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 和ちゃんのお祖父ちゃんは、孫と暮らし始めてから、孫に合わせた生活スケジュールを持っている。和ちゃんが眠そうに目をこすってあくびをする時間帯が、祖父と孫の就寝時間になる。
 この時、この日最後の混乱が起きた。お祖父ちゃんはいつもの習慣に従って和ちゃんがパジャマに着替えている間に畳に布団を並べたのだが、戸惑いが生じたのである。祖父の大きな布団と、孫の小さな布団、いつも通り並べると、和ちゃんの母親の布団を敷くにはスペースが足りない。押し入れの中には、あたかも女のためのように大人用の布団が一組あり、敷くべき布団の枚数と、それを敷くスペースが一致しない。
「あらっ、お義父さん。お布団を干した時に間違えて、私たちのお布団までこの部屋に?」
 いつもは部屋の中央に一人で寝ているだろうと言う暗示である。女は手際よく、小さな布団と来客用の布団を管理人室の隣の空き部屋に運び、お祖父ちゃんの布団を部屋の中央にずらした。その動きがごく当たり前のことのようで、疑問を感じさせない。布団を運び終えると和ちゃんの手を引いて管理人室の入り口で膝を折っておじいちゃんに向いて挨拶をした。
「お義父さん、お休みなさい」
 女はいつもの習慣であるかのように和ちゃんに促した。
「かずちゃんも、おじいちゃんにいつものご挨拶は?」
「おやすみなさい」
 和ちゃんは戸惑いつつそう言った。何やら心の中にわだかまっている物があるのだが、この状況がいつもと違うという疑問になって浮上することがない。女は扉にそっと手を添えて管理人室の扉を閉めた。
 管理人室の隣は長らく入居者がなかったために閑散としてはいたが、これだけが女の所有物であるかのように、部屋の隅に三面鏡と手鏡があった。それ以外は何もない畳の上に、女は管理人室から移した布団を部屋の中央に敷いた。
 女は笑顔でパジャマ姿の和ちゃんに布団にはいるように促し、自分もその傍らに潜り込んだ。和ちゃんが目を大きく開けたまま首をかしげたのをみて、女は優しく聞いた。
「どうしたの? どこか体の具合が悪いの」
「ううん」
「眠くならないの?」
 お母さんだと信じる女の質問に、和ちゃんは首を振って、布団からはい出した。
「ぼく、おしっこ」
「待ってるから、すぐ帰ってらっしゃい。眠くなるまでお歌を歌ってあげる」
 お母さんは優しくそう言ったが、合成音声のように感情が欠けた声だった。ただ、その愛情に濁りはないように思われた。
 
 管理人室に取り残されていたおじいちゃんはこの夜、この部屋がいきなり広くなったかのような孤独感を感じている。やや間をおいて扉が開き、戸惑うような和ちゃんが姿を現した。和ちゃんはぽつりと尋ねた。
「お母さんって、パジャマ、着ぃへんの?」
 隣の部屋で布団に潜り込んだ母親は、先ほど着ていた衣服のままである。母親というものは、自分や祖父とは違って寝間着に着替えるという事をしないものだろうか。それが、やや不思議で、しかし、本人に聞きづらく。和ちゃんは祖父にそう尋ねに来たのである。
「どうやったかな」
 亡くなった妻を思い出してみると、パジャマは着ていなかったような気がするのである。
「パジャマは着てへんかったみたいやな」
 何か違うような気がするのだが、その違いを明確に出来ないまま受け入れている。
「かずちゃん、かずちゃん」
 隣から和ちゃんを呼ぶ女の声が響いた。
「さあ、ぐっすり眠っておいで」
 おじいちゃんはそう言って孫を女の所に送り出した。
 蛍光灯の明かりを消し、豆電球だけの光を浴びて横になっていると、この部屋はいつもより大きく、いつもより孤独に感じられる。
 

  あくる日の早朝、和ちゃんは包丁がリズミカルに音を立ててまな板を叩く音で目を覚ました。台所に立っている女がお母さんだということを思い出した。
「あらっ、ごめんなさい。目を覚まさせてしまったわね?」
