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第六章

 私は魔法使いの一人によって、牢屋のような場所に運び込まれてしまった。
 辺りは真っ暗。足首を怪力でにぎられた痛みで意識がはっきりしない中を背負われてきたため、ここが教会のどの部分に当たるのかは分からない。周囲に窓がなく、座っている床がひんやりとしているところからして、おそらくは地下だろう。
 外部と連絡をとろうと携帯電話を取り出そうとしたが、いつの間に抜き取られていたのか、ポケットの中は空だった。
 私を連れてきた魔法使いは何も言わずに帰って行った。魔法使いたちは私たちを食べると言っていたが、少なくとも私は今すぐに食べられそうな状況にはない。
 会食をしていた部屋に残された遥香と田村のことが心配だ。二人ともあの弱った様子では逃げられそうにないし、もしかすると既に食べられている可能性もある。遥香には自業自得のきらいがあるとはいえ、食べられるのはかわいそうだ。
 いや、遥香は痩せているからもも肉くらいしか食べられないはずだ。食べがいがないと思って見逃してくれていないだろうか?
 そもそも魔法使いは人をどう食べるのだろう? 生で食べるのだろうか? ……いや、動物を生で食べるのはよくない。そうすると茹でるのだろうか。いや、火で炙るという可能性もあるな。
 ――様々な調理補方が頭に浮かんでは消えていく。だが、そのいずれも残酷であるという点には変わりなかった。自分もいずれ食べられる身であることを考えると、身震いせずにはいられなかった。
 何とか脱出しなくっちゃ。
 立ち上がろうとした私は、天井に頭をぶつけてしまった。
「痛っ、もう……」
 手探りで調べてみると、天井の高さは私の背丈ほどもなかった。私は床を這い、出口がないか確認することにした。
 四つんばいになって進むこと一メートル。突如、私の頭は何か固いものにぶつかった。
 お、壁か? 
 手で触ってみると、ごつごつした岩でできた壁らしきものであることが分かった。方向を変え、壁づたいに進む私。
 しばらく進むと、また何かにぶつかった。調べてみると、やはり壁のようなものだった。
 もう一度方向を変え、進む私。しばらくしてまた壁にぶつかり、向きを変え、又壁にぶつかったところで、この空間にはおよそ出口らしきものは存在しないことに気がついた。
 おかしい。ここに来たときはどこかに入り口らしきものがあったのに。
 私は自分の通ってきた道をもう一度進み、何か手がかりがないか調べてみた。
 だが、結果は何もなし。辺りは固く冷たい壁で覆われているだけで、外へと続いていると思われる箇所は発見できなかった。
 出口のない部屋。これも魔法か何かなのだろうか。だとすれば抵抗するだけ無駄だ。次に魔法使いと相対したときに備え、今は体力は消耗しない方がいいだろう。
 私はその場に寝そべった。床はとても冷たく、体温が失われていくのが分かる。ひょっとすると魔法使いはここで私が餓死や凍死するのを待っているのかもしれない。
 こんなところに来るんじゃなかったと、後悔の念が過ぎる。思えば、私が初めて丘の上に来たのは三年前。その時無事に帰れたのは幸運だった。本来ならその時死んでいてもおかしくなかったのだから、余計に三年間生きられたのはましと思うべきか。
 ところでなぜ三年前は魔法使いが出てこず、今回は出てきたのだろう? 丘の上に魔法使いがいるという噂は当時からあったのだから、やはりそのころも魔法使いはいたはずだ。
 当時の私のような子どもは食べがいがないから、もう少し大きくなるのを待とうと思ったのだろうか? ……いや、あの魔法使いたちに、過去に私に会ったことがあるという様子は感じられなかった。
 目を閉じ、あれこれ考える私の頭に、一つの言葉が浮かんだ。

「魔法使いは夜にならないと現れないんだ。夜の魔法使いっていう種類らしいからな」

 冗談と思い聞き流していたが、確かに田村はそう言ったはずだ。
 夜にならないと現れない。――それが、三年前に私たちが魔法使いに会えなかった理由か。
 だが夜にならないと現れないということは、昼には消えるのだろうか? いや、消えないにしろ、「夜の魔法使い」という種類である以上、その活動時間は主に夜のはずだ。
 私はつけていた腕時計の文字盤を点灯させるスイッチを押した。暗闇の中、蛍の光のように腕時計の文字盤が浮かび上がる。
 時刻は午前二時。日の出が六時なら、夜はあと四時間しかない。魔法使いの活動が夜に限定されるならば、魔法使いたちはまず遥香や田村を食べ、夜が明けるまでに食べきれない私をここに閉じこめたとも考えられる。もしそうなら、私が食べられるのは早くて今日の夕刻ということになる。
 焦るのはまだ早い。そう思った私に、疲れがどっと押し寄せてきた。思えば魔法使いとの対面といい、格闘といい、今日は人生で初めての出来事が目白押しだった。
 まずは休んでから作戦を考えよう。目蓋を閉じた私は、消え入るように眠りについた。
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最終更新日 : 2011-04-14 00:06:19

