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廊下

長い廊下を歩いていた。

幅が狭く、規則的に大きな窓が並んでいる。
その窓からは、遠くに雄大な山脈の姿が見えていた。
廊下の行く先は果てしなく、終わりが見えない。
そういえば私はいつからここでこうやって歩いているのだろう。
目的もなにも分からない。
というところで、これが夢であると、私は確信した。
私はぐんぐん歩いていく。

太陽は傾き、空は徐々に真っ赤に染まっていく。
あっさりした緑色の山々も、油絵のようにぎらぎらとしたオレンジ交じりの深緑色へと変わっていく。
その光景に見とれながら歩いていると、足の裏に何か冷たいものがへばりつく感覚があり、思わず飛び上がった。
足元には大きな水たまりができている。
もちろん廊下はきちんと屋根がついているし、そもそも雨が降っているわけでもない。なぜ水があるのかわからない。
それでも深い意味は分からないので、水たまりをばしゃばしゃ泡立てながら陽気に歩き続けた。
小さいころ、長靴を履いて水溜りを濁しながら歩いたことを思い出し、少し愉快な気持ちになる。
夕日の赤が映り込んだ水たまりの面積が段々大きくなり、気がつくと、薄い水の膜が足の小指が浸かるくらいまで廊下に張りつめていた。
私は少しだけ足を早めた。

この廊下の先に何があるのか、そして何を目的としてこの廊下を進んでいるのか、自分でも未だに皆目検討がつかない。
なにぶん、夢の中出来事なので、そういうところに考えが及ばないのだ。
分かることはひとつだけ。
どんどん水位が上がってくる。
それは確信していた。

果てしない遠浅の海の中へ入っていくかのように、少しずつ、水面が上昇してくる。
水が膝の下あたりまで迫った頃、窓の外を見てみると、恐ろしく赤くなった太陽が山の稜線にかかり始めている。
廊下には電灯もないから、山の向こうへと夕日が隠れるにつれて、どんどん暗くなってくる。
水をじゃぶじゃぶと泡立てながら、私は先を急いだ。
生ぬるい水の感触が、じわじわと体を侵食していく。
はやくここを出なければいけない。
私は焦りを感じた。

水位が腿のあたりまで上がってからは、水の抵抗が信じられないくらい大きくなった。
もがくように進んでいくが、ずっと進み続けるにしても体力が持たない。
少し立ち止まって肩で息をしながら、周囲の波が収まるのを待ってみる。
水面はもう腰のあたりまで迫っていた。

不意に、強い風が吹いた。
こんな室内で何事だろう、と顔を上げた時、天井の高さが自分の身長プラス10センチほどしかないことに初めて気がついた。それまでは意識もしていなかったことである。
急に息苦しく、またそわそわするような気持ちになった。
廊下の先から溢れてきた風は、何回か行ったり来たりした後に止んだ。
それに気づかせるためだけの風のように思えた。

顔を下に向けると、濁りもなくにおいもない無表情な水に自分の顔が映る。
が、その顔からも表情が消えていた。
もしかしたら私は、絶望しているのかもしれなかった。
私はまだ歩き続けている。

太陽が山の向こうへ顔を隠してから、どれくらいの時間が経ったかわからない。
首から下が水に埋まった状態で、私は果てしなく細長く暗い水槽の中を、それでもまだ前に進んでいた。
ガラス窓はほとんどが水の中である。
残った僅かな隙間から、おぞましいほどたくさんの星が夜空に浮かんでいるのがわかる。
月は出ていない。
だがぼんやりと外を見ているわけにもいかない。
私は先を急がなければいけないのだ。

つま先立ちがやっと、というくらいまで水面が上がってくる。
息がしづらい。
もう、どこからが自分の体でどこからが水かもわからなかった。
自分が波立てる水が口に入った。
何の味もしなかった。
そのうち、口が水でふさがれてしまった。
私は早々につま先立ちで進むことをあきらめ、おとなしく水の中へと溶けることに決めた。
口から鼻から、水が体内に入り込む。
息ができない。
水が気管に入る。
とてつもなく苦しいのは何故なんだろうか。

もうすこしの我慢だ、と私は思った。
もうすこし。
そうすれば、この不思議な夢は終わって、どこか知らない現実の自分が目を覚ますはずだった。

(了)

奥付



廊下


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著者 : 吉田岡
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発行所 : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社paperboy&co.


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