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第一章

 丘の上には魔法使いがいる。――千鶴がそんな噂を聞いたのは、今から三年前のことだった。
 町の外れには、町全体を見渡せる高い丘があり、古びた教会が建っている。今はもう使われなくなったその教会には、二人の美しい魔法使いが住んでおり、姿を見た者は命を奪われてしまうという。
 噂は当時の町で盛んにささやかれ、見目麗しい魔法使いを一目見ようと、多くの人々が丘に押しかけていった。だが知られている限り、その誰一人として魔法使いを目撃することも、命を奪われることもなく、無事に帰ってきた。
 当時小学五年生だった千鶴もその一人だった。好奇心旺盛だった千鶴は噂を聞きつけると、クラスの友人たちと丘に登ってみた。
 学校から一時間ほどのところにあるその丘には、確かに古びた教会が建っていた。だが、何度ノックしても、引っぱっても、その扉が開くことはなかった。窓から見える教会の中は寂れており、何者かが住んでいる様子は感じられなかった。他に丘の上にあったのは、魔法使いを探しにやってきた人が捨てたと思われるごみだけ。意気揚々とやってきた千鶴は、泣く泣く丘を後にしたのだった。
 それから次第に、その噂は聞かれなくなっていった。隣町の中学校に進学し、魔法使いを捜しに丘に登ったことさえ忘れていた千鶴が再びその噂を耳にしたのは、それから三年後のことだった。

