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甘美な受難 1

(あぁ~、いい天気!)
 鬱陶しかった梅雨も明け、抜けるように真っ青な空の下、乾いた通りを砂埃を上げながらウキウキと闊歩していた。背中の心に一つ紋のように鈴ネ屋の屋号が刺繍されている麻の着物と、裾を少し短く仕立ててもらった袴姿で、薄い胸を張り、颯爽と目的地を目指す。足元は裸足に日和下駄という『坊ちゃん』スタイルだが、気分は明治時代の女学生『ハイカラさん』である。


 数日前の昼下がり、鈴尾様が持って来てくれた畳紙を開いて真っ先に目に飛び込んだのは、錦糸で縫い取られた鈴の刺繍だった。その時は、(また迷子札みたいに、こんなところにお店の屋号なんか・・・)と少々気分を害したものだったが、せっかく新調してもらったのだからと、一人てくてくとお披露目ついでのお八つに出掛けた。そうして顔を出した仙蔵さんの蕎麦屋で思いがけない人に迎えられた。
「おおぉ!みことさん、いらっしゃいましっ!」
 この蕎麦屋の店主、仙蔵さんだった。だった・・・のだが、この人は店主のくせに、いつもは広報活動だかライバル店の偵察だかで外をフラフラしているらしく、店で会うのは初めてだったので驚いた。
「さぁ、さっさっ。どうぞこちらへお掛けください。彦が工夫した餡の味をみてもらうんだと朝から一日千秋の塩梅で・・・おっ!今日のお召し物は越後縮でございやすね。百合の襲(かさね)《※1》が色白の愛らしいお顔を引き立て、よくお似合いでございますよ。それに・・・その、お背中の・・・」
 あたしの背中の刺繍を目ざとく見つけて教えてくれた。
 なんでも、背中の迷子札代わりだと思っていた刺繍は『背守り』というもので、子供を守る魔よけの意味がある大層ありがた~い代物なのだそうだ。そう言われてみれば、こっちの幼児たちの背側の衿下に、三角だの四角だの、一見、仕付け糸の外し忘れかと思えるような縫い目を何度か目にしたことがある。あれも背守りの一種だったのだろう。
「さすが鈴尾様でござんすね。可愛い子には旅をさせろ・・・ってな具合に、むさ苦しい供侍なんぞを付ける代わりに、強い力の背守り一つで鈴ネ屋の御身内だと身元を報せた上、人も人外も、どなたさんも岡惚れ御免!ってな御心なんでございましょう。それも、あの鈴尾様お手ずからの仕立てとあらば百人力だ。みことさんを愛しまれる鈴尾様の強い心意気が感じられますねぇ~」
 それを聞いたあたしは一転、ムフッと気分を良くした。『人外』ってところは少し気になったが、ここは人と狐狸妖怪が一緒に暮らす町だ。お隣さんになんとなく牙が生えていても、棒手売の魚屋さんからチラッと尻尾が見えていても、誰も驚かない。それがこの次元の標準仕様なのだ。他所から来たあたしが四の五の言うなどおこがましい。
 気を良くしたついでに、彦さんがいそいそと持ってきてくれたアンコてんこ盛りの団子を、「お~ぉ~ぃひぃ~い!」と頬張りながらピカッとひらめいた。
(そうだ!こっちの次元のスイーツの、食べ歩きなんかしてみたらどうかしら?)
 ここへ来てからのあたしの一日といえば、朝起きて、よく遊び、よく食べ、夜寝る。といった、夏休みの小学生のような毎日なのだ。見た目相応のライフスタイルと言われればその通りなのだが、実際は10オーバーだろう自分のあまりの役立たずっぷりに、こっそりアイデンティティ保持の危機さえ感じているのだ。だからと言って、天使のような男児が年頃の娘のような振る舞いをしたら、他所様からおかしく思われるだろう。ご近所の狐や狸にまで『モノノケ憑きの子』などと言われたら堪ったものではない。見た目のイメージを壊さずに何をすればいいか分からず、ここの生活にも慣れてきた近頃は途方に暮れ始めていた。

 

