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主要人物の特徴

ラクシュミ 長いゆるやかにうねる銀色の髪、金色に輝く瞳で背が高く体格もそれなりにいい。前髪は眉が隠れる程度の長さで真ん中でわかれている。冷たい印象の美しい顔。王の威厳が漂っている。

 

アナスターシャ ゆりが最初に産んだ子供。ちょっとお勉強が苦手。

シス 二人目の子供。 おっとりしている。女の子みたいにかわいい。

ラギ 三人目の子供。赤い月以外にゆりが孕んだため、力に恵まれなかった。だが、知能が高い。本が好き。

ハザーク (人の時)髪も衣も飾り物も金色。髪は額で左右に分かれた長い髪、人とは違い独特な雰囲気があり、近寄りがたい美しい顔立ちをしている。  体のところどころに金色のうろこのような模様がある。 (蛇の時)金色に輝くでかい蛇

ミカエル 背が高い。首にすそがかかるくらいの黒髪。黒い瞳。きりっとした眉でかなりのいい男。いい声。背中に紫の蛇。  ゆりのあだ名「あこがれの芸能人」

フリット
  薄い紫がかった髪の色で目にかかる程度の前髪、背中の中央くらいまでの長い髪を首の右横で結んでたらしている。 優しそうな顔立ち。背はミカエル並に高い。胸に青い蛇  あだ名「優しいお兄さん」

ジュノー  青みがかった銀髪でさらっとした短い髪。爽やかでかわいい顔立ち。中肉中背。腰にぐるりと緑の蛇。 あだ名「爽やかな貴公子」

ヴィラ   青みがかった銀髪で短い髪。美形だが目つきが鋭いせいでジュノーよりは冷たげに見える。中肉中背。右腕に緑の蛇。 あだ名「謎のどきどき訪問者」

ミルキダス 面長の顔で額にわずかにかかるくらいの短い黒髪。赤いピアスをしている。後ろは襟足の真ん中を少しだけ伸ばして結んでいる。男らしいきりっとした眉。中肉中背。右腕に赤い蛇。 あだ名「恥ずかしがりやさん」

イシュタール
 背はかなり高め。体格もいい。深い緑と黒が混じった髪で癖毛のようにはねている。左目は深い緑。右目は緑に黒い縦線が入った蛇の目。左の頬に10センチほどの傷あと。背中から首にかけて緑の蛇。 あだ名「タフなナイスガイ」

 

シャナーン  ヴィクターの息子。ちょっと長めで青系の髪で銀色の髪が多少混じっている。腰周りに薄い紺色の蛇。体型は細身。背はヴィラやジュノーよりは少し低い程度。普通にしていたら外見上は男性としてはちょっと頼りなさげだが、芯が強くかなりの努力家。与えられた仕事は完璧にこなすタイプ。ゆり以外の女性に対してはクールに接しているようだ。あだ名「私の王子様」


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主要人物以外の人物

ミラ   ゆりの侍女。猫の一族で猫耳と尻尾がある。

フレイ  老人の医者。王族担当。長い白髪を後ろでしばっている。

ザメハ  王の相談役。あごひげの長い老人。 白髪

ジェダン 内政責任者 珍しくちょっと小太りで恰幅のよい中年の男。おでこが出るほどの短髪で口ひげあり。

ジュメ  能力が高めの女戦士。混血児。 ウエーブのかかった黒髪。目鼻立ちのはっきりした美人。

ロアンナ フリットの母。時々ゆりのご機嫌伺いにやってくる上品な女性。

キャシーとジェシカ カールした黒髪、丸顔で顔がそっくりのミルキダスの彼女達。

ジェナサイト  第一巻でゆりの死んだ振り事件に巻き込まれた戦士。

ザクート王 第一巻の儀式で登場した古の王。歴代の王の中では一番すごい王だった。美麗な外見。

 

将軍達

ヴィクター 北の将軍一族の戦士の中でナンバー1の実力者。昔ミカエルの父ミハエルといろいろ 競い合ったようだ。所々銀色が混じった青い髪。ダンディなおじ様。

ナザニエル 南の将軍。薄い紫色の髪。肩につく程度のオールバック。ちょっと目じりが下がっている。娘がフリットの彼女になっている。

ロナウド   東の将軍。体格の良い男。緑のつんつんヘア。背中にすっごい蛇がいるのが自慢。

キース    西の将軍。4人の中では一番若い。背中にかかる程度の黒髪。左目は蛇の目。真面目な性格。


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序章

 花々が咲き乱れるうららかな春、街では春の女神がやってきた祝祭が行われていた。人々は陽気に歌い、踊っている。街の中は花々で綺麗に飾られて、花の妖精に扮した少女達が大きな通りを踊りながら花びらを撒いていた。
 街から離れた小高い丘に、青い短髪の男が一人ぼんやり立っていた。丘には野花が咲き乱れていたが、男の目には映ってはいないようだ。ここからでも祭りの様子は伝わってくる。華やかな祭りも、男の心を高揚させることはなかった。