「ねえ知ってる? 隣町の丘の上には教会があって、二人のきれいな魔法使いが住んでるんだって。だけどその姿を見た者は、口封じに殺されてしまうんだって」
 夏休みの一日前。終業式が終わり、下校しようとしていた千鶴を、遥香が呼び止めた。
「はい?」
 足を止め、きょとんとした表情をする千鶴。
 あまりに突拍子もない内容のせいか。あるいはそんな噂があったことさえ、完全に忘れていたせいか。千鶴は即座には返すべき言葉が見つからなかった。
 遥香はそんな千鶴の手をとると、
「ねえ、今日から暇じゃん。魔法使い捜しに行こうよ? 田村君も行くって言ってるよ」
 遥香は千鶴の一年生のころからの友人だ。入学して初めてのクラスで席が隣だったのをきっかけにつきあい始め、二年生の今も同じクラスだ。
 手を引く遥香に、以前、自分が魔法使いを捜しに丘に登ったことを想い出した千鶴は、首を振った。
「ああ。そのことなら、丘の上に魔法使いなんていないわ」
 せっかくの提案を一蹴されたことが不満だったのか、遥香は頬をふくらませた。
「むっ。そんなの行ってみないと分からないでしょうが。田村君も現に見た人がいるって言ってたよ」
 田村とは千鶴たちと同じクラスの生徒だ。座席の近い遥香とは仲がよいようだが、千鶴はあまり交流がなかった。
 千鶴が言った。
「見ると殺されるなら、何で見た人がいるのよ?」
 意表をつかれた顔をする遥香。
「え? ……あ、それもそうだね」
 千鶴の手を放す遥香。
 だがすぐにポンと手を打つと、
「あ、でも見てすぐ携帯で誰かに人に伝えて、その後に殺されたって可能性もあるんじゃない?」
「携帯を使って連絡するいとまを与えてる時点で、魔法使いと呼ぶに値しないと思うんだけど」
 むむ、と押し黙る遥香。遥香はどうしても千鶴と魔法使い捜しに行きたいらしく、引き下がる気配を見せない。
 呆れた様子の千鶴が言った。
「それに、私も小学生のころ丘に登ってみたけど、魔法使いなんていなかったわ」
「えっ、そうなの?」
「ええ。私、その隣町の出身だけど、小学生のころ同じような噂が流れて、友達と一緒に上ってみたの。だけど、あったのと言えば古びた教会くらい。見たところ中はもぬけの空だし、魔法使いなんて影も形もなかったわ」
「へ~、そうだったんだ。前からあったんだ、そういう噂」
 ちょうどそのとき、遥香の後ろの方から足音が聞こえてきた。遥香が振り返ってみると、田村が鞄を抱え、こちらに走ってきていた。
「いやあ、遅れてすまん。忘れ物しちまって」
 息を切らす田村に、遥香が言った。
「大丈夫だよ。だけど、遠藤さんが言うには魔法使いはいないって」
 千鶴の言ったことを説明する遥香。それを聞いた田村は、千鶴に向き直ると、
「いつごろ上ったの?」
「そうね。小学生のころだから、もう三、四年前かしら」
「いや、そうじゃなくて時間」
 人差し指を口元に当てる千鶴。
「時間? ええと、丘の上についたのがたしか正午だったと思うわ」
「ああ。それじゃだめなんだよ」惜しそうな顔をする田村。「魔法使いは夜にならないと現れないんだ。夜の魔法使いっていう種類らしいからな」
「あっそ」
 呆れた千鶴は適当にうなずくと、
「じゃあ、私はこれで」
 遥香に言った。
 だが歩き始めた千鶴は、すぐに遥香に手を引っぱられた。遥香は千鶴の耳に口を近づけると、
「一緒に来てよ。夜遅く行くんだよ? 田村君頼りないから、お化けとか出たら怖いじゃん」
 お化けも魔法使いも似たようなものじゃないかと思いつつ、千鶴が遥香に耳打ちした。
「だったら行かなきゃいいじゃない」
「でもほんとにいたら大発見だよ? 撮影してネコネコ動画にアップロードすれば、再生回数百万回いくかもしれないよ?」
 千鶴は呆れた顔で、
「はあ。何を企んでるのよ、あんたは……」
「いやいや、もしそうなれば魔法使いの発見者である私のもとには取材が殺到。新聞やテレビにも取り上げられ、一躍人気となった私は晴れて芸能人としてデビューを――」
「できないって」
「そんなこと分からないもん。実際にネコ動からデビューした人いるもん」
 頬をふくらませる遥香。
「そもそも、あんたにどんな芸ができるっていうのよ?」
「あらあら、知らないの? 私ダンスうまいのよ。去年の学芸際で踊ったときなんか、ステージの前に人だかりができて、それはもう大変な騒ぎになるほどだったんだから」
 昨年の学芸際に遥香が出たのは千鶴も知っていた。だがステージ前に大量の男子生徒が集まったのは、遥香のダンスがうまかったからというより、遥香のスカートが短かったからであることも知っていた。
 千鶴は溜息をつくと、
「大丈夫よ。私が行ったときはお化けもいなかったわ。行きたいなら二人で行けばいいじゃない」
「ええ~、不安だよ」
 千鶴は遥香の手を放し、踵を返した。
 遥香はその後を追い、耳打ちした。
「じゃあ、こういうのはどう? もし来てくれたら、四方田君と別れてあげてもいいよ」
「えっ」
 一瞬、言葉を失った千鶴。足を止め、その場に立ちつくす。
 四方田は千鶴や遥香とと同じクラスの生徒だ。千鶴は一年生のころから恋心を抱いていた。だが、それは千春かも同じだったらしく、気づけば千鶴よりも遥香が先につきあい始めてしまっていたのだった。
 千鶴は遥香はおろか誰にも、自らが四方田が好きだと言ったことはなかった。にもかかわらず、それを友人であり恋敵である遥香に見破られた千鶴は、驚きのあまり何も言えずにいた。
 千鶴が言った。
「いつもあんたを見てれば分かるわ。好きなんでしょ、四方田君? なんなら次は千鶴とつき合うようにし向けてあげてもいいのよ」
「……そ、そんなことできるの?」
 遥香に耳打ちする千鶴。
「簡単じゃない。まず私が辛くあたって、四方田君を傷つける。そこであんたが優しい言葉をかければ、四方田君はあんたに惚れるわ」
 それはかわいそうでは? と思った千鶴。
 遥香が続けた。
「四方田君は優しいわよ。この前私の誕生日にブランドの時計くれたし。でも私はそんなに好きじゃなくて、単に金目当てだったから、あんたがほしいって言うなら、あげてもいいのよ」
 千鶴はしばらく考えた後、
「わかったわよ」
 千鶴がそう決めたのは、そこまでしても四方田とつき合いたかったからではなく、そんな遥香とつき合っている四方田がかわいそうで、早く別れさせてやれねばと思ったからだった。
 その時、田村の声が聞こえた。
「なあ、何話してるんだ?」
 振り返る遥香は、笑顔で言った。
「あ、遠藤さんも行くって。いいよね?」
「ああ、構わないよ。人数は多い方がいいからな」
 そうして三人は、今日の午後七時、隣町の駅で待ち合わせをすることを決め、解散した。


