目次
前日譚 目覚めの刻(とき)を待つ少女
前日譚 目覚めの刻(とき)を待つ少女
独白 プロローグ
独白 プロローグ
第1章 眠れる森の
第1章 眠れる森の(1)
第1章 眠れる森の(2)
第1章 眠れる森の(3)
第1章 眠れる森の(4)
第1章 眠れる森の(5)
第2章 世にも奇妙な
第2章 世にも奇妙な(1)
第2章 世にも奇妙な(2)
第2章 世にも奇妙な(3)
第2章 世にも奇妙な(4)
第2章 世にも奇妙な(5)
第3章 昔むかしの
第3章 昔むかしの(1)
第3章 昔むかしの(2)
第3章 昔むかしの(3)
第3章 昔むかしの(4)
第3章 昔むかしの(5)
第3章 昔むかしの(6)
第4章 不思議の国の
第4章 不思議の国の(1)
第4章 不思議の国の(2)
第4章 不思議の国の(3)
第4章 不思議の国の(4)
第4章 不思議の国の(5)
第4章 不思議の国の(6)
第4章 不思議の国の(7)
第4章 不思議の国の(8)
第4章 不思議の国の(9)
第4章 不思議の国の(10)
第4章 不思議の国の(11)
第5章 嵐の前の
第5章 嵐の前の(1)
第5章 嵐の前の(2)
第5章 嵐の前の(3)
第5章 嵐の前の(4)
第5章 嵐の前の(5)
第5章 嵐の前の(6)
第5章 嵐の前の(7)
第5章 嵐の前の(8)
第5章 嵐の前の(9)
第6章 山のあなたの
第6章 山のあなたの(1)
第6章 山のあなたの(2)
第6章 山のあなたの(3)
第6章 山のあなたの(4)
第6章 山のあなたの(5)
第7章 ツミキクズシ
第7章 ツミキクズシ(1)
第7章 ツミキクズシ(2)
第7章 ツミキクズシ(3)
第7章 ツミキクズシ(4)
第8章 子心親不知
第8章 子心親不知(1)
第8章 子心親不知(2)
第8章 子心親不知(3)
第8章 子心親不知(4)
第8章 子心親不知(5)
第8章 子心親不知(6)
第9章 男はツラいよ
第9章 男はツラいよ(1)
第9章 男はツラいよ(2)
第9章 男はツラいよ(3)
第9章 男はツラいよ(4)
第9章 男はツラいよ(5)
第10章 禁じられた遊び
第10章 禁じられた遊び(1)
第10章 禁じられた遊び(2)
第10章 禁じられた遊び(3)
第10章 禁じられた遊び(4)
第10章 禁じられた遊び(5)
第10章 禁じられた遊び(6)
第11章 君死にたまふことなかれ
第11章 君死にたまふことなかれ(1)
第11章 君死にたまふことなかれ(2)
第11章 君死にたまふことなかれ(3)
第11章 君死にたまふことなかれ(4)
第11章 君死にたまふことなかれ(5)
第11章 君死にたまふことなかれ(6)
第11章 君死にたまふことなかれ(7)
第11章 君死にたまふことなかれ(8)
第12章 いのち短し走れよ乙女
第12章 いのち短し走れよ乙女(1)
第12章 いのち短し走れよ乙女(2)
第12章 いのち短し走れよ乙女(3)
第12章 いのち短し走れよ乙女(4)
第12章 いのち短し走れよ乙女(5)
第12章 いのち短し走れよ乙女(6)
第12章 いのち短し走れよ乙女(7)
第12章 いのち短し走れよ乙女(8)
第12章 いのち短し走れよ乙女(9)
第13章 あゝ無情
第13章 あゝ無情(1)
第13章 あゝ無情(2)
第13章 あゝ無情(3)
第13章 あゝ無情(4)
第13章 あゝ無情(5)
第13章 あゝ無情(6)
第13章 あゝ無情(7)
第13章 あゝ無情(8)
第13章 あゝ無情(9)
第14章 クリスマス・キャロル
第14章 クリスマス・キャロル(1)
第14章 クリスマス・キャロル(2)
第14章 クリスマス・キャロル(3)
第14章 クリスマス・キャロル(4)
第14章 クリスマス・キャロル(5)
第14章 クリスマス・キャロル(6)
第14章 クリスマス・キャロル(7)
第14章 クリスマス・キャロル(8)
第14章 クリスマス・キャロル(9)
第14章 クリスマス・キャロル(10)
第14章 クリスマス・キャロル(11)
第14章 クリスマス・キャロル(12)
第14章 クリスマス・キャロル(13)
第14章 クリスマス・キャロル(14)
第15章 時空(とき)を翔(かけ)る少女
第15章 時空(とき)を翔(かけ)る少女(1)
第15章 時空を翔る少女(2)
第15章 時空を翔る少女(3)
第15章 時空を翔る少女(4)
第15章 時空を翔る少女(5)
第15章 時空を翔る少女(6)
第15章 時空を翔る少女(7)
第15章 時空を翔る少女(8)
第16章 君の名は
第16章 君の名は(1)
第16章 君の名は(2)
第16章 君の名は(3)
第16章 君の名は(4)
第16章 君の名は(5)
第16章 君の名は(6)
第16章 君の名は(7)
第16章 君の名は(8)
第16章 君の名は(9)
第17章 秘密の逢瀬
第17章 秘密の逢瀬(1)
第17章 秘密の逢瀬(2)
第17章 秘密の逢瀬(3)
第17章 秘密の逢瀬(4)
第17章 秘密の逢瀬(5)
第17章 秘密の逢瀬(6)
第17章 秘密の逢瀬(7)
第17章 秘密の逢瀬(8)
第17章 秘密の逢瀬(9)
終章 いつまでも、いつものように
終章 いつまでも、いつものように(1)
終章 いつまでも、いつものように(2)

