目次
前日譚 目覚めの刻(とき)を待つ少女
前日譚 目覚めの刻(とき)を待つ少女
独白 プロローグ
独白 プロローグ
第1章 眠れる森の
第1章 眠れる森の(1)
第1章 眠れる森の(2)
第1章 眠れる森の(3)
第1章 眠れる森の(4)
第1章 眠れる森の(5)
第2章 世にも奇妙な
第2章 世にも奇妙な(1)
第2章 世にも奇妙な(2)
第2章 世にも奇妙な(3)
第2章 世にも奇妙な(4)
第2章 世にも奇妙な(5)
第3章 昔むかしの
第3章 昔むかしの(1)
第3章 昔むかしの(2)
第3章 昔むかしの(3)
第3章 昔むかしの(4)
第3章 昔むかしの(5)
第3章 昔むかしの(6)
第4章 不思議の国の
第4章 不思議の国の(1)
第4章 不思議の国の(2)
第4章 不思議の国の(3)
第4章 不思議の国の(4)
第4章 不思議の国の(5)
第4章 不思議の国の(6)
第4章 不思議の国の(7)
第4章 不思議の国の(8)
第4章 不思議の国の(9)
第4章 不思議の国の(10)
第4章 不思議の国の(11)
第5章 嵐の前の
第5章 嵐の前の(1)
第5章 嵐の前の(2)
第5章 嵐の前の(3)
第5章 嵐の前の(4)
第5章 嵐の前の(5)
第5章 嵐の前の(6)
第5章 嵐の前の(7)
第5章 嵐の前の(8)
第5章 嵐の前の(9)
第6章 山のあなたの
第6章 山のあなたの(1)
第6章 山のあなたの(2)
第6章 山のあなたの(3)
第6章 山のあなたの(4)
第6章 山のあなたの(5)
第7章 ツミキクズシ
第7章 ツミキクズシ(1)
第7章 ツミキクズシ(2)
第7章 ツミキクズシ(3)
第7章 ツミキクズシ(4)
第8章 子心親不知
第8章 子心親不知(1)
第8章 子心親不知(2)
第8章 子心親不知(3)
第8章 子心親不知(4)
第8章 子心親不知(5)
第8章 子心親不知(6)
第9章 男はツラいよ
第9章 男はツラいよ(1)
第9章 男はツラいよ(2)
第9章 男はツラいよ(3)
第9章 男はツラいよ(4)
第9章 男はツラいよ(5)
第10章 禁じられた遊び
第10章 禁じられた遊び(1)
第10章 禁じられた遊び(2)
第10章 禁じられた遊び(3)
第10章 禁じられた遊び(4)
第10章 禁じられた遊び(5)
第10章 禁じられた遊び(6)
第11章 君死にたまふことなかれ
第11章 君死にたまふことなかれ(1)
第11章 君死にたまふことなかれ(2)
第11章 君死にたまふことなかれ(3)
第11章 君死にたまふことなかれ(4)
第11章 君死にたまふことなかれ(5)
第11章 君死にたまふことなかれ(6)
第11章 君死にたまふことなかれ(7)
第11章 君死にたまふことなかれ(8)
第12章 いのち短し走れよ乙女
第12章 いのち短し走れよ乙女(1)
第12章 いのち短し走れよ乙女(2)
第12章 いのち短し走れよ乙女(3)
第12章 いのち短し走れよ乙女(4)
第12章 いのち短し走れよ乙女(5)
第12章 いのち短し走れよ乙女(6)
第12章 いのち短し走れよ乙女(7)
第12章 いのち短し走れよ乙女(8)
第12章 いのち短し走れよ乙女(9)
第13章 あゝ無情
第13章 あゝ無情(1)
第13章 あゝ無情(2)
第13章 あゝ無情(3)
第13章 あゝ無情(4)
第13章 あゝ無情(5)
第13章 あゝ無情(6)
第13章 あゝ無情(7)
第13章 あゝ無情(8)
第13章 あゝ無情(9)
第14章 クリスマス・キャロル
第14章 クリスマス・キャロル(1)
第14章 クリスマス・キャロル(2)
第14章 クリスマス・キャロル(3)
第14章 クリスマス・キャロル(4)
第14章 クリスマス・キャロル(5)
第14章 クリスマス・キャロル(6)
第14章 クリスマス・キャロル(7)
第14章 クリスマス・キャロル(8)
第14章 クリスマス・キャロル(9)
第14章 クリスマス・キャロル(10)
第14章 クリスマス・キャロル(11)
第14章 クリスマス・キャロル(12)
第14章 クリスマス・キャロル(13)
第14章 クリスマス・キャロル(14)
第15章 時空(とき)を翔(かけ)る少女
第15章 時空(とき)を翔(かけ)る少女(1)
第15章 時空を翔る少女(2)
第15章 時空を翔る少女(3)
第15章 時空を翔る少女(4)
第15章 時空を翔る少女(5)
第15章 時空を翔る少女(6)
第15章 時空を翔る少女(7)
第15章 時空を翔る少女(8)
第16章 君の名は
第16章 君の名は(1)
第16章 君の名は(2)
第16章 君の名は(3)
第16章 君の名は(4)
第16章 君の名は(5)
第16章 君の名は(6)
第16章 君の名は(7)
第16章 君の名は(8)
第16章 君の名は(9)
第17章 秘密の逢瀬
第17章 秘密の逢瀬(1)
第17章 秘密の逢瀬(2)
第17章 秘密の逢瀬(3)
第17章 秘密の逢瀬(4)
第17章 秘密の逢瀬(5)
第17章 秘密の逢瀬(6)
第17章 秘密の逢瀬(7)
第17章 秘密の逢瀬(8)
第17章 秘密の逢瀬(9)
終章 いつまでも、いつものように
終章 いつまでも、いつものように(1)
終章 いつまでも、いつものように(2)

