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先読みの報酬 1

 翌朝、朝餉のあと日課になった店の掃除を済ませて部屋へ戻ると、壱様が窓際で本を読んでいた。
「あれっ、兄さま。診療所に行ったんじゃ・・・?」
「ああ、忙しくなさそうだから帰って来たんだ」
(またサボリか・・・)
「ふ~ん、業務怠慢ですね。で、またお出かけですか?あっ、お仕事サボってデートかなんか?パリッとしちゃってぇー!」
 壁にもたれ掛かって本を読んでいる。ただそれだけなのに、大分見慣れたあたしであっても一瞬ドキリとするほど、その姿は絵になっている。
「デート?まさか!何処にも行かないよ」
 いつもは着物をゆったり崩して着ている壱様が、今日は亜麻色に細い縞の入った単衣をきっちり着付けている。こんな風に改まった着こなしならば、なにか特別な要事があるのだろうと勘繰りたくもなろう。
「さあ約束でしょ、スイカズラの妖精をわたしにも見せてよ」
 あたしに向かってにっこりと笑った。
(あぁ・・・あの笑顔。イチコロだわ・・・年頃の娘なら・・・いや、たぶん年頃を相当過ぎた娘だって・・・)
「・・・みこちゃん?」
「あ?あぁ。はい、はい。スイカ、ズラね!」
(面倒くさいなぁ。嫌だといっても無駄なんだろうな・・・)
「ちょっとだけですからね。まったく、そんなに小さな子のワンピース姿が見たかったら、道端のお地蔵さんにでも着せとけばいいのに・・・」
 ぶつぶつと小声で文句を言いながら押入れの行李の中からからワンピースを取り出し、壱様との間に〝ドン!〟と屏風を置いて袴の紐を解いた。

 

「ねえ、みこちゃん。みこちゃんは綺麗で派手な男性がタイプなの?」
「えっ、綺麗で派手な男性?」
 ごそごそ着替えながら屏風越しに答える。
「やっぱり、ゴツくて筋骨隆々のむさ苦しい男より、百合の花のように立ち姿の美しい、中性的な魅力のある男性の方がいいに決まってるよね。なんたってみこちゃんはあの和音様の娘だ。いや・・・まてよ。だからこそ逆に、汗臭そうな筋肉男に惹かれるって事も・・・」
(・・・兄弟揃って訳の分かんない事を・・・)
「なに言ってんの!兄さま?」
「龍星が、みこちゃんは孔雀のように煌びやかで美麗な男に求愛されたいらしい、って言ってたから・・・」
「求愛!・・・」
 腰まで上げたワンピースをバサリと取り落とした。
「それならそうと言ってくれれば、わたしも団十郎が足元にも及ばないほど派手に・・・」
「ちょ、ちょっと、待って・・・」
 急いで背中のボタンを掛ける。
「それっ、違うから!」
 背中に手を伸ばし、最後のボタンに手を掛けながら屏風から飛び出した。
「ああ、みこちゃん!」
 壱様は立ち上がって来ると、あたしの腰を支えて「高い、高い」のように抱え上げた。
「やだ、兄さま降ろしてよ!まだボタンが・・・」
「スイカズラの花か!なるほどぉ、あま~ぃ蜜の香りがするようだね。ハニーサックル・ローズとは、龍星にしては洒落た事を言う。でもそれじゃぁ、わたしのみこちゃんが誰かに摘まれて銜えられてしまいそうだな・・・。そうだ、ユウスゲの化身の方がいいよ。可憐で可愛いみこちゃんにピッタリだ!」
(はぁ?今度はユウスゲ?それも食べられるのかしら?お浸し・・・とかで?)
 壱様はあたしを左腕の上に立抱きに抱え直し、右手でボタンを留めてくれた。
「・・・兄さま、もう見たからいいでしょ。着替えるから下ろして!」
「え~、せっかく着替えたのにもったい無いよ。そうだ、外にお茶でも飲みに行こう。デートだ、デートをしよう!」
 言うや否やあたしの頭に庇うように手を置いて、ひょいと鴨居を潜った。
「孔雀のようじゃなかったら、どんな男性が好みなの?例えば・・・夫にするなら?」
 階段を下りながら壱様が尋ねる。
「え~!オットぉ~?」
(恋人じゃなくて、いきなりオット!ハードル高いなぁ。・・・片思いだった森川君みたいな人。なんて、言えないしな・・・)
「・・・う~ん、さかなクンみたいな人。かなぁ・・・」
「さかな・・・クン・・・?」
 壱様が階段の途中で足を止めた。
「え、あっ!ううん。仕事はサボらず一生懸命するような真面目な人じゃないかなぁ」
 慌てて言い直した。
「さかなクンって、まさか、あの『ギョギョッ!』って人じゃ・・・」
「知ってるの、兄さま?」
(なんで知ってるの?あっちに渡ったとき見てたのかしら、TVチャンピオン・・・)
「みこちゃんの好みの男性は彼みたいな人なのかい?確かに、あの被り物は派手というか、意表を突く感はあるけど・・・」
 壱様の気の抜けたような顔を見て、あたしは照れ笑いをした。
「・・・へへっ。さかなクンみたいな人となら、どんなに不況の世の中でも食べていくには困らないような気がするの。それに純粋そうでしょう?浮気とかも縁がなさそうだし」
「綺麗な男性より、甲斐性のある、みこちゃん一筋の男性が好みって事?」
「そりゃぁ綺麗な男の人もいいと思うけど、理想と現実は別って言うじゃない。いくら外側がカッコ好くってお金があっても、生活能力が無ければ長い生涯一緒に暮して行くのは不安でしょう?彼、漁師も出来るみたいよ!お魚の食べ方もすっごく上手なの!」
「驚いたよ。経済観念がしっかりした現実主義者なんだね。みこちゃんは!」
「えへへ・・・」
「困ったな、あの被り物はちょっと・・・。一途なら自信はあるけど『ギョギョッ』って言うのはなぁ。それに、あのテンションとハイトーン・・・」
「兄さま?」
「本当に綺麗じゃなくてもいいの?」
 壱様は何故か困り顔だ。
「それは綺麗じゃないよりは綺麗な方がいいだろうけど。あたしは人並みで十分だし、最終的には好きになった人がタイプって、よく言うでしょう?」
「へぇ・・・」
 他人事のように答えるあたしを、壱様は途方に暮れたような顔で見た。


 お勝手を抜けて裏口で靴を履き、外へ出ようとしたところへ小さな足音が聞こえた。
「みこと様、鈴尾様がお呼びです」
 楓ちゃんが姿を見せて壱様に微笑む。
「ですって、兄さま!」
 そう言って見上げると、壱様は拗ねたように口をへの字にして残念そうに肩を落とした。


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