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ドキュメント「東日本大震災~アフター3.11~」

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3月11日以後

地震の日、東京都内を1時間以上歩き、徒歩で帰宅しました。歩き疲れたのでお風呂に入ろうとしましたが、お湯は出てきませんでした。ガスが非常停止していたのです。


地震の後、お風呂のお湯が出なくなったので、東京ガスのホームページを見ようとしたら、アクセス集中で接続できなかった。部屋がガス臭くなってきたので、換気扇をつけた。花粉症とか民主党のどうしようもなさとか、全てどうでもよくなってくる非常時感。
部屋の外にあるガスの非常スイッチを押したら、ガス復旧。これでようやくお風呂に入れる。外に出たら、まだ青梅街道は歩行者の大行列だった。行列は深夜まで続きそうだ。東京都内は歩行者だらけ。満員電車に乗って帰る人たちが、そのまま歩道を埋め尽くしている感じ。


地震が起きた時、グーグルで検索して、地震情報を得た。テレビよりもグーグルの方が、身近で、便利。テレビは、最も地震被害が大きい地域を集中的に取り上げているが、ネットに入れば、日本中の細かい惨状を知ることができる。ネットは仮想現実ではなくて、現実だ。
ツイッターでも地震情報の嵐。こういう時はかえって自分の思惑を述べずに、地震と無関係な、静謐な小説を書きたくなる。何故谷崎潤一郎は戦争中に「細雪」を書いていたのか。災難に真っ向から抗わないで、静かに抗う、他愛ない日常の描写で。
テレビをつけても、お笑い芸人がいない日は初めてだ。ニュースでは残酷で陰湿な事件か、先の見えない経済不況と政治の混迷ばかりが伝えられていた。ニュースの後のお笑い番組では、芸人たちが先ほどまでとは別社会の人間みたいに笑っていた。地震後、テレビから芸人が消えて、ニュースのみが残った。


「日本の知らない世界の大問題」なんて本が売れていたけれど、今は日本で起きた震災と原発事故が、世界の大問題になっている。国難とも表現される日本の惨状を知らず、自分自身の問題に煩わされている人は、世界中にたくさんいる。日本国内にも、この問題に無関心の人はいる。


牛乳、パン、豆腐、水、弁当などが、東京近郊のスーパーやコンビ二からなくなった。レジには大量に食品を買い込んだ客の列があった。ありあまるほど食品があった時代から、明日の食事にも困る食料不足の時代へ。歴史の転換点は迫っている。食の恵み、命の継続を尊ぼう。
神様が海の果てで笑っている。僕は神様の顔を見ている。神様は海の上で踊り、津波を引き起こしている。僕の足元に津波が迫ってくる。僕は津波に飲まれる。神様は踊っている。僕は流されていく。神様の体が二つに裂けた。僕の体も二つに裂けた。
何故僕は助かったのか。何故私は今日も生きているのか。偶然だ。生き残ってしまっているという罪の意識を感じないようにするために、自分にできることを考えて、実行する。明日も生きて、活動する。
いつも朝のラッシュを避ける為、早めに家を出て電車に乗るのだが、今日は計画停電の影響か、早朝から満員電車だった。午後3時過ぎに電車に乗った際も、帰宅ラッシュ時のような混雑ぶり。今までどれだけ便利で快適な社会だったのかを痛感した。
排気ガスを取り込んで凶悪化したスギ花粉とともに、今日の東京には、はるばる福島の原発からやってきた放射能が飛散した。東京電力は、カフカの小説のごとくお役所的で不条理で、しどろもどろな対応を続けている。朝の丸の内線は大混雑だったが、帰りの丸の内線はすいていた。
「現場で原発事故の対応を続けている東京電力の職員、協力会社の人達、自衛官達の命をかけた仕事には、頭が上がらないけれど、東電の管理職連中には、何故こんな障害対応しかできないのかと言いたくなる」「彼らに電気を任せたのは私達でしょ。私達の日頃のチェックが甘かっただけ」
駅前の歩道に易者さんが現れた。今までホームレスが座っていた場所だ。震災に心が囚われていたせいで忘れていたけど、ホームレスの姿が街から消えた。ホームレスがいると、易者の姿が消える。ホームレスが消えると、易者が歩道に復活する。震災後、ホームレスは増えるのだろうか。