 で、今日がその時ピカッとひらめいた『パラレル大江戸スイーツ巡り』の、記念すべき第一回と相成るわけだ。
 女・子供がお菓子好きなのは万国共通、いや万次元共通のことだろう。そして女子高生であるあたしも御多分に漏れず、あま~ぃお菓子が大好きなのだ。これでイイ感じに時間が潰せてアンコも食べられる。おまけに、お店までの交通手段は徒歩のみなので運動にもなる。
 えぇ~っ!生活目標がスイーツ食べ歩きなんて、ただ食い意地が張っているだけなんじゃぁ・・・などど自分を卑下してはイケナイ。食欲は、人間の三大欲求の一つなのだ。そのほかの性欲・睡眠欲などを目標に当てる勇気は無いし、することが見つかればここでの子供ライフにも張りが出ようというものだ。
 あっちの次元に居た時は好きなスイーツといえば、もっぱら生クリームの乗ったケーキやフリーツてんこ盛りのタルトなどの洋菓子派だったが、ここへ来てから何故かアンコに心惹かれる。それも、苦手としていた粒餡に耐え難い程の魅力を感じるのだ。ここにもカステラやマドレーヌのような焼き菓子はある。どちらも高価な菓子のようだが、有り難いことに鈴ネ屋ではちょくちょくお八つに上ったりもする。だがどれほど高価な菓子よりも、あたしの欲求を満たすのはアンコなのだ。
 昨日ふたたび訪れた仙蔵さんの蕎麦屋でアンコを・・・もとい。団子を食べながら、調理から接客まで一人でこなす実質的店主、料理人の彦さんからスイーツ情報を仕入れた。(当然の如く仙蔵さんは居なかった)
 狸の置物のような体型に「お人好し」を詰め込んだような、なごみキャラの彦さんも甘味が大好物だ。だから、ここは蕎麦屋でありながら壁に貼られた品書きの短冊に『団子』が混じっている。彦さんが自分のお八つ用に試行錯誤を繰り返している物を、いつのまにか店主が品書きに加えたらしい。

 そんな彦さんもまだ未体験だという噂の餡子スイーツ。
 その名は、マルク!
 開店したばかりの菓子屋『松川』の看板商品で、今、若い女性たちのあいだで大人気なのだそうだ。店内でお茶と共に楽しむことも出来るらしいが、見た目が要保護者のあたしには敷居が高い。テイクアウトして彦さんに幾つか届け、残りは鈴尾様と一緒に頂くことにしよう。

 