 お母さんはそう詫びたが、もともと目覚めは良く、早起きも苦にしない子である。布団から抜け出して珍しい光景であるかのように朝食作りを眺めた。お母さんはふと思いついて和ちゃんを振り返った。
「そうね。二人でお祖父ちゃんも起こしに行きましょうか」
「うん」
 隣の部屋では、お祖父ちゃんはすでに起きて、何かを思い出すように布団をたたみ、押し入れにしまい込んだが、その後、妙に手持ちぶさたな感覚に襲われていた。いつもはこの時間にすることがあったはずだという疑問である。毎朝、自分の孫のために朝食作りをしていたという習慣の断片が、記憶をゆるゆるかき乱す。
 そこに和ちゃんを伴った女が現れた。
「おはようございます。お義父さん」
 女の挨拶を受けて、お祖父ちゃんは見知らぬ女という意識を完全に吹き払った。
「ああ、お早う」
「もし手が空いたら、いつものように、ご飯ができるまで植木の手入れでもいかが?」
 女はおじいちゃんに、朝食作り以外の朝の仕事の記憶を植え付けた。和ちゃんは挨拶しつつお母さんの表情に一片の不快さを読み取った。玄関先でモジャが盛んに唸り吠え始めたのである。お母さんは和ちゃんにも仕事を与えた。
「和ちゃんは、あのワンちゃんにご飯をあげて、静かにさせてらっしゃい」
 早朝7時。和ちゃんはいつもと同じく、愛犬に朝食を与え、アパートの住人たちと朝の挨拶を交わした。住人たちからみて、いつもと違うのは、和ちゃんの傍らでお祖父ちゃんが庭木の剪定をしているということである。
 不思議な女は、慣れた手つきで朝食の準備を終えた。鮭の切り身に、ほうれん草のおひたし、小皿に海苔と香の物、ご飯茶碗には炊きたてのご飯が柔らかく湯気を放って、椀には大根の味噌汁が香りを立てている。その光景の自然さに、管理人室に戻ってきた祖父と孫は首を傾げた。心がこもっていたとはいえ、昨日までのお祖父ちゃんが準備した朝食に比べると、わくわくする期待感がある。
 和ちゃんとお祖父ちゃんは食事をしながらも、いつもと違う疑問を感じて箸を止めることがある。ふっくらしたご飯の炊きあがり、味噌汁の出汁の風味、昨日と同じ食事でありながら、微妙な点で違っていて美味しい。美味しそうに食事をする和ちゃんを、女は幸せそうに、しかし何処か不安気に眺めていた。
  食事が終わると、和ちゃんはいつもの身についた習慣で服を着替えようとして頭を押さえて顔をしかめた。頭を捕まれて振り回されたような目が回る不快感に襲われたのである。しかし、不快感は何事もなく収まって、どうして自分が目眩を感じていたのかも分からず、首を傾げて着替え始めた。
「かずちゃーん」
 いつもとは違う時間の流れの中に、いつもと同じ真澄ちゃんの声が、玄関から響いてきた。真澄ちゃんと、真澄ちゃんのお母さんは、管理人室から現れた人物の姿に、ぶしつけでないよう配慮しつつも、首を傾げた。和ちゃんの傍らで、昨日までのお祖父ちゃんの位置を占めている女に見覚えがない。アパートは新しい入居者を迎えたのだろうかと思ったのである。女は日常的な口調で、この二人と初めての挨拶を交わした。
「おはようございます。いつもお誘いありがとうございます」
「おはようございます」
 二人は和ちゃんがこの女性を紹介してくれるのを期待したのだが、和ちゃんは日常の時の流れに染まっていて、二人が自分の母親を知っているだろうと、疑いを挟んでいない。
「真澄ちゃん、今日もいい笑顔ね」
 和ちゃんのお母さんが、親しげに真澄ちゃんの頭を撫でた時には、真澄ちゃんも、真澄ちゃんの母親も見ず知らずの女だったという事を忘れていた。
 二組の母子は、元気に連れだって幼稚園に向かった。ただ、時折、真澄ちゃんのお母さんが指先でこめかみを押さえているのは目眩を感じるからである。
(ヨシエ先生)
 そう呟いた女は、真澄ちゃんのお母さんから幼稚園の情報を読み取った。
 