「こんな所にいたのか」
 緑色の長髪の男が横に現れた。
「一人でどうしたんだ?」
「彼女と祭りに来たかったなあ……」
 元からいた男がぽつりと言った。
「彼女……もしかして、リサのことか?」
「ああ、今日でちょうど一年になる」
「そうだったな。もう一年か……」
 友人の妹が亡くなって一年、そしてその女性は、男が心惹かれた女性でもあった。

『元気になったら赤い月を共に過ごしていただけませんか?』
 男はうやうやしくお辞儀をしてそう女性を誘ったのだった。 彼女の驚きは相当なものだった。彼女は病気がちで、大人になっても床に伏す事が多かったようだ。最初は友人に頼まれて彼女に会っていたのだが、純粋な彼女に接する内に、安らぎを感じる自分がいた。そう、彼女は誰よりも純粋な人だった。

『あなたと一緒に赤い月を眺めたいんですよ』

 あの時は真面目にそう思っていたのだが……
 結局赤い月を共に過ごすこともなく、彼女は逝ってしまった……

 緑の髪の男は何か言いたげだった。
「なんだ?」
「実はな、陛下がとうとう魔法を使われる決心をなさったようだ」
「魔法? ある特定の人物を召喚するという魔法のことか?」
「ああ。どうしても儀式を行いたいとおっしゃってな」
「そうか……」
「難しい魔法だし、ムサカ様は反対されていたんだが……」
「陛下が決められたのなら、我々も協力するしかないだろう」
「ああ……」
 どちらも喜んでいるようには見えなかった。

 儀式か……
 陛下の思い通りに事が運べばいいが……

 街からは軽快な音楽が鳴り響いていた。
 二人はしばらく丘にたたずみ、それぞれの思いに浸っていたのだった。


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第1話

 空一面どんよりとした雲に覆われていた。雨が降りそうだが降らない。降るなら降ればいいのに、と空を見上げつつゆりは思った。暦は九の月である。まだ夏と言えるほど気温は高めだが、汗が吹き出るほど暑くはない。場所により気温に差があるが、城のあたりは過ごしやすい方だった。

 ゆりがこの世界にやってきて今年で十九年目になる。子供はもう三人生まれて、またもや妊娠中。しかも今度は双子のようだ。もうすぐ五人もの子持ちになるのだ。こちらの世界では信じられない速さで子供を産みまくっている。虎の国のアヤコはゆりよりも随分早くこの世界にやってきて、今二人を妊娠中だ。それを思うと、ゆりは相当孕みやすい体質をしているようだ。ゆりは人数が少ない蛇の一族にとっては願ってもない王妃様、国での人気もかなりのものである。

 この世界は広く、場所によって気候も違うようだが、地図を見てもこの世界がどれほど広いのか、ゆりにはいまだ良くわからない。この蛇の国もそんなに大きな国ではないのだが、移動する時は瞬間移動で連れて行ってもらったりしているので、国の大きさがあまりわからないのだ。街には何度も行ったが、それも大きな街だけで、小さい街や村にはあまり行ったことはない。まだまだゆりが知らない事がこの国にもいろいろありそうだ。一度国の中を馬車に揺られながらゆっくり旅してみたいものだが、それも今はかなわぬことだろう。大きな街から城に向けての道や、街から街への道は綺麗に整備されてはいるが、夜になると山から獣が下りてきたりすることもあるようだ。野宿なんて一般人は危なくてできないらしい。

 この世界はどこも、町を少し離れれば見渡す限り大自然に満ちている。夜になれば満天の星。この星空だけは、何度見ても見飽きることはない美しさだ。

 ゆりは子供達に聞かれて自分がいた世界のことをいろいろ説明したことがあった。向こうの世界の人達は魔法では飛べないが飛行機や車、電車などの乗り物で移動する、と言うとラギが一番興味深げに聞いていた。この世界はかなりの歴史があるにもかかわらず、人々の生活はあまり進歩していないようだ。元の世界なら、一万年もあればロボットが平気で街を歩いていそうだ。いや、もしかしたら何かの映画のようにロボットだらけの世界になってしまっているのかもしれない。