 六時半ごろ、外出の支度を終えた千鶴は、使用人の運転する車に乗って、屋敷を後にした。
 千鶴の家から駅までおよそ半時間。教会のある丘は駅と反対方向にあるため、千鶴にとっては遠回りになるのだが、遥香と田村を迎えに行く必要があるためやむを得なかった。
 千鶴が駅前に着いたのは、七時ちょうどだった。人口の少ない町とあって、行き交う人は少ない。待っていた遥香と田村に手を振って合図し、車に乗せる。遥香が千鶴の隣に、田村が助手席に座った。
 車はUターンし、千鶴の家のある方向に向かった。
そして千鶴の家の近くで道を曲がり、丘のある方角へと向かう。夜遅いせいか、すれ違う人はほとんどいなかった。
「ネコ動で生放送するの」
 遥香は笑顔で、千鶴にスマートフォンのyPhoneを見せた。
「はいはい。たぶんいないと思うけどね」
 呆れた千鶴はそれ以降、目を閉じて眠っていた。千鶴が目を覚ましたのは、車が丘の舗装されていない坂道にさしかかり、揺れ始めたときだった。
 千鶴が目を開けると、車は教会へと向かう坂道の途中にあった。前の方に身を乗り出してみると、前方には三年前、千鶴が見た古い教会がそびえていた。
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最終更新日 : 2011-04-02 20:14:52