 幼稚園で朝の挨拶の時間を過ぎ、お弁当の時間が過ぎ、お遊戯やお歌の時間が過ぎ、間もなく園児達は帰る時間を迎える。女は帰宅する気配を全く見せず、和ちゃんに寄り添うように、油断無く和ちゃんが見える範囲にいる。
 もちろん、園児の父母が子供からつかず離れず、教室どころか、職員室から園長室まで勝手気ままにうろつくのは、過去に例がない。しかし、何故か、先生も園児も、そして和ちゃん本人も、その光景を自然に受け入れた。
 先生や職員には、昨日までの和ちゃんに落ち着きがなかったという記憶はあるのだが、もとの無邪気な性格を取り戻しているという嬉しさにかき消されるように、変化の原因を考えること無く居る。
 いつしか、時間はいつも通りすぎて、母親たちが子供を迎えに来る時間を迎えた。大人と子供が入り交じった賑やかさが演出された。こうしてみると、先生たちは子供と同じ視線で園児に接し、園児も先生を敬愛する仲間にしていることが分かる。子供たちは母親が現れる時間から、大人たちと接する世界に戻ることになるのである。
 和ちゃんは、お母さんに手を引かれて歩いていた。自分自身の感情は失って、手を引かれるまま歩いていると、幼稚園の建屋の端にある物置のドアが開いているのが見えた。ドアの奥の闇の先に別の世界が広がっている気配がした。お母さんが和ちゃんを連れて行こうとする世界だとわかった。お母さんの手は温かく、和ちゃんはその闇に恐怖感は無かった。
 その視界が突然に切り替わった。幼稚園の屋根の高さから眺める視界だが、そこにいる人々との距離感は無く、誰かに興味がわけば、カメラがズームするように映像が接近し、いつの間にやらその人物の傍らで眺めているという具合である。
 この時はヨシエ先生とその同僚を眺めてその会話を聞いていた。ヨシエ先生はふと気付いたように周囲を見回していた。
「和ちゃんは?」
 そう不思議そうにつぶやいたのは、ここのところ情緒不安定で気にかけていて、今日は安堵感を誘った園児、和ちゃんの姿が見あたらないのである。呟きだけではなく、その 心を読むようにヨシエ先生の考えが、お母さんと心の一部を共有する和ちゃんにも伝わってくる。人なつっこい割に一人でいることも苦にしない子どもで、いつもは他の園児がはしゃぐ時間に、温和しくおじいちゃんの姿を待っている。そんな和ちゃんのイメージである。
 ヨシエ先生は傍らの同僚に尋ねた。
「和ちゃんを見かけなかった?」
「そうね、今日は1日、お母さんに連れられて園内をお散歩していたようだけど」
「そう言えば、そうね」
 同僚は和ちゃんの今の場所は分からないという。何やら、女性独特の勘とでもいうものが、ヨシエ先生の不安を掘り起こして煽った。不安が高まってみると、和ちゃんが園内で一人で遊んでいて怪我をしたり、高いところに登って降りられず、助けを求めているかのような不安な想像が次々と湧いて出た。
「ちょっと探してみるわ」
「気を回しすぎじゃない?」
「でも、」
 そう言い残して職員室を離れた彼女を、和ちゃんの視界はカメラを持って追いかけるようにとらえていた。ヨシエ先生の心に渦巻き始めた不安が伝わってくる。新たに嫌な想像が浮かんだのである。
「まさか、」
 裏に貯水槽がある。先日貯水槽を定期清掃したばかりだった。好奇心旺盛な園児の興味を惹きそうな場所である。
(もし、園児が入れないように設けた柵の入り口が開いていたら、或いは、閉じてあるはずの貯水口が開けたままなら、)
 ヨシエ先生の脳裏に貯水槽の上にある小さな入り口から中に落下して溺れる園児の姿が浮かんだ。しかし、無人の物置の傍らを駆けて、たどりついた貯水槽と貯水槽を囲む柵の中には和ちゃんの姿はなく、ヨシエ先生は胸をなで下ろした。しかし、その事実が次の不安をあおり立てる。ヨシエ先生は記憶を辿った。建物の中は、教室の遊具の影にも、トイレの個室の1つ1つにも、職員室の机と机の間にも、何処にも和ちゃんの姿はない、更に、表の運動場の遊具、裏の貯水槽にも姿が無い。
(それじゃあ、和ちゃんは何処に?)