牛さんこんばんは。東京の街から、牛乳、卵、水、パンなどが消えました。私達は、あなたや鳥さんの恵みをありあまるほど頂いてきました。大地震が起きて、私達は、あなたの恵み深さを思い知りました。今回の津波であなたのお仲間もたくさん亡くなっているでしょうね。黙祷を捧げます。

外国の人から見たら、非常事態なのに、いつも通り満員電車に乗って、出社して、夜まで働いている東京の人たちは、奇妙に見えるかもしれない。自宅待機か、西に出かけるかするのが、多分国際標準の対応。多くの日本人は、勤勉だし冷静だし、余震が続いているのに働いている。
近所のコンビ二に弁当が1つか2つしかおいていない。ジュースの棚などもがらがら。被災地への食糧供給が危うくなる。かつ、多分今まで残飯を食べていたホームレスの人の食糧もなくなる(近所のホームレスがいなくなったし)。食糧有り余る豊かな社会から、飢餓不安社会への転換。


「ただちに健康に影響を受けるレベルではない、ただちに健康に影響はないってもう、お役所的な決め台詞の連呼はやめて欲しい。ただちに出なくても、数年後には影響が出るんだろう」「ソクラテスが嫌悪した詭弁の見本ね。原発から放射性物質が漏れ出ただけで、猛省すべきなのに……」
新人賞の応募原稿に「ただちに健康に影響を受けるレベルではない」と何回も書いたら、選考委員からダメだしをされた。「ただちになど、副詞の使用は控えましょう。ただちにとは、何分なのか、何時間なのか、何日なのか、具体的、客観的に示しましょう」もっともな意見だ。
「『ただちに』は、主観的な表現です。あなたは『ただちに』を、1日後と思って話しているかもしれませんが、話を聞く相手は、『ただちに』を1分後のことだと思っているかもしれません。誤解が生じます。時間で示して下さい」「ごめんなさい、ただちには示せません。調査中なんです」
いつもはバス停でメモ書きをしているホームレスのおじさんが、地下鉄の出口でメモを取っていた。計画停電と節電の影響で、アーケードの街灯が半分になったため、明るい地下鉄出口に引っ越してきたのだろう。節電と食糧買占めは、ホームレスの生活をも圧迫している。
夜の東京。ネオンは灯らず、ビルの入り口は真っ暗で、停電でもしているかのよう。セブンイレブンの店内も暗い。飲食棚の半分はからっぽ。共産主義時代末期の東欧を歩いているような気持ちになる。
「都内の乳幼児は水道水を飲むな、入浴は大丈夫、胃に入らなければ大丈夫と言うけれど、食品や食器を水道水で洗う必要がある。水道水を飲まないようにしていても、食事の都度、ヨウ素やセシウムが体内に入ってくるんじゃないか」「子どもはただちに逃げましょうってことでしょ、このニュース」

テレビ局はCM自粛で収入が減少する。芸能人も困窮する。「あの頃は享楽にふけっていたな」そう思い出されるようになる東北関東大震災前の日々・・・そう、あの頃の僕たちは、フランス革命前の貴族のように享楽にふけっていた。豊かさと富の過剰。懐かしい日々だ。

外国人が帰国した。富裕層は東京を離れた。水道水をひねれば放射性物質が出てくる。ガソリン、水、パンは売り切れ。出版印刷が滞る、テレビ広告は集まらない、夜は共産主義社会のように暗くなる。首都圏の経済は落ち込んでいる。希望の光は、ツイッターの情報網が灯し続ける。
「『水資源争奪戦』という言葉が、遠い異国のお話だと思えていた昔が懐かしい」「今の東京は、水資源争奪戦の真っ最中だからね」
「太平洋に高濃度の放射性物質を垂れ流している原子力発電所と、戦争兵器として使用され、戦地に放射性物質を残す劣化ウラン弾。どちらが人類にとって害悪なのか」「どちらもでしょ。善と悪の彼岸で生きるのが、これからの私達でしょ」