 ゆりはアヤコにそういう手紙を書いた。

「進歩が必ずしもいいこととは限らないわよね。少なくとも、この世界には公害なんてないものねえ」
 とアヤコは手紙に書いていた。
 確かにそうだ。この世界の空気はどこも澄んでいて、汚染された川や海などないのだろう。二つの世界で大きく違うのは魔法が使えるか使えないかということ。そして動物から進化したこの世界の人々は、大自然が側になければ、たぶん生きてはいけないのかもしれない。

「昔も今も変わらない世界か……」
 ある日部屋のバルコニーから空を見上げてつぶやいていたら、服をひっぱられた。横を見るとラギがいた。ラギは茶色い瞳に銀の髪をしている。今その髪は首あたりまでの長さにそろえられていた。好奇心旺盛なラギの瞳は、いつも何かを求めて輝いているかのようだ。どっから見ても女の子に見えるシスと比べると、ラギは品のいいおぼっちゃんという顔立ちだ。

「どうしたの?」
 とラギが聞いた。
「ちょっと難しいこと考えてたの」
「何々?」
「この世界って昔も今もあんまり変わってないんだろうな、って考えてたの。人々の暮らしってだいたい同じでしょ?」
「そうかなあ。この国は結構変わったんじゃない? 本とかみたら昔はかなりすごかったらしいよ」
「どうすごかったの?」
「城の中のあちこちに金銀財宝が飾ってあったり、今よりも領土が広かったし」
「へーそうなの」
「そうだよ。大昔は国の中はほとんど一族の人間ばっかりだったようだしね」
「へーうらやましい話ね。金銀財宝があふれた城とやら、見てみたいねえ」
 ゆりはちょっと想像してみた。それこそおとぎ話に出てくるお城のイメージだ。このお城には宝物倉のような部屋があり、そこにだけ金目のものがいろいろ置いてあった。だが「金銀財宝があふれた」、というほどでもなかった。長い歴史で大惨事があった際、財宝はじょじょに売られていき、今ではそんなに残っていないようだ。

「僕も見たいよ。ところでお母さん、まだハザーク様のところ行かないの?」
「あ、そうだった。これから行こう」
 今日はハザークに竪琴を披露する日なのだ。

 ゆりは一緒に行くというラギと共にとことこ塔まで歩いて行った。ラギはノートとボウルのような深めの皿をもっている。
「何それ」
 ゆりが皿に入っている物を見て聞いた。皿の中には五センチほどの茶色い丸い物が一杯入っている。
「これ前に取った丸い実だよ。干してから中身を出したんだよ」
「へー」
「それをちょっと煎ってから食べるんだよ」
「あんた物知りねえ……」
「母さんが知らなすぎるだけだよ」
「ぐ……」

 成長するにつれて生意気度も増してるような気がする……

 今年でアナスターシャは十三歳、シスは九歳、ラギは七歳だ。子供の時期が長いので、三人共そんなに背が伸びたりはしてはいないが、それなりに成長はしている。ラギは力の授業を受けない分、頭の中にいろいろな知識を詰め込んでいるようで、大人が知らないような事でもよく知っている。植物を使っていろいろ実験したりするのが好きなようだ。困ったことにラギは毒蛇も好きで、部屋の中も毒蛇だらけのことがあり、ゆりはたまにラギの部屋に知らずに入って悲鳴をあげている。蛇は好きだが毒蛇はいまだになでなでできない。

 ハザークの部屋に入ったラギはさっそくお皿を侍女に渡していた。侍女は中身を見て「まあ」と喜んだ。ハザークと侍女らは、その実が好きらしい。
 子供達は成長しているが、その周りの光景はあまり変わることもない。ゆり自身もそうだ。男達にいたっても、かなり変わったのはシャナーンくらいで、大人になって百歳前後になると、あまり変わらないようだ。ミカエルの二枚目顔も健在だ。ジュノーとヴィラが最初の頃よりはちょっと顔が大人びたような感じだ。
 特に、このハザークの部屋は時が止まったかのようだ。ハザークも侍女達も、全く変わってはいない。だが、今ではゆりはハザークとかなり親しくなったし、子供達がここに訪ねてくるようになったり、とそういう変化はある。ゆりはハザークと恋人同士になったが、「男達の中で一番に好きか?」と聞かれるとよくわからない。もちろん一番愛しているのはラクシュミで、男達はみんなそれぞれ二番目といえるくらいに好きだ。

