看病に費やした歳月と重なると同時に、夫ユーアンに対する当時の心境も投影されていそうです。なぜなら、この物語が上梓されてから2年の後に、ユーアンは学生時代に患ったうつ病を再発しているからです。おそらくは、物語を執筆している最中も、あるいはそれ以前からその兆候は現れていたことでしょう。

 自分自身の現実とだぶらせたレスリーにモンゴメリが用意した結末。それは、作家志望のジャーナリスト、オーエン・フォードとの結婚でした。そして、ここで思い出されるのが、モンゴメリの文通相手のマクミランです。

 G.B. マクミランは、詩人を志すスコットランド人ジャーナリストでした。彼との文通は、ユーアンと出会ったのと同じ1903年から始まり、モンゴメリが亡くなる4ヶ月前まで続きます。モンゴメリのマクミラン宛ての手紙を『モンゴメリ書簡集Ⅰ』として編纂したボールジャーとエパリーが、


「マクミランに宛てた手紙は親密であり、かつ真情を吐露している。」(*7) 


と記すとおり、モンゴメリが彼とのやりとりをとても大切にしていた様子が随所に伺われる手紙の数々は、読んでいて心穏やかになるものばかりです。そしてそこには、アン・シリーズのそれぞれの作品について、執筆がらみの愚痴なども書き綴られているのですが、不思議なことに『アンの夢の家』については何も触れられていません。ちなみに、1919年2月の手紙を見ると、


「『アンの夢の家』の書評の載っている『ガゼット』紙も届きました。ある切り抜き提供会社も『スペクテイター』紙に載ったものを送ってくれましたし、『ブリティッシュウィークリー』にも、似たりよったりのものが載っていました。」(*8)


とありますから、マクミランは『赤毛のアン』のときと同様に、『アンの夢の家』についての書評を掲載した英国の雑誌をモンゴメリに送っていたようです。それなのに、モンゴメリ自身は「作家志望のジャーナリスト」が登場する物語についてのコメントをしていないのはなぜでしょうか。せめて、実在の「詩人を志すジャーナリスト」はどう思ったのか知りたいもの。でも、それも無理でしょう。なぜなら、モンゴメリはマクミランからの手紙を後世に遺してはいないからです。


とはいえ、実在の「詩人を志すジャーナリスト」と架空の「作家志望のジャーナリスト」の関係を強く想像させるものはあります。『アンの夢の家』のなかのエピソードと、モンゴメリがマクミラン宛の手紙に書いたある出来事がそれです。

 『アンの夢の家』で、結婚したアンとギルバートが初めて住んだのは、「港の海岸に打ち上げられた大きなクリーム色の貝殻そっくりに見える」小さな家。その家が建てられたのは、今は灯台に住む年老いたジム船長がまだ16歳の時でした。英本国からプリンス ・エドワード島の小学校へ赴任したジョン・セルウィン先生から、海辺でありとあらゆる詩を暗唱してもらった10歳年下のジム少年。その先生には一緒に来るはずの花嫁がいたのですが、両親に死に別れた後ずっと世話をしてくれた伯父さんの看護のために来れないでいました。ある日、その花嫁がとうとう来ることを知らせる便りを受け取った先生は、ジム少年にこう言います。


「【前略】封を切る前から私にはよい知らせだということが分かっていた。二三日前の夜、あの人を見たからね」(*9)


 ジョン先生はある才能というか ── または呪いというか、そういうものにときおり見舞われるのでした。これから起ころうとすることが見える(*10)先生は四か月前の晩、座って炉の火を眺めているうちに英本国の見慣れた古い部屋が見えて、そこに婚約者がいて、うれしそうに先生のほうへ手をさしのべているのを見ていたので、よい便りが来ると分かっていたのです。


「いいや、夢ではない。だが、この話は二度としないことにしよう。君がこのことを本気で考えると私達はこれまでのような友達でなくなるから」
「私には分かっているのだ。前にもこのために友達を失ったことがある。私にはその人達を責める気はない。時にはこのことのために私は自分自身にさえ親しめないことだってあるのだもの。このような力には神性がまじっている ── よい神性かわるい神性か、だれに分かるというのだ? 神にしろ、悪魔にしろ、あまり密接にかかわりあうのにはわれわれ人間はしりごみするのだ。」(*11)


 先生を慕う村人たちは、じきに花嫁がやってくることを知ると、総掛かりで新しい家を用意しました。しかし海が時化て、ひと月で来るはずだった花嫁を乗せた船は2か月たっても到着しません。


「(先生は)腕組みをして大岩によっかかり、海をじっと眺めてました。【中略】『ジョン ── ジョン』とわしはまるで ── まるで ── おびえた子供のように大声をあげたですよ、『眼をさましておくれ ── 眼をさましておくれ』とね。」(*12)


と心配するジム少年に、先生は応えます。


「万事安心だ」「私はローヤル・ウィリアム号がイースト・ポイントをまわって来るのを見た。あの人は夜明けにはここへ着くだろう。明日の晩、私はわが家の炉ばたに私の花嫁と一緒に座っているだろうよ。(*13)


 このような不思議な昔話に真剣に耳を傾けるアン。ジム船長はそんなアンに「同類(kindred)」を感じます。そして、このジム船長の昔話で語られる「これから起ころうとすることが見える」ジョン先生の孫が、レスリーと結婚することとなる作家志望のジャーナリスト、オーエン・フォードなのです。


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最終更新日 : 2011-05-31 11:48:10


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