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7

倉庫の入口に、本社の柏原主任が立ち、落ちたゴミを蹴っていた。

「汚ねえな。掃除なんかしてねんだろ」独り言のように呟く。

柏原はいつも高価そうなスーツを着ている。不良っぽい髪をした細身の長身。ポケットに両手を突っ込み、蔑みの表情で倉庫の中に入ってきた。

倉庫はそんなに広くない。古い木造の二階建てだ。

「桜井」柏原が偉そうに呼んだ。

「何だ?」

「何だじゃねえだろ。同期でも俺はもうすぐ係長になるんだ。お前は平だろ」

桜井栄光の中で早くもファンファーレが鳴り響いた。

「係長ってそんなに偉いのか?」

「当たり前だ。それがわからないならサラリーマンなんか辞めろ!」

藤山健三は倉庫の外で作業をしていた。

藤山健三 Fujiyama Kenzou.

60歳だが会社一の怪力。現役バリバリだ。ガムシャラなファイトで8時間疲れを知らないとばかりに動きまくる。底知れないスタミナの持ち主だ。

柏原の威張った態度を見て、臨戦態勢に入っている若い女性は、國里尚だ。

國里尚 Kunizato Nao.

短めの黒髪がよく似合う。愛らしい目。魅力的な唇。しかし性格は荒っぽかった。作業着は着用せずに、グレーのトレーナーにジーパン、スニーカーのラフだがお洒落なスタイル。年齢は二十歳だ。

チャーミングなルックスと男勝りの性格のアンバランスが魅力を際立たせている。ほとんどノーメイクで綺麗な顔。スリムなボディ。だが気性は人一倍激しかった。

 

 


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8

柏原は、自分を睨む尚に目を向けた。

「尚。何だその目は?」

「呼び捨てにしないでください」

柏原はポケットから両手を出すと、威圧するように尚に近づいていった。

「社長にも言ったそうだな。尚君って君付けされたら、女子社員に君付けは古いって」

「言いましたけど何か?」

「何?」

柏原は上から睨んだ。尚も睨み返す。

「おまえは何か勘違いしてないか」

「さっきから尚とかお前とか何様だよテメー!」尚が爆発した。

「て、テメー?・・・」

いきなり怒鳴られて柏原はびっくり眼だ。彼の常識では、一年に満たない新人が、幹部を怒鳴るなどあり得ないことだ。

しかし尚は止まらない。

「主任だか死人だか知らないけどなあ。女だと思って甘く見た時点でセクハラなんだよ。法律を勉強しろよ。道徳は幼稚園からやり直せ!」

額の汗を拭うと、柏原は言った。

「その口の聞き方は何だよ」

「あたしは敬語を使ってたよ。それなのにテメーが2階からもの言うから、こうしてテメーの低レベルな会話に合わせてやってんだよ金払え!」

あいた口が塞がらない柏原に、桜井栄光が言った。

「泣け」

 

 


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9

このふざけた一言に、柏原は激怒した。

「よしわかった。お前らがそう出るなら大問題にしてやるからな。二人とも次の職場を探してとけ」

セリフを吐き捨てた柏原に、桜井が得意のマシンガントークで攻めた。

「係長が上で平が下。まさかそんな考えでいるとしたら古過ぎるぜ。シーラカンスと呼ぶぞ。まあ、シーラカンスに失礼だけど」

鞭が入った。

「弱い人間ほど威張るんだ。強い人間は威張らない。ある意味威張るヤツは私は弱いですって全世界にアピールしているようなもんだぜ。おめでとう。そもそもこんな小さな会社の係長になるくらいで天下を取ったような先ほどからの態度。志が水溜りより低いぜ。さては竜馬がゆくを読んでいないな」

4コーナーをカーブして最後の直線。

「今は上下関係ではなくて円卓会議なんだよ。車座だよ社長も社員も。世界の主流を学べ青二歳のコンコンチキ野郎!」

「・・・・・・」

怒りで震える柏原。そこへ、ずっと黙ってイスにすわっていた名村国男が立ち上がると、一言呟いた。

「7馬身のぶっちぎりって感じだな」

「あたぼーよ。いや、10馬身だな」

桜井が得意満面の笑顔。柏原は拳を握ったが、傍らにいる名村国男が怖い。

名村国男 Namura Kunio.

桜井や涼子と同期の27歳。通称コクオー。

身長185センチ、体重90キロの巨漢。プロレスラーのような肉体を誇る。口数は少なくいつも物静かだが、何を考えているかわからないから、社内では結構恐れられている存在だ。

 

 


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10

獰猛な雰囲気を漂わせる名村国男。彼が怒ったところを見た人はいない。それが怖さに拍車をかけていた。

柏原は、尚と桜井と名村の三人を前にして、引くに引けない。

「これは、飛志勝の影響だな」

「ここにいない人の悪口を言うのはやめろよ」尚が真っ先に食ってかかった。「あたしは自分の意思で発言してんだよ!」

桜井が入口のほうを指差す。

「あ、マサルさん」

「え!」柏原は慌てて振り向いた。

「何ビビッてんだよ」桜井はケラケラ笑った。「さすがの柏原君もマサルさんは怖いか」

「何が柏原君だ。役職で呼びなさい」

「わかったよシーラカンス係長」

「何だと」

睨む柏原に、桜井は手拍子で応えた。

「あ、シーラカンス! あ、シーラカンス」

桜井だけではなく、名村まで無表情のまま手拍子しているのが怖過ぎる。

「貴様ら・・・」

そこへ藤山健三が重いケースを両手で抱えながら倉庫に入ってきた。

「おい、雨降ってきた。モノ中に入れろ」

バキッ!

視力が悪い藤山健三がケースで柏原を突き飛ばした。桜井と名村も焦る。

「ストレート過ぎるぜ」

「暴力はいけないな」

柏原は腰を押さえて立ち上がると、藤山健三を睨んだ。

「わざとだろ!」

「バカヤロー。倉庫にとって通路は命だ。通路にスーツ着て突っ立ってたらなあ。足に台車ぶつけられたって文句言えねんだこのド素人が!」

柏原は驚いて藤山を見ていたが、何も言わずに走って倉庫を出ていった。

 


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11

倉庫の事務室から幹中亜美が出てきた。

「どうしたの、何の騒ぎ?」

幹中亜美 Mikinaka Ami.

肩にかかる綺麗な茶髪。ボリュームのあるお洒落な髪。いつも笑顔を絶やさない天真爛漫さが売り。

スタイルは抜群でモデルのよう。自他共に認める冠田ゴム工業の1番人気だ。

國里尚はすました顔でゆっくり事務室に入ると、受話器を取った。彼女は本社に電話をかける。

「國里です。黒田部長いますか?」

尚は無表情で、心配顔の桜井と亜美を見た。

「あ、國里です。柏原主任にセクハラされたんで、これから告訴の手続きのために早退してもいいですか?」

黒田は慌てた。

『ちょっと待ちなさい。ちゃんとするから。ねっ』

「わかりました。あと、健三さんは暴力なんかふるっていません」

『え?』

「今から柏原主任がそちらに行ってないことないこと言うと思いますが、会社が主任の側につくなら、あたしは戦争を仕掛けます」

黒田は思わず飛志勝との悪夢の日々を思い出した。

『もっと穏やかに行こうよ。私が片方の話だけを聞くと思う。ハハハ。見くびっちゃダメだよ。ハハハ』

「・・・わかりました」

尚は電話を切って受話器を置くと、すました顔で桜井の顔を見て、事務室を出た。

 

 

 

 



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