Ⅱ - 1 勝気な少女と夢見る少女
モンゴメリが『赤毛のアン』を出版するのに先立つこと60年前、19世紀中頃の英国文壇に多大な影響を与えた姉妹がいます。『ジェーン・エア』や『シャーリー』で知られるシャーロット、『嵐が丘』で有名なエミリー、『アグネス・グレイ』と『ワイルドフェル・ホールの住人』を書いたアンのブロンテ三姉妹です。
三姉妹の中でも、特にシャーロット・ブロンテについてモンゴメリは次のように述べています。
「ベンソンが最近出版したシャーロット・ブロンテの伝記には心奪われました。でもシャーロットが、彼が描くような人を圧する背の低いガミガミ女だったとは思いません ── さりとて、ギャスケル夫人が書いた伝記にあるような、あまりに気高いヒロインというわけでもないでしょう。誰も本当のシャーロット・ブロンテを知ることなどできないと思う私です。彼女が貶(けな)されるのを見ると腹立たしくなるほど、シャーロットを愛しています。」(*1)
そんなモンゴメリが『赤毛のアン』の主人公・アン・シャーリーを「おそろしくやせっぽちだし、きりょうがわるい」(*2)少女としたのは、物語の主人公は美しくなければならなかった半世紀以上も前の時代に、シャーロット・ブロンテが二人の妹に対して
「不器量でちっぽけな女主人公が、あなたがたの女主人公と同様に興味ある人物になることを示しましょう。」(*3)
と言って綴った『ジェイン・エア』へのオマージュだったのです。
実はこの他にも、モンゴメリが描いた「アン・シリーズ」や「エミリー・シリーズ」には、おどろくほどブロンテ姉妹やその作品との符合が見られます。
『赤毛のアン』に始まるアン・シリーズの主人公は言わずとしれたアン・シャーリー(Anne Shirley)。そして、モンゴメリのもう一つの代表作であるエミリー・シリーズの主人公はエミリー・バード・スター(Emily Byrd Starr)。
一方、ブロンテ姉妹の名前はシャーロット(Charlotte)、エミリー(Emily)、アン(Anne)。そして、シャーロットがエミリーをモデルにして書いた小説の題名が『シャーリー』(Shirley)。こうして並べてみると、偶然と言ってしまうのがためらわれるほどの符合です。
これだけではありません。『ヨーロッパ人名語源辞典』によれば、
「チャーリー(Charlie)は、チャールズの愛称形であるが、シャーロットから派生した女性名でもある。シャーリー(Sharley)やシェリー(Sherry)という変形もある。」(*4)
とのことですから、シャーロット ≒ シャーリーとなるのです。厳密にはスペルの違いがありますが、モンゴメリは綴りの正確さよりも音に意識が向いていたタイプ (*5)でしたので、こだわるほどのことではないでしょう。
そうと知ったうえで、モンゴメリが描いた物語の主人公たちとブロンテ姉妹の名前を見比べれば、「アン・シャーリー」はアンとシャーロット、「エミリー・バード・スター」はエミリーと見事に一致するわけです。
単に名前が一致しているだけではありません。互いの特徴の類似も見られます。例えば、もし次のような人物紹介を読んだなら、あなたは誰のことを思い浮べるでしょうか。
- その少女はとてもおしゃべりで、かんしゃくもちです。
- 小さい頃はきちんと学校に通うことが出来ませんでしたが、シェイクスピアなどの本を読むことが好きで、トムソンやスコット、バイロン、キャンベルなどの詩をそらんじることができます。
- お世辞にも美人ではないけれど、何かに夢中になった時の瞳は人を魅了します。
- そんな彼女は物語の中で、石盤を真っ二つに割ってしまい、先生から罰を受けました。
『赤毛のアン』を読んだことのある人ならきっと、これはまさしくアン・シャーリーのことだと思うはずです。しかし、これらの特徴はみな、シャーロット・ブロンテのものでもあるのです。エミリー・ブロンテの評伝を著したキャサリン・フランクは、『ジェイン・エア』のテンプル先生のモデルとなったカウアン・ブリッジの若き女性校長、アン・エヴァンズ先生のコメントを引きながら、