 懐中に、貰った小遣いを小さな巾着で首からぶら下げ軽やかに歩く。あまりのんびりしているとすぐに陽が高くなる。
(暑くなる前に帰って来なくちゃ!)
 彦さんに描いてもらった絵地図を頼りにキョロキョロと町並みと見比べながら歩く。なにせ、ここには番地は存在しない。町名はあるが、あまりにゴミゴミと店や長屋や横丁が密集している為、大きな通りに面した店でもない限り、町名だけでは目的地を探すのは至難の業なのだ。木戸番で尋ねたり、目印になるような店の暖簾や絵文字看板から探し当てるのが一般的だ。
 キョロキョロ、キョロキョロ・・・・・・と、前方に知った顔を見つけた。
 大通りの左側に大きな瀬戸物屋がある。店の前には薦包みの木箱が積んであり、その周りには荒縄で括られた大皿やどんぶりなどが並べられている。荷が届いたばかりなのか、前掛けをしたお店の人が小僧さんに命じて店内へ運び込ませているようだ。
 その店の中から、前に鈴尾様のお店『鈴ネ屋』の囲炉裏の間でお茶会をしていた、白い髭の仙人みたいなご老人がヒョッコリと出て来て、立ち働くお店の人たちの様子にコクコクと頷き、ピーカンの夏空を懐かしげな表情で見上げたのだ。先日見た時とは違い、一見して高そうなお金持ちのご隠居さんの出で立ちだった。
(ぅん?)
 あたしも釣られるように見上げてみたが、未確認飛行物体が見える訳でも無く、竜の巣《※2》が見える訳でも無い、雲ひとつ無い青い空だ。
(・・・なに見てるんだろう?)
 視線をご老人に戻しジッと見ていると、ご老人もあたしに気づいたようで、腰の後ろで手を組み、再びコクコクと頭を上下した。まだ少し距離もあったので声は掛けずに、あたしも軽く頭を下げにっこり笑って胸の辺りで手を振った。
 だが一瞬目の前を人が横切り、視界が戻った時にはご老人の姿は煙のように消えてしまっていた。
(あれ?どこ行ったの?あの人、このお店のご隠居さんだったのかな?)
「みこと!」
(こっ・・・この声は!)
 前方からバサバサと羽織の裾を翻して黒髪の男性が突進してくる。
(ぅわぁっ・・・面倒な人に遇っちゃった!竜の巣よりも、もっと険呑な龍だ・・・)
「おまえ、いったい何をしておる」
「へっ?」
 大きな手でぐっと肩を抱えるようにして通りの片隅まで連行された。
「龍星様、お出かけですか?」
「お出かけですか、ではない。通りの真ん中で無闇に愛想を振り撒きおって。あれを見てみろ」
(ん?)
 言われた方に目を遣ると、あたしの進行方向から歩いてきたらしい何人かの若い男性が、上気した顔やニヤニヤ笑いでこちらを見ている。
(うわっ、なにアレ。キモいっ!あんた達に手を振ったんじゃないからっ!)
「私に親愛の情を示す為に手を振り回したいのであれば、よかろう!しかと受けてやる。だが、もっと傍まで近づいてからに致せ」
 相変わらず偉そうに無表情の龍星様が意見する。
(はぁ?)
「あ、あたし、龍星様に手を振ったんじゃありません!」
「なに。では、誰にあのような花の笑顔を向けたというのだ」
「鈴ネ屋に居たおじいちゃんです、あのお店の前に立っていたから・・・」
 通りの反対側に建つ瀬戸物屋を指差した。
「おじいちゃんだと。おまえは私にはめったに微笑まぬのに、道端の老人風情にあのように笑い掛けるとは・・・」
(?、訳の分かんない事を・・・)
「あのぉ、あたし先を急ぐのでこれで失礼します」
 脇を通り抜けようとするとガシッと肩を掴まれた。
「待て。供も付けずに一人で何処へ行く」
「あっちです」
 進行方向を指した。
「あっち・・・だと」
「龍星さまはこっちですよね。じゃ、さようなら」
 ペコリと頭を下げ、その場を離れようとした。
「これ、待たぬか。・・・私も所用を思い出した。一緒に参ろう」
(え~っ!?せっかく一人で気儘にと思ったのにぃ!)
 イヤとも言えずこっそり肩を落とす。少し離れた所に着物をだらしなく着崩した男性が懐手で立っているのが視界の隅に映った。
(なんで龍星様がこんな所に・・・それもこんな日に。壱様は、あまり屋敷からは出ない人だって言ってたのに・・・)
「みこと、あっちとやらに何がある」
「えっ、あぁ・・・菓子屋です」
 仕方なく龍星様と並んで歩き出した。
「・・・菓子、また大福か」
「今日は違いますぅ!マルクっていうアンコのお菓子で・・・ほら、ここに新しい菓子屋が出来たんですって!」
 彦さんお手製の地図を見せた。
「ふん。ところでおまえ、そのなりは何だ」
「なり?これ、動きやすいし意外と涼しいんです」
 以前は着物なんて動き難くて暑苦しいだけだと思っていた。だが動き方のコツを掴むと苦にならなくなった。かえって暑い日などは身体全体をゆったり包む着物の方が洋服よりも汗を吸い、通気性もあって肌に心地いいのだ。
「何故そのような男児の着物なのだ。色目は悪くないが、袴は丈が合っておらぬではないか、見苦しい」
「何故って・・・」
(『見苦しい』まで、ゆうっ!)
 何故も何も、本当のあたしは箸が転がるのも可笑しい筈の妙齢の娘なのだが、見た目は小学校低学年くらいの天使のようにキュートな顔をした『男の子』なのだ。

 