 ゆりはとりあえず竪琴を披露した。最近では二十曲くらいの曲をマスターしている。どれも難しいものではないが、最初の頃に比べると雲泥の差だ。継続は力なりだ。あと五十年もすればプロ並みになれるのではないかと、自分では真面目にそう思っていた。
「だいぶ安心して聴けるようになったねえ」
 と曲を聴いた後ラギが言った。
「どうもありがと」
「前よりはだいぶましだな」
 とハザークも言った。
「ハザーク様、どうぞ」
 侍女が小皿に丸い実を入れてハザークに渡した。ハザークは起き上がって丸い実を口に入れた。
「ハザーク様、おいしい?」
 ゆりは聞いてみた。
「ああ、おいしいぞ」
「一個もらってもいい?」
「どうぞ」
 侍女にもらいゆりは実を口に入れてみた。煎っているせいか香ばしい味がする。

 ピーナッツの味に似てるなあ。まあおいしいかもね

 侍女らも口に入れていた。
「お菓子に入れてもいいかもね」
「はい、たまに入れることもありますよ」
 と侍女。ハザークの侍女らはお菓子を作ったりするのが得意だ。ラクシュミは全く甘い物は食べないが、ハザークは時々食べている。ケーキなども嫌いではないようだ。 ちなみに長いつきあいになるが、いまだに食事中のハザークに出くわしたことはない。蛇が食べる物を食べているのか、人が食べる物を食べているのかは謎だ。
「ハザーク様、これを教えてほしいんですけど……」
 ラギはハザークの機嫌がいいところで近づいてノートを開いて見せた。
「線を引いてるところの発音がよくわからないんです」
 ハザークはノートに目を向けて、ちょっと首をかしげた。
「我にもよくわからん」
「え! そんな!」
「これ、古い古代語だろ? 覚えてない」
 ラギはガーンと口を開けていた。
「ザクート様が、ハザーク様に聞けって言ってましたけど……」
「確かに大昔教わった記憶はあるが、忘れた」
 あっさり言われてしまい、ラギはショックを受けた。
「そんなあ……」
「それって何? 古代叙事詩ってやつ?」
 ゆりが聞いた。
「うん。辞書があったから訳とかはなんとかなったけど、発音で分からない所が多いんだよ」
「ふーん。ハザーク様がわからなきゃ、分かる人はいないわねえ」
 ゆりはあっさり言って、ラギに睨まれた。
「発音が分からなきゃ暗記のしようがないよ」
「現代語に全部直しちゃだめなの?」
「それじゃ意味がないんだよ。古代語の言葉自体に意味があるんだから」
「ふーん」
「ああ。ザクート様また出てきてくださらないかな……」
「後九十九年待たなきゃ」
「そうだ、時間をごまかして強引に儀式できないかなあ」
「無理でしょー」
 と言っていたゆりだったが、
「それ、いいかも、試しにやってみよう!」
 と言い出した。ゆりの左目は蛇の目に変わっている。ゆりの中には蛇の一族に近いもう一つの人格がいるのだ。
「何言ってるんだ。王妃、絶対だめだぞ」
 ハザークが心なしかあわてて言った。
「どうして? ザクート様まさか怒らないでしょう」
「だめだ。また王妃が変になったら困るだろう」
「ぶー」

 塔から帰る頃にはゆりの目は黒目に戻っていた。
「まあとりあえず古代叙事詩はおいておこう。僕近々虎の国に行くからね」
「え? 虎?」
「うん。せっかく魔法陣があるし、遊びに行くことにしたんだー」
 ラギはにこにこして言った。
「虎ってどれだけ大きいのかなあ」
「王様がいいって言ったの?」
「うん。今朝聞いたら、いいって言った」
 というと、ラギの顔が赤くなった。
「?」


 夕食の時間、その事を聞いたアナスターシャとシスは驚いていた。
「えーいつ行くのー?」
「わかんないけど、今月中には行くよ。今年中には帰ってくるからね」
「いいなあ。私も行きたい!」
「アナスターシャはさすがにだめでしょう」
 ゆりが言った。
「誰と行くの?」
 シスが聞いた。
「まだわからないけど、別に一人でもいいけど」
「あんた一応王子なんだからそういうわけにもいかないでしょ。そうだ、ミラを連れて行ってよ。ついでに里帰りさせてあげて」
「いいよ」
 虎の国には猫の一族の町がある。ミラはそこで生まれたのだ。休みをあげるといってもなかなか帰ろうとしないのでいい機会だ。
「お土産に虎一頭連れてきてよ」
 アナスターシャが言った。
「それはどうかな……」
 とラギ。
「アヤコさんは蛇が大嫌いだから蛇の話は禁句よ」
「うん」

 まあ大丈夫か、虎の国なら、魔法陣で行くから道中の心配しなくてもいいし……

「ところで魔法陣って他にどこに行けるの?」
 ゆりは初めて疑問に思って聞いてみた。
「虎の国にしかいけないよ」
 とラギが言った。
「え? そうなの? もっとあちこち行けないの?」
「行けないよ。虎ほど仲のいい国は他にないし」
「羊の国とも仲がいいんじゃないの?」
「親密ってほどじゃないよ。それに羊の国は行こうと思えばすぐ南の国だからいけるし」
「へーそうなんだ……」

