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小麦畑でつかまえて(3)

 客人「チャタ・ファーナ」は、個室寝台に外から鍵をかけてベッドで眠ってもらうことにした。リームとレマーユが、ファーナをかついで客室に閉じ込めた。

 

 一方、滑空式航空母艦、ピッツリー7570のコックピットでは、次の行き先についてちょっとした議論になった。

「メルグヴィッツはどうかなあ……。折角南西に針路を取っているんだし……」

「そうだな、そこで商品を仕入れて……」

「ビザリナ第三の都市だしな」

「ジェンツは遠いし、国境沿いの公国軍の治安がね、悪いし、装備も何だし」

「よし、では、今回はメルグヴィッツに決まりじゃ!」

 

 クルクとチェルダードとカイザルの話し合いは終わった。ところが。金ぴかのライト・ムーヴァーに乗って、誰かがやって来た。クルクが、識別IDを確認した。

 

「うげ!」

「どうした、クルク?」

「何かあったのか」

「あったも何も、あの娘のお父さんだよー! 外交官IDで、しかも、外務政務次官だってさー」

「おお……チャタ・ディルジアと書いてある……」

 

そして、チェルダードが、東部軍管区司令部を呼び出した。モニターの向こう側には、イエラ・ミラルディ准士官(女性)が顔を現した。

 

「どうも、チェルダードぢゃ。ミラルディ准士官、元気しとったかね?」

『もうっ、上官でもなんでもなくなったんなら、気安く話しかけないでくれます?』

「まあ、そう堅いことを言うな。実は、国境近くの街で、迷子の子猫を拾った。ほれ」

 データは転送されて行き、ミラルディ准士官の顔色が変わった。

『ど、どういうことです? 女の子と、外交官?』

「とまあ、ここでどうしても働きたい女の子、チャタ・ファーナさんが、政治亡命をお願いしているわけじゃがのう……あのうるさい親父を何とかしてくれんか?」

『はー……。チェルダード元大佐に関わると、頭痛がします』

「まあ、お嬢さんの希望は、そういうわけじゃ。じゃ、後の事は頼む」

『丸投げ……ですか。はー……。分かりました。チェルダード元大佐のお名前も使いますが』

「わしゃ、一向に構わんぞ、来る者は拒まず、ぢゃ」

『じゃあ、そう致します、では』プツンと、モニターの切れる音が。

 別なモニターには、ムーヴァーに乗っているカイザルとリームが、暴れるディルジアを押さえつけようと必死だ。


『む、娘を帰せー! 今すぐにだー!』

『くそ! 少しはじっとしろ! 暴れるな!』

『そうよ、どこの野蛮人? おとなしくしなさい、ってば!』


 チェルダードが呼びかけた。「カイザル、リーム、もう軍の皆さんが来られたので、後の事はこの東部軍管区司令部の方々にお任せして、旅を続けようじゃないか、のう?」

『じゃあ、退却すっかー!』

『そうだな』

『金ぴかのオッサンじゃあね!』

『どこへなと行け、勝手にしろ』


 ディルジアが怒りをむき出しにして盾や矛を振り乱すが、ビザリナ軍当局のムーヴァーに取り押さえられてしまう。軍関係者は彼をなだめるのに必死だ。


『どうか、本国へお帰りください』

『お嬢さんは政治亡命を希望なさっております』

『くそっ、この馬鹿力ムーヴァーがっ! わしゃ認めんからな!』


 とか何とか言いながら、チャタ・ディルジアは、リズアーモの国境を越えて、本国ファビオ側に一旦逃れた。……ここで問題になって来るのは、首都ジェンツ行きの特別列車だ。駅員、運転手、車掌は口々にこう語るのだった。


「主賓が逃げちゃダメだろ……」

「ビザリナ鉄道としては、ここからカラで走る訳にも……」


 というわけで、ファビオ鉄道は、特別列車の折り返しをしたのだった。


ようこそ、チャタ・ファーナさん!