「シャーロットは『とても利発な賢い子供で』、ブロンテ姉妹の中ではいちばんおしゃべりでした。」(*6)
と 8~9歳の頃のシャーロット・ブロンテの様子を紹介していますし、シャーロットと直接面識のあった作家、エリザベス・ギャスケルが著した『シャーロット・ブロンテの生涯』によれば、シャーロットは友人のエレンに宛てて
「わたしの機嫌はあまりにもすぐにうち壊され、あまりにも怒りっぽく、あまりにも露骨で激しすぎるらしいのです」(*7)
「あなたがお読みになる本を何冊か推薦して欲しいとおっしゃるのですね。【中略】ミルトン、シェイクスピア、トムソン、ゴールドスミス、ポープ(わたしは彼には感心しませんが、もしあなたがお望みなら)、スコット、バイロン、キャンベル、ワーズワス、サウジーです。」(*8)
と書き送っています。
ギャスケルはまた、10歳から14歳までの間は学校に通っていなかったために、同じ年の子たちからはとても無学だと思われていたシャーロットが
「わたしたちが暗唱しなければならなかった短い詩をたいていはよく知っていました。作者は誰、どの詩から取られたものだ、とよく教えてくれました。」(*9)
というシャーロットの友人メアリ・テイラーの証言、そしてギャスケル本人が捉えた
「しかしときどき、生き生きとした興味をもったり正当な憤りを感じたりするのが当然の場合には、まるで何か霊的な明かりが灯されたかのように、表情に富む眼の奥で光が輝き出て、燃えることがあった。わたしは他のいかなる人にもこれと同じ眼を見たことがない。彼女の顔立ちは、他の部分についていえば、器量が悪く、造作が大きく、釣り合いが悪かった。しかしそれらの一覧表を作り始めるのでなければ、そのことはほとんど気にならないであろう。というのは、眼と、表情の力が肉体的な欠点をすべて圧倒していたからである。」(*10)
というシャーロットの印象を紹介しています。
また『赤毛のアン』には、かんしゃくを起こしたアン・シャーリーがギルバートの頭に石盤を打ち付けて割るという、いわゆる「石盤事件」が描かれていますが、シャーロットが描いた物語『ジェイン・エア』では、緊張したジェインが誤って石盤を落として真っ二つに割ってしまい、教室中の注目の的になったうえに教師から罰を受ける、というエピソードが描かれているのです。石盤を割るというエピソードの元祖は、偶像を崇める同胞に怒って十戒石板を割るモーゼであり、「怒って割る」という点でモーゼにより近いアン・シャーリーですが、アンとシャーロットの共通点を踏まえた上で『ジェイン・エア』と『赤毛のアン』を読めば、やはりそれぞれの「石盤事件」は自然に重なって見えてきます。
そしてこの他にも、アンの最初の友だちになるダイアナと、ジェインの気持ちを最初に理解してくれる女中のベッシーは、ふたりとも黒い瞳に黒い髪の血色の良い肌の美人だった・・・など、類似するエピソードが色々と浮かんでくるのです。

エミリー・バード・スターとエミリー・ジェイン・ブロンテの間にも、大きな共通点が見られます。
モンゴメリの描いたエミリー・バード・スターは詩人をめざし、都会には出ずに故郷の自然の中で詩作を続けますが、エミリー・ジェイン・ブロンテも、その作品が注目され始めた後もロンドンの文壇に出て行くことを望まず、ずっとハワースの荒野を歩き続けていたのだそう。
また、エミリー・シリーズの第一作目である『可愛いエミリー』の原題は"Emily of New Moon(新月屋敷のエミリー)"ですが、エミリー・ジェイン・ブロンテには
月の光がこうこうと輝く風の夜
一面の光の世界を視線はさまよう
といった月を歌った詩や、
夜のあいだずっと、おまえの目はきらきらと
私の瞳を覗き込んでいた。
そして私は深くやるせない吐息をつき、
この天からのまなざしに感謝する。
次から次に襲いくる思い ── 次から次に
果てしなく星が輝き
遠く近く、やさしい神秘の力が
全身を貫き、私たちは一つに。