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第4章 不思議の国の

第4章 不思議の国の(1)

 「・・・い。・・・おいっ、キミ!」

 
 

──── 待っててよ。今、君が生まれた謎を・・・解いて・・・

 
 

「・・・ちょっと、起きてっ」

 

「・・・ううぅ~ん。ちょ・・・ちょっと待って、まだ ──── あ・・・誰?」

 

 

 

 

窓から差し込んでくる眩しい太陽の光に手をかざしながら、眉をひそめて振り向いたボクの目の前に見知らぬ男の人が立っていた。メガネをかけて作業服を身に着けたその人は、すっごくニコニコしていた。だからちょっと、逆に怖かったんだ。

 

「俺は、工藤俊介くどうしゅんすけ。・・・実は、大澤征夫博士の助手をしてたりするんだ。おっ、今ので目ぇ覚めた?・・・おはよう」

 

「あっ、おはようゴザイマス!・・・あ、コレ」

 

『謎を解く』・・・なんていいカッコしておきながら、やっぱり寝ちゃってたみたい。そんなボクの体に、いつの間にかブランケットがかけられてた。てっきり、工藤さんだと思って見上げたらやっぱり楽しそうに笑ってたから

 

「かけてくれたんですか?」

 

「うん。きっと、ノアだろうね。俺はホラ・・・今来たばっかだから」

 

ノア ──── えっ、彼女が?・・・おや、そういえば彼女がいない。どこに行っちゃったのかな・・・?

 

「アイツなら、心配ないよ」

 

ボクがキョロキョロしていたら、工藤さんがそう言った。スッと出したその手の中には『携帯』が握られていた。

 

「電話するんですか?」

 

「と思うだろ?・・・これにはGPSってヤツが入っててね、それを使ってノアを追跡するんだ。あんまり、ここに長居しててもしょうがないし・・・とりあえず行こう!」

 

工藤さんは、まだ少し寝ぼけていたボクの腕をグイッと引っ張ったんだ。


第4章 不思議の国の(2)

 工藤さんについて部屋を出たボクは、床が土で汚れているのに気がついた。それは、うっすらと足跡のようにも見えた。ずっと奥のほうまで続いている。きっと、彼女のだ。

 

「また裸足で・・・」

 

「・・・やっぱり、靴履かせとけば良かったかな」

 

その時、今さらだけれどボクも

 

靴を『脱いでいない』

 

ことに気がついた。どうしようかと思って視線を落としたら・・・

 

「ああ、キミも・・・」

 

「どうしよう、脱いだほうがいい?」

 