第七章

 大地には、さんさんと降り注ぐ日光を受けた、まばゆいばかりの牧草が生えていた。見渡す限りの緑に染まった大地を、澄み切った空気が駆け抜けていく。
 生い茂る牧草は、昔から手つかずのまま存在していた。人間に踏み荒らされることも、動物に食い荒らされることもなかった。その場所には誰も足を踏み入れることができなかったから。
 今、一匹の子羊が、その場所へと続く橋を渡ろうとしていた。下には底が見えないほどの谷があった。丸太で作られた橋は、向こう側に渡ることはできるが、引き返すことはできない。
 羊が橋の中程まで来たところ、谷の下から声が聞こえてきた。声は地響きのように大きく、声の主が一言発するたびに谷が震え、側面の土がぱらぱらと落ちていった。
「私の橋を黙って渡るのは誰だ」
 小さな羊は身を震わせた。
「勝手に橋を渡るやつは生かしておけん。食べてくれるわ」
 大地が揺れ、羊の載った橋が揺れる。羊は身を屈め、橋にしがみついた。
「待ってください。後からもっと大きな羊が来ます。そっちを食べてください」
 羊が言った。
 谷からの声が言う。
「ふむ。本当か? 嘘であれば、帰りにここを通るときに食べてくれるぞ」
「本当です」
 羊がそう言うと、谷からの声は聞こえなくなった。羊はおそる丸太の上を歩き、牧草の生い茂る反対側にたどり着ついた。
 間もなく橋の上に現れた次の羊は、同様の手段で難を逃れ、最後に現れた大きな羊は、谷に潜む声の主をやっつけてしまった。


 ――そんな夢を、見ていた。
 私の耳に入ってきたのは、凛とした魔法使いの声。見れば、魔法使いの一人が私を見下ろしていた。
 魔法使いが来る前に逃げ出す作戦を考えようと思っていたが、どうやら寝過ごしてしまったらしい。腕時計に目をやると、時計の針は午後六時を指していた。真っ暗な部屋にいたため、時間の感覚を失っていたようだ。
 魔法使いが言った。
「よく眠れましたか?」
「ええ、まあ」
 私がそう答えると、魔法使いは片手で私の腕をむんずとつかみ、引き上げた。細身の割に、相変わらずの怪力だ。
「来なさい」
 魔法使いに腕をつかまれたまま、歩かされる。部屋には昨日確認したときにはなかった、人の背丈ほどの穴が開いていた。
 穴を通り、しばらく階段を上がると、昨日遥香と魔法使いたちが食事をしていた部屋にたどり着いた。
 部屋には姉と呼ばれていたもう一人の魔法使いが椅子に座っていた。その魔法使いに勧められ、私は向かいの椅子に座った。私が逃げないようにするためか、もう妹の魔法使いが後ろに立った。
「さてどう食べましょうか、姉さん?」
「そうですね――」
 私を見つめる向かいの魔法使い。頭の先から胸の辺りまでじっくりと見つめた後、私の後ろに視線を向け、
「あなたの希望はありますか?」 
 妹の魔法使いは片手で私の胸の辺りに触れ、
「見ての通り大変痩せています。塩漬けにするのも面倒なので、そのままでよいのではないしょうか?」
 そのままということは、生きたままがぶりということだろうか? ……恐ろしい。
 姉の魔法使いが言った。
「そうですね。しかし昨日の雌といい、最近の人間は痩せている。近年は食糧事情が悪いのだろうか?」
「そのようですね」
 どうやら魔法使いはダイエットという言葉を知らないらしい。
 妹の魔法使いが言った。
「食べる部分の分配はどうしますか?」
「私は心臓ともも肉をもらえれば結構よ」
「むっ。姉さんはいつもいいとこ取りです。たまには私にもも肉を……」
「あなたには残りをすべてあげるわよ」
 妹の魔法使いは私の胸の辺りに触れ、
「ですから、胸肉が全然ないと」
 どうも失礼な感じだ。
「内臓を食べればいいじゃない。肝臓にはグリコーゲンが貯蔵されているから栄養があっていいわ」
「いつもいつもそればかり。もう食べ飽きました。なら心臓をください」
「しょうがないわね……」
「では姉さんからどうぞ。先に心臓を食べて血が飛び散るといけませんから」
「はいはい」
 立ち上がる姉の魔法使い。テーブルを周り、ゆっくりと私の方に近づいてくる。
 魔法使いが後数歩の距離に迫ったとき、私は何とか時間を稼ごうと口を開いた。
「――あの、遥香はどうなったんですか?」
「はるか?」
 姉の魔法使いが言った。
「あ、えっと、雌の方です」
「食べたわよ」
 あっさりとした口調の魔法使い。
「ど、どうやってですか?」
「あなたと同じよ」
 私の腕をつかむ魔法使い。魔法使いの細長い爪が、肌に食い込んでいく。
「……で、では雄の方は?」
「あっちは少し大きいし、塩漬けにしてるわ」
 魔法使いは私の腕を引き、私を床に座らせた。
「と、ということは、まだ生きているのですか?」
 私の上半身を倒し、床に寝かせる魔法使い。
「もう死んだでしょう。塩漬けですから」
 魔法使いは私の足を開かせると、
「じっとしてなさい」
 太ももに口を近づけた。大きく開かれた魔法使いの口に、犬のように鋭い牙が光るのが見えた。
「……ちょ、ちょっと待ってください」これまでにない恐ろしさを感じた私が言った。「い、痛いですか?」
「さあ」あっさりと言う魔法使い。「私は人間でないし、食べられたこともありませんが、動物である以上、大動脈を切断されて痛くないということはないでしょう」
 私は魔法使いの頭に手をやり、脚から遠ざけた。
「た、食べないでください。お願いします」
 震える手を合わせて懇願する。そして、こうなればもう陳腐な言い訳でも言わないよりはましだと、夢で耳にしたような台詞を口にしていた。
「私を逃がしてくれたら、私より大きい人間を連れてきます!」
7
最終更新日 : 2011-04-15 01:53:28

この本の内容は以上です。


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