という「星」という題の詩があります。(*11)
キャサリン・フランクによる評伝に、
「エミリーの詩に、夜、暗闇、風、月、星などがしばしば出てくるのは、彼女がもっとも自由に詩を書いていたのが夜だったということにも一因があるのかもしれない。【中略】エミリーは昼間の勉強や仕事をわきに押しやり、深夜まで、想像の世界に身を委せる。」(*12)
と書かれているエミリー・ジェイン・ブロンテ。真夜中の3時に詩作に没頭するヒロインにエミリー・バード・スターと名付けたモンゴメリが、彼女を意識していなかったわけがありません。
Ⅱ - 2 符合する登場人物たち
モンゴメリとブロンテ三姉妹のそれぞれの登場人物同士にも、多くの共通点がみられます。
①二人のシャーリー
シャーロット・ブロンテの『シャーリー』には、主人公シャーリーについて次のような記述があります。
「シャーリー・キールダー(彼女にはシャーリー以外洗礼名がない。両親が男の子を欲しがり、結婚して八年後、娘しか授からなかったのを知ると、男が生まれた場合につけるつもりだった家族の男子名を彼女に与えたのだった)。【中略】生まれつき血色はよくないが、知的で、表情は変化に富んでいる。」(*13)
本当は男の子が欲しかったのに授かったのは女の子、というプロットはマリラの家に来たアン・シャーリーの境遇と同じですし、その容姿も
「小さな顔は、青白くて、肉が薄く、【中略】あごは尖っていて凛々しいこと。大きな瞳は生き生きと精気に満ち、唇は愛らしいが、口元は表情に富み、そして額が広く豊かなこと。」(*14)
という特徴のあるアン・シャーリーと重なります。また、
「夢見心地の状態や白昼夢にふけっている様子」(*15)
というシャーリー・キールダーのキャラクターも、
「『外の方が、想像の余地があるから』だとか何だとか。思うに、ちょと変わった子ですな」(*16)
と評されるアン・シャーリーを彷彿とさせます。
②二人のギルバートと二人のブライス
アン・シャーリーがずっとライバル視していて、後に夫となるギルバート・ブライス(Gilbert Blythe)の名は、アン・ブロンテの『ワイルドフェル・ホールの住人』という小説の語り手であり、主人公ヘレンが後に再婚する相手であるギルバート・マーカム(Gilbert Markham)と符合します。
『ワイルドフェル』のギルバートは、
「僕が感情をこめたり、機嫌を取り結んだりしそうになったり、言葉や視線にわずかながらも愛情の兆しが見えたりすれば、その瞬間に僕は彼女の態度の急変で罰せられました。《中略》やっとの思いで芽吹いたつぼみを一つずつ無情にも摘み取っていたのです。」(*17)
「僕は目の前の幸運を感謝して享受しながらも、未来にはこれ以上のものをと願い、期待することを忘れはしませんでした。しかしもちろん、こうした夢は僕だけのものにしておきました。」(*18)
と語っていますが、モンゴメリの描くギルバートも『アンの青春』で
「ギルバートはまだ少年期を脱したか脱しないに過ぎないが、人並みの夢は抱いており、その未来にはいつも、大きな澄んだ灰色の目、花のように美しい、優美な顔の少女がいた。ギルバートはまた、自分の未来をその女神にふさわしいものにしなければならないと、かたく決心していた。《中略》しかしギルバートは思っていることを言葉にあらわそうとしなかった。このような感情を明かそうものなら、アンは情容赦もなく、それを蕾のうちに切りとってしまうであろうし ── あるいはギルバートを軽蔑するにちがいないからだった。それがなにより辛かった。」(*19)
と悩んでいるのです。
『ワイルドフェル』のギルバートはヘレンのことを、貞淑な未亡人で(実は彼女は、堕落した酒浸りの夫から息子を連れて逃げてきていたのですが)、普通の女性に見られがちな他人のうわさ話に興じるようなところのない「心の純粋さと気高さ」を持ち、どの女性よりも「愛らし」く「崇高」であると惹かれます。(*20)