「いやあ、この際だから・・・もうそのまま行っちゃえば?」

 

一人も二人も大して変わらないよ ──── って。・・・スゴいな、この人。ここって、たしか大澤博士の別荘じゃあ?それにしても、こんなにサラッとそういう事が言えるってことは、二人はきっと長い付き合いなんだろうな。それでも一応ボクは、被害が少なくなるようにつま先で、なおかつ彼女の足跡に重ねるようにしながらそぉ~っと歩いたけれどね。

  

 

 「ドアが開いてる・・・」

 

「念のために、カギ掛けてチェーンもしておいたんだけど・・・無駄だったな」

 

工藤さんは、頭をかきながらつぶやいた。彼は、玄関の横にある棚を開けてガサゴソと何かを探していたんだ。

 

「あったあった」

 

サッと彼が取り出したものは、キラキラとラメの入った白いサンダ・・・いや、ミュールだった。

 

「それって、彼女の?」

 

「そうだよ」

 

玄関を出ると、工藤さんは止めてあった車のそばに立ってポケットから携帯を取り出した。ちょうつがいが外れて斜めに傾いてしまっていた玄関のドアは、激しく壊れていた。ロックの決して細くない金属のでっぱりもポッキリ折れて、ガラスは開けられた時の衝撃で割れていた。チェーンはというと・・・切れずにそのまま引っ掛けるプレートごとごっそりドアに持っていかれてブラ~ンとぶら下がっていた。

 

「行くよ、乗って!」

 

工藤さんは、ボクにそう声を掛けると車に乗った。何となく無用心な気がしたから、そっとドアを閉めた形にした後、小走りで入り口の段を下りたボクは助手席に乗り込んだんだ。

 
 

奇妙なコンビを乗せた車は、乾いたエンジン音を響かせて彼女のもとへと走り出した ──── 。


第4章 不思議の国の(3)

 「あっ、そうそう!・・・キミはさ、どうしてノアと一緒にいたの?」

 

流れる景色をボンヤリ眺めていたら、ふと工藤さんがそんな事を言ってきた。

 

「えっ・・・それは」

 

「俺があそこに着いた時には、玄関にはちゃ~んとカギが掛かってたから。で、靴も履きっぱなしだったって事は『あー、あっちから入ってきたのか・・・』ってね」

 

「あっちって、もしかして・・・山の?」

 

「そう、そこ。まあ、一応『関係者以外立入禁止』・・・っていうか、『不可』って事にはなってるんだけど」

 

工藤さんが言うには、あの門は彼や博士の持つIDカードやノアシリーズに実装されているセンサーにしか反応しないらしいんだ。だから、あそこから入るためにはとにかく『関係者』と一緒にいる必要があった。

 

「俺や博士とならともかく、ノアと一緒にあそこまで行くのは・・・まず無理なんだ」

 

ボクは、うなずいてこう言った。

 

「基本的に、単独行動するようにプログラムされてるから」

 

「おっ、よく知ってるな。そう、その通り。ついて行こうとしても・・・下手すりゃケガしかねない。結構『人見知り』だし」

 

ひそかに後をつけようとしても、センサーで感知してるからすぐバレるんだって。だから当然『立入禁止区域』には侵入できない。その直前に『不審者とみなされて、排除される』そうだ。

 

じゃあ、ボクはどうして ──── ?

 

「何かのきっかけで、キミを『いいひと』だって思ったのかもしれないね」

 

・・・いや、絶対工藤さんのほうが『いいひと』だと思うんだけれど。見ず知らずの、言ってみれば

 

不法侵入

 

していたヤツなんかを何の疑いもなく平気で車に乗せるんだもの。

 
 

──── ノアが自分から、キミが一緒に行動するのを『許可』したってことさ。


第4章 不思議の国の(4)

 ノア ──── 彼女が事前に登録されていない人間に対して警戒レベルを解く事はまずないらしい。でも話を聞いていると・・・

 

『単独では処理できないような状況に陥っているノアに対して、それを補助したり命令を遂行するために有益な情報などを提供する』

 

そんな『協力』をする事で段階的にレベルが下がる可能性がある・・・そう工藤さんは言った。

 

「これが、今のに当てはまるか・・・分かんないんだけど」

 

