第9章 男はツラいよ
第9章 男はツラいよ(1)
「・・・どうした?」
「ハンカチ・・・お父さん、ここに巻いてあったハンカチは?」
──── さあ、帰ろう。とりあえず『謎の中学生』から『協力者』にレベルアップして、クリア目標も一応達成できたし。どうにかグッドエンディングも見られそうだ。・・・これなら、大丈夫かな。
「おお、そうだ。それを彼に返そうと・・・おや、あの子は?」
──── それにしても、彼女と出会ってからかなり長いような気がするわりには、よく考えてみればまだ1日くらいしか経っていないんだ。・・・何か、すっごく密度の濃い時間を過ごしてるよなあ。
「・・・!!おい麻衣っ、どこに行くんだ?」
──── この廊下を通るのも、今日で4回目。今はまた工藤さんが一緒じゃないから、周りの人の視線も余計に冷たく感じる。もうサッサとエレベータで降りたい・・・降りちゃおうっ。
「えっ、待ってよ・・・一番下に下りちゃってるじゃんか」
・・・と思ったら、誰か乗ろうとしてる人がいたみたいで、結局待たされるはめになってしまった。
「お~い!」
その時後ろから突然声がして、振り返るとそこには何かを手に持って駆け寄ってくる彼女の姿があった。
「麻衣さん」
「なんで黙って出てっちゃったの?」
「・・・だって、ボクはもう ──── 」
「これ、忘れてるよ」
スッと差し出されたその手には、きれいに折りたたまれた青いハンカチが握られていた。それはあの日、ボクが彼女の足の傷を隠そうと結んでいたものだった。
第9章 男はツラいよ(2)
「あっ・・・ありがとう」
もう見慣れた顔だったのに、麻衣さんだと思ったら何だか気恥ずかしくってさ。慌ててその手から取ろうとしたら
「お礼を言うのは、私のほう」
彼女から、両手でギュッとボクの手を握ってきたんだ。驚いて顔を上げたボクを見つめて、にっこり微笑んでいる。
「今まで、ほんとにありがとう。あなたのおかげで、やっと私も・・・お父さんに会えた」
「・・・いやあ、良かったねぇ。ボクもさ、な~んかスッキリしたよ。ホッとしたら、眠た ──── 」
思わずあくびが出ちゃって、笑われちゃった。
「そうだっ、何なら仮眠室でお昼寝したら?・・・まだ夏休みなんだし、そんな慌てて帰んなくても」
クーラーも効いてるよ~♪ ──── 実は、さっきから彼女ずっと手を握ったまんまで。嬉しそうな顔、楽しげに弾む声の前には、そんな・・・断る理由なんかなかったから
「・・・うん。じゃあ、そうしよっかな」
『何か、前にもこんな事・・・あったよなあ』・・・ヨタヨタと彼女に手を引っ張られつつ、結局またボクは来た道を引き返す事になってしまった。
第9章 男はツラいよ(3)
「よしっ、行こう行こう♪・・・何なら寝ててもいいよ?連れてってあげるから」
「大丈夫、まだそんなに眠くないよ」
彼女は、こっちに腕を伸ばしてゆっくり『後ろ歩き』してボクを引っ張り始めた。・・・と、その時
ガァー・・・ ────
ようやく1階からのエレベータが着いたようで、中から姿を現した3人の作業服姿の男の人たちがボクらの横を通り過ぎていった。こっち見てニヤニヤしながら歩いていったのは、目のギョロっとした魚みたいな顔の人で、ちょっと押しのけられたのは、黒くてデッカい寝袋みたいなのを抱えていた、これまた壁みたいに大きな体の男の人。3人目の人は、口とアゴに髭を生やしてたちょっと怖そうな・・・
「あれ?何だろ・・・何かの点検かな。ねえ」
『・・・っ!!!』さすがに目はつぶらなかったけれど、ちょっとお任せしてたところもあったから、彼女が急に手を放して立ち止まったのにはビックリした。つまづいてコケそうになったボクは彼女にガバッと抱きしめられてしまった。