 もう一度、園内を見回ってみようと決心した先生は、和ちゃんの後ろ姿を見つけてほっと安堵のため息をついた。全身から緊張感が抜けるほどの安堵感に、先ほど探して姿がなかった場所に、和ちゃんが突然に現れた、という不自然さに気付かずにいる。そして、不安に駆られた自らのばかばかしさに笑い出したい。その先生が、ぎょっと目の前の光景を凝視した。
 和ちゃんの手を引いて導く母親の前に、開け放たれた物置の中は真っ暗で、吸い込まれそうになるほどの恐怖感を伴って、無限の奥行きを感じさせる。そんな闇の奧に、母親が子どもを連れ去ろうとしているかのような錯覚がしたのである。
(和ちゃん)
 そんな呼びかけを先に察したように、和ちゃんの手を引くお母さんは背を見せたまま、頭部だけをぐるりと回転させて、ヨシエ先生に表情を見せた。
 悲しさや孤独や憎しみが複雑に入り交じった感情がヨシエ先生を包んだが、女の表情には何の生気もなく、目が黒々と光って居るのみである。その違和感に悲鳴を上げようとした瞬間、ヨシエ先生は両の手でこめかみを押さえて目を閉じた。くらくらと目眩のような不快感に襲われたのである。
 ヨシエ先生が再び目を開けたのと、女が何事もなく和ちゃんの手を引いて、先生の傍らを通り過ぎて幼稚園の門に向かったのは、ほぼ同時だった。手を繋ぐ母と子、その後姿に違和感はない。自分の意識と視界を取り戻した和ちゃんが振り返ると、現実に引き戻されて物置を不思議そうに眺めるヨシエ先生がいた。薄暗いものの奧の窓から光が入っていて、古い遊具が収納されている様子が見える。見慣れた物置に過ぎない。
 

  自転車のハンドルを押して歩いていたマリアは、曲がり角で不意に前方に現れた二人を見つけて(しめた)と笑顔を浮かべた。
 アダムが図書館で調べ物を終えたのと、ヨゼフが受ける授業の終了時刻が、たまたま重なったため、二人は大学の門で顔を合わせた。どちらが言うともなく並んで帰宅する途中なのである。マリアは二人の後ろ姿を追い、二人の会話を聞いていた。これから二人に持ちかけるお願いを聞き入れてもらう条件を考えねばならない。
「母国の母に、初めて電話をしたときに」
 ヨゼフが語り始めたのは、彼らがくぐった鉄道の高架を、電車が通過したことがきっかけだが、母親という共通点で和ちゃんのお母さんに影響されてもいる。
 ヨゼフが語るのは、初めてやってきた日本で、最も印象的だった出来事を、故郷のは母に電話で語って聞かせた時のことである。田舎育ちの母親は、電車が7つも8つも繋がっているというヨゼフの話に首を傾げたばかりではない。列車が出発して右の方向に見えなくなる前に、左手の方向から、次の電車がホームに入ってくるという息子の目撃談を信じずに、朗らかに笑い飛ばしたのだという。
「もし、お前の話が本当なら、線路の右端から左端まで電車で埋まって動けなくなっちまうよ」
 ヨゼフの母親はそう言ったらしい。アダムは笑った。悪気はない。おおらかな田舎の母親が想像できて微笑ましいのである。たしかに、ヨゼフの表現を聞いていれば、線路の端から端まで、密に詰まった列車を連想せざるを得ない。人口が住宅地域に集中し、その多数の人口を毎朝、職場にばらまくために、列車は信じられない密度で運用される。その都市部の急激な人口変化を感じなければ、状況を理解することは難しいに違いない。
 あれこれ考えながら歩くうちに、二人に前方を歩いていた母子が目に入った。幼稚園から瓢箪荘に帰る和ちゃんと母親である。挨拶をするには距離がありすぎて、遠目に眺めただけだが、雑踏の人々に紛れて、しっかり手を繋いで関係を崩さない、仲の良い母子の姿である。
「いいもんだね」
 アダムが和ちゃんと母親の仲の良い光景を表し、ヨゼフが肯いた。二人の背後にいるマリアもそう思っていた。心の底に埋もれてしまったが、和ちゃんの寂しげな態度や表情が思い起こされることがあり、その姿と対比して満足げな和ちゃんの姿は(よかったな)と、祝福したくなる光景なのだろう。そして、和ちゃんを見守る二人の姿は、子供のように純真に見えた。