 滑空式航空母艦の針路は、順調にメルグヴィッツを目指して進んでいる。何しろ、リズアーモから6000キロメートル向こうにある街で、そこで、キャラバンのためのキャラバンとして、商売を続けるのだ。そのためには、大口の仕入れをしなければならない。なにせ、商材がないと、キャラバンとしては保たないからだ。また、国土がすごく大きいため、6000キロメートル向こうと言っても、東京から名古屋、ぐらいにしか感じていないらしい。

 

 その頃、リップスの船内では、長老、セペル・チェルダードが、チャタ・ファーナに、ビザリナ風の普段着に着替えるように命じ、クルクの妹たちが別室で手伝っている。どうやら、お着替えが終わったようだ。

 

「うむ、これでビザリナ市民じゃ」

「そのへんの子と区別つかないなあ」

「ああ」

「あ、あの……こんな感じでいかがでしょう」

 カチューシャに手をやり、恥ずかしそうにしている。

「ファーナさんや、これで、リップスへの仲間入りだ」

「はい、ありがとうございます!」

「随分、うちららしくなったんじゃない?」

「最初、お貴族でしたからね」

 

 早速、メルグヴィッツに着陸する態勢を取り、ナバス・クルクが器用に操縦桿を操って、メルグヴィッツ国際空港に着陸姿勢を取り、無事着陸した。

「あんた、剣術は苦手なのに、こういう運転は得意ね」

「そうだよリーム。剣の技は、上には上がいるんだから」

「ふえー、着きましてよ、神様」

「随分眠たそうだな、レマーユ」

「だって、徹夜で、ひとりで礼拝堂を日曜大工したんですから!」

「そ、それもそうか……って言うか、オレも手伝ったんだけどね。主に木材加工でね」

「忘れていました、お兄さま!」

「……忘れんなよ……さて、ボーディングブリッジに着けて……あ、誘導のお兄さんが旗振ってる……」


ラルタ・ニーナと、ジョマ・グリシア登場!

 ビザリナ第三の都市、メルグヴィッツ市の空港に開いた、リップスの市場。キャラバンのためのキャラバン、ジプシーのためのキャラバン、という物珍しさも手伝って、キャラバンでないお客さんやら、野次馬やらが、ピッツリー7570の滑空式航空母艦を取り囲む。

 

「はーい、買う方は船尾左側のキャッシャー、売られる方は船尾右側のキャッシャーにどうぞ! 並んで、並んで!」

 ナバス・クルクが威勢良く、メガホンで呼びかける。

「リズアーモ産100%小麦、船尾左側で販売中!」

 チャタ・ファーナが元気よく、メガホンで呼びかける。

「いまなら、わたしたちが作ったチョコチップクッキーも一緒にプレゼント中!」

 

 その中を、報道カメラマンと報道記者が歩いてルポしている。民間報道機関、ビザリーニューズの男性カメラマン兼ディレクター、名前をジョマ・グリシアという。同じく、ビザリーニューズのルポ記者、ラルタ・ニーナという女性。

「ここではカメラはまずい、引っ込めよう」

「そうね……」

「ん? あの記号に、船体にある、7570の文字……」

「どうかしたの?」

「このキャラバン、名前をリップスとか言ったな……」

「ええ」

「武装解除はしているけど、こいつはごつい陸軍のバトルシップ……民間の船じゃない」

「おや? 早速何かかぎつけたわね。一体どんな嗅覚?」

「いや、兵役のとき、空軍に3年いたんで、かじったことはあるんだが……」

「ふうーん。まあ、それは置いといて、キャラバンでお茶しない?」

「勤務中なので、気が引けるが……お、かぐわしいコーヒーの薫り!」

「私はお腹が空いたんで、サブサンドとジャスミンティを……ちょっと、そこのお嬢さん?」

「はい、いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」

 レマーユが続ける。そんなレマーユの修道服を見て、ジョマ・グリシアが、また何かをかぎつけた。

(おかしい……ビザリナ国教会の修道女ならば、修道院にいなければならないはず。どうして一般のキャラバンに……むむう……)