ボクは、倒れていた彼女を見つけてから一緒に行動するまでの経緯を話した。

 

「 ──── それで、とりあえず彼女が起動した場所に行ってみようって・・・」

 

工藤さんは深く何度もうなずきながら、ボクの話に耳を傾けていた。

 

「なるほど・・・いや、ありがとう!よく水を飲ませてくれたね。ホントなら、しっかり補給しておくべきだったんだけど・・・何せ急だったから」

 

その時、ほんの一瞬かな・・・工藤さんが少し寂しげな表情をしたんだ。さっきまでとは、あまりに雰囲気が違ったから、ドキッとして言葉に詰まってしまった。


第4章 不思議の国の(5)

 ──── グゥゥゥゥ・・・キュルルルゥゥ~・・・

 
 

でも、ボクのお腹はそんな『はりつめた場の空気』なんて読んでいなかった。まあ、そのおかげで工藤さんにも笑顔が戻ったけれど。かなり大きな音だったから、さすがに恥ずかしかった。思い起こせば、昨日の昼から何にも食べていなかったんだ。

 

「これ、食べる?」

 

工藤さんはそう言ってパンを差し出してくれた。・・・ほら、やっぱり『いいひと』じゃないか。その微笑みはひときわ輝いているように見えたよ。

 

「いや、イイですっ!大丈夫・・・」

 

「子どもが、遠慮するもんじゃないぞ?」

 

無理やり持たされたパンを見つめながら、迷っていたボクの頭の中では・・・

 

『マジな話、食いたいんだろ?』『でも、工藤さんのぶんがないよっ!?もし食べちゃったら、工藤さんが・・・』

 

・・・なんて、悪魔と天使が舌戦を繰り広げていた。

 

『とか言いながらお前、よだれダラダラなんですけど』『・・・』

 

結局、二人は意気投合しちゃって・・・

 

『食っちゃえ!』『よし、食べちゃおう!』

 

って。

  

  

 「でも・・・これ、工藤さんのじゃ」

 

「俺は、また買うからいいよ。袋の中に缶コーヒーも入ってるから、良かったらどうぞ♪」

 

・・・もう、涙が出ちゃう。

 

「じゃあ・・・お言葉に甘えて」

 

というわけで、遠慮なく頂いちゃいました。・・・もうね、美味しかったの何のって。それこそCMに使えそうなくらいの

 

おいしー顔

 

が出来たんじゃないかなあ。

 

「よっぽど、お腹が空いてたんだね。・・・なら良かった。あげた甲斐があったよ」


第4章 不思議の国の(6)

 お腹も落ち着いて、ボクはそろそろ車の行き先が気になり始めた。そばに置かれていた携帯を覗くと、画面上にはこの辺りの地図が表示されていて、そこを点滅しながらゆっくりと動く赤い光点があった。

  

「彼女、どこに行くつもりなんだろ・・・」

  

「うん・・・」

  

その工藤さんの様子は、どこか違和感があったんだ。彼女の行こうとしている場所が分かっていないんじゃなくて、何か他の事を考えているような・・・そんな感じだった。

  

「・・・ひょっとして、彼女がどこに行くか分かってるんですか?」

  

えっ? ──── おかしいな、ロックは解除してないはずなのに。でも俺を見た時のあの反応は・・・

  

・・・何かブツブツ言ってたんだけれど、よく聞こえなかった。『・・・?』こうなったら、単刀直入に聞いてみようか。

  

「どこに行くんですか?」

  

ああ、うん ──── もしあそこだとしたら、かなり危ないな。落ち着かせないと、また・・・

  

どうしたんだろう、また少し工藤さんの様子がおかしい。頻繁に携帯の画面に目をやっては、唇をかんでハンドルを指でトントンと叩いている。そうするうち、次第に道路から目を離す時間が長くなっていった。


第4章 不思議の国の(7)

 「工藤さんちょっと、前見ないと危ないよ?」

 

「分かってる」

 

「ボクが見てるよ。何かあったら工藤さんに教え ──── 」

 

ボクは、サッと携帯を取り込んだんだ。そしたら・・・

 
 

──── キミに何が出来るって言うんだっ!!アイツの行くところは、俺にしか分からないんだよ!!