 マリアはお願いの代償を思いついた。母親が子供に飲ませるみたいに、スープを分けてやればいい。マリアは背後から自転車のベルを鳴らして、自分の存在を二人に伝えた。
「ちょっと、」
 マリアは、そうにっこり笑いかけて、左右のハンドルに下げていた大きな袋を掲げて見せた。アダムとヨゼフはマリアの意図を察して顔を見合わせた。安売りだったらしい。マリアの自転車の前籠には、スーパーで買ってきたらしい食料が入っている他、ジャガイモとトウモロコシが山ほど入った袋をハンドルに下げていたのである。これでは重くてハンドルを取られて走りにくいに違いない。
「形が不揃いでしょ? だから、後ろの荷台にも載せにくかったの」
 マリアはそう理由付けをし、アダムはジャガイモ、ヨゼフはとうもろこしの入ったビニール袋を1つづ渡した。アパートまで運べと命じられていることを察した二人は素直に指示に従った。マリアは礼に代えて言った。
「ありがと。スープが出来たら分けてあげるわ」
 そんなやりとりをしているうちに、和ちゃんと母親は三人の視界から姿を消していた。真っ直ぐで視界の聞く道である。三人が一様に眉をひそめたのは、母親が和ちゃんを何処か異様な世界に連れ去ったかのような印象を受けたためである。しかし、三人は頭に浮かんだ悪夢を首を振って払った。
 マリアは自転車を手で押して、召使いを従えるように三人の先頭を歩いた。
「ちょっと」
 突然に、マリアが何かに気付いたように立ち止まって背後の二人に声をかけた。彼女は耳を澄ませて伝わるメロディに耳を傾けた。
  かーごめ、かごめ
  かぁごのなぁかの
  とぉりぃはぁーー
  いつ、いつ、でぇやあるぅ
「これは?」
 尋ねたアダム自身が知っている。彼が興味を持っている日本の子どもたちの遊び歌である。公園の中で顔を手で覆って視界を遮ってしゃがむ子どもを中心に、六人ばかりの子どもが手を繋いで輪をつくって、回りながら歌っているのである。マリアもこういう光景を見るのは初めてらしい。日本の子どもというと、近代的なゲーム機やカードゲームなど流行の遊びのイメージがあり、こんな都会の一角で目にする光景だとは思えなかったのである。
「へぇっ。数百年も前の遊びが、現代にまで伝わってるんだね」
「幼稚園や保育園で、先生が教えるのかしら」
「年長の子どもから、幼い子どもへ、遊びを通じて伝えられてるとしたら面白いね」
 アダムとマリアの会話に、素直に首を傾げてヨゼフが割り込んだ。
「何を歌ってる?」
 マリアは振り返ってアダムと顔を見合わせた。そう質問を投げかけられると、一言では答えにくい。アダムは子どもたちの輪を指差した。
「いろいろな説があってね。かごめっていうのは、外側の輪の子どもたちのように、囲むという意味、中央の子どものように屈めという意味、そう解釈してゆくと、子どもたちの遊び歌や、シャーマニズムと結びついて不可思議なものを呼び寄せる儀式に広がってゆくね。それから、」
 マリアが言葉を引き継いだ。
「妊婦と解釈する説もあるわね。その場合は、お腹の赤ちゃんは、いつ生まれるのかと尋ねる意味もあるの」
「いろいろな意味に解釈できるから、遊郭の遊女を表すとか、飢饉の時に子どもを殺害するとか、果ては、日本とユダヤの関係を象徴するとか、」
 ヨゼフは遊びの輪を見ながら呟くように言った。
「でも、楽しそうに遊んでるから、難しい理屈は振り回さないでいいね」
「ヨゼフ。いいことを言うわね」
 マリアのそんな結論に、アダムも肩をすくめて同意した。難しい理屈を離れてみると、古い遊びに興じる子どもたちは無邪気で愛らしく、子どもたちの存在そのものに価値があるかのような気になる。三人は再び歩き始めたが、アダムはやや小首を傾げた。子どもたちの景色に、和ちゃんと母親が手を繋ぐ後ろ姿が重なって、更に、呼び起こされて重なる記憶がある。子どもの姿、仲の良い母と子の姿を眺めていると、自分が故郷の母親と距離を置いてしまっていることが後ろめたい罪悪感をもって思い起こされるのである。

 マリアは開いたままのドアをノックして、パソコンに向き合っていたアダムに自分の存在を教えた。気さくなマリアは、アダムが頷いて許可を与える前に部屋に入ってきた。