 あれってどこにでもびゅんびゅんいけるわけじゃないんだ。なんだー
 でも虎の国、懐かしいなあ。あの頃は王様と仲が悪くて……なんか思い出しちゃったなあ……

 ゆりが虎の国に行ったのは、結婚はしていたが、まだラクシュミと親密ではなく、夫婦仲もよくない時期のことだった。今となれば懐かしいが、あの頃はラクシュミとあっさり結婚したのを本当に後悔していて、虎の国に逃げたいとさえ思っていた。ゆりにすれば一番辛い時期の思い出だ。

 今はそんなこと微塵も考えてないもんね。王様がいない生活なんてありえないしね

 あれからいろんなことがあり恋人もわんさかできてしまったが、ラクシュミとの関係がなければ、他の男達との関係も成り立たない。

 やっぱり王様がいっちば~ん♪

 ゆりはその夜寝室にやってきたラクシュミにべったりくっついた。
「ラギ虎の国に行くんだってね。すごく楽しみにしてるよ」
「ああ」
「どうして許可したの?」
「ラギは好奇心が旺盛だからな。まあ、虎の国ならそう危険はないだろうし」
 言ったのがアナスターシャだったなら、ラクシュミも許可はしなかった。シスでもちょっと微妙だ。だがラギならば、向こうの男の子に追いかけられることもないだろうし、まあ大丈夫だろうと思ったのだ。
「ラギは初めて私のことを『お父さん』と呼んだんだぞ」
 ラクシュミがちょっと嬉しそうに言った。
「え?」
 ラクシュミは虎の国に行かせる代わりに、「もう王様と呼ぶのはやめろ」と言ったのだ。すると、ラギは恥ずかしそうに「お父さん」と言ったのだった。その後すぐに「あ、お父様」と言い直したのだが、「別にお父さんでいい」とラクシュミが言ったのだった。その時ふと、ラクシュミが初めてゆりのおなかの子供に『アナスターシャ』と呼んだ時に聞いた声を思い出したからだった。

『お父さん……僕はあなたの息子です……』

 それを思い出したラクシュミは、「お父さんでいい」と言ったのだった。

「そうなんだ。ようやく……」
 ゆりは昼間ラギが真っ赤になっていた事を思いだした。
「しばらく会えないと寂しいね。王様」
「そうだな。まあ今年中には帰ってくるだろう」
「うん……」

 ラギが出発する日は九の月の二十日に決まった。その日は満月でラクシュミの力も強い時期なので、魔法陣を使うのに都合がよかった。それまで様々な者達がラギに別れを言いにきた。ミルキダスなどは目に涙を浮かべていて、まるで十年も会えないかのようだった。
「皆大げさだなあ。僕今年中には帰ってくるよ」
 周りの反応にラギが一番びっくりしている。

 そして旅立ちの前日の夜、アナスターシャが三人で一緒に寝ようと言い出した。シスとラギは微妙な顔をした。
「僕にーと一緒に寝るのはいいけど、ねーとは寝たくないなあ」
 ラギが言った。
「何よう。しばらく会えないんだからいいじゃない」
「ラギ、一晩だけ我慢しよう」
 シスがあきらめたようにラギの肩に手をあてた。

 結局ベッドで三人並び、いろいろ話をして眠ったのだが、夜中になったらアナスターシャの体は横になっていて二人のおなかの上に足をでんと乗せていた。
「もーなんでねーはこんなに寝相が悪いんだ」
 ラギはぶつぶつつぶやいた。
「姉様の寝相の悪さ、そのうち研究したら?」
 シスが言った。
「えー、やだよ。くだらないよ」
「そうかなあ……」
「……長く別れるのは初めてだね」
 ラギがちょっと寂しそうに言った。
「うん。危ない所に一人で行ったらだめだよ」
「うん」
「他の国じゃ思念は通じないのかなあ」
「無理だろうね。たまに鏡で顔を見せるからね」
「うん。楽しみにしてるよ」
 二人はアナスターシャの体を元に戻してそのまま眠った。


 次の日、朝食を食べた後、ラギは身支度をしてミラと魔法陣を抜けることになった。
「これ、アヤコさんに手紙を渡して」
 ゆりは封筒をラギに渡した。
「うん」
「ミラ、よろしくね」
「はい、王妃様もお元気で」
「じゃあねー」
「気をつけてね」
「ちゃんと帰ってくるんだぞー」
 魔法陣の部屋で、ラギとミラはアナスターシャとシス、ゆり、ラクシュミに見送られた。
「それじゃあ送るぞ」
 ラクシュミが言い、床にある魔法陣が光り輝いて二人の姿は消えてしまった。