 
 

そう工藤さんはいきなり声を荒げて、ボクの手から携帯を奪い返そうとした。・・・もちろん、前なんて見ていなかったから

 

「危ないっっっ!!!」

 

向こうの車のクラクションが、ボクの声をかき消した。急ブレーキのせいで、二人とも前のめりになっちゃって。ボクなんかダッシュボードで頭打っちゃったよ。『どうしたんだろう、工藤さん・・・?』やっぱり、ショックだった。だから、そんなに強く打ってないのにさ、ものすごく痛いような気になって

 

「イッタぁ・・・!!痛ててて・・・」

 

「・・・ごめん。俺ちょっと、どうかしてた」

 

ハンドルにおでこをつけたまま、工藤さんはか細い声で呟くように言った。その目には涙が浮かんでいるように見えた。


第4章 不思議の国の(8)

 『工藤さん・・・?』その理由とかをいろいろ考えようとしたけれど、後ろにいた車という車からやかましくクラクションを鳴らされて、それどころじゃなかった。

 

「マズいっ、早く出さないと・・・」

 

再びアクセルを踏み込んでゆっくりと車を発進させた工藤さんは、足元に落ちていた携帯を拾い上げるとボクの手にギュッと握らせてくれたんだ。

 

「・・・しっかり見ててくれよ?」

 

「うんっ」

 

ボクの手の中で、彼女はまるで逃げるようにして遠ざかっていく。どうして、彼女はまた一人で出てっちゃったのかな?・・・いったい、彼女はどこへ行こうとしてるんだろう ──── と、その時画面上の光点の動きが少し鈍った。それは、今ボクたちが走っている場所からしばらく行った所にある交差点のあたりでウロウロしていたんだ。

 

「彼女、この先の交差点で止まってる!」

 

「やっぱりそこだったのか!急いで連れ戻さないと・・・!!!」

 

やっぱりそこ・・・?急いで連れ戻す・・・?ボクにはその言葉の真意が全く分からなかった。でも、それはどうやらこれまでの『違和感』に関係しているみたいだ。あとは・・・二つ目の言葉

 
 

急いで連れ戻さないと ────

 
 

きっと・・・何か良くない事が起こるのだけは、たしかな気がした。


第4章 不思議の国の(9)

 画面上の光点が少しずつ近づいてきた。あと数十メートルというあたりでふと顔を上げたボクは

 

「あっ、あそこ!!!」

 

交差点のど真ん中に立って、フラフラと行き交う車のすれすれに立ち尽くしていた彼女を見つけたんだ。クラクションを鳴らそうと怒鳴ろうと動じない少女にぶつからないように、車のほうがよけていた。だから別方向から来る車と衝突しそうになって、あわや大事故という場面が何度となくあった。

  

  

 「アイツを止めないと・・・!!」

 

工藤さんはすぐそばの道路の脇に車を停めて、彼女のもとへと駆けていった。もちろんボクも急いで後を追った。

 

「ノアーッッ!!!もうやめるんだっ!こっちへ・・・こっちへ戻っておいで!」

 

こっちを向いた彼女は、工藤さんの顔を見て一瞬ひるんだ。でも、動こうとはしなかった。それどころか、また逃げるように後ずさりしたんだ。

 

「博士を見つけるんじゃなかったの!?」

 

大澤博士の捜索 ──── それは彼女に与えられた唯一絶対の命令のはずだった。だからこそ、残りのエネルギーさえも関知する事なく博士を捜そうとして・・・倒れてしまったんだ。なのにその『プログラム』が、今おかしな事になっていた。たしかに彼女はボクが叫んだのを見つめていた。でもやっぱり、動こうとはしなかった。・・・というよりは、まるで何かにジャマされているみたいに

 

動けなかった

 

ようにも見えた。

 

「ねえっ、どうしちゃったんだよ!?」

 
 

──── 麻衣まいっ!!