第二章

 三人の乗った車が、教会の前に止まった。千鶴は運転手に待機するよう言うと、遥香、田村とともに車から降りた。
 空には星が輝いていた。夏だというのに、辺りは肌寒かった。吹きつける風が古い教会にあたっては、ひゅーひゅーと音を立てていた。
 千鶴は外套の襟を立てた。
「ああ、早く帰りたい」
 寒いのが苦手な千鶴は、意気揚々と教会に向かっいく遥香と田村にはついて行かず、車の側で待っていた。
 どうせ魔法使いなんていない。二人はすぐに帰ってくるだろう。
 そう思った千鶴は教会とは反対側の、切り立った崖になっているところに近寄ってみた。町全体を一望できるその場所からは、闇に浮かび上がる明かりが見えた。三年前に来たときは昼だったから分からなかったが、今思えば夜景がきれいな場所だと思った。
 千鶴の住む町はいわゆる過疎地であり、教育機関や企業はほとんど存在しない。町の子供は学校を卒業すると、皆どこかに行ってしまう。今は隣町の中学校に通っている千鶴も、卒業後は都会に移り住む予定だった。
 ここも見納めだし、来ておいてよかったかな。
 眼下に広がる夜景を写真に収めようと、千鶴は携帯電話を取り出した。夜風に吹きつけられながらも、夜景を携帯電話の画面に収め、シャッターボタンを押そうとした。
 そのとき、
「千鶴ーっ、魔法使いいたよっ!」
 遥香の声が聞こえてきた。
 カシャリと鳴るシャッター音。遥香のあまりに予想外で突拍子もない言葉に、画面上の夜景は手ぶれで見るに堪えなくなっていた。
 あらためて携帯を構える間もない。子供のように無邪気な声で名前を呼ぶ遥香に、千鶴は振り返った。見ると、教会の扉から顔を出した千鶴が、こちらに手招きしていた。
「千鶴、早く早く」
 以前来たときは扉は開かなかったはずなのに、おかしいな。それに、魔法使いがいたとはどういうことだろう。
 千鶴は携帯電話をしまい、教会の方に歩いていった。そして、扉のところで待っていた千鶴に手を引かれ、教会に足を踏み入れた。
 日中も陽の当たらないそこは、外にましてひんやりとした空気が漂っていた。窓から差し入るわずかな月明かりを頼りに、目をこらす千鶴。三年前、窓の外から眺めた礼拝堂は、依然として古いまま。およそ生気の感じられないそこからは、何者かの住んでいる気配は感じられない。
 遥香に手を引かれ、千鶴は敷き詰められた長椅子の間を前方へと進んでいく。椅子の背もたれの一つに触れてみたところ、指先にほこりがついた。
「ほんとにいるの? 魔法使いなんて」
 指先に付いたほこりを払いながら、千鶴が言った。
「うん、今田村君が話してるよ」
 そんなことあるはずない。誘っておいてやっぱり魔法使いがいなかったでは面目が立たないから、田村が独り演技をしているだけだと千鶴は思った。
 魔法使いを発見できたことが嬉しいのか、鼻歌を歌いながら進んでいく遥香に手を引かれ、千鶴は礼拝堂の端に到着した。遥香は突き当たりにあった小さなドアを指差して言った。
「この中にいるの」
「へぇ」
 子供の背丈ほどのドアの中は、おそらく倉庫だろう。ドアには錆びた取っ手が着いていた。千鶴がよく見てみると、その部分にはほこりがついていなかった。遥香たちが触ったせいだろうかと千鶴は思った。
 遥香が取っ手に手をかけ、ドアを開ける。すると、中から光りがあふれ出た。
「えっ?」
 誰もいないはずの教会に、なぜ光りがあるのか。田村は懐中電灯を持っていなかったし、そもそも懐中電灯の光りにしては明るすぎると千鶴は思った。
 身を屈め、中に入って行く遥香。千鶴もその後に続いた。
 中は十畳ほどの部屋だった。中央にはテーブルがあり、シチューのような食べ物が湯気を立てていた。テーブルには田村が着席し、そのシチューと思われるものを口に運んでいた。
 そして何よりも千鶴を驚かせたのは、田村の前の席と、部屋の片隅に二人の少女がいたことだった。
「うそっ」
 思わず声を上げる千鶴。こんなところに人がいたことだけでも驚きだというのに、その少女たちの美しさは千鶴をさらに驚愕させた。
 年齢は千鶴たちと同じか、少し上くらい。白菊のような純白の肌に、純金でできているかのような金色の長髪を持つ少女たちは、端正な目鼻立ちに、小枝のような細長い指を有していた。
 立っていた少女の瞳が千鶴をとらえる。千鶴は金縛りにあったかのように、身動き一つできない。魔法使いと思われる人物に出会ってしまった恐怖からではなく、その少女があまりに美しかったから。
 少女に見とれている千鶴に、少女が近づいてきた。
「ようこそ」
 スカートの裾をつまみ、恭しくお辞儀をする少女。
「お食事の準備ができています」
 テーブルの方を差す。テーブルには田村が食べているシチューの皿の他、さっきはなかった皿が二つ載っていた。
「あ、あの……」やっとの思いで口を開く千鶴。「あなたは、魔法使いですか?」
 少女はにこやかにほほ笑むと、
「ええ、そうです」
 魔法使いなどいるはずないと思っていた千鶴。だがそんな千鶴でさえ、この二人の並々ならぬ美しさを目にしては、魔法使いの存在を認めざるを得なかった。
 テーブルの近くにいた遥香が、手招きした。
「ずっとここに住んでるんだって。お食事用意してくれたみたいだから、一緒に食べようよ」