「行っちゃったねえ……」
 アナスターシャがぽつんと言った。ゆりはその頭をなでた。
「すぐに会えるよ」
「うん」
 一同は魔法陣の部屋を後にした。


 一方、魔法陣で飛んできたラギとミラは、部屋から出て国王に会いに行った。
「この国って暑いんだねえ」
 ラギがミラに言った。こっちに来たとたん、むわっと熱気が漂ってきたのだ。
「そうですね。向こうよりは結構暑いですよ」

 金髪のたくましい国王はラギを見て歓迎してくれた。かなりの背の高さにラギはびびったが、顔はにこにこして人当たりはよさそうな国王だった。横にはでかい虎がいた。ラギは初めて虎を見たので、その大きさにまずびっくりした。

 虎ってなんて強そうなんだろう……でっかい手!

「アヤコが待ってるぞ。行ってあげなさい」
「はい」
 二人はアヤコの部屋に移動した。

「わー、いらっしゃい! ラギ君!」
 アヤコはラギの顔を見るなり喜んで抱き上げた。
「あーいいわねえ。手ごろな大きさの子供は……」
 ラギは久しくゆりにだっこされたこともなかったので、かなり恥ずかしかった。アヤコは大きな胸にラギの顔を押しつけている。
「ほんと、かわいいー」
「あのー……」
「みてみて、だっこもできちゃう」
 アヤコはラギを横にだっこした。
「アヤコ様ったら」
 ミラは横で苦笑していた。
「ごめんごめん、あまりのかわいさについ」
 アヤコはようやくラギをおろした。ラギの顔はまっかっかだ。
「お母さんからの手紙です」
 ラギは手紙を渡した。アヤコは手紙を読んだ。その間、ラギはしげしげとアヤコを眺めていた。確かにゆりと同じ耳だし外見上似たような感じがする。だがアヤコは純粋な虎の一族の気を放っていた。
「しばらくゆっくりできるのね、そうだ」
 アヤコはテーブルにおいてあった細い箱を開けて、中から首飾りのような物を取り出して、ラギの首にはめた。黒い紐の先には、黄色の宝石がついていた。
「これ、虎の一族の仲間のしるしだから、外さないでね」
「はい」
「いい子いい子」
 アヤコはラギの頭をなでた。その時扉が開いてのそっと大きな男が入ってきた。だが顔はよく見ると、まだあどけない少年のようだ。
「ラギ君、タロウよ。タロウ、ラギ君よ。しばらくいるから仲良くしなさいね」
「よろしく」
 タロウが言った。
「よろしくお願いします。タロウ様」
 相手がかなり大きかったので、思わずラギはタロウを見上げてそう言った。
「あー様なんていいから、タロウって呼び捨てでいいわよ」
 アヤコが笑っている。
「え、でも……」
「この子これでも十六歳なのよね、虎族の子供は発育がよくて、だっこなんてしたら骨折れちゃうわよねー。あ、そうだ、タロウ、ラギ君はすっごく頭がいいのよ。あんた苦手な算数を教えてもらえば?」
「え……十六歳?」
 ラギは驚いた。

 それなのにこんなにでかいんだ……まるでイシュタールを見上げるようだ……

 タロウの背はアヤコよりもずっと高いし、体つきも大人とそう変わらない。
「んじゃ遊びに行こうよ」
 タロウが言った。
「うん」
「タロウ、ラギ君はか弱いんだから過激な遊びはしちゃだめよ」
「わかってるよー」
 ラギはタロウにとことこついて行った。

 ミラも行こうとしたのだが、「子供だけで大丈夫よ」とアヤコにとめられた。
「その方が仲良くなるし」
「ですが、大丈夫でしょうか」
「大丈夫大丈夫」
 アヤコは笑って言った。
「それにしてもいいわよねー、あのくらいの子供。タロウなんて一瞬で私よりでかくなっちゃって……」
「タロウ様だってあれくらいの時ありましたでしょう」
「忘れちゃった」
 タロウがラギくらいの大きさの頃なんて今のアヤコにはさっぱり思い出せなかった。だっこできたのはせいぜい三歳くらいまでだ。
「ゆりちゃん、楽しくやってる?」
 アヤコはミラに聞いた。
「国ではすごい人気者なんだってね。商人達が噂してたわよ」
「はい、すごい人気ですよ」
 恋人がいっぱいいらっしゃいます……とは、さすがにミラは言わなかった。


