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10

桜井はとりあえず尚から逃げると、涼子を事務室に連れていった。

「そこにいるスターバレリーナは幹中亜美チャン。知ってるよな?」

「ええ」涼子は笑顔で言った。「亜美チャン、よろしく」

「大歓迎ですよ」亜美も満面笑顔だ。「涼子さんと仕事できるなんて嬉しい」

亜美は24歳。涼子よりも3歳年下だ。

「亜美チャンは電話の受付と事務的な仕事をしている」

桜井が事務室を出ると、名村が小声で聞いた。

「栄光。亜美は、スターバレリーナの意味わかってんのか?」

「トップシークレットだ。知ったら泣かされる」

桜井は倉庫の2階を見上げた。

「健三さん。ちょっと下りて来てください」

「何だ?」

「涼子係長に健三さんの作業の説明を・・・」

「バカヤロー! レース中だぞ」

仕事中はレース中という意味か。涼子は内心焦った。

(苦手かも・・・)

しかし桜井は笑顔で語る。

「健三さんにとっちゃ、チャイムはファンファーレだからな。次のチャイムが鳴るまで走り続けるんだ」

「素晴らしい」涼子は感嘆するしかなかった。

「健三さんの担当は入庫だよ」

 


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11

涼子は少し安心した。一人ひとりを見れば基本的に皆いい人ばかりではないか。野蛮人など一人もいない。

「涼子係長。実は健三さんを1階に下ろすのは簡単なんだ」

「簡単?」

桜井は重い金型を持ち上げる真似をした。そしてわざと2階まで聞こえるように大きい声を出す。

「重い。これは一人じゃ持てねえやあ!」

すると、藤山健三はすぐに下りて来た。

「どれだ?」

「これです健三さん」桜井が笑う。

「こんなもん」健三は重い金型を軽々と持ち上げた。「どこに移動するんだ?」

「この台車の上に」

健三は台車の上に金型を置いた。

「これくらい持てねえでどうする?」

涼子は、健三の怪力よりも桜井の臨機応変に感心した。

「健三さんは入庫だけど、出庫も手伝っている」

「あ、健三さん。よろしくお願いします」涼子は深々と頭を下げた。

「よろしく」健三が言った。「そうだ。涼子ちゃんの歓迎会をやるぞ」

涼子が驚いていると、健三は桜井の肩を叩いた。

「幹事を頼んだぜ」

 

 


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12

金曜日はどこの店も混むので、平日を選び、倉庫だけの飲み会を居酒屋で開いた。

名目は涼子の歓迎会だが、酒好きは飲めれば何でもいいのだ。

定時は5時半。残業はない。仕事を終えると、職場の近くにある居酒屋へ行った。倉庫のメンバーは常連客だ。

皆は座敷に上がった。

いちばん端に尚。尚の向かいの席はあいている。

尚の隣は亜美。亜美の向かいに桜井栄光。隣に涼子。その隣に藤山健三。その向かい、つまり亜美の隣に名村国男がすわった。

料理やビールが運ばれてきて乾杯した。

健三が聞く。

「エーちゃん。マサルは呼んだのか?」

「もうすぐ来ますよ」

「マサルさん来るの?」亜美が目を輝かせた。

「あたぼーよ」

社内1番人気の亜美が凄く嬉しそう。よく出る名前の「マサル」という男に、尚は興味を持っていた。

「この中でマサルさんと初対面なのは尚だけか」桜井が言った。

尚はすました顔で聞く。

「そういえば、あの柏原も怖がっていたね」

「そりゃあ、イタチとトラみたいなもんだからな」

「ふうん」

 

 


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13

健三がなぜか誇らしげに尚に話す。

「専務たちには、怪物・飛志勝と呼ばれていたな」

「怪物?」

尚が怪物のような巨漢を想像していると、亜美が瞳を輝かせて言った。

「尚チャン、マサルさんカッコイイよ」

「亜美さんが言うならよっぽどですね」

「エーちゃん。あたしもほとんど会話したことないよ」涼子が言った。

「そっか」

「涼子ちゃんはマサルの一件を知っているのか?」健三が聞く。

「噂でしか聞いていません」

(一件?)

尚はますます関心を強くした。

健三が静かに語る。

「マサルは会社を変えようとしていた。まずは社長と二人きりで食事をして、マサルの描くビジョンを伝えた。社長は感動してマサルのビジョン実現に着手したから大騒ぎになった」

「何で大騒ぎになるんですか?」

尚の質問に亜美が答える。

「会社組織って悲しいけどそういうところよ。マサルさんは倉庫の責任者だけど、役職は平だから」

桜井が口を開いた。

「皆社長っていったら普通はビビるんだ。平が社長と二人きりで食事して意見を言うこと自体びっくり仰天の幹部連中は多い。ましてや社長がマサル君は凄いなんて賛嘆したから、妨害が始まったんだ。まあ、ジェラシーだな」

 

 


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14

今度は名村国男が語る。

「マサルさんのビジョンは具体的だったな。この会社は変えられると言っていた」

「それは机上の空論じゃなくて?」尚が聞いた。

「ハハハ」健三は笑った。「尚ちゃんも独特だからな。マサルと合うかもしれねえぞ」

桜井が話を戻した。

「まあ、重役からしてみれば従順な社員でいて欲しいんだ。しかしマサルさんは社長すら目上の人という感じに見ていなかった風があるな。別組織の人間みたいな感覚っていうか」

涼子も埼玉工場にいて、会社乗っ取りなど、マサルの悪い噂は聞かされていた。確かに社長を目上の人と思っていないのはメチャクチャな気がした。

外見は怪物という感じではなかったから、なぜ怪物と呼ばれているのか不思議だったが、おぼろげながら見えてきた。

桜井が続ける。

「で、マサルさんを社長から遠ざけようと、上はマサルさんに神奈川工場の転勤を命じた」

名村がビールをグイグイ飲むと、言った。

「東京から神奈川は遠い。しかし神奈川に引越すか東京から通うかはご自由にと」

「こっからがホラー映画だ」桜井が笑顔で語る。「マサルさんを辞めさせようと画策した幹部が、一人、また一人と退職していった。どんな技を使ったんだ?」

尚は顔をしかめた。

「脅したの?」

 

 

 



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