「……たは?」

「はいっ?」

「あんたは注文何にするかを訊いてるの。女の子に見とれてたとあっちゃ、殺すわよ!」

「べ、べべべべべつに、何でもありません、ニーナさん!」

「なら、早く注文!」

「じゃ、じゃあ、ホットコーヒーのトールサイズで」

「かしこまりましたあ……オーダー入ります……」

 ぺたぺたと厨房の方へ行くレマーユ。物陰に隠れて姿を消した。ひそひそ声で、ニーナに耳打ちするグリシア。

「さっきの子、修道服だったよな」

「あん? それが何の関係があんのよ! ロリータ趣味?」

「違う。あの服を着ている。つまり、ビザリナ国教会は、外出を禁じているはず」

「だから?」

「あの子はなら何で、おとなしく修道院にいないんだろう?」

「それもそうね……」

「解せない……」

 そんなふたりに、ご注文の品が届いた。

「お待たせ致しましたあ、ごゆっくりどうぞー」

 そして、そんなふたりに、チェルダードとカイザルとクルクがレーザーソードを突きつける。

「お客さん、あんたがた、どうやら知りすぎたようじゃのう、一回死んでもらおうか」

「秘密を知った以上、タダで帰す訳にはいかない……」

「用心のため、マイク仕込ませていただきました、どうぞ、命乞いしてください」

 二人「ぎゃっ!!」


報道機関の者ですが、リップスに加わります!

 ナバス・クルクが二人に問うた。

「何だって? マスコミの人?」

 イプス・カイザルがぶっきらぼうにつぶやいた。

「取材なら、許可とってもらわないとな……」

 長老、セペル・チェルダードが断言した。

「うむ、まあ、ビザリーニューズ社なら、信用はおけるが……」

 ディレクター、ジョマ・グリシアが詫びた。

「ビザリーニューズ社の報道部門のディレクターで、ジョマ・グリシアと言います。ちょっと昔に兵役があって、空軍に3年在籍していたものですから、このバトルシップに興味が……」

 ナバス・クルクが言った。

「だからあんなに詳しいんだねー。おじさん」

 ジョマ・グリシアが反論する。

「だから、誰が何と言おうとお兄さん! おじさんじゃない!」

 セペル・チェルダードが訊いた。

「で、そちらの彼女は何か? アナウンサーかルポライターか何かか?」

 ラルタ・ニーナが答えた。

「そうね、そんなところ……なんでも、珍しい大型のキャラバンがメルグヴィッツ空港に来るから、取材させてもらおうと思ったの。わかる?」

 クルク・カイザル・チェルダードの3人は、ひそひそ話し合っていたが、やがて結論が出た模様だ。チェルダードがマスコミ2名にこう言った。

「まあ、秘密を知られてしまった以上、帰すわけにはいかん。とはいえ、うちのPRもやってくれるというから……お前さんがた、船長と副船長にならんか。うちは人手不足でなあ……」

 グリシアが驚嘆する。

「な、何ですと!」

 同じく、ニーナが驚嘆する。

「このアタシたちに、スタッフううー?」

 チェルダードは、さも当たり前のように返答する。

「そうじゃ」

 クルクは、嬉しそうに言った。

「あんた、面白そうで気に入った。ここから、スクープをジャンジャン出してよ」

 カイザルが、ぶっきらぼうにつぶやいた。

「まあ、悪者ではなかろう……」

 意を決して、チェルダードがゴーサインを出した。

「決まりじゃ! 空軍経験者がリーダーに代わって船を操縦する!」

 クルクは調子に乗った。

「そして、肩書きは「船長」、なんつって」

 カイザルが師匠、チェルダードに質問する。

「じゃあ、ニーナはどうする」

 チェルダードは、鶴の一声で決断した。

「んじゃあ、渉外担当。通信担当。これでどうじゃ」

 カイザルはぶっきらぼうに答えた。

「決まりだな」

 クルクは仕事が減って無邪気に喜んだ。

「これで働きやすくなるぞー」

 チェルダードが最後に命じる。

「そいじゃ、よろしく頼む」

 やる気のない、グリシアとニーナ。

 二人「はーあ」

 なぐさめるチェルダード。

「まあ、そう落ち込むな、ビザリーニューズに従前の給与が出るよう、人材派遣契約を結んでおいたから、安心して働き給え」

 不服そうなニーナ。

「はいはい、わかりましたよっと……お膳立てがすっかり整っていたという訳ね……恐るべきリップス!」

 昔取った杵柄を思い出して、グリシアが興奮する。

「俺は、空軍時代を思い出して、まんざらでもないがな、バトルシップの船長!」

 ニーナは頬杖つきながら溜息をついた。

「はーあ、あなたは呑気でいいわねえ……」

 

     ◇ ◇ ◇

 