「虎って大きいんだねえ。初めて見てびっくりした」
 ラギがタロウに言った。どうしても足の長さが違うので、ラギはタロウの後ろから必死についていってる格好だ。
「お前、足が遅いだろ?」
 タロウが振り向いて聞いた。
「え、さあ……わあすごい!」
 城から少し離れて、ラギは城の全貌を眺めることができた。城は飾り気のない真っ白なコの字型の建物だが、太陽の光で輝いて見えた。城の周りにはえている植物も蛇の国ではあまり見かけないものだ。真っ赤なチョウチョがひらひら飛んでいた。何もかもが興味深い。
 虎の一族らしい女性が二人通り過ぎていった。結構肌の露出度が高く、スカートも膝上までの長さで太ももをだしている。女性達はラギに陽気に手を振ってくれたので、ラギはぺこりと頭を下げた。木陰では虎達がくつろいでいる。大きい虎の側に小さい虎がくっついていた。虎の子供は結構かわいい顔をしている。

 ラギがあちこちを眺めていると、タロウはぴゅーと口笛を吹いた。するとのっそりと一頭の虎がやってきた。タロウはひょいとラギの腰に両手をあてて宙に浮かせた。
「あの? タロウさん何を」
「お前足が遅そうだから虎に乗せてやるな」
「え……?」
 そういうと、タロウは大きな虎の背中にラギをまたがらせた。
「え……あの……」
「体を前かがみにして、両手でしっかり虎の毛をつかんでるんだぞ。絶対離しちゃだめだぞ」
 言いながらタロウはラギの両手をつかまらせた。
「え、え……」

 なんだか嫌な予感がする……

「来い、ジャグー!」
 そういうとタロウは城の前を走って行き、虎も同じように走って行った。
「ええ……ぎゃー!!!!」
 ラギは必死になって虎につかまった。タロウはすごい速さで駆けて行き、虎も猛スピードで後を追っていく。少しでも離すと体が飛んでいきそうだ。

 死ぬー! 誰か助けてー!

 こうしてラギのスリリングな虎の国での生活が始まったのだった。


「ラギは楽しくやってるかしらねー」
 午後、部屋でお茶を飲んでいたゆりがぽつりと言った。
「ラギ様は好奇心が旺盛ですから、どこに行っても面白いでしょうね」
 侍女が言った。
「そうだね。好奇心の塊だもんね。虎を見るだけで感動してるかもねえ」
 まさかラギが虎に乗せられてぎゃあぎゃあ言ってるとは思いもよらない。

 かわいい子には旅をさせろか、一回り成長して帰ってくるんだろうなあ。楽しみ……

 ラギが城にいないことは珍しいことではないのだが、ゆりも子供達もなんだか寂しい気分だった。何かが足りない。そんな気分だ。


「本当に寂しいです」
 次の日ゆりの部屋に来たミルキダスは心底寂しそうだった。
「こんなに寂しいものだとは思いませんでした」
「ミルキダスったら……すぐに帰ってくるわよ」
「すいません、王妃を慰めにきたんですけど……」
「私の方が慰めてるね。ふふっ」
 ミルキダスのあまりのしょげぶりに、思わず笑ってしまったゆりだった。
「私も一緒に行きたかったんですが、ラギ様が『僕にべったりしてそうだからだめ』だって言ったんですよ。ひどいです」
「あははは、ありうるねー、心配でずっとひっついていそう」
「そんなことはないですよ」
「いや、ありうるよ」
「ラギ様、今頃何してらっしゃるんでしょうねえ……」
「きっと植物採集でもしてるんじゃない?」
「そうですね」
 二人もラギの話題ばかりだった。


 その頃ラギは、また虎に乗せられていた。
「僕は虎に乗りにきたわけじゃないのにー!」
 とラギは絶叫していたが、
「昨日よりもうまくなったぞ」
 とタロウはラギの意見をまるっきり無視していた。

 うーもう帰りたい! っていうか、今日は生きて帰れるのかー!?

 虎がジャンプしてラギは「ひー!」と悲鳴をあげていた。

 夕方には疲れ果てて城に帰るラギだったが、城に帰るとアヤコや皆にかわいがられ、「帰りたい」とも言い出せなかった。すぐに帰るのもなんだか恥ずかしい。

 そうだ! 明日は早起きしてタロウさんから逃げよう!