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第14章 クリスマス・キャロル

第14章 クリスマス・キャロル(1)

 ・・・ひとしきり泣いて、ふと思ったんだ。きっとボクなんかより、工藤さんのほうがずっとずっと辛いはずだって。1階に戻った後、時間も時間だったからボクたちはダイニングでお昼ご飯 ──── 工藤さんお手製のミートソーススパゲッティを食べながら、こんな話をしていた。

 

「キミにメールしてて、麻衣の葬式の日の事を思い出したんだ」

 

俺も、おじさんとおんなじような事言ってるなって ──── 悲嘆に暮れていた工藤さんの肩を抱いて、大澤博士は力強い口調で、『麻衣は決して死んではいないよ、俊介くん。きっと・・・必ずまたあの子に会わせてあげるからね』そう言っていたそうだ。

 

「おじさんが『ロボットつくるひと』・・・エンジニアだって事は麻衣に聞いて知ってた」

 

もともと機械やロボット、それらと人との関わりに人一倍興味を持っていた工藤さんは、小学生の頃たまたまテレビで『最先端の科学技術』を特集した番組を見ていた。その中でも、まるでSF映画やアニメから飛び出したかのようなロボットの映像にひときわ目の色を輝かせていた工藤さんは、製作チームの代表者のインタビューを見てビックリ。

 

「あっ、おじちゃんだ!・・・ってね。それからはもう、ヒマさえあれば勝手に『校外学習』、『社会見学』さ。アポなしで研究室に押しかけてはそこら辺にあるものを勝手にいじったりして、よく怒られたよ」

 

いつしか『おじちゃん』は工藤さんの憧れの存在になった。いつかきっと同じ現場で働きたい、一緒にスゴいロボットを作りたい・・・そんな熱い夢に向かって頑張っている背中を見守っていたのは、もちろん麻衣さんだった。

 

「そりゃあ、大学出てすぐにでもおじさんの研究室で働きたかったけど・・・」

 

世界的にも超がつくほど有名だった大澤博士、その研究室で働きたいという夢を描いていた『科学者の卵』はごまんといた。結局工藤さんはあちこちの機械・製造系の開発会社を転々とする事になった。そうして今から7年前の2002年4月、ようやく総合研究所に就職した工藤さんはこれまでの経験を買われN.A.R.P.研究開発部に配属される。当初は何故か現場に大澤博士の姿がない事に落胆していた工藤さん。

 

「何か違う・・・って思ってたんだよね。こう・・・驚きがないって言うか、オーソドックスって言うか」

 

四角い頭にマジックハンドのような丸くゴツい手・・・明らかにロボットだと分かるような製品の開発でも、確かにエキサイティングな仕事には違いなかったが

 
 

おじちゃんなら、もっとスゴいのを作れるはず ──── !!!

 
 

幼き日に抱いた憧れをどうしても忘れられなかった工藤さんは、あろうことか少しずつグレ始めていく(笑)。だんだんと作業にも身が入らず、ミスも目立ち始め、髪の薄いイヤミな上司とは事あるごとに口論になっていた。

 

「だってアイツ、何でもかんでも自分の手柄にして所長に報告すんだぜ!?みんな後々が怖いから黙ってるけど・・・出張でいない時なんか、文句タラタラ。見学者用のパンフにも落書きしまくってたもん」

 

でも・・・そんなある日のこと。工藤さんは独り会議室へ呼び出され、そこで『クソバーコード野郎』N.A.R.P.主任から、『入ったら二度と戻ってこられない』・・・そう、かねてから噂されていた謎の部署、その名も

 

洞窟

 

への異動を命じられてしまう。


第14章 クリスマス・キャロル(2)

 「そこが、大澤博士の研究室だったんだ?」

 

でも工藤さん、最初は追い返されそうになったんだって。『私に助手なんぞ必要ない』ってね。

 

「まあ、それも無理なかったかもしれないな。だって、麻衣が亡くなってからはこっちも受験とか色々忙しくなってきたってのもあったし、たまに年賀状とか出すくらいでほとんど会わなかったからさ」

 

あの博士の穏やかさからは想像できないくらい、当時のその頑固っぷりはすさまじかったらしく『工藤です』には『どこの工藤か知らんが、帰ってくれ』と言い、おまけに『工藤俊介ですよ!』になると、ちょっと好感度アップ?を匂わせつつ『ああ、たしかに昔そんな名前の子が近所におったが・・・』と懐かしそうに話すものの

 

「『とにかく私は1人でじゅうぶんなんだ。こんな辺鄙なところまでわざわざご足労感謝するが、どうかお帰り願いたい。以上!!!』って、ブチッ・・・だよ」

 

・・・じゃあ、どうして一緒に働けるようになったのか?それは、工藤さんが博士と交わしたあの『約束』を口にした時だった。

  

  

 ──── 2002年11月20日午後1時40分、『洞窟』N.O.A.H.研究開発部ドア前。

 
 

「おじさん・・・おじさん俺です」

 

「まだいたのか・・・もう、いい加減にしてくれないかね。それより何だ、君はいきなり・・・馴れ馴れしいにもほどがあるぞ!」

 

「待ってくださいっ!俺は・・・俺は昔おじさんが言ってくれた言葉をずっと信じて、やっとここに来ることが出来たんです」

 

「私の言葉?・・・どういう事だね」

 

「『麻衣は・・・」

 

「・・・!!」

 

「『麻衣は決して死んではいない。きっと・・・必ずまたあの子に会わせてあげる』・・・今日は、それを確かめさせてもらいに来ました」

  

  