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最終更新日 : 2011-04-02 20:16:33

第三章

 遥香と田村が魔法使いの少女二人と会食を始めてから、半時間が立とうとしていた。
 四人はおいしそうにテーブルの上の食べ物を頬張っていた。食べ物はなくなると自動で出てくるらしく、食べても食べてもなくならない。
 出てくるものは最初にあったシチューの他、スパゲッティーやローストビーフといった洋風のものもあれば、寿司など和風のものもあった。デザートにはプリンやスイカ、ケーキなどもあった。
 空になったカップには自動で飲み物が注がれるらしく、中身を飲み干す度にワインやコーラなど、その都度違った飲み物が注がれていた。
 千鶴はというと、そんな会食を続ける四人とは離れたところにたち、腕を組んで様子を見ていた。
 もっとも魔法使いとて、千鶴に食事を勧めなかったわけではない。
 魔法使いの言うところによると、彼女たち魔法使いは古くからこの教会で平穏に暮らしており、人間に危害を加えるつもりは毛頭ないという。人里離れた古い教会に住む彼女たちにとって、時折訪れてくる人間をもてなすのがささやかな楽しみのなのだという。
 だが子供のころ、魔法使いを見た者は命を奪われてしまうという噂を聞いていた千鶴は、魔法使いの提供する食事の安全を信じられずにいた。
 それゆえ千鶴は、次から次へと生じてくる食べ物をおいしそうに頬張る遥香たちを見つめながら、ずっと仁王立でいた。
「ほら千鶴、大丈夫だから食べなよ。おいしいよ」
 見かねた遥香がフライドチキンを片手に言った。
「いいえ、結構。何にもないところから食べ物が生じてくるなんておかしいわ」
「えー、でもなんてことないよ。ねえ、田村君?」
 鳥の丸焼きとの格闘に夢中になっていた田村は、何も言わずに頷いた。
「ほら、田村君も大丈夫だってよ。せっかくなんだからごちそうになろうよ。千鶴の好きなイチゴとリンゴと蜂蜜入りのクレープもあるみたいだよ。ほら」
 クレープの載った皿を差し出す遥香。千鶴が見てみると、確かにそれは学校近くのクレープ店で売っている、千鶴の大好きなクレープだった。
 だがそれは千鶴の通う学校の生徒にはあまり人気がないらしく、九百円という価格の高さも手伝ってか、そのクレープを食べている人を千鶴は見たことがなかった。
 それほど人気のないクレープが、なぜここにあるのか千鶴は疑問に思った。
「なんであるのよ?」
「知らないけど、自然に出てくるよ」
 千鶴が皿を受け取らなかったので、遥香は皿をテーブルに戻した。
「もったいないなあ」田村が横から手を伸ばし、クレープを口にした「うん、結構うまいじゃん」
「どう考えてもおかしいでしょうが」
 眉をひそめる千鶴。
「でも安全上の問題はないみたいだよ。私たち普通に食べてるけど」
 と遥香。
 すると、食事を楽しんでいた魔法使いの一人が口を開いた。
「ええ、私たちが魔法を使い、丹誠込めてつくった料理です。安全に問題はありません」
 もう一人の魔法使いが言った。
「人里離れたこの場所に住む私たちにとって、客人をお迎えすることは何よりの楽しみ。安全には十分気を遣っています」
 千鶴が言った。
「だけど、ここに住んでいる魔法使いは、姿を見た人を殺してしまうという噂がありますが……」
 魔法使いの一人が、くすりと笑った。
「どうぞ安心してください。それは人間の流した根拠のない噂にすぎません。私たちにとっては迷惑この上ありませんが」
 ワイングラスを傾ける魔法使い。
 それでも魔法使いを信じられずにいた千鶴は、しかたなく話題を変えることにした。
「なぜこのようなところに住んでいるのですか?」
 千鶴が思うに、その美しすぎる容姿を除いては、魔法使いの見た目は普通の人間と変わりない。ならばなぜ都心部に住まず、こんな寂れた教会に住むのか千鶴は不思議に思った。
 もう一人の魔法使いが言った。
「ごらんの通り、魔法使いの魔法は、人間の科学とは本質的に相容れないものです。歴史を通じ、他の種族や民族に敵対的であった人間が私たちの存在を知れば、きっと私たちを滅ぼそうとするでしょう。私たちは人間と戦って滅びるほど弱くはありませんが、無益な争いは避けたい。ですから、こうして人気のないところに住居を構え、時折訪れてくる純粋な子供をもてなす場合を除き、人間とは接触しないようにしているのです」
 なるほどと半分納得しつつも、遥香が純粋な子供に該当するかは疑問だと千鶴は思った。遥香は確か、魔法使いの画像を撮影し、ネットにアップロードしようとしていたのではなかったか。
 心配になった千鶴が言った。
「ではもしも私たちが、あなたたちのことを誰かに言おうとしたらどうしますか?」
 魔法使いは、手にしていたナイフを動かすのをやめた。魔法使いと千鶴の間に一陣の沈黙が舞った後、
「そうですね。そのときは残念ですが……」
 魔法使いはそこで言葉を切った。
 千鶴は、彼女たちに私たちを害する意思はないが、もし私たちが彼女たちの存在を公にするなら、殺害される可能性があると思った。
 千鶴は遥香のすぐ後ろに近づき、
「ねえ遥香、例の計画はやめた方がいいわ」
 耳打ちした。
「ん、何のこと?」
 振り向くことなく、チョコレートケーキを頬張っている遥香。どうやら食事に夢中で、魔法使いと千鶴のやりとりを聞いていなかったようだ。
「ほら、ネコ動のことよ」
 中継なんてしてないでしょうねと言うため、遥香の耳にさらに口を近づけようとした千鶴。遥香の肩に手を乗せたところ、あまりの熱さに驚いて手を放した。
「え? ちょっと、遥香――」
 身を乗り出し、遥香の顔を見つめる千鶴。
「ん? どうしたの?」
 そう言う遥香の顔はどうも熱っぽい。
「遥香、調子悪くない?」
「……うん、そう言えば」
 言われて気づいたのか、遥香は食べかけのケーキを皿に置いた。
 千鶴が遥香の額に手を当てると、火のように熱かった。
「ちょっと。田村君、大変」
 同じくケーキを頬張っていた田村が、遥香と千鶴を見る。
「遥香、熱あるみたい」
 そう話しかける千鶴の腰の辺りに、何か熱いものがぶつかった。驚いて千鶴が振り返ると、辛そうに息をする遥香が倒れていた。
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最終更新日 : 2011-04-03 00:33:34