 そして、グリシアとニーナには、それぞれの居室が与えられた。

 グリシアが、チェルダードに懇願する。

「あのー、船が有事の際には、僕、ここから船の先端まで行かなくてはならないんですよね」

 チェルダードが答える。

「そうじゃ。軽く100メートルはあるからな」

 グリシアが、再び懇願する。

「お願いがあるんですけども、居室からコックピットまでの往復に自転車をください」

 チェルダードが返す。

「面白いことを言う若者じゃ。脚力に自信がないのか? さては……」

 グリシアが困ったような顔で答える。

「は、はい……。インドア職業ばかりでしたので……取材を除けば……」

 チェルダードが応じる。

「んじゃ、ギャレーに赤い小さな自転車があるじゃろ。それを使え」

 グリシアが安堵する。

「ありがとうございます」


グリシアの驚嘆、ニーナの報道取材

「船長!」チェルダードが内線電話でグリシアを呼ぶ。

「はっ! 長老! しばらくお待ちを!」グリシアは居室から自転車でコックピットに向かう。

キコキコ自転車を漕いでいるいい大人が……という目でみんなが見る。

「船長、ガンバ!」ナバス・リームが野次る。

「おおっ、任せておけ!」グリシアが答える。

「船長、格好悪い!」ナバス・クルクが野次る。

「う、うるさいっ! これでも必死なのだ!」グリシアが答える。

 

 自転車はやがて、船首にある、コックピットに着いた。

「おお、来たか、来たか」チェルダードが招く。

「はい、ただいま」グリシアが軍隊式にかしこまる。
「次のミッションだが、その前に、予備知識を教える」いかにも長老らしい口調で話す。

「はあっ」グリシアがまたかしこまる。

「まあ、そう堅くなるではない。世間話の類じゃ」チェルダードは笑った。

 

チェルダードは、珈琲を差し出し、自分も一杯持つと、静かに語り始めた。

 

「ワシがもう少し若い頃じゃった。ワシは、ビザリナ陸軍東部方面隊の大尉をやっていた。いわば、西部方面隊の援護射撃という位置づけと、友好国ファビオを守るための任務じゃ」

「はあ、はい……」グリシアが応え、チェルダードが続ける。

「それで、今は亡き妻、イライザ・チェルダードが、ミッションの途中でも、放浪の剣士、ナバス・ガルシア……クルクやリーム、レマーユのお父さんだ……ガルシアが残した遺児を拾いに、国境近くのアーツウォーク州や、教会が多く建つセントフェリーナの街などを転々と探した。クルクは、ワシが直にナバス・ガルシアから、首都ジェンツで引き継いだものじゃ。それで、リームを、アーツウォークの民兵集団に傭兵として囲われていたのをワシが救い、レマーユを、セントフェリーナのビザリナ国教会修道院から、特赦を受けて妻が救った。ガルシアが残した三兄妹はこのようにして、いまリップスにあるのじゃ……。」

「そ、そんな重要なお話、私に聴かせていいんですか?」

「君は船長じゃ。ある程度知っていてもらわなければ困る」

「は、はあ……」グリシアが、若干恐縮している。

「可哀想なお子たちじゃよ。物心ついて、父母のぬくもりも知らずに荒んで育っておった」

「今では、すっかり仲良しですねえ」

「左様。彼らは互いの古キズをなめ合うようにして生きて来たし、大尉時代にも、ワシが父親代わりになっておったからのう、だから不必要にやさぐれる必要もなくなった」

「さて、ファーナじゃが、民間人の服装をしておるが、あれは、ファビオ国の外務政務次官、チャタ・ディルジアの一人娘じゃ。弟がおるそうじゃが、父親の監督下にある。さて、チャタ・ファーナは、極端な男嫌いじゃったが、こちらへ引き取ると、同世代の若者に混じって働くと、すぐに男嫌いが克服できた。嫌いなのは、親父さんのことだけらしい。かつて、溺愛されて、監禁されて育ったので、もう少しお日様の下でわくわくしながら働かせるべきだと思っておる」

「は、はい」グリシアが答える。

「珈琲が冷めるぞ、少しは喉を潤さなければ」チェルダードが言う。

「そうですね」グリシアが答える。冷めかけた珈琲に口をつける。

「あー、カイザル……そう、イプス・カイザルは孤児でなあ……嬰児の頃は、栄養失調状態でお腹が膨れており、大変痛々しかった。難民キャンプで見つけたんだがな、誰よりも瞳が澄んでおった……なので、うちの亡き妻が引き取ることにした。仕方がないのでワシは彼に栄養をつけさせ、そして、ビザリナ颱空拳(たいくうけん)を教えた。みるみる筋肉がついてなあ……拳で野牛が倒せるとか、地面を割ることができるようになってきた……」