 しばし二人の間に漂っていた張り詰めた空気はインターホン越しにかすかに聞こえてきた博士の嗚咽でほぐされていった。もちろん、博士は本当はボクが会った時のまんまの優しい人なんだって。

 

「おじさんも、研究が忙しくて連絡が出来なかった。俺は、そんな事分かってたし・・・ぜんぜん気にしなかったのに。逆に、おじさんのほうが俺に嫌われたとか思ってたらしくて」

 

『死んでない、会わせてやる』なんておかしな事言っちゃったから・・・って ──── 強がりは、そんな苦悩の裏返しだった。もはや『助手』を断る理由が見つからなかった博士は、分厚い『タイムワープ』の扉を開け、1人の『優しい近所のおじさん』として、『娘の幼なじみの少年』を招き入れたんだ。研究室の中には、胴体・・・その胸元あたりの滑らかな曲線を描いていた保護パーツから『女性型』と思われる自律二足歩行タイプのロボットが置かれてあった。奇妙なことに、そのロボットには頭部がなかった。

 

「あれっ?と思ってさ、おじさんに聞いたんだ。そしたら・・・ ──── ハハ、今思えばあの時の俺まるっきりキミと一緒だったよ」

 

その時のことを思い出したのか恥ずかしそうにうつむいて笑う工藤さんは、『俺はさ、恥ずかしい話・・・ボロ泣きしちゃったんだけど』博士が手で指し示すほうを目にした途端、くるっと180度そっぽを向いてしまった。目の前にあるものを直視出来なかったんだ。

 

「えっ、どうして?」

 

「あったんだよ、そこに。・・・今にも目を覚まして、『久しぶりだね、元気だった?』って言ってきそうな・・・」

 

 
  

──── 13年前のあの頃のまま何も変わってない、麻衣の・・・穏やかな寝顔が。


第14章 クリスマス・キャロル(3)

 ・・・こうして工藤さんと麻衣さんは、意外な形で再会する事になった。

 

「たしかに目にした瞬間はメチャクチャ泣けたし、俺もどっかで『おじさんなら・・・』なんてある程度予想・・・っていうか期待してたところもあって、やっぱ初めはちょっとワクワクしたよな」

 

でも、落ち着いて冷静になればなるほど、工藤さんは『違和感』を覚えていった。

 

「ホント、どこからどう見たって麻衣だったけど・・・。一瞬でも、ロボット ──── 機械なんだって思っちゃったら何か、だんだん気持ち悪くなってきて」

 

その時に、博士は麻衣さんの全てを詰め込んだ青くて小さなキラキラした『ひとかけのチョコ』を見せた。・・・それが、ニューロ・チップだったんだ。

 

「俺の手のひらに置いてさ、『今・・・麻衣はここで眠っている状態なんだ』って。そのとき初めてチップを見せてもらってね」

 

私は、ただの支援用ヒューマノイドを作っているわけではない。こちら側に残された者の深い心の傷を少しでも早く癒したい・・・その手助け支援をするためのヒューマノイドを作っているんだよ ──── 『ノア計画』について聞かされた工藤さんは、麻衣さんを蘇らせるために博士と共にノアを作り上げる決心をした。とはいえ、理論上ノアを麻衣さんたらしめる全ての要素はニューロ・チップに収められていたので、実質的な作業としてはやっぱり『らしさ』のキモとなるモデリングはもちろん、人工皮膚の精製・培養と内骨格ロボット部のより滑らかで人間的な動きの追求・・・あとは『声』の作成だった。

 

「やっぱ、記憶だけだと曖昧で。こんな声だったかな、もっと高かった?・・・とか話し合いばっかで肝心の合成作業がなかなか進まなくて」

 

で、博士が用意したもの・・・それは麻衣さんが15歳の頃に弁論大会に出場した時の音声テープだった。

 

「じゃあ、今の声は麻衣さんが中3の時の?」

 

「ちょっとだけ経年エフェクトを掛けてるから、まったく一緒ってわけじゃないけどね」

 

たしかに、時々メチャクチャかわいい声になったりしてたかと思えば、病院に連れてってくれた時みたいにちょっぴり低い大人っぽい声になったりも。ひょっとすると、それが『2年の差』だったりするのかな。


第14章 クリスマス・キャロル(4)

 ・・・とまあ色々あって今年の7月、ようやくノアが完成する。でも工藤さんは、20年前のあの日から連れ去ってきたような、そのままの姿をした麻衣さんを前にした時の博士の表情に自分と共通した思いを見つけた。実はそれが『ノア計画』の最大の問題点だった。

 

「最初はね・・・やっぱ複雑だったよ。死んだはずの人間が、目の前で『眠ってる』んだぜ?ノアを作った、ロボットだってはなから分かってる俺や・・・おじさんだって ──── 」

 

『錯覚』を起こしちまったんだから・・・って、そう言ったんだ。ノアの高いポテンシャルを知っている人間でさえ受け入れる事をためらうというのに、科学畑とは縁遠いごくごく一般の人たちが『亡くなった家族と瓜二つのロボット』を果たして受け入れられるのか・・・思ってたとおり、2人の気持ちはまったく同じだった。

 

「だから・・・ラボに置きっぱなしにしたんだね」

 

工藤さんは深く二度うなずいた。

 

「・・・考えたら、おかしな話だよな。『会いたくない』なんてさ。ノア計画を実現させるためには・・・その素晴らしさを広く知ってもらうためには、まず俺たちが一歩を踏み出さなきゃ始まらないのに」

 

その間にも色々と話し合いを重ねていた、工藤さんと博士。『今思い出すだけでもゾッとするんだけど・・・』そう前置きして言うことには、今後の計画案を出していく中で

 

ノアを分解してチップともども廃棄処分、計画を白紙に戻す

 

というものもあったそうだ。うん・・・たしかに

 