 あたしはある雪の降る朝、学校へ向かう途中で交通事故に巻き込まれ命を落とした。
 普通ならば今頃は日ごろの行いを閻魔様に精査され、天国で「あはははぁ・・・」などと笑いながら七色の花畑をスキップしているか、地獄の地で焼かれ、刻まれ、潰されるなどという責め苦を繰り返し受け、「お助けぇ、うぉ~!」などという断末魔の叫びをエンドレスで上げていたはずである。
 ところが・・・目が覚めたのは天国でも地獄でもない第三の地であった。
 あたしたちが暮らす空間にはいくつかの次元が同時に存在しており、重なったり、すれ違ったり、その次元固有の時間感覚で回っているのだそうだ。
 21世紀の科学と頭脳を結集してでも証明できなかった『異次元』という存在。SF小説などでたびたび舞台になる、あの空想の産物『パラレル世界』はなんと!実在していたのだっ!
 ・・・して、いたらしい・・・たぶん・・・して、いるのだろう・・・。
 あたしだって初めのうちは信じられなかった。
(ここは救急搬送された病院のベット上で意識不明で見ている夢の世界?それとも、これがあたしの深層心理?妄想世界?)
 などと、考えを取り散らかしてみた。
 だが残念ながら、眠れば更に別の夢を見るというスパイラルに陥ったのだ。
(んじゃぁ・・・ここは、夢の中で夢を見る事の出来る夢の世界?もしくは、妄想と夢のマトリョーシカ状態?・・・なんだ?それっ!?)
 と、自分にツッコミを入れるくらいに訳が分からなくなったものだが、頬を抓っても、階段から転げ落ちてお尻に青あざを作るなどという痛い目に遭っても・・・未だに覚めないところをみると、決してあたしの夢オチとはなってくれなそうなのだ。それに自分で言うのもなんだが、あたしにはこれほど荒唐無稽な世界を作り上げるほどの想像力も妄想力も無かったはずだ。それにそれに、あっちのニュースや週刊誌でも、突然畑の真ん中から人が消えただの、気が付いたら何万キロも離れた全く知らない異国の街角にボーっと立っていただのという超常現象話を、見たり聞いたりした事があったじゃないか!・・・まぁ、当たり前だが・・・その時は多分にマユツバだと思っていた訳だけれども・・・。
 ならば何を悩むことがある。ここはやはり存在する世界だ・・・ろう・・・と、開き直る事にした。よくよく考えればこの世を形成しているのは、あたしの知っている科学で証明された事や目に見える事だけが全てでは無いはずだ。
 ごく稀に、何かの拍子に自分の生まれた次元から他の次元へ迷い込む人もいるらしい。畑の真ん中から消えた人も何処かの次元に迷い込んだのかもしれない。が、あたしの場合は『次元を渡る』という仕事中の『妹萌え』癖のある男性医師に、一緒に事故に遭った男の子と共に『二人で一人』な身体になって、『こっちの次元』に連れてこられた。
 こっちの次元・・・パラレルな江戸時代の世界・・・に、だ!
 女子高生のあたしは身体を失い、男の子は魂を失って立ち往生しているところへ、たまたま通り掛かった男性がその両方を合わせて一人にし、お持ち帰り・・・という、神をも恐れぬ蘇生術をやってのけたのである。
 その『妹萌え』のワンマン医師こそが、いま目の前にいる龍星様の弟君、壱様なのだ。
 おまけに・・・

 

《※1》  百合の襲・・・襲(かさね)は衣服を重ねて着る時の色の組み合わせ。または裏表の色の組み
      合わせ、色目。百合は表は赤、裏は朽葉色の組み合わせ。夏の色。

 

《※2》  竜の巣・・・スタジオジブリのアニメ「天空の城ラピュタ」で、ラピュタを覆い隠している
      嵐を伴った雲の塊


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先読みの報酬 1

 翌朝、朝餉のあと日課になった店の掃除を済ませて部屋へ戻ると、壱様が窓際で本を読んでいた。
「あれっ、兄さま。診療所に行ったんじゃ・・・?」
「ああ、忙しくなさそうだから帰って来たんだ」
(またサボリか・・・)
「ふ~ん、業務怠慢ですね。で、またお出かけですか?あっ、お仕事サボってデートかなんか?パリッとしちゃってぇー!」
 壁にもたれ掛かって本を読んでいる。ただそれだけなのに、大分見慣れたあたしであっても一瞬ドキリとするほど、その姿は絵になっている。
「デート?まさか!何処にも行かないよ」
 いつもは着物をゆったり崩して着ている壱様が、今日は亜麻色に細い縞の入った単衣をきっちり着付けている。こんな風に改まった着こなしならば、なにか特別な要事があるのだろうと勘繰りたくもなろう。
「さあ約束でしょ、スイカズラの妖精をわたしにも見せてよ」
 あたしに向かってにっこりと笑った。
(あぁ・・・あの笑顔。イチコロだわ・・・年頃の娘なら・・・いや、たぶん年頃を相当過ぎた娘だって・・・)
「・・・みこちゃん?」
「あ?あぁ。はい、はい。スイカ、ズラね!」
(面倒くさいなぁ。嫌だといっても無駄なんだろうな・・・)
「ちょっとだけですからね。まったく、そんなに小さな子のワンピース姿が見たかったら、道端のお地蔵さんにでも着せとけばいいのに・・・」
 ぶつぶつと小声で文句を言いながら押入れの行李の中からからワンピースを取り出し、壱様との間に〝ドン!〟と屏風を置いて袴の紐を解いた。

 