『青春』のギルバートも、「アンの最大の魅力」は、他の娘たちのように「見せかけの嘘をついたり、敵対意識をはたらかせたり、機嫌とりをするような、くだらぬ真似をしないこと」であり、「アンはこういうことからまったく離れていた。それも意識してでなく、動機も抱負も、水晶のように透明な、純情な性格からきていた。」と思っています。(*21)
このように、ヒロインに向けて芽生える恋心を蕾(bud)のうちに摘み取られてしまう、二人のギルバートの悩みはまさに同じものです。
また、『アンの夢の家』に登場するギルバートの大伯父さんの名前はデイビット・ブライス(David Blythe)ですが、シャーロット・ブロンテに求婚して振られた2人目の男性の名前もデイヴィッド・ブライス(David Bryce)で、ほぼ同姓同名です。(*22)
この実在の人物デイヴィッド・ブライスの、
「活発でハンサムな人」
「機知に富み ── 活発で、熱心で才気ある人」(*23)
という特徴はギルバート・ブライスを彷佛とさせますし、この男性が 23歳のシャーロットにプロポーズして振られ、
「六か月後に、突然、血管破裂で亡くなってしまった。」(*24)
という点も、アン・シャーリーに振られた後に病気になって死の淵をさまよったギルバートのエピソードを思い出させます。そしてモンゴメリは、このエピソードをアン・シャーリーが22歳頃の出来事としておいているのです。
③二人のダイアナ
アン・シャーリーが「心の同類」(Kindred spirits)を感じる腹心の友、ダイアナ・バリー(Diana Barry)。彼女については、シャーロット・ブロンテの出世作『ジェイン・エア』で、主人公・ジェインが親しみを感じた女性ダイアナ・リバーズ (Diana Rivers)と符合します。
ジェインはダイアナの兄からプロポーズされますが、実はいとこ同士だったという筋立ても、いとこ同士すなわち血族関係=kindred となります。リバーズの「リ」と「バ」をreverse(逆転)させるとバリーになるのも、ユーモアの才気あるモンゴメリならではのネーミングだったのではないでしょうか。
④二人のマシュー
『シャーリー』の物語には、シャーリーと並ぶもう1人の主人公キャロラインが登場します。父を亡くし、幼い頃に母と別れた彼女の養父であり叔父の名はマシューソン・ヘルストン(Matthewson Helston)。この名前と役柄は、マリラとともにアン・シャーリーを育てたマシュー・カスバート(Matthew Cuthbert)を思い出させます。
⑤二人のレイチェル
そして、『赤毛のアン』に出てくる世話焼きなご婦人レイチェル・リンド夫人(Rachel Lynde)。彼女は、アン・ブロンテの『ワイルドフェル・ホールの住人』の中に登場する「女主人の身の回り品を持って入ってきた頼りがいのある」(*25) 年配のメイド、レイチェル(Rachel)と符合します。
女主人ヘレンのメイドであるレイチェルは、物語の中でしばしば館のドアを開けて客人を招き入れていますが、モンゴメリが描くレイチェル・リンド夫人は最初の登場人物として物語の扉を開き、私たちを『赤毛のアン』の世界へと招き入れます。
このように、『赤毛のアン』の主要な登場人物の5人に関して、そのキャラクター設定までをも彷佛とさせる符合が見つかるのです。
【ふたりのシャーリーの符合図】

【アン・シリーズの登場人物とブロンテとの符合図】

Ⅱ - 3 ヒロインの誕生日
モンゴメリがブロンテ姉妹をオマージュしていたことを示すのは、名前や人物像の符合だけではありません。
モンゴメリの描いた二人のヒロインの誕生日は、三姉妹それぞれの命日との深い繋がりを感じさせます。アン・シャーリーの生まれ月である3月はシャーロット・ブロンテが亡くなった月。そして、エミリー・バード・スターの誕生日は、アン・ブロンテとエミリー・ブロンテそれぞれの命日である5月28日と12月19日とを組み合わせた5月19日になっているのです。