「ゾッとするよね」

 

そんな時だった。幸か不幸か、大澤博士のもとに脅迫の電話が掛かってきたのは。

 

「でも結局はさ、ああやってアイツらの電話がなけりゃ・・・麻衣は、今もうここにはいなかったかもしれないってわけ」

 

「ボクも、ここでスパゲッティ食べてなかったかもしれないってわけか♪」

 

「そういう事だね。さすがはノアの『協力者』だよ」

 

アイツの『人を見る目』は間違ってなかったな ──── 工藤さんはそう言って楽しそうに笑っていた。


第14章 クリスマス・キャロル(5)

 と、その時ふと工藤さんはお茶を飲もうとコップを持った手を口に運んだところで動きを止めた。コップを口につけて、飲むのか飲まないのか斜めにする動きと同じようにしてゆっくり首をかしげている。

 

「どうしたの?」

 

「いや・・・今ちょっと気になる事を思い出してね」

 

前にキミにも話した事なんだけど ──── コップをテーブルに戻して切り出した話・・・それは、ニューロ・チップのメモリーログ、つまり『記憶』へのアクセス方法に関することだった。

 

顔を認識させて、それから親しい人が名前を呼ぶ

 

っていう例のアレ。工藤さんによると、どちらかが欠けても順序が逆になってもロックは解除されないらしいんだ。

 

「・・・!!」

 

・・・イヤ~な事を思い出した。色んな事があってすっかり忘れてたけど、『顔を認識させる』・・・な~んかそれらしい事やっちゃったよね、ボク。だから、どうにかして話をそらそうとしたのに工藤さんってば、『う~ん・・・何で解除されちゃったんだろ?』ってずっと腕組みまでして考え込んじゃってたから・・・

 
 

ゴメンなさいっっ!!!! ────

 
 

「!!??どうしたの、急に・・・」

 

もうガンッ!・・・ってテーブルに思いっきり頭ぶつけて謝ったよ。ボクはあの日の夜、まさにここで彼女にした事を何もかも話した。そのままもう、唱えるみたいに無我夢中で理由を並べ立てた。・・・そうなんだ。ボクはただ彼女に

 

彼女が『彼女』である事を知っておいてもらいたかった

 

って、本当にそれだけだったんだ!

 

「だからキミは、窓に映ったアイツの顔を・・・」

 

「まさかそれが、麻衣さんを目覚めさせるきっかけになるなんて思わなかったんだよ!だからホント・・・ホントにゴメンなさいっっ!!!」

 

またガンッ・・・その後の沈黙はストーブがついているにもかかわらず部屋の温度をグングン下げているような気がしてならなかった。

 

「・・・もうホラ、顔上げな」

 

下からゆっくりとボクの視界に入ってきた工藤さんの顔は怒っ・・・ ──── てなかった。かと言って、笑ってるわけでもなかったから・・・逆に怖くなって

 

「工藤さん?」

 
 

──── ったく、ズルいなあ・・・キミは。

 
 

またうつむいていたボクの耳に、工藤さんが確かにこう言ったのが聞こえてきた。


第14章 クリスマス・キャロル(6)

 「えっ・・・」

 

眠たそうに背伸びをして、頭をかきかき・・・なかなかボクと目を合わせようとしてくれない。やっぱり・・・やっぱり怒ってるんじゃあ?

 

「・・・って事はだ。もうキミは『協力者』なんて話じゃ済まなくなってくるじゃないか」

 

ホラホラッ、おっ怒ってる・・・!!!怖いぃぃぃ・・・

 

「ごっ・・・ゴメンなさぁぁぁい・・・」

 

もう、泣きたくなってきた。

 

「キミは・・・」

 

もう大澤研究室の一員、立派なプロジェクトの『関係者』だよ ──── クルッとこっちに顔を向けてきた工藤さんは、怖いくらいに優しくて暖かい雰囲気を漂わせながら満面の笑みを浮かべていた。

 

「へっ・・・何で・・・?」

 

「そりゃあモチロンまず第一に、キミのおかげで俺も・・・おじさんも、一歩前へ踏み出す勇気が持てたって事さ」

 

一度は消えかけていたノア計画が、ボクの・・・まあ言ってみれば、『おせっかいな行動』によって結果的にその意義と可能性の一端を示す事になったわけなんだ。・・・自分たちがあの時に抱いた気持ちはウソじゃない。突然目の前からいなくなり、もう会えなくなってしまったはずの大切な人が、昔のままの元気な姿で目の前に現れたなら。明るくいつものように会話が弾んだなら・・・

 

「きっとみんな幸せな気持ちになってくれるはずだ!・・・って。きっとノアを暖かく迎え入れてくれる!・・・って。俺も今は、間違いなくそう思えるようになったんだ」

 

だから・・・そう、プロジェクト的には『一歩』どころじゃないくらいすっごく前進したんだぜ!? ──── あんまり嬉しそうに言うもんだからさ・・・あの話、出そうかどうか迷ってたんだけど・・・ボクだって

 

じゃあ、麻衣さんはどうなっちゃうの!?

 

って思ってたから・・・気づいた時にはもう、こう口走っていた。

 
 

──── でも、計画・・・中止なんでしょ?