「それは凄い……」グリシアが感嘆する。

「じゃろ? このようにして、メンバーの特性を知るということは、重要なことなのだよ。特に、お兄さんである君には、そういうお兄さん的な役割も担って欲しいのじゃ」

「あ、はい……全力で頑張ります!」ジョマ・グリシアが応える。

「それから、妻のイライザ・チェルダードだが……」

「はい?」

「剣士、ナバス・ガルシアが、故郷、西ビザリナのケック州に帰った。そのために、ワシと離縁して、奴と結婚して前妻はナバス・イライザになった……あれが正しい選択か判らないが、年格好も、ワシの方が老いていたから、前妻は奴の傍に居る方が、お似合いじゃったのだ……以来、音信不通じゃ……」

「悲しかったですか」グリシアが応える。

「それは……我が身が千切られるような思いがした……若き剣士に、未来を託したばかりに、元妻の生き死にさえ分からない。それに、クルクやリーム、レマーユは、未だに父親の顔を知らない……。何より無念なのは、敵国にイライザを渡してしまったことじゃ。西ビザリナ、つまりバイザル皇国が、あんな国だなんて知らなかったから、無念残念じゃよ」思わず、チェルダードが嗚咽する。

「じゃ、じゃあ……僕は……僕は……どうすれば……長老、気を確かに!」

「ああ、ちょっと思い出話が過ぎたようじゃ。居室に帰って昼寝をするので、船長グリシアくん、次のブルコニッツまでの航路を設定しておいてくれたまえ。元空軍少尉なんだろ?」

「そうです、主に、セントフェリーナの街を守る仕事を三年ほどしていました……」

「人生に無駄はない。嫌な兵役も、今となれば役立つものじゃ。だから人生に無駄はない」

「わかりました長老……船長を勤め上げてみせます」グリシアがきっぱりと言う。

 

 長老が居室に帰り、しばらくしてグリシアは深い溜息をついた。ふと、コックピットを見渡すと、地上のキャッシャーの様子が1台のモニターに映っていた。何だか賑やかだ。どうやら、ラルタ・ニーナが、独自に取材を始めた模様だ。カメラマンは、クルクらしい。

 

「キャラバンリポート、ビザリーニューズのラルタ・ニーナが、キャラバン・リップスを密着リポートする新番組です。第一回目は、ビザリナ北東部、ビザリナ第三の都市、メルグビッツ市からです。はじめに、リップスとは、あるキャラバンの名前なのですが、その規模が違います。一般的なジプシーの100倍はあろうかという取引実績、そう、いままさにメルグビッツ空港では、まさに、キャラバンのためのキャラバン、ジプシーのためのキャラバンとして、新たな賑わいを見せています。この船のキャッシャーは、左右に分かれて、売る側の貿易商人と、小口買いをするジプシーたちが集っています。リップスはその仲介役になって、利ざやを稼ぐ……と言えば語弊がありますが、一種の卸売業を展開している、ビザリナでも初かと思われる斬新なキャラバンです。それでは、次回は二週間後、ビザリナ北部、ブルコニッツ空港でお会いできる予定です。以上、ビザリーニューズの、ラルタ・ニーナが、メルグビッツからお伝えしました」ニーナが締める。クルクがカメラを回し終える。「カット!」クルクが叫ぶ。

 

 撮影された画像をチェックするニーナとクルク。

「うん、これで良し。課長に見てもらおうかな、ほれ、伝送!」ニーナがボタンを押す。

「わ、ニーナさん、もう送っちゃうんですか?」クルクがびっくりする。

「映りも悪くないし、お店も忙しいし、あんまりかまけてらんないのよ」ニーナが応える。

「そういうもんですかねえ」クルクが訊く。

「そんなもんでいいのよ」ニーナが吐き捨てる。

「俺、会社員ってよくわからないなあ」クルクが言う。

「わたしは、むしろ今ホットなニュービジネス、キャラバンのためのキャラバンの方が良くってよ?」と、ニーナがうれしそうに言う。



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