モンゴメリは新婚旅行先のイギリスで、ヨークシャーのハワースにあるブロンテ姉妹の家とシャーロットとエミリーが共に眠るお墓を訪れています。(*26)モンゴメリを研究する数々の文献では、このことはなぜかほとんど触れられていません。
妹・エミリーをモデルにした『シャーリー』という物語を描くなかで、自分より先に亡くなった妹を「この中に生き返らせ」「エミリーが経験せねばならなかった失望、苦しみ、失敗を取り除いた」(*27)シャーロット・ブロンテは、その6年後に妊娠中毒症のために38歳の若さで帰らぬ人となります。わずか10ヶ月前に、父親の牧師補をしていたアーサー・ベル・ニコルズというアイルランド出身の男性と結婚したばかりでした。
新婚旅行から帰る途中に、シャーロットが親友に宛てて書いた手紙には次のような文章があります。
「ネルへ ── この六週間のうちに ── 私の考え方はずいぶんと変化しました。いままでよりもっとよく人生の真実が見えてきました。……ほんとうよ。ほんとうなのよ、ネル ── 妻になるということは厳粛で、不思議な冒険です。女にとって」(*28)
これは、家族から遠く離れた場所での肩身の狭い教師やガヴァネス(住み込み家庭教師)の仕事に追われる若い日々を過ごし、妻子ある男性教師への片思いと傷心から結婚には後ろ向きだったシャーロットが、「結婚生活によってもたらされる日ごとの、時間ごとの親しみの感情」(*29)を喜び綴った手紙なのだと、伝記作家キャサリン・フランクは述べています。
その「日ごとの、時間ごとの親しみの感情」を、たった1年も味わうことなく亡くなったシャーロットの命日が3月31日。そして、ブロンテ姉妹、特にシャーロットが好きと言っていたモンゴメリがアン・シャーリーの誕生月としたのが3月(生まれた日にちはアンが孤児のため不明)。
これは単なる偶然でしょうか?
よく、おばあさんの命日に生まれた孫はおばあさんの生まれ変わりだとか、ジョン・レノンの命日に生まれたミュージシャンの誰だれはレノンの生まれ変わりだ、ということを言ったりしますが、もしモンゴメリにもそのようなイメージがあったなら、シャーロットの亡くなった3月をアン・シャーリーの誕生月にすることで、シャーロットの魂を再生しようとしたのかもしれません。
ところで、モンゴメリは1906年9月にマクミランへ宛てた手紙を、次のような一文で締めくくっています。
「海岸に行くと、わたしはいつも仲間がほしくなります ── 海の広さ、果てしなさ、広大無辺さに触れると、自分の卑小さに否応なく気付かせられて、無性に人恋しくなります。でも、森の中では、ひとりっきりでいるのが好きです。どの木もみんな昔からの親友ですし、ひそやかに吹き抜ける風はどれも陽気な仲間ですから。もし、霊魂再生説を本気で信じるなら、この世に生をうける以前のある一時期、わたしは木だったことがあるのだと思うくらいです。森の中にいると、いつも、完璧に、心ゆくまでくつろげるのです。
ところで、あなたはその霊魂再生説を心から信じる気になりますか。わたしにとっては心惹かれるものです。憂うつな気分のとき、生命は脈々と続いてゆくのだと考えるのが好きです。ひとつの生命と次の生命の間に死という安らかな眠りをはさんで ── 忙しい昼の時間にはさまれて夜があるのと同じように。それは不死の生ということほどには信じがたいとは思われません。さて、そろそろ危険な深みにはまりこみそうになってきましたし、時間も遅くなりました。おやすみなさい、未来の休暇の楽しい夢を見ますように。」(*30)
このような感性を持っていたモンゴメリですから、シャーロットの亡くなった3月を誕生月としたアン・シャーリーの物語を描くことで、家庭を築いていく喜び から一転して永遠の別れという悲しみの淵へと突き落とされた、愛する先達の魂を再生し救済しようとしたとしても不思議ではないでしょう。
シャーロットが妹・エミリーにそうしたように。