第四章

「遥香っ、大丈夫!?」
 倒れた遥香の肩に手をかけた。苦しそうに息をする遥香の身体はとても熱く、服の上からでさえ触れるのがやっとだ。
「た、助けて千鶴……」
 息も絶え絶えながら、遥香が私に手を伸ばす。私の足をつかんだその手は火のように熱い。
「待ってて」
 私は立ち上がると、テーブルの向かい側に座る二人の魔法使いを睨みつけた。
 すました様子で私の視線を受け止める魔法使い。悶絶躄地する遥香とは対照的な、あまりの冷静さに、私は背筋に悪寒を感じた。
 だが、苦しみ悶える遥香を放っておくことはできない。私は意を決し、口を開いた。
「食べ物に、毒が入っていますね?」
 しんと静まりかえった部屋に、私の声が響く。
 魔法使いの一人は、さも当然であるかのように、
「ええ」
 とだけ言った。
 私はテーブルに両手をつき、身を乗り出した。魔法使いの驚くほど長い睫を持つ目の中に、怒りで紅潮した私の顔が映る。
「どうしてですか? 遥香があなたたちのことを誰かに言うと思ったのですか?」
 事実、遥香は彼女たちの存在を公にしようとしていた。だが遥香とて言い聞かせれば分からないわけではない。見たところ遥香はまだ放送を開始していなかったようだし、遥香をこんな目に遭わせる必要はない。すぐに毒を解いてもらわなければ。
 だが、魔法使いは首を振った。
「いいえ」
「ではどうし――」
 言いかけたとき、隣で大きな音がした。見れば、苦しみに顔を歪め、田村が床に倒れ伏していた。
「どうしてこんなことを?」
 魔法使いを睨みつけ、言った。
 すると、もう一人の魔法使いが口を開いた。
「端的に言って、あなたを除くその二人は、罠にかかったのです」
 私は恐怖のあまり、声が出なかった。そんな私を見たもう一人の魔法使いがくすりと笑った。
「二人に効き目が現れる前に、あなたも食べ物を口にしてくれれば手間が省けたのに、残念ですわ」
 どうやらこの魔法使いたちは、最初から私たちに毒を盛るつもりだったらしい。
 私が言った。
「では、人間を客人として迎えるのが楽しみというのは嘘ですか?」
 魔法使いは眉一つ動かすこともなく、
「ええ」
 そのあまりの冷淡さに、私は身の毛がよだつ思いがした。どうやら魔法使いとは、人間を騙すことに何のためらいも感じない生き物らしい。
「あなたたちの目的は何ですか?」
 怒気を含んだ声が、室内に響く。私が怒っているのは、そうでもなければ、恐怖に押しつぶされてしまいそうだから。
「魔法使いの好きな食べ物が何だか知っていますか?」魔法使いがくすりと笑った。「人間ですよ」
 人間? まさか、私たちを食べるつもりだろうか。
 もう一人の魔法使いが言った。
「私たちは人間たちの間に、丘の上には美しい魔法使いがいるとの噂を流し、のこのことやってきた人間を食べているのです」
 なるほど。どおりで変な噂が流れているわけだ。
 魔法使いの一人が、もう一人に言った。
「姉さん、どうしますか、残った一人は?」
 どうやら二人の魔法会は姉妹らしい。姉さんと言われた方の魔法使いは少し考えると、
「あまり好みではありませんが、実力行使しかないでしょう」
「そうですね。では、私が」
 ゆっくりと立ち上がる妹の魔法使い。その動作は、獲物を仕留めようとする獣にしてはあまりに遅い。否、それほどの余裕を持ってしても捕らえられるほど、私という獲物の抵抗など意味をなさないということか。
 ゆっくりと、一歩一歩着実な足取りで、魔法使いはテーブルを周り、私に近づいてくる。
 もう一人の魔法使いが言った。
「傷つけないよう気をつけてください。大切な食料ですから」
「ええ、分かっています」
 どうやら私たちは、最初から食料としか見られていなかったようだ。
 だが私とて、みすみす捕らえられるわけにはいかない。魔法使いがやってくる方とは反対側の出口目指して、一直線に駆け出した。
「ごめん、遥香。すぐ助け呼んでくるから!」