 そう思いついたラギだったが、朝城の外で植物を眺めていると、虎に強引にタロウの元まで連れて行かされてしまった。その先にはにこにこ顔のタロウがいた。
「遊ぼうぜ、ラギ」
「……はい」
 どうやらタロウの手から逃れる方法はないようだ。



「案外すぐ帰ってくるかと思ったんだけどねー」
 ラギもあれでもまだ幼い子供。一日でホームシックになり帰ってくるかも、とゆりは思ったりしたのだが、そういう気配はなさそうだった。アナスターシャは「向こうにいる間勉強しなくていいんでしょ? いいなあ」とそういう理由でラギを羨んでいた。
「ラギは勉強好きだから向こうでも勉強してるよ」
 とシス。
「ラギのことだから向こうでも実験ばっかりしてんじゃない?」
 蛇の目のゆりはそう思っていた。食事の時間は、話題はどうしてもラギのことばかりになってしまう。


 ある日ゆりが部屋にいると、シスがやってきた。
「母様、バラクをしようよ」
「いいよ」
 ゆりはテーブルにバラクの盤を並べて駒を出した。
「ラギがいなかったら寂しいなあ」
 シスがぽつりと言った。
「そうだね。離れたことないもんね」
「うん……」
「そのうち帰ってくるから」
「うん」
 シスは気を取り直して駒を並べだした。ゆりも同じように並べていると、部屋の中が急にぱあっと明るくなった。二人があれ? と思って周りを見ると、部屋の真ん中に光の扉が現れていた。
「あれ? もしかして、未来からまた誰か来るのかな?」
 ゆりはそう思った。扉は四角い扉だったが、真ん中になにやらいろんな文字が浮かんでいた。
「未来?」
「前に未来の息子が来た時、こんな扉が出てたよ」
「へー」
 その時シスはまだ産まれてなかったから当然知らない。ゆりは椅子から立ち上がって扉に近寄ってみた。
「母様、危ないよ」
 シスはゆりの横にしがみついた。
「誰が来るのかなあ。楽しみねえ」
 ゆりがそう言った時、扉はすっとゆりの方に近づいてきた。
「え……」
 シスは瞬間移動しようとしたが、巨大な力に包まれてできなかった。

 ─父様!!! わー!!

 二人を大きな光の渦が包み込んだ。

「シス?」
 思念を感じたラクシュミは、同時になにやら巨大な力を感じてすぐに王の間から瞬間移動した。そしてゆりの部屋にやってきて、大きな魔力の残像を感じた。
「一体何が……」
 ラクシュミが来た時、すでに光る扉は消え去っていた。

 ─シス! シス!
 思念を呼びかけても返ってこない。

 ─アナスターシャ! シスを呼んでみろ。早く!
 ─え? はい!

「ゆりはどこだ……」
 ここはゆりの部屋だから、シスがゆりと一緒にいた可能性が高い。

 まさか他国に連れ去られたということは……まさか……同族の力しか感じないのだがどういうことだ?

 ラクシュミの表情にあせりの色が見えた時、足下に青い蛇が近づいてきた。ゆりの蛇のルーである。よく見ると、口に封筒のようなものを銜えている。ラクシュミはそれを拾い上げて、封筒の中身を取り出した。一枚の便箋が中に入っていた。便箋からは花の匂いがした。

『未来か過去の王よ。突然で申し訳ありません。
 故あって、しばらく巫女殿をお預かりいたします。
 必ずお返しいたしますゆえ、ご容赦ください。 
 七二五一年 女王ヴィラルージュ』
 便箋には短くそう書かれていた。

「七二五一年? 今から七八五〇年も前の女王?」

 すると連れ去ったのは過去の女王だというのか?

「父様、シス、どこにもいないよ!」
 アナスターシャが部屋に飛んできた。
「…………」
「どうしたの?」

 ─ハザーク、ちょっとゆりの部屋まで来てくれ!
 ラクシュミはハザークに思念を飛ばした。ハザークがやってくると、ラクシュミは渋い顔をしていた。

「どうしたんだ?」
 ラクシュミは便箋をハザークに見せた。ハザークはそれに目を通した。
「……ヴィラルージュ……何か強い力を感じたと思ったが……」
「どうやらゆりとシスは過去に連れ去られたらしい」
 ラクシュミの言葉にアナスターシャが仰天した。
ええー! なんで?
「巫女と書いてあるのが気になる。目当てはゆりなのか?」
「……そのようだな……」
 ハザークは何度も手紙を読み返していた。
「なぜだ。過去には巫女だっていたんだろ?」
「さあ、我にもわからん」
「お前この時代、生きていただろ?」
「そうだが……急に過去の事は思い出せない」
 ハザークは首を横に振った。
「えーなんでー、なんでよー母様ーシスー! わーん」
 アナスターシャはあまりの出来事に泣き出してしまい、ラクシュミは大きくため息をついた。

 まさか突然こんなことが起こるとは……

 二人の安否を知る方法も全く思いつかないまま、ラクシュミもハザークもしばし途方に暮れていたのだった。


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