第14章 クリスマス・キャロル(7)

 やっぱり工藤さん、笑顔のまま固まっちゃった。しばらくして柔らかくなったと思ったらバンッ、てテーブル叩いてふて腐れながら

  

「それなんだよなー!・・・俺さ、そんなのKBYクソバーコード野郎が勝手に言ってるだけだと思ってたの!!したら、次の日に所長にも呼び出し食らって・・・」

  

工藤さんの話では、所長さんって『メッチャクチャいい人』なんだそうだ。博士との関係も、麻衣さんを亡くした事も知っていて・・・お葬式の時にも顔を合わせたらしい。でも工藤さんってば、ぜんぜん覚えてないんだって。

 

「この際もう麻衣の事も洗いざらい全部話して、『きっと上手くいきますから』って言ったら・・・一応納得はしてくれたんだけどさ」

 

しかし、それだけ複雑で繊細なシステムです。では、お聞きしますが・・・何らかの不具合やエラーは一つもなかったんですか? ──── もしKBYにそんな事言われたら、ぶん殴ってたかもしれない・・・そう明るく言った工藤さん。でも内心はハッとしてたんだ。

 

「えっ、不具合なんかあったの?」

 

「いや、キミも見たろ?勝手に再起動して俺たちを助けに来たり・・・」

 

アイツを殺しそうになったり ──── 工藤さんもその『謎の再起動』の原因はまだ分からないらしい。ボクたちの場合はアレで良かったと言えばそうなんだけれど、『暴走』には違いなかった。もし、それが製品化された際に起きてしまったら・・・取り返しのつかない事にもなりかねない。もちろん不安要素は、それだけにとどまらなかった。

 

「ニューロ・チップは熱に極端に弱いんだ。・・・まあ、普通に動いてる分にはクーリングをきっちり施してるからまずそんな事はないんだけど・・・」

 

もし何らかの形で負荷が掛かって急激に温度が上がってしまうと、メモリーログを損傷してしまう可能性がある・・・ ──── 工藤さんがますます厳しい顔つきになっていく。

 

「そしたら、どうなるの・・・?」

 

「保存されているデータが欠落して・・・そうだな、分かりやすく言うと『記憶喪失』になってしまうかもしれないって事」

 

しかもヒトの脳とは違って、その記憶は二度と取り戻す事が出来ない・・・そういった事も含めて何もかも所長に聞いてもらった工藤さんは、とりあえず一旦計画を『凍結』という形にして、今はとにかくそれらの不具合の改善に努めるように『お願い』されたそうなんだ。

 

「じゃあ、麻衣さんは・・・」

 

工藤さんは微笑んでうなずいた。

 

「もちろん今日明日っていうわけにはいかないけどね。ちゃんと原因を解明して、プロジェクト再開のメドが立ったら・・・真っ先に復活させるよ。あっそうそう、所長もなるべく早く麻衣に会いたいって ──── 」

 

「シッ・・・!!!」

 

その時だった。ボクの頭上、天井のほうからギシッ・・・と板がきしむような音がしたんだ。

 
 

──── まさか・・・!!!


第14章 クリスマス・キャロル(8)

 「どうした?」

 

「今の音聞こえなかった!?ミシッて・・・」

 

「ああ、家鳴りってヤツだろ。今日ほら外寒いから・・・」

 

「違うよっ、ココ!・・・ココから」

 
 

ギシィッ・・・ミシッ ────

 
 

『ホラまた・・・!!』ボクが麻衣さんの部屋のほうを指差した直後、また同じ音が。微妙な笑顔になっていた工藤さんには、きっとボクの言いたい事が分かってるはずだった。

 

「・・・いや違うよ、違う違う。だって、俺が今までどれだけやっても全然ダメだっ ──── 」

 

「リモコンで、でしょ!?今日は、だってホラ『主電源』をいじったじゃない!叩いたり揺らしたりして『刺激』も与えたし・・・だから」

 

目も開けてくれた!何か・・・何か言おうとしてたじゃんかっ!! ──── でも工藤さんは首を振るばっかり。

 

「・・・ありがとう。キミがそれほどまで麻衣を人間みたいに思ってくれてるのは、本当に嬉しいよ。おかげでますますノアの『力』に自信を持つことが出来る。でも・・・でもね、今のアイツは動けないんだよ。いくら『魂』が動きたいって思ってても、その気持ちを受け止めて、それに応えるための『体』が・・・壊れちまってるんだ。そうなったら、もうどうする事も出来ない・・・分かるよな」

 

哀れむような表情で微笑んだ工藤さんは、そばに畳んで置いていたパソコンをポンポンと叩いて見せた。・・・そうか。よくよく考えてみたら『主電源』すら、もうOFFにしてあるんだった。

・・・なんて、納得しようと思ってもゼッタイ無理だよ。

 
 

──── でも・・・もし、『不具合』が起きてたら?

 
 

これまでの経験上、彼女が『素直に言うこと聞く』わけないって分かってるもん。だったら・・・

 

「また勝手にスイッチ入ってるかも知れないよ」

 

「えっ・・・」

 

「見てみてよパソコン」

 

「いやあ・・・だけど、いくら何でも ──── 」

 

「いいから早くっ!」

 

どうかなあ・・・ ──── しぶしぶパソコンを開いてアプリケーションを操作していく工藤さん。面倒くさそうにキーを叩いたその直後、工藤さんの目はモニターに釘付けになって、口からは・・・

 

「アァッチッ!!!あっつい・・・!!!」

 

くわえていたタバコがポロリと落ちて太ももへ。床に落ちたタバコを慌てて踏み消しながら・・・

 

「参ったな・・・キミの言ったとおりだ」

 
 

──── アイツ・・・起きてるかもしれない。


第14章 クリスマス・キャロル(9)

 【STATUS状態 : ACTIVE稼動中

 

BATTERY REMAINバッテリー残量 : 30.56%】

 

OPERATING TIME REMAIN稼働時間残り : 10:58:47】■

 
 

──── 2009年12月23日午後1時2分、別荘2階廊下。

 
 

