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5

朝は8時半から始まる。月曜日は9時5分前になると、皆でゾロゾロと本社まで歩いていく。

倉庫の社員が本社に到着すると、朝礼が始まった。

冠田社長の面白くない話。相川専務の毎週同じ挨拶。そして黒田部長の叱咤と行くはずだったが、いつもと違ってニコヤカだ。

眼鏡を直すと、黒田部長は人事を紹介した。

「えー、埼玉工場で製造の責任者をしていた岸守涼子さんが、きょうから本社勤務となりました」

若い女性が一歩前に出た。やや照れた感じで皆に挨拶した。

「岸守です。よろしくお願いします」

彼女は深々と頭を下げた。

岸守涼子 Kishimori Ryouko.

肩までの黒髪。穏やかな表情。控えめな雰囲気に見えるが、涼子は反骨心が旺盛だった。

冠田ゴム工業株式会社は、東京本社と倉庫のほかに、埼玉工場と神奈川工場がある。総勢100人の会社だ。

涼子は桜井と同期だった。年齢も同じ27歳。

マサルが言った通り、涼子は魅力的な女性だ。笑顔が素敵で、責任感が人一倍強く、性格は優しかった。

朝礼が終わると同時に倉庫のメンバーがロケットスタート!

バタバタと部屋から出て行き、エレベーターでもめる。

「ほらブザー鳴っちゃう、ブザー鳴っちゃう」桜井がうるさい。

ブザーが鳴ってしまった。

「何で5人なのに鳴るんだよ。コクオーが馬体重オーバーしてるからだな」

「うるせえ。静かに乗れば大丈夫だ」

ブー!

「ほらみろ」

「黙れ。テメーの声がうるせえからだ」

「声で鳴るかバカ!」

 

 

 


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6

騒がしい声を、顔をしかめて見ていた部長の黒田だったが、涼子を見ると笑顔で言った。

「倉庫には行かなくていいからね」

「なぜですか?」涼子は不思議そうな顔で部長を見た。

「倉庫は野蛮人の集まりだから。ハハハ」

「部長がそういうこと言っちゃダメですよう」涼子も笑った。

 

本社は社長を始め、重役の目が光っているが、倉庫は無法地帯と化していた。

前にこの倉庫の責任者をしていた飛志勝は、上下関係を排し、威張る幹部には睨みをきかせ、倉庫に王国を築きつつあった。

会社は飛志勝を円満退社させる予定でいたが、本社にも情報網を張っていたマサルには通用しなかった。

逆に不当解雇で会社を責め、戦争状態にまで発展し、会社は大きな痛手を受けた。

社内に噂が広がるのは早い。飛志勝は表向きは円満退社だが、実際は激しい戦闘が半年以上続いたことを皆は知っていた。

だから「飛志勝」の名前は社内ではタブーで、重役の前でその名前を口にするのは倉庫のメンバーだけだった。

亜美はマサルのファン。桜井栄光と名村国男はマサルを尊敬していたし、桜井は今でも付き合いがある。藤山健三はマサルの先輩だが親しい仲だ。

マサルが辞めてから入社した新人の國里尚だけが、マサルを知らなかった

 


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7

倉庫の入口に、本社の柏原主任が立ち、落ちたゴミを蹴っていた。

「汚ねえな。掃除なんかしてねんだろ」独り言のように呟く。

柏原はいつも高価そうなスーツを着ている。不良っぽい髪をした細身の長身。ポケットに両手を突っ込み、蔑みの表情で倉庫の中に入ってきた。

倉庫はそんなに広くない。古い木造の二階建てだ。

「桜井」柏原が偉そうに呼んだ。

「何だ?」

「何だじゃねえだろ。同期でも俺はもうすぐ係長になるんだ。お前は平だろ」

桜井栄光の中で早くもファンファーレが鳴り響いた。

「係長ってそんなに偉いのか?」

「当たり前だ。それがわからないならサラリーマンなんか辞めろ!」

藤山健三は倉庫の外で作業をしていた。

藤山健三 Fujiyama Kenzou.

60歳だが会社一の怪力。現役バリバリだ。ガムシャラなファイトで8時間疲れを知らないとばかりに動きまくる。底知れないスタミナの持ち主だ。

柏原の威張った態度を見て、臨戦態勢に入っている若い女性は、國里尚だ。

國里尚 Kunizato Nao.

短めの黒髪がよく似合う。愛らしい目。魅力的な唇。しかし性格は荒っぽかった。作業着は着用せずに、グレーのトレーナーにジーパン、スニーカーのラフだがお洒落なスタイル。年齢は二十歳だ。

チャーミングなルックスと男勝りの性格のアンバランスが魅力を際立たせている。ほとんどノーメイクで綺麗な顔。スリムなボディ。だが気性は人一倍激しかった。

 

 


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8

柏原は、自分を睨む尚に目を向けた。

「尚。何だその目は?」

「呼び捨てにしないでください」

柏原はポケットから両手を出すと、威圧するように尚に近づいていった。

「社長にも言ったそうだな。尚君って君付けされたら、女子社員に君付けは古いって」

「言いましたけど何か?」

「何?」

柏原は上から睨んだ。尚も睨み返す。

「おまえは何か勘違いしてないか」

「さっきから尚とかお前とか何様だよテメー!」尚が爆発した。

「て、テメー?・・・」

いきなり怒鳴られて柏原はびっくり眼だ。彼の常識では、一年に満たない新人が、幹部を怒鳴るなどあり得ないことだ。

しかし尚は止まらない。

「主任だか死人だか知らないけどなあ。女だと思って甘く見た時点でセクハラなんだよ。法律を勉強しろよ。道徳は幼稚園からやり直せ!」

額の汗を拭うと、柏原は言った。

「その口の聞き方は何だよ」

「あたしは敬語を使ってたよ。それなのにテメーが2階からもの言うから、こうしてテメーの低レベルな会話に合わせてやってんだよ金払え!」

あいた口が塞がらない柏原に、桜井栄光が言った。

「泣け」

 

 


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9

このふざけた一言に、柏原は激怒した。

「よしわかった。お前らがそう出るなら大問題にしてやるからな。二人とも次の職場を探してとけ」

セリフを吐き捨てた柏原に、桜井が得意のマシンガントークで攻めた。

「係長が上で平が下。まさかそんな考えでいるとしたら古過ぎるぜ。シーラカンスと呼ぶぞ。まあ、シーラカンスに失礼だけど」

鞭が入った。

「弱い人間ほど威張るんだ。強い人間は威張らない。ある意味威張るヤツは私は弱いですって全世界にアピールしているようなもんだぜ。おめでとう。そもそもこんな小さな会社の係長になるくらいで天下を取ったような先ほどからの態度。志が水溜りより低いぜ。さては竜馬がゆくを読んでいないな」

4コーナーをカーブして最後の直線。

「今は上下関係ではなくて円卓会議なんだよ。車座だよ社長も社員も。世界の主流を学べ青二歳のコンコンチキ野郎!」

「・・・・・・」

怒りで震える柏原。そこへ、ずっと黙ってイスにすわっていた名村国男が立ち上がると、一言呟いた。

「7馬身のぶっちぎりって感じだな」

「あたぼーよ。いや、10馬身だな」

桜井が得意満面の笑顔。柏原は拳を握ったが、傍らにいる名村国男が怖い。

名村国男 Namura Kunio.

桜井や涼子と同期の27歳。通称コクオー。

身長185センチ、体重90キロの巨漢。プロレスラーのような肉体を誇る。口数は少なくいつも物静かだが、何を考えているかわからないから、社内では結構恐れられている存在だ。

 

 



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