「ねえ、みこちゃん。みこちゃんは綺麗で派手な男性がタイプなの?」
「えっ、綺麗で派手な男性?」
 ごそごそ着替えながら屏風越しに答える。
「やっぱり、ゴツくて筋骨隆々のむさ苦しい男より、百合の花のように立ち姿の美しい、中性的な魅力のある男性の方がいいに決まってるよね。なんたってみこちゃんはあの和音様の娘だ。いや・・・まてよ。だからこそ逆に、汗臭そうな筋肉男に惹かれるって事も・・・」
(・・・兄弟揃って訳の分かんない事を・・・)
「なに言ってんの!兄さま?」
「龍星が、みこちゃんは孔雀のように煌びやかで美麗な男に求愛されたいらしい、って言ってたから・・・」
「求愛!・・・」
 腰まで上げたワンピースをバサリと取り落とした。
「それならそうと言ってくれれば、わたしも団十郎が足元にも及ばないほど派手に・・・」
「ちょ、ちょっと、待って・・・」
 急いで背中のボタンを掛ける。
「それっ、違うから!」
 背中に手を伸ばし、最後のボタンに手を掛けながら屏風から飛び出した。
「ああ、みこちゃん!」
 壱様は立ち上がって来ると、あたしの腰を支えて「高い、高い」のように抱え上げた。
「やだ、兄さま降ろしてよ!まだボタンが・・・」
「スイカズラの花か!なるほどぉ、あま~ぃ蜜の香りがするようだね。ハニーサックル・ローズとは、龍星にしては洒落た事を言う。でもそれじゃぁ、わたしのみこちゃんが誰かに摘まれて銜えられてしまいそうだな・・・。そうだ、ユウスゲの化身の方がいいよ。可憐で可愛いみこちゃんにピッタリだ!」
(はぁ?今度はユウスゲ?それも食べられるのかしら?お浸し・・・とかで?)
 壱様はあたしを左腕の上に立抱きに抱え直し、右手でボタンを留めてくれた。
「・・・兄さま、もう見たからいいでしょ。着替えるから下ろして!」
「え~、せっかく着替えたのにもったい無いよ。そうだ、外にお茶でも飲みに行こう。デートだ、デートをしよう!」
 言うや否やあたしの頭に庇うように手を置いて、ひょいと鴨居を潜った。
「孔雀のようじゃなかったら、どんな男性が好みなの?例えば・・・夫にするなら?」
 階段を下りながら壱様が尋ねる。
「え~!オットぉ~?」
(恋人じゃなくて、いきなりオット!ハードル高いなぁ。・・・片思いだった森川君みたいな人。なんて、言えないしな・・・)
「・・・う~ん、さかなクンみたいな人。かなぁ・・・」
「さかな・・・クン・・・?」
 壱様が階段の途中で足を止めた。
「え、あっ!ううん。仕事はサボらず一生懸命するような真面目な人じゃないかなぁ」
 慌てて言い直した。
「さかなクンって、まさか、あの『ギョギョッ!』って人じゃ・・・」
「知ってるの、兄さま?」
(なんで知ってるの?あっちに渡ったとき見てたのかしら、TVチャンピオン・・・)
「みこちゃんの好みの男性は彼みたいな人なのかい?確かに、あの被り物は派手というか、意表を突く感はあるけど・・・」
 壱様の気の抜けたような顔を見て、あたしは照れ笑いをした。
「・・・へへっ。さかなクンみたいな人となら、どんなに不況の世の中でも食べていくには困らないような気がするの。それに純粋そうでしょう?浮気とかも縁がなさそうだし」
「綺麗な男性より、甲斐性のある、みこちゃん一筋の男性が好みって事?」
「そりゃぁ綺麗な男の人もいいと思うけど、理想と現実は別って言うじゃない。いくら外側がカッコ好くってお金があっても、生活能力が無ければ長い生涯一緒に暮して行くのは不安でしょう?彼、漁師も出来るみたいよ!お魚の食べ方もすっごく上手なの!」
「驚いたよ。経済観念がしっかりした現実主義者なんだね。みこちゃんは!」
「えへへ・・・」
「困ったな、あの被り物はちょっと・・・。一途なら自信はあるけど『ギョギョッ』って言うのはなぁ。それに、あのテンションとハイトーン・・・」
「兄さま?」
「本当に綺麗じゃなくてもいいの?」
 壱様は何故か困り顔だ。
「それは綺麗じゃないよりは綺麗な方がいいだろうけど。あたしは人並みで十分だし、最終的には好きになった人がタイプって、よく言うでしょう?」
「へぇ・・・」
 他人事のように答えるあたしを、壱様は途方に暮れたような顔で見た。


 お勝手を抜けて裏口で靴を履き、外へ出ようとしたところへ小さな足音が聞こえた。
「みこと様、鈴尾様がお呼びです」
 楓ちゃんが姿を見せて壱様に微笑む。
「ですって、兄さま!」
 そう言って見上げると、壱様は拗ねたように口をへの字にして残念そうに肩を落とした。


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