「ありがと、もう大丈夫だよ。 ──── ・・・麻衣さん?どうしたの」
──── 私・・・あの男の人、知ってる。
「えっ・・・誰」
その顔からは、笑顔が消えていた。遠くを見つめる視線の先で彼女は、何かを思い出そうとしているようだった。
「・・・大丈夫?」
「違う・・・あれは、やっぱり夢なんかじゃない・・・!!!」
彼女は怯えた様子で、そう声を震わせた。
第9章 男はツラいよ(4)
「事故のこと?」
彼女はうなずいた。・・・待てよ?ひょっとして、あの3人組の中の誰かが彼女を ────
「私・・・あの日、たしかに黒い車にはねられた。運転してたのは、さっきのヒゲ生やした男の人」
そっくりだった。間違いないよ ──── もう1回問いただそうと思ったら、そう言ったんだ。
「殺されたんだ・・・」
「えっ・・・」
また彼女は、ボソッと低い声でそんな事をつぶやいた。『だって、車にはねられたって言ってたもん!それも・・・黒い車だったって!!!』ボクの肩をつかんで揺さぶりながら、泣きそうな顔で悲痛に訴えてくる。
「そんな・・・まさか、君のお母さんが」
考えてみれば、ほんの数ヶ月の間に博士に近しい2人がどちらも事故に遭うなんて、偶然にしては出来すぎてる。もし仮に2つの事故に絡んでいる『黒い車』が同じものだったとしたら・・・
──── 麻衣さんと彼女のお母さんは、意図的に命を狙われた!?
「麻衣さんっっ!!!」
ボクと同じ『ゴール』にたどり着いて、さらに一歩先へと進んでいた彼女は駆け出した。そう・・・博士と工藤さんの命を救うために。
第9章 男はツラいよ(5)
ボクらがエレベータホールから廊下に戻った時には、真っ暗な廊下へ続くあのドアはもう開け放たれていた。
「危険だから、あなたはここにいて」
「そんなっ、無茶だってば!」
・・・ん?何が無茶なんだろ。いや、たしかに彼女は『頑丈なアンドロイド』だから、大丈夫な気はした。したんだけれど、いくら強くたって・・・女の子だもの。そりゃあ、ボクのほうが年下だし、背だって低いよ?でもやっぱり男としては放っとけなかったんだ。
「大丈夫。そうだ、いちおう警察に電話しといてくれる?」
「分かった。・・・気をつけてね」
彼女はにっこり微笑んで、そのまま暗闇の中へ消えていった。ボクはカチャカチャ携帯をスライドさせて不安を紛らせていた。
「何してるの?来ちゃダメって ──── 」
暗いからと思ってさ、ちょっと間してから気づかれないようにすり足でついてったのに・・・ほんの2、3歩歩いただけで見つかっちゃったんだ。これが彼女の『センサー』ってやつか。でもね、ボクはもう開き直ってズンズン近寄っていった。
「だって・・・やっぱり、心配なんだよ」
「警察には、電話したの?」
「まだ・・・」
・・・それどころじゃなかった。ボクの耳に、彼女のため息が痛かった。顔はよく見えなかったけれど、きっとあきれちゃってるだろうな。
「・・・そっか。だからあなたは、ずっと私と一緒にいてくれたんだもんね」
「え・・・」
その時、彼女の手がボクの両肩にかけられた。
「でも、今は大丈夫。・・・ありがと」
『・・・!!』そうして次の瞬間に感じたのは、顔に触れた彼女の頬っぺた。で、ドキッとしてギュッと目を閉じたら、待ったなしに・・・
──── ボクのくちびるに、ぷるっとしてあったかい感触が。
「・・・俊ちゃんには、内緒だよ?」
フリーズしてたボクの耳元にそうささやいて、『つれない乙女』は行ってしまった。
・・・熱いキッスで、凍っちゃうとはこれ如何に(笑)。