「調べ物をしたかったから、パソコンを借りたいと思ったんだけど、今使ってるの?」
「かまわないよ。ぼんやりとディスプレイを眺めていただけだから」
 アダムはパソコンのディスプレイを通じて母親と向きあっていた。返事を書かないままで放置しているメールが2通ある。差出人の名は彼の妹である。しかし、その名に彼の母親の名が重なるように見えるようである。
 帰宅途上の会話の中、アダムの眼に母国の家族が浮かんでいた。母国には両親と妹が一人いる。母親は裕福な家の出で、父親は貧しいが努力して地位と妻を手に入れた。しかし、仕事で失敗をして貧しいと言うほどではないが金と名声を失った。妻はそんな夫を叱咤し、ややもすると息子のアダムの前で夫を馬鹿にして「こんな人間にはなるな」と言ったりする。母親はしっかり者で家計を支えているが頑固で融通が利かない面があり、自分の信念を夫や子供に強制するところがある。アダムの妹は素直でやや気が弱く諦めるような雰囲気で母親に従って生きている。アダムは母親に感謝しつつも、反感を感じつつ生きてきた。
 メールの文面は兄を気遣う妹のものだが、母に従順な妹が勝手にメールを出すことは考えられず、母親の意向を汲んだ妹が母親に成り代わってメールをよこしたと考えて良い。もちろん、電話という通信手段がある。しかし、肉声という感情がこもったやりとりは、不快な想い出を伴って口げんかに発展する不安を感じさせるのである。
 日本にやってきて、母親の呪縛から逃れたような開放感を感じていた。一方、年老いた父や母を故郷に放置しているという罪悪感も感じていて、彼をメールに向かわせたのである。
 思い悩みながら母親へのメールを綴り、迷い果てて行き詰まった心を整理するために、とりあえず、綴った言葉を印刷しおわったところである。
 印刷が終わった紙をマリアが取り上げ、アダムに手渡そうとしながらその文面が目に触れた。
「お母さん、今、僕は、この東洋の外れで、母と子の関係について、考えています。時代や、地域や、民族や、宗教や、思想信条、そんなものに左右されない普遍的な愛情。もしも、僕が……」
「こらっ、勝手に読むな……」
 アダムは言葉を途切れさせた。声に出して読まれたのが気恥ずかしくなり、両手の指先を髪に挿し入れるように頭を覆ってため息をついた。
「お母さん宛のメールが、どうして日本語なの?」
 マリアは自然な疑問を口にした。ポーランド人の家族に日本語のメールを送っても、内容を理解することはできないだろう。
「手紙の原稿みたいなものさ」
 心が乱れていて、アダムはそんな答えをするしかない。アダムは胸にかけた小さな十字架を握ったが、マリアは彼が信仰にはあまり熱心ではないことを知っていた。
 マリアは作家志望らしく彼女の想像を交えて察した。あの十字架は、東洋の果てに行く息子に、熱心なカトリックの母親がお守り代わりに与えたものに違いない。ただ、母と子の間には何やら確執があって直接言葉は交わしにくい。アダムが十字架を握りながら母親の愛情について思い起こすと、その事例は数知れず、感謝の言葉を紡ぐすべがないのだろう。ただ、それを言葉で綴って伝えるのも気恥ずかしく、日本語でその内容を認めてみた。そして、いつかそのメールをポーランドに翻訳して送信したいと考えているのではないか。マリアはそんな想像を一言に集約して尋ねた。
「お母さんを愛しているのね?」
「誰でもそうだろ」
 アダムは紙を二つ折りにして文字を隠し、読みかけの本に挟んで閉じた。メールはアダムのパソコンから送信されずにしまい込まれた。アダムがそのメールを送信することがあるかどうか、マリアが想像をふくらませようとしたときに、彼女は唐突に小さな叫びを上げて我に返った。
「きゃっ。ジャガイモが」
 マリアは小さな叫びを上げて部屋を飛び出した。自室で茹でていたジャガイモが焦げる臭いを感じ取ったのである。
 


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