果たしてモンゴメリは、シリーズの4作目『アンの夢の家』(後の1936年に書いた『アンの幸福』がシリーズ4作目に位置づけられるので、シリーズ構成としては5作目)で、アン・シャーリーにギルバートと結婚して家庭を育むことに専念する道を選ばせます。『赤毛のアン』では自由な少女時代を過ごし、続く 『アンの青春』『アンの愛情』でも当時の若い女性としては破格の学問的成功を修めたアン・シャーリーが、平凡な家庭婦人に落ち着いていくという展開に、
「『赤毛のアン』でのアンは、聡明で、誇り高く、それでいて心優しくて、夢や憧れを大切にする少女だった。私はそんなアンを愛しているし、彼女が生き生きと描かれている本書もまた好きだ。そのアンが、そのまま大人の女になり、働き、恋をする姿を期待していた。しかし、アンは最後に、中学校校長の職を捨てて結婚し、五人の子供の育児に追われ、夫ギルバートの心変わりを気にやむ平凡な女になる。女は個性や自我を捨てなければ大人になれないとでも言うように・・・。」(*31)
などと失望する向きも少なからずおられるようです。
しかし、シャーロット・ブロンテの生涯を強く意識していたモンゴメリであれば、アン・シャーリーが社会的成功を収めた後で、愛情豊かな結婚生活を送るイメージを始めから抱いて物語を描いていたはずです。
実際、『アンの夢の家』は112日間(1916年6月16日~10月5日)という当時のモンゴメリとしては最速の早さで描き終えられ、1917年7月の日記ではその出版に際して「『赤毛のアン』や自分でも気に入っている『ストーリーガール』と比べても一番の自信作」(*32)であると書いていることや、彼女の最後の住処である「旅路の果て」と呼ぶ屋敷に『アンの夢の家』の表紙絵が飾られていた(*33)ことからも、アン・ シャーリーの幸せな2年間の新婚生活を描いたこの作品に、モンゴメリが込めた思いの強さを知ることができるのです。
Ⅱ - 4 シェイクスピアよりもブロンテ
これまで見た通り、モンゴメリの作品にはブロンテ姉妹へのオマージュが散りばめられています。
ところで、『赤毛のアンに隠されたシェイクスピア』(松本侑子 著)では、アンのAnneという綴りそれ自体について、シェイクスピアの『リチャード三世』や『ヘンリー八世』、『ウィンザーの陽気な女房たち』に登場するAnneとの関連を指摘しながら(*34)、「登場人物の名はシェイクスピア劇のパロディ」(*35)であると論じています。
しかし、『ヨーロッパ人名語源辞典』をみると
「ボヘミアのアン以後、イギリス宮廷にはアンの名をもつ人物が数多く排出した。リチャード3世の妃アン(Anne of Warlick)、ヘンリー8世の6人の妃のうち2人のアン(Anne Boleyn, Anne Cleves)、ジェイムズ1世の妃アン(Anne of Denmark)、ジェイムズ2世の最初の妃アン(Anne of Hyde)、そして、ジェイムズ2世とアン・オブ・ハイドの次女で、後の女王アン(Anne, 在位1702-14)などがその例である。」(*36)
とあり、「フランス的で、いわゆる『上品』なイメージがある」(*37) "e"のつくAnneはイギリス宮廷では珍しくない名前だったようですから、シェイクスピアに由来を求める必要もない・・・というより、シェイクスピアも宮廷を描けばAnneに当たるという程度のものだったようです。
松本氏はまた、宝石に魅入られ倫(みち)を外した男爵夫人を描いたウォルター・スコットの『ガイアスタインのアン』という物語のタイトル "Anne of Geierstein" が、アン・シリーズのタイトル("Anne of Green Gables", "Anne of Avonlea", "Anne of the Island" 等々)の元ではないかと推論しています(*38)が、先に『ヨーロッパ人名語源辞典』から引用したように、Anne of ~ という表現はイギリス宮廷のAnneたちの呼び名として決して珍しいものではなく、女王アンもAnne of Great Britainと称されています。このことから、スコットにせよモンゴメリにせよAnne of ~というタイトルは、宮廷女性の定型的な呼び方をなぞったものと考えた方が素直でしょう。
