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  陽は西のビルディングの屋上にかかっていて、ブランコ、滑り台、鉄棒、この公園にある物の全ての影が長い。周りの子供たちは母親に連れられて一人また一人と帰宅して、公園からせわしく動く影が途絶え、聞こえる物も遠くに聞こえる電車や車の喧噪だけである。幼児が一人取り残されてブランコで揺れていた。
 和ちゃんだけがぽつんとブランコで揺れていた。
 既に秋の気配が満ちていて日暮れが早い。和ちゃんは公園の外に待ちきれぬものを求めるように見つめて、一つの決心をした。じっくりと周囲を窺いつつ、いつもと反対側の出入り口から公園を出た。注意深く周囲を窺いながらも不安そうに足を進め、やがて行く手を阻まれるように足を止めた。和ちゃんの前に視界が広がった。川岸に公園を抱えた大川の流れである。ここまで一人で遠出をしたのは初めてだった。ゆったり波立って流れる河面に係留された川船や、長いオールを突きだしたカヌーが目を引いた。
 その流れを目で辿ってみると、和ちゃんの幼い目には、流れが途絶えることなく、流れに乗れば何処までも旅が出来そうに思える。もちろん、夢見る行く先は今はこの世にいない母親の居場所である。和ちゃんの視線や心はこの世界を離れるように静止した。
「和ちゃん」
 優しく呼びかける声がして、和ちゃんの背後に伸びる女の腕がある。和ちゃんの心をこの世界に留めた暖かさがした。和ちゃんは振り返って笑顔を浮かべた。期待通りであり、ちょっと期待を裏切られたような寂しさも滲んでいた。マリアは振り返った和ちゃんを確認して悟った。いつもより帰りが遅くなった自分をここまで迎えに来たのだろう。
 マリアは遅くなったことを説明するように和ちゃんに語りかけた。
「ちょっと不思議。気がついたら、会社で仕事が終わったところだったの」
 マリアは和ちゃんの笑顔でそんな言い訳が必要ないことを知った。ちょっと大人びた笑顔。この子はいつもより行動半径を広げ、いつもよりちょっと冒険をし、新しい世界を知ったらしい。ちょっと自信が付いた表情が微笑ましい。マリアがふと気付いたのは、そんな姿に癒される自分に気付いたことである。
(私も、いつかママになるのかしら)
 彼女は期待を込めてそう思いつつ、自転車の荷台を和ちゃんの傍らに進めて言った。
「乗って。しっかり掴まってなさい。手を放さないで、」
 マリアはペダルに駆けた足に力を込め、和ちゃんはマリアの腰に回した腕に力を込めて抱きついた。その姿は仲の良い親子に見える。
 和ちゃんがふと背後の夕日を振り返った、何かおぼろげな記憶が思い起こされて、和ちゃんの目にうっすらと涙が滲んでいた。その口元の笑みは和ちゃんの涙の理由が寂しさではなくて、しっかりとした芯のある暖かさを感じているからである。

                                   了

あとがき

 今回は私の作品を最後まで読んでいただいてありがとうございました。

 実はこの作品は、日本ホラー小説大賞で落選したあとで、ネット上に公開して皆さまの批評やアドバイスを頂いて改稿した作品です。
アドバイスや励ましをした抱いた方々にお礼を申し上げます。ただ、私自身の力不足で、今回の作品についてもまだまだ改める点があろうかと思います。
 また、物語を書き上げて公開したものの、作者としてこの物語の結末に大きな迷いがあります。和ちゃんが本当のお母さんに抱かれているときに、チェルニーとヘレンは和ちゃんを目覚めさせることなく終わりました。結果的に、和ちゃん自身はお母さんの温もりの記憶を持たないまま結末を迎えました。作者の私がチェルニーとヘレンを通じて行った判断は本当に正しかったんでしょうか? この物語を読んでいただいた方、それぞれの立場で、ベストの選択だったのか、それとも、貴女がチェルニーやヘレンの立場なら違う行動を取ったのか、皆さまの厳しいご批評をお待ちしています。また、感想やアドバイスなどもお寄せくだされば幸いです。
 
 2012.08.14
表紙を差し替えました。
 それから、この物語には姉妹編とも呼ぶべき物語があります。孤独な魂が触れあうテーマが、1つはこの『悲翔』として、
もう一つは、
不思議な能力を持っているために、周囲にとけ込めず孤独を深める少女と、両親に捨てられた子どもが、童話の世界を旅する物語
『冬の魔法使い すすむと春香の7つの旅』
よろしければこちらもご覧下さい。
*済みませんが、現在、某出版社に応募中で審査中は公開停止しています。8月に再掲載するかもしれません。
 
2016.05.26
この「悲翔」は、世界の様々な国の住人たちが、日本で、自分たちにも当てはまる普遍的な母性愛を見つめる話です。今度は、同じ登場人物たちが普遍的な父親の姿と向き合う物語「約束の土地」を、このサイトで公開しました。5世紀末の大阪にタイムスリップしたアダム、ヘレン、チェルニー、ヨゼフの4人は、イスラエルの失われた10支族の末裔の男と、日本人女性の悲恋を目撃します。
よろしければお読みください。
「約束の土地」
 ちょっと、作者として本音を言わせていただくと、母親をテーマにした「悲翔」は、公開後4年経過した現在でも、1日10アクセス以上あるほど読んでいただいてます。「約束の土地」は、公開して未だ2週間なのに、1日のアクセス数が10件以下の日もしばしば・・・・・・。なんやねん、この母と父の差は? みんな、父親に冷たすぎませんか(笑)。 父親の復権を望みたいです、うんっ。
 
 

奥付


悲 翔


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著者 : 塚越広治
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/ken19570420/profile


発行所 : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社paperboy&co.


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