ボクたちはパソコンもフォークも放っぽりだして、ドタドタと2階へ駆け上がった。競走してるわけでもないのに、まるで我先にと『まい’s room』を目指す2人のオトコノコ。工藤さんがドアノブを握って、グイッと思いっきり手前に開け放ち、慌てて部屋の明かりをつける。その光景は、数時間前とほとんど変わらなかった。ただ今回は、明らかに温度が高いような気がした。それは、決して興奮していたボクや工藤さんの体温が上がってたからとかってだけじゃなくて・・・上手く言えないけれど、入った瞬間、部屋の中に何ともいえないほのかな温もりというか・・・

 

人がいる気配

 

みたいなものをはっきり感じたんだ。目の前には、体を起こし、足を伸ばしたままでチョコンとベッドに座っていた彼女の姿が。

 

「あ・・・おはよう」

 

と、まだ少し眠たそうなボンヤリとした眼差しをこちらに向けて、笑顔を浮かべていた。

 

「ずいぶんグッスリだったじゃないか・・・」

 

駆け寄ろうとしたボクをサッと腕で静止して、工藤さんが言った。『えっ、何で・・・』意地悪されたみたいな気になって、ちょっとムッとして見上げたら、マジメな顔でうなずくだけだった。ボクの肩を持って、2人一緒にゆっくり近づいていく。・・・何だろ、そんなに慌てるなってことなのかな。

 

「大丈夫かい?・・・おかしな所はない?」

 

そっとベッドに腰を下ろした工藤さんは、優しく彼女の頭をなでていた。

 

「うん、だいじょーぶ。・・・でも、ちょっと寝すぎちゃったかなぁ。何か、体が重ぉい・・・」

 

と、抱きついて・・・というよりは、胸の中にもたれていく彼女を柔らかく包み込んでいる。

 

「麻衣・・・麻衣、大丈夫かい?」

 

「うん、だいじょーぶ・・・」

 

背中に静かに手を這わせるだけの工藤さん、何度となく彼女を気遣うその切なげな表情を見てボクはようやく、さっきの行動の真意に気づいた。だってさ、ホントはギュッと思いっきり抱きしめたいはずなのに・・・それをしない。したくても、出来なかったんじゃないか・・・って。本来なら、目覚めるはずのなかった彼女が『不具合』で再起動してしまった。出来ることなら、このままいつまでも暮らしていたい。でも、それは叶わない事だと思っていた工藤さんにとっては、もはや過ぎていく1分、1秒すら惜しかったに違いない。だからこそ、考えなしに彼女に飛びつこうとしていたボクをとがめたんだ。たったそれだけの事が余計な衝撃を与えて、再び彼女を停止させてしまわないように。・・・優しすぎる何処かの誰かが掛けてくれた『魔法』が解けて

 
 

──── また彼女が・・・物言わぬ人形に戻ってしまわないように。


第14章 クリスマス・キャロル(10)

 工藤さんが腕を広げると、彼女は不思議そうに顔を見上げていた。工藤さんが微笑むと、彼女も天使のように笑顔をとろけさせる。

 

「ほら・・・」

 

その時、工藤さんに視線を促されおもむろにこっちへ顔を動かす彼女。さっきの事を気にするあまり、ボクは当然ベッドにも上がっていく事が出来なくて・・・それに、二人を見てたら何となく後ずさりしちゃって、ほとんどドアのとこに。ドキドキするくらい、じっと真っ直ぐボクを見つめていた彼女。でもやっぱりね・・・ゆっくり首をかしげるのを見ちゃうと、『もう、ボクのこと・・・忘れちゃってるかな』何て言ったらいいか分かんなかったから、とりあえず小さく手ぇ振ってたんだ。そしたら、

 

「ああっ、久しぶりだね!元気してた?」

 

って笑ってくれた。そんな事言われたら、もちろん嬉しかったよ。嬉しいに決まってるけれど、何となく・・・『大丈夫かなあ』って不安になる自分もいた。だからなかなか動けずにいると

 

「こっちおいでよ!」

 

って工藤さんに、文字通り『背中を押されて』急接近させられちゃってさ。

 

「・・・久しぶり。麻衣さんは?・・・元気?」

 

『うんっ!』・・・って、声には出さなかったけれど明るくコクッとうなずいた彼女。と、思ったら『あっ!』みたいに目を丸くして人差し指でボクの口元をサッとなでて

 

「美味しいものがついてる♪」

 

指先についたミートソースをペロッと舐めたんだ。しまったっ、慌ててて口拭いてくるのすっかり忘れてた・・・!!!キャー何かもう、恥ずかしくて顔がポッポしてきちゃった。

 
 

──── あれ?

 
 

「工藤さん、食べもの・・・」

 

・・・なんて、うつむいてばかりもいられないような事をいきなり思い出した。そうだ、たしか彼女は水しかダメだったんじゃ・・・ボクの小声につられて、工藤さんもささやくように

 

「ああ、うん。いい、いいよ別に・・・ちょっとくらいなら。大丈夫大丈夫」

 

『・・・?』二人が急にシリアスな顔をしたもんだから、彼女キョトンとしちゃって。

 

「くっ、工藤さんがスパゲッティ作ってくれたんだ!」

 

ボクは急いで作り笑いして、そう言ってごまかした。

 

「へー、俊ちゃん料理できるんだ?」

 

クルッと顔を見つめて尋ねてきた彼女に、工藤さんは若干咳き込みながら

 

「えっ!?・・・ああ。まあ・・・少しはね。・・・これでも独り暮らししてるし」

 

そっかぁ・・・ふぅん、いいなあ ──── 感慨深げにそう言った彼女は、

 
 

──── 一度でいいから、食べてみたかったな。俊ちゃんの手料理。

 
 

どこを見るともなく少し寂しげに遠くへ視線を投げて、そう呟いたんだ。


第14章 クリスマス・キャロル(11)

 「食べられるよ!・・・いつか、きっと」

  

