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健三がなぜか誇らしげに尚に話す。

「専務たちには、怪物・飛志勝と呼ばれていたな」

「怪物?」

尚が怪物のような巨漢を想像していると、亜美が瞳を輝かせて言った。

「尚チャン、マサルさんカッコイイよ」

「亜美さんが言うならよっぽどですね」

「エーちゃん。あたしもほとんど会話したことないよ」涼子が言った。

「そっか」

「涼子ちゃんはマサルの一件を知っているのか?」健三が聞く。

「噂でしか聞いていません」

(一件?)

尚はますます関心を強くした。

健三が静かに語る。

「マサルは会社を変えようとしていた。まずは社長と二人きりで食事をして、マサルの描くビジョンを伝えた。社長は感動してマサルのビジョン実現に着手したから大騒ぎになった」

「何で大騒ぎになるんですか?」

尚の質問に亜美が答える。

「会社組織って悲しいけどそういうところよ。マサルさんは倉庫の責任者だけど、役職は平だから」

桜井が口を開いた。

「皆社長っていったら普通はビビるんだ。平が社長と二人きりで食事して意見を言うこと自体びっくり仰天の幹部連中は多い。ましてや社長がマサル君は凄いなんて賛嘆したから、妨害が始まったんだ。まあ、ジェラシーだな」

 

 


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今度は名村国男が語る。

「マサルさんのビジョンは具体的だったな。この会社は変えられると言っていた」

「それは机上の空論じゃなくて?」尚が聞いた。

「ハハハ」健三は笑った。「尚ちゃんも独特だからな。マサルと合うかもしれねえぞ」

桜井が話を戻した。

「まあ、重役からしてみれば従順な社員でいて欲しいんだ。しかしマサルさんは社長すら目上の人という感じに見ていなかった風があるな。別組織の人間みたいな感覚っていうか」

涼子も埼玉工場にいて、会社乗っ取りなど、マサルの悪い噂は聞かされていた。確かに社長を目上の人と思っていないのはメチャクチャな気がした。

外見は怪物という感じではなかったから、なぜ怪物と呼ばれているのか不思議だったが、おぼろげながら見えてきた。

桜井が続ける。

「で、マサルさんを社長から遠ざけようと、上はマサルさんに神奈川工場の転勤を命じた」

名村がビールをグイグイ飲むと、言った。

「東京から神奈川は遠い。しかし神奈川に引越すか東京から通うかはご自由にと」

「こっからがホラー映画だ」桜井が笑顔で語る。「マサルさんを辞めさせようと画策した幹部が、一人、また一人と退職していった。どんな技を使ったんだ?」

尚は顔をしかめた。

「脅したの?」

 

 

 


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「脅されたら警察に言うだろうよ。もっと違うやり方だと思うぜ。とにかくランボーのゲリラ戦のように、一人、また一人と消えていくんだ。だから、ほかの幹部は恐れおののいた」

健三が結論を急いだ。

「一人の平社員に半年も振り回されているわけにはいかねえ。会社は円満退社の方向で話を進めた。表向きは円満退社だが、会社が負ったダメージは大きい。今でもマサルの名前はタブーだ」

尚は神妙な顔つき。涼子は少し納得いかない表情をしていたが、黙っていた。

「エーちゃんは全部真相を知ってんじゃないの?」尚は睨む。

「オレの口はコンニャクより堅いんだ」

「過去の話はよそうぜ」健三がビールのジョッキをかざした。「きょうは今週の土日のレースの検討会だ」

「違う違う、全然違う」亜美が真顔で言った。

「そうだ。涼子係長の歓迎会だ。質問攻めでスッポンポンにしようぜ・・・NO!」

尚は桜井の顔面に箸を投げた。

「あ、マサルさん!」

亜美の声を聞き、尚と涼子は入口のほうを見た。飛志勝がゆっくり入ってきた。

洒落た黒髪。自信満々の笑み。目は生き生きと輝き、スプリンターのように逞しい肉体を誇る。

革ジャンにジーパン。颯爽と登場する姿は、何かハリウッドスターを彷彿とさせるし、何か一頭、違う馬がいるという他を圧する存在感も感じた。

尚は小声で亜美に聞いた。

「日本人?」

「外国人みたいでしょ?」亜美が笑う。

 

 


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健三が言った。

「マサル、久しぶりだな」

「どうも」

「マサルさん、席用意してますよ」桜井が尚の前の席を指した。

「サンクス」

マサルが席についた。亜美が笑顔で手を振る。

「久しぶり!」

「元気?」

「マサルさんがいないから寂しいよ」

尚が亜美を見て小さく首を左右に振る。桜井が皆を制した。

「まあまあまあ。とりあえず乾杯か?」

マサルが空のグラスを持つ。亜美の席はマサルから少し遠い。尚は目の前の自分の役目だと思い、瓶ビールを両手で持った。

「どうぞ」

「ありがとう」

尚は唇を結んですました顔のままマサルにビールを注いだ。それを見た桜井が絶叫する。

「おおお! な、尚が人にビールを注いでいる!」

(テメー)

尚は声には出さず口だけ動かして桜井を睨んだ。

「め、珍しい!」

「エーちゃん」涼子が腕を掴む。「デリカシーってある?」

「巷でオレはミスターデリカシーと呼ばれている」

「ダメだ」涼子は諦めた。


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皆ビールやウーロンハイを持つと、改めて乾杯した。それぞれ軽くグラスを合わせる。

「カンパイ!」亜美が手を伸ばしてマサルと乾杯した。

マサルは目の前の尚ともグラスを合わせ、桜井に続き涼子とも乾杯した。

「岸守さんも久しぶり」

「あ、どうも」涼子は慌ててグラスを合わせた。

マサルから涼子に話しかける。

「係長になったんだ?」

「そうなんですよ。緊張ですよ。でも皆さんが優しい人ばかりだから助けられています」

桜井が割って入る。

「涼子チャン、逆ゴマスリか?」

「ゴマスリ?」

「ほら、涼子チャンのほうが役職上だから部下に逆ゴマスリ」

「部下なんて思ってないから。仲間ですよ、みんな」

すでに酔っ払っている藤山健三が、名村国男に聞いた。

「史上最強馬っていったら、やっぱりルドルフかディープに絞られるだろう」

「ここへ来て馬の話はやめようよ」

亜美の哀願を無視して、健三と名村は盛り上がった。

「いや、健三さん。ファンは戦績だけじゃ納得しませんよ。マックイーンもテイオーもブライアンも黙ってないです」

「なるほど」健三はビールをグイグイ飲む。「最強牝馬はもっと複雑だな」

「馬の話はまた今度。せっかくマサルさんがいるんだから」

「亜美。マサルがいるから馬の話しなきゃ、いつ話すんだ?」健三が暴走すると止まらない。

 

 



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