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最終更新日 : 2011-04-10 01:01:14

第五章

 教会の外には運転手が待たせてある。車で丘を下り、助けを呼ぼう。車の置いてあるところまで、捕まらずに逃げなければ。
 倒れ伏す田村を飛び越え、部屋の出口にたどり着いた私は、ドアを開けようとした。だが、ドアはぴくりとも動かない。
 私がこの部屋に入ったときに鍵をかけた覚えはないし、遥香や魔法使いがかけた様子もなかったのに。
 背後から聞こえる足音が、次第に大きくなっていく。
 一刻も早くここから立ち去らねばならない。少しでも無駄なことをすれば命はないと、早鐘を打つ心臓が伝えてくる。必死の思いで開けようとするも、ドアは最初から壁に貼り付けられた鉄板であったかのように動かない。
 私が部屋に入った時点で勝手に鍵が閉まるようになっていたのか。あるいは離れたところから鍵を閉めことができるのか。いずれにせよ、これが魔法使いの魔法使いたる所以なのかと、こんな丘の教会にやってきたことを後悔した。
 小さなドアの前で、狂ったようにドアノブを回す私の肩に、何か冷たいものが触れた。見れば、魔法使いの白く細長い指先が、私の肩に添えられていた。その氷のような冷たさに、私は骨身が凍る思いがした。
「諦めなさい。大人しくするなら、苦しませずに食べてあげるわ」
 踵を返す私。魔法使いの指が肩から離れる。すぐ目の前にいる魔法使いは、何も言わずに私の返事を待っていた。
 考えるまでもない。私の今までの人生は決して楽ではなかったし、生きていてよかったと思ったことも一度もない。だが迫り来る死を前にして、私の答えはおかしなほど単純だった。
 魔法使いが口を開く。
「ふふ、恐れることはありません。食べられたあなたは、私たちの血肉として、永遠に生きられるのですから」
 その言葉を魔法使いが言い終わるか終わらぬうち、私は魔法使いを蹴ろうと、足を上げていた。
 私は今までの人生でこれほどまでに、生きているということ、ただそれだけがどれほど幸せなことか感じたことはなかった。だからこそ、この命が尽きるまで、必死に生きなければならないと思った。
 高く上げられた私の左足が、魔法使いの頭に近づいていく。私のとっさの反撃を予想していなかったのか、魔法使いはノーガードだ。まるで吸い込まれるように、魔法使いの頭に進んでいく私のつま先。
 勝った。私は確信した。
 魔法使いの力がどの程度のものなのか、私は知らない。だが高速で飛来する物体に画面面を直撃され、無傷でいられる生物などいないはずだ。眼前にいる魔法使いが華奢ならばなおさらだ。少なくとも逃げる時間くらいは確保できるだろう。
 あとわずかで私の靴の先端が魔法使いの瞳に直撃するという瞬間、ぱしっという乾いた音ともに、私の足は魔法使いの手でつかまれていた。
 頭が真っ白になる。魔法使いとはこれほどまでに俊敏に動けるものなのか。
 魔法使いは私の足を放そうとしない。魔法使いの指が、私の足首に食い込んでいく。普通の指ならまだしも、小枝のように細い指だ。痛いどころではない。
 骨が折れるのではないかと思うほどに、締め付けられる足首。私の足をつかみながら、無感動な目で私の様子を観察していた魔法使いは、不意に手を放した。
 その場に倒れる私。痛みのあまり、立つことができない。片足を押さえながらその場にうずくまる私を見下ろして、魔法使いが言った。
「まだやりますか?」
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最終更新日 : 2011-04-10 21:04:32


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