実際、モンゴメリは『アンの青春』の中でダイアナに「アンという名前はあたしには、ほんとうに威厳のある、女王のような感じがしてよ。」(*39)と言わせています。
松本氏はそのダイアナの名の由来についても、シェイクスピアの『終わりよければすべてよし』で主人公ヘレナの結婚を機転を利かせてうまく取り持ったダイアナ・キャピュレットからではないか、と書いています。そして、「ヘレナという名前も調べてみると、アンから派生する名前」(*40)であるとして、シェイクスピアとの関連性を一層強調しています。しかし、『ヨーロッパ人名語源辞典』にはヘレナとアンの関連を示す記述は見当たりません。その代わり、アンはハンナの変化形(*41)とありますから、松本氏はヘレナとハンナを間違えたのかもしれません。
実質的にアン・シャーリーとダイアナ・バリーの2人だけの事例から「登場人物の名はシェイクスピア劇のパロディ」(*42)とする松本氏は、これを補強するように「シェイクスピアの妻と弟妹がアン、ギルバートそしてアンという名前」(*43)という事実を示してシェイクスピアとの関連を強調していますが、シェイクスピアの家族のキャラクターやエピソードについての紹介はありません。
もちろん、モンゴメリが『赤毛のアン』の人物設定に関して一切シェイクスピアに因んでいないと言い切るつもりはありませんが、ブロンテ姉妹との間に見られる多くの直接的な符合のほうが、より強い関連性を物語っていると言えるでしょう。
【モンゴメリとブロンテ姉妹、英王妃 人物名関係図】

Ⅲ - 1 アンの結婚、モンゴメリの結婚
モンゴメリの一番のお気に入りだった『アンの夢の家』の冒頭には、こんなシーンがあります。結婚式の支度をしながら、ハーモンという小母さんから
「中学校の先生をしているのに較べたら、結婚生活はあんたの思ったほど気に入らないでしょうよ」(*1)
と言われたことを思い出したアンは
「ハーモンの奥さんは、知らない困難に飛び込むより現在しょってる苦労のほうがましだというハムレットの意見に賛成してるのよ」(*2)
と言って朗らかに笑います。するとダイアナが言うのです。
「『ハー モンさんの言うことなんか気にかけることはないわよ。』ダイアナは主婦生活四年の貫禄を示して慰めた。『勿論、結婚生活にはいいこともあれば悪いこともあるわ。万事が必ずうまくいくものと考えてはならないのよ。でもね、アン、結婚生活は幸福なものだということは確かよ、自分に合った人と結婚すればね』」(*3)
この作品が発表されたのは1917年。モンゴメリが結婚して6年が過ぎた頃のことですから、ダイアナの台詞はモンゴメリ自身の台詞でもあるように聞こえます。モンゴメリは、12年間の長きに渡って厳格な祖母を一人で世話し、そして看取ったそのすぐあとに、1906年に婚約していた牧師のユーアン・マクドナルドと結婚しました。モンゴメリが遺した記念品や写真、スクラップブックなどをまとめて紹介している『あるカナダ人の人生を描写して:L.M.モンゴメリーのスクラップブックとブックカバー』というサイトには、
「1903年にモードがノラ・ルフルジーと順番に書きつづった、コミカルな日記の中で【中略】ノラはユーアン・マクドナルドに対するモードの関心をからかいました。6月25日、ノラはこう言っています。『月曜日の夜、モードは『アイスクリーム(のように甘い)』電話をかけなくてはならなかった(ほら、彼女は若い牧師が来てから教会での仕事を始めたでしょ)』(未出版日記、147p)。」(*4)
という記事が紹介されていますから、ユーアンがモンゴメリの住むキャベンディッシュに赴任したときから二人の交際が始まっていたことがわかります。8年もの交際期間を経たうえでの結婚ですから、モンゴメリにとってユーアンは「自分に合った人」だったのでしょう。とは言うものの、少し気になることもあるのです。

nobvko《水野暢子》