そうでしょ? ──── 工藤さんには、まだまだ頑張ってもらわなきゃいけないけれど。今よりも科学がもっともっと進歩すれば、彼女みたいにノアという新しい体で暮らす事になった人たちも、ボクたちと同じように料理を味わえる日が来るかもしれない。・・・来るといいな。

  

「そろそろ、下りようか。・・・立てるかい?」

  

「うん、大丈夫・・・」

  

工藤さんが肩を貸して彼女をゆっくり立たせる。ウィィィ・・・と、今まで一度も聞こえた事のなかった関節のギアのような音がかすかに聞こえた。ボクは彼女の手をギュッと握っていた。

  

「あ・・・雪」

  

窓の外の景色に目をやって、彼女がポツリと言った。あの日のように、ピントを合わせるサーボの音やお腹あたりから聞こえるブゥゥゥン・・・という低い振動の音がいつもより大きく聞こえるのは、あたりが静かすぎるから・・・空気が冷たかったからだって、それはまだ勝手に納得できた。でも、ボクが手を放せば簡単にほどけそうなくらい弱々しく絡んでいた彼女の細い指、そこから伝わってくる『震え』だけは何なのか分からなくて少しだけ怖くなった。どれだけ強く握ってもそれは決して止まらない。いつしか工藤さんの『焦り』が伝染していたボクの心にも気づかずに、ただ彼女は雪をボンヤリと眺めて微笑んでいた。

  

「・・・ありがと俊ちゃん、もういいよ。私ひとりで歩けるから」

  

と、しばらくして不意に彼女は工藤さんの肩から腕を下ろし振り向いて、そう言った。

  

「でも、まだ足が・・・」

  

止めようとする工藤さんに首を振って、ゆっくりゆっくり入り口のほうへ進む彼女は、右足を引きずっていた。その度にか細いモーター音を漏らしながら。

  

とりあえず『応急処置』はしたよ ────

  

それがどういうものかなんて知らなかったけれど、もう彼女のボディは、今の工藤さんの力じゃどうする事も出来ないほど壊れてしまっている・・・それだけは分かった。

  

「どうしたの?二人とも・・・そんな顔して」

  

もたれるように手を掛けた彼女は、ボクたちがじっと立ち尽くしていたのに気づいてこっちを向いた。不思議そうな顔をして首をかしげている。

  

「行こ・・・?」

  

コマの少ない古い映画みたいに、ちょっぴりぎこちなく笑顔になる。こっちへゆっくり下から腕を伸ばす。とにかく周りが静かだったから、今はもう彼女が何をしても・・・乾いた『機械の音』、そのノイズが耳について離れなかったんだ。


第14章 クリスマス・キャロル(12)

 「ね、そういえば・・・お父さんは?」

 

1階に下りた途端彼女が明るくそんな事をサラッと口にしたんだ。『今日は、こっちに来てないの?』工藤さんの返事もないうちから、あちこちの扉を開けて『お父さん』を捜している。

 

「工藤さん、まさか・・・」

 

悔しそうに唇をかみ締めた工藤さんは、『麻衣っ、ちょっと待って!』そう彼女を呼びながら慌てて止めに向かった。数分後、工藤さんに両肩を抱かれつつ戻ってきた彼女は

 

「そっかぁ・・・やっぱ科学者って、大変なんだ・・・せっかくのクリスマスなのに・・・」

 

何かしら『お父さんのいない理由』を伝えられたのか、どうにか納得しつつもブツブツ何やらグチっていた。

 

「ねえ、何だって?」

 

声を掛けたボクを見つけると、彼女は悲しげに顔を歪ませた。

 

「海外出張だってー!当分戻ってこらんないから・・・」

 

その間はこの助手さんが、麻衣のお父さん代わりっ! ──── と思ったら、今度は嬉しそうに工藤さんに抱きついている。ボクはチラッとこちらをうかがう工藤さんに『・・・ナイスッ』そう親指を立てて返したんだ。

 

「うわあ、また降ってきたよ!?」

 

と、また工藤さんから離れ『ああっ、大丈夫かなあ・・・』なんて思わず心配になるくらい、ヨタついた感じで玄関にあせあせと駆けていく彼女。『ホラ見て、雪雪!キャハッ♪すごいすごーい!!』ドアの窓から表を覗いて、まるで初めて雪を見た子どものようにはしゃいでいる。

 

「ああ・・・たしかに、ここでこんなに降ったのって初めてかもしれないな。・・・そうだっ、じゃ麻衣ちゃん、外で遊んでおいでよ!」

 

後で俺たちも行くからさ ──── 嬉しそうに扉を開けて出て行く彼女の背中を見送る工藤さんの眼差しは、どこか寂しげに揺れていた。


第14章 クリスマス・キャロル(13)

 雪とたわむれている彼女を見て、ボクはふとこんな事を考えてしまった。

 

『今の彼女は、いったい・・・何歳いくつなんだろう』

 

って。正確に言えば、何歳の記憶で今生きているんだろう ──── そう思っていた。ふと思い返せば、さっきの麻衣さんは工藤さんの事を、俊ちゃんではなく『助手さん』と呼んでいた。それに・・・麻衣ちゃん、と言っていた工藤さん。もう、気づいてるのかな・・・。

 

「大丈夫なの?彼女」

 

遠くへ行っちゃったりしない? ──── 思い返せば、初めてボクが『麻衣さん』に会った時からこんな感じでほわほわして、可愛らしい人だなあって印象はあったよ。でも今は、あの時よりもっと幼いような気がして・・・だから余計心配になったんだ。

 

「あ・・・アイツまた裸足だ」

 

言われてみればそうだった。ジーンズと薄いセーターしか着てない上に、手袋もしてないんじゃ・・・

 