 
 

どうすればいいのか分からなくて、泣きそうになって、空を仰ぐしかなかったボクの耳にその時突然、工藤さんの悲痛な叫びが突き刺さったんだ。


第4章 不思議の国の(10)

 えっ、麻衣・・・? ──── 彼女の様子は、これまでとは全く違っていた。今にも涙を零して泣き出しそうなほど、顔をクシャクシャにして、何かを言いたげに唇を震わせて工藤さんを見つめていたんだ。ボクは、彼女がいきなり『人間』になったかのような錯覚をおぼえていた。

 

「やっぱり麻衣なんだろっ!?・・・俺だよ。俊介・・・工藤俊介だよ!!」

 

工藤さんはいよいよメガネをはずして、訴えかけるように叫んでいた。彼女はおびえたように目を見開いて、自分の腕や体を何度も確かめている。

 

「私・・・何で、まだここにいるの?イヤ・・・怖いよ・・・!!ねえ俊ちゃん、教えてよ!!!」

 

ボクはめまぐるしく変わっていく『ふたり』の関係を、ただ唖然と見ているしかなかった。それは明らかに

 

科学者と、その作り上げたロボット

 

といったある種の『主従関係』の枠を超えていた。何か特別な『絆』のようなものが、ヒシヒシと伝わってきた。工藤さんは優しく微笑んで手を伸ばす。

 

「大丈夫、今度は・・・今度は俺がいるから!君を守ってあげる!!さあ、早くっ!!!」

 

まだ少し不安そうな彼女に、工藤さんはしっかりうなずいていた。その眼差しに惹かれるように、ゆっくりと一歩ずつ確実に近づいてくる彼女。その姿はこれまでボクが見てきた無機的な感じとは違っていた。そこに・・・凛とした力強さはなかった。目の前にいた彼女は、決してアンドロイドなんかじゃなく、孤独にもがき苦しんでいたか弱い少女に過ぎなかったんだ。恐る恐る手を伸ばした彼女の震える指先に触れた工藤さんは、そのまま小さな手をつかんでこちらに引き寄せ、腕の中にしっかりと彼女を抱きしめていた。


第4章 不思議の国の(11)

 「ごめんな麻衣・・・また君に、つらい思いさせて」

 

「俊ちゃん、私・・・」

 

顔を上げて、そう言った彼女。その表情はまだ固くて、不安が拭いきれていないようだった。工藤さんはそんな彼女の両肩にそっと手を添えて、じっと目を見て言った。

 

「大丈夫、何も怖がらなくていいよ。もう俺は、ずっと君のそばにいる。・・・だから、一緒に帰ろう」

 

『・・・?おや』その時、ボクは彼女の背中に回っていた工藤さんの手に何やら小さなリモコンのようなものが握られているのに気づいた。やっと安心した様子で嬉しそうに微笑んでいた彼女は、そのボタンが押されようとしている事など知るはずもなく・・・

 

「工藤さん・・・」

 
 

──── いつの間にか『幸せそうな笑顔』を浮かべたまま固まっていた。

  

  

 「・・・スイッチ、切ったんですか?」

 

工藤さんは、ボクの言葉を無視するようにもう一度同じボタンを押した。すると次の瞬間、彼女から笑顔が消えて、まぶたも閉じられてしまったんだ。その体を工藤さんに預けてぐったりしているように見えた。

 

「麻衣 ──── ・・・ノアは、まだ不安定なんだ。このままじゃ、いつ暴走するか分からない」

 

少しボンヤリとした虚ろな様子で彼女を見下ろす工藤さんは、まるで眠っている子どもをなだめるようにポンポンと優しく背中を叩いていた。

 

「暴走って・・・そんな風には見えなかったけど」

 

「とにかく、大澤博士のところへ行こう。・・・それからだよ」

 

息を吸って、そう声を張った工藤さんは、一人で彼女を運ぼうとした。ボクは彼女の重さを知っていた。だから手伝おうとしたんだけれど、工藤さんはそれを拒んだんだ。

 

「もう慣れてるから」

 

って、彼女の腕を肩に回して腰を持ったまま持ち上げつつ、ちょっぴり引きずるようにしてゆっくりと歩いていく。でも、それが強がりだってことはすぐに分かった。動かなくなった彼女を抱きとめていた時だって、少しフラついていたんだもの。・・・でも、何となくボクにはその時の工藤さんの気持ちが分かる気がした。たとえスイッチを切ったとしても、今『彼女』にしてあげられる事を精一杯やるんだ・・・って。きっと、自分が後悔しないようにね。