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3.11以前に書いていたツイッター小説

Pert 1
3月11日以前

大学の募集要項を取り寄せてみた。「本学では、質問サイトで試験問題の回答を質問しても、決して正解の出ない問題を出しています。知識なんて、ネットで検索したり、集合知に質問すればすぐに手に入る時代です。私達の大学では、ネットで知識化できない賢さを求めています」
別の大学の募集要項を取り寄せてみた、「本学の入試では、携帯電話の持ち込みを許可しています。難しい質問を出しているので、ネットや知人の助力を駆使して、問題を解いてみて下さい。どれだけ情報ツールを活用できるかも、本学は個人の学力として評価してるんです」
受験浪人、就職浪人、結婚浪人の人は、年金のもらえない年金浪人になった。病気になれば、医療従事者人手不足のため、病院に入れない病院浪人になった。介護施設入居待ちの介護浪人になった後、彼女は人生を終えた。縁者のいない浪人続きの彼女は、死後、無縁仏になったという。
大学受験にも、就職にも、結婚にも失敗した彼は、情報技術が発達した現代では、学歴も職歴も結婚も不要じゃんと開き直った。むしろ全部いらない、そんなもの全てなくても楽しく幸せに生きていけると、彼はつぶやいた。彼は学歴、職歴、家柄不問の情報空間に自分の生活を再構築した。
1ヶ月近くお腹を抱えて苦しそうにしていたホームレスのおじさんが、救急隊員と話している場面に出くわした。誰か救急車を呼んでくれたのだろうか。翌日から、毎日座っていたおじさんの姿を見なくなった。おじさんがいた場所には、たくさんの荷物だけが残った。今頃治療中だろうか。
牛さんこんにちは。今日も牛さんのお肉をいただきました。子牛の代わりに、牛さんのお乳もいただきました。いつも命を恵んでいただき、ありがとうございます。あなたを食べた分だけ、あなたの代わりに、明日も精一杯生命活動します。また明日お手紙を書きます。お元気で。
サバイバーズ・ギルト。災害で生き残った人が、抱えてしまう「私は偶然生き残ってしまった」という罪悪感。例えば僕は、牛と鳥と豚と野菜の命を食べて、今日も生き残ってしまった。他の動植物の命を奪って、生き残った僕が抱える罪悪感。罪の意識を払拭するため、食べた分頑張りたい。
コーヒー1杯の価格が、牛丼1杯の価格より高くなっている。低価格競争のどん底から始まる価格高騰。コーヒー高くなったなと思う人が多いかもしれないけど、僕は、牛の命が安売りされすぎていることが問題だと思う。
自分一人でやっているわけじゃない。周りの人の支えがあるから生きていけるし、毎日動物や植物の死体を食べて、ビタミンも補給しているから、生きていける。自分の生命活動を支えてくれる他の命に感謝し、明日も生きた結果を積み重ねよう。
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