「大変だっ、ただでさえ体の調子悪いのに・・・あのままじゃ風邪引いちゃう!!」

 

「・・・大丈夫だよ」

 

なんて、いつも必死になるのはボクばっかり。呼びに行こうとして、そう苦笑する工藤さんに止められて、その瞬間に思い出した。

 

「そうだよね」

 

・・・彼女は、人間じゃなかったんだ。もう分かってるはずなのに、『錯覚』を起こしてしまう。あまりにもそこに熱く尊い『生命』を感じてしまうから、だからなおさら・・・あの音に違和感を覚えていた。ボクのわがままな心は、無機的で冷たい『機械』の音を認めたくなかったのかもしれない。

 

「麻衣さん、すごく楽しそう」

 

「・・・思ってたとおり、記憶の欠落が現れたみたいだけど」

 

アイツには、この方が良かったかな ──── 工藤さんは穏やかに笑っていた。彼女の中では『お父さん』大澤博士は、決して亡くなってはいない。今もノア研究の発展のために外国で頑張っている。たとえ遠く離れていても、ずっと一緒に生き続けている。・・・そうさ。あんな悲しい出来事なんて、もう思い出してほしくない。ボクだって、同じ気持ちだった。

 
 

──── ね、ボクたちも行こうよ?


第14章 クリスマス・キャロル(14)

 あれからボクたちは、空が淡くオレンジに染まる頃まで一緒に遊んでいた。ちょっとした雪合戦に、鬼ごっこ。麻衣さんを追いかける工藤さんも、いつしか昔にタイムスリップしたように・・・子どもみたいにはしゃいでいた。

 

 

 

「はいー、つーかまーえたっ!!!今度は、麻衣ちゃんのオニー」

 

「あん、助手さぁんズルぅいー・・・よーしっ、行っくよー!!」

 

「わーっ、麻衣さんオニなの!!??逃げろ逃げろー」

 

とかって、もう息が切れるくらい。・・・楽しい時間って、ホントに早く過ぎていくんだよね。先に捕まっていたボクは、ちょっと疲れてデッキに腰を下ろしていた。ふと現実に戻ると、『しばしのお別れ』がだんだん近づいている事に気づいた。眩しい夕焼けを背に手をつないでこっちに戻ってくる二人を見て、ボクはまた泣きそうになった。この幸せな時間がいつまでも続けばいいのに ──── いつしか手を胸に組んで、見えない流れ星にお願いしていたんだ。

  

  

 「じゃあ・・・そろそろ帰ります。また、母さんが心配しちゃうとアレだし」

 

ボクは立ち上がって言った。

 

「えーっ、もう帰っちゃうのー!?まだ早いよぉ・・・。今冬休みなんでしょ?だったらそんな、慌てて帰んなくってもいいじゃ~ん・・・!!」

 

こっちに駆け寄りボクの腕をつかんで揺らしながら、寂しげな顔をして彼女はまるで駄々っ子のようにそう言ってきた。

 

「ゆっくりしていきなよ。俺が送ってってあげるからさ。何なら晩メシも一緒に・・・そうだ、今日はせっかく3人揃ってるし」

 

ひと足早いクリスマス・パーティーでもやりますか! ──── ・・・というわけで、みんなで色んなクリスマスソング歌ったり、

 

 

 

ケーキ囲んで写真撮ったり、何だかんだで結構盛り上がっちゃって。帰りも工藤さんの車にみんな乗ってボクんちの前まで。・・・結局、時刻は午後9時を回ったところ(笑)。

 

 

 「また、一緒にあそぼーねっ!」

 

って開けたドアのところに身を乗り出して、見送ってくれた麻衣さん。

 

「うんっ・・・またね!」

 

寒空の下、後ろの窓ガラスからずっと手を振っていた彼女が見えなくなるまで、ボクは手を振り続けていた。・・・もちろん、さよならなんて言わなかったよ?

  

  

 ──── 2009年12月23日午後10時56分、別荘2階麻衣の部屋。

 
 

「今日は、楽しかったぁ・・・」

 

「ああ、そうだね」

 

「・・・あの、助手のオジちゃん」

 

「ん?何だい」

 

「オジちゃんの作ってくれたお料理、とってもおいしかったよ」

 

「・・・そうか。そりゃ良かった」

 

「そうだ。今日ね、一緒に遊んだ男の子の事なんだけど・・・」

 

「どうした?」

 

「あの子・・・誰?」

 

「えっ・・・」

 

「・・・麻衣、あの子の事何も知らないの。何も分からないのに・・・」

 

「・・・うん」

 

「でもっ・・・でも、知ってる・・・知ってるんだよ?会いたかったんだ、すっごく・・・」

 

「そりゃあ、もちろん・・・あの子だって、メチャクチャ麻衣ちゃんに会いたがってたよ?」

 

「ホント・・・?」

 

「ああ、ずっとずっと・・・ホントにずっと前から」

 

「そーなんだぁ・・・ヘヘ、何か嬉しいな。・・・ねえ」

 

「ん?」

 

「じゃあオジちゃんは、あの子の事・・・知ってるんだよね?」

 

「ああ、知ってるよ」

 

「教えて?」

 

「・・・あの子はね、君を ──── いや、俺たちみんなを救ってくれた・・・

とっても優しくてカッコいい男の子なんだ」

 

「そっかぁ・・・やっぱり、優しいんだね」

 

「・・・さあ、もうお休み」

 

「うん、お休み・・・。 ──── オジちゃん?」

 

「ん?」

 

「また明日も・・・麻衣と一緒に・・・あそボゥ ──── 」

 

「!!・・・麻衣?・・・麻衣っ!!!」

 

「・・・」

 

「・・・ああ、遊ぼうな。約束だ」

 
 

──── いつか